航海タイム

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第二十章 ONE HAPPY DAY

1

 様々な想いを奔流と化して駆け巡らせた、熱き大地からの帰還。
 アフリカも確かに魅力溢れる場所ではあったが、それでも久々に見るヨーロッパの景色は彼らを心から安らがせた。
 リスボンの整った町並みは心地よく、ここ暫くの間に起きた事件の全てが、まるで嘘であるかのようにさえ思わせるのであった。
「倫敦もアフリカも良いが、ボンリスハムも良いな」
 あれ以来、かおるは自らを印度の出身だと言わなくなった。
 どう言う心境の変化が有ったのかは、知る由もない。
 まあ今まで倫敦やら印度やらイスラムが好きやらと、あれこれ適当なことを言っていたのだから、解りやすくなって丁度良い。
 フェレット達はそう好意的に受け止めることにした。
 目的地の無い航海と言うのも久しぶりで、船団はリスボンに暫く駐留し、今後の予定についてじっくり話し合うつもりでいる。
 そして話し合いをするよりも前に、ここで大仕事をこなすこととなっていた。
 船団がリスボンに到着してから、数日。
 はるばる北海から彼らのことを尋ねて、数十人の船乗り達が来訪した。
 それはカリタスの指示によるものであり、彼がリーダーを務める商会”Bar like a child”の面々が、或る目的の為にリスボンを訪れたのだ。
 ステイシス、ガリバルディと言った名うての造船師達。
 そう、彼らはフェレット達の船団の船を新造するためにやって来た。
 そしてもう一人。
「ウォルターさんっ、お久しぶりです!」
 遅れて姿を現した、もうじき老年にさしかかろうかと言う男を目にするなり、リィは歓喜の声を上げた。
「久しぶりだな、お嬢ちゃん」
 ベルゲンで造船師を営んでいる男、ウォルター。
 カリタスとも旧知の仲であり、かつてリィの乗るフリュート船”コンスタンティア”の建造をした。
 好きな女性をイメージすることにより、芸術作品として船を造り上げると言う……その胡散臭いフレーズにリィは最初嫌悪感すら示したが、完成した船を見てその出来栄えに感動し。
 またウォルターの人柄にも触れ、その魅力を改めて知ったのだった。
「ワシの造った船、壊しちまったか。まぁしょうがねぇやな」
「ごめんなさい……」
 本当に心からすまなさそうな顔をするリィ。
「いや、何時かは壊れるからこその芸術品だ。それにこっちとしちゃあ、これでまた儲かるんだからな」
 気にする必要は無いと、ウォルターは微笑んで見せた。
「あっ……ウォルターさん、その隣にいらっしゃる方は?」
 彼に寄り添うようにしているのは、まだ二十歳になったばかりか、そこらの女性だ。
「ああ。こいつはマリアンって言ってな。ワシの婚約者だよ」
「まあ! おめでとうございます!」
 その女性をぐっと引き寄せて見せて、ウォルターは今度は豪快に笑った。
 リィはそれを見て、うっとりした顔つきになる。
 本当に羨ましいと、心から思った。
「今のワシは一人の女を心から愛してる。つまり最高の芸術作品を仕立て上げられるって訳だ。楽しみに待っとけよ、お嬢ちゃん」
「はい!」
 確かに、今の彼はやる気に満ち溢れているようだった。
 踵を返し、直ぐに港の方へと走って行ってしまった。
 途中で彼の婚約者だけが振り返り、ぺこりと一礼をして、また彼を追っていく。
「良いなぁ……。結婚か」
「リィ」
 ぼんやりとして海のほうを見ているリィの、その背中を小突く指があった。
 振り返ると、そこにフェレットがいる。
 何故だか少しだけ、表情を引きつらせて。
「オヤジ趣味だったのか?」
「違います!」
「な、なら良いけど」
 それだけ言うと、フェレットもまた港の方へと行ってしまった。
 少しよそよそしいその態度に、リィは疑問を抱く。
(もしかしてやきもち焼いてくれてるとか。さすがにそれは無いか)
 そうして彼女もまた港へと急いだ。
 そこには船団の全船長が勢揃いをしている。
 アフリカでの戦いで傷付いた船の大半は最早航行することすら厳しい状況で、丁度良い機会とばかりに全船を廃棄し、そしてさらに大きな船を新造することとなっている。
 幾つもの危険な依頼をこなしたお陰で、既に船団の懐には溢れる程の金が溜まっているし、さらにまだアフリカでこなした分の依頼報酬を受け取っていない。
 明日船団を代表してフェレットの”フォスベリー”だけが一度セビリアに戻り、多大な金を積んで帰ってくる予定だ。
 今回の報酬額は今までのそれとは比じゃない程で、全ての船を造り替えてもまだお釣りが来るだろう。
 金に余裕がある分、今回は船の種類からデザインまで各船長が設計の段階から携わり、それで一つの船を造ると言うのだから、きっと大変な労力になるだろう。
 そして、楽しい作業になるだろう。
(これから忙しくなるぞ!)
 リィは小さくガッツポーズをした。
 誰も見ていないと思ったが、丁度アイが振り向いた瞬間だったようで、彼女はくすくす笑っていた。
 思わず顔を赤らめるリィ。
 そんなこんなで、リスボンでの時は流れて行く。
 楽しい時は早く過ぎていくと言うけれど――それはとても軽やかな足取りで、けれど一歩一歩自らの居場所を確かめるかのように、ゆっくりと過ぎて行った。

2

 或る日の昼に、彼らは広場に集まっていた。
 たまには青空の下でゆっくりとするのも良いだろうと、皆それぞれ適当な場所に座って歓談をしている。
 フェレットの付近にはかおる、アイ、リィがいて、そしてアスナもいた。
 アスナがこの船団に加わってから一月近く。
 しかしアフリカからここまでの旅はずっと船の上にいただけで、まだ他の船員達と話す機会は無かった。
 そしてフェレットとアスナは、お互い微妙な気まずさを感じていたのだった。
 何せまともに会話を交わしたのが、ルアンダの町でかおるのことに関して言い争いをした、あの一回きりなのだから。
「あ、あの……。フェレットさん」
「うん? ん、何だい」
 アスナの声を受けて、フェレットはとにかく普段と変わらぬ態度でいようとして、出来ずに慌てふためいた返事をした。
 たったそれだけで、他の人間が声を挟めない程に、緊張感溢れる空間がそこに形成される。
 しかしそれもまた、一瞬だけだった。
「あの時は、すいませんでした」
 ぺこり、と大きくお辞儀をされて、フェレットは仰け反った。
「いや……ごめん、こっちこそ。ろくに事情も知らなくてさ……。それより、これから宜しくね」
「はい。あのっ」
「ん?」
 そう言うと、アスナはポケットをごそごそとして、何か光るものを取り出した。
「これ、仲直りの印と言っては何なんですけど……」
「ペンダント?」
「はい。私が作ったんです」
 緑に煌いているのは天然の石だ。
 それが埋め込まれているのは、少々不恰好な、見ただけで手製とわかるペンダントだった。
 しかしその不器用な感じこそが、また愛おしさを醸し出してもいる。
自然と、フェレットの表情がぱっと輝いた。
「僕が貰っても良いの?」
「はい。もし気に入ってくれたらで良いんですけど」
「気に入るも何も。ありがとう」
 そう言うと、フェレットは早速それを首に付けた。
 顔には満面の笑みが浮かんでいる。
 それを見て、良かった、とアスナも微笑んだ。
 一件落着、と皆が思ったところで。
「私のは」
 いきなり横から差し込まれた言葉。
 怪訝な顔をして皆が振り返ると、そこにはかおるが憮然とした表情をして座っていた。
「私のペンダントは」
「かおるさん。かおるさんのはまた作ってあげるから」
 苦笑いを浮かべながらアスナはそう言った。
 かおるの表情はまだ固まったまま。
(や、やきもち焼いてるのかしら……?)
 やり取りを黙って見ていたリィ、意外な一面を見てしまったと思って、興味深そうな表情になる。
 さらにそんな所に、抜群のタイミングで割り込んできた男が一人。
「あの、アスナさん。アスナさんって言うんっすよね」
 彼の名はパング。
 言葉遣いに特徴の有る少年船長だ。
 もっとも彼の駆る船はアフリカの戦いで沈没してしまい、今現在は”フォスベリー”の世話になっているのだが。
「今日これから暇っすか? もし良かったら、自分と一緒に海でも見に行きませんっすかねえ?」
 フェレット達の表情が皆引き攣っていることに、パングは気付かなかった。
 ――背後からにゆらりと蠢く者の存在にも。
「フグァ!」
 尻の辺りに強い衝撃を受け、パングは悶絶した。
 振り向くと、そこには無表情のかおるがいる。
「な、何するんっすか!」
「膝蹴りが滑った」
「膝蹴りが滑るかッ!」
「私は膝蹴りだけじゃなく、肘打ちも滑るよ。真空飛び膝蹴りなんかもう滑りが良すぎて、おじさん今にも放ってしまいそうで」
 その異様な迫力に、パングは圧倒された。
「すいませんでしたっす!」
 逃げるように、その場から走り去っていく。
 それを眺めた後、かおるは再び座った。
(そうか、パングちゃんはアスナちゃんの事情を知らないのね。にしてもなんと無謀な)
 たはは、と笑うアイ。
(アイツ、何だか妙なポジションに収まったな……)
 フェレットにしてもただ、哀れなりパング、とそれだけ思うしかなかった。
 しかしそう思った後に、ふとあることを思い出す。
「あ、そうだ。かおるさん。今アスナちゃんにペンダントを貰って思い出したんだけど」
「ンア?」
「あの帽子、良かったらまた僕に使わせて貰えませんか」
 フェレットが指しているのは、かつてかおると出逢った当初に彼から貰った羽付きのフラットキャップだ。
 かおると別れるとなった際に、彼に返してしまったもの。
「ほら、結局こうやってまた旅することになったんだし。あれを返して貰う為に会いに行くって話だったけど、もうその必要も無くなったもんね」
「ああ。アアー」
 ようやく思い出したのか、かおるは自分の荷物袋を取り出して、ごそごそとやり始めた。
 しかし数分経っても、見つからないようである。
(もしかして失くしたんじゃないだろうな……)
 さらに探し続ける彼を見て、フェレットの不安は段々と増していった。
 そして、かおるは荷物袋を閉じた。
 何も見つけ出した様子はない。
 皆が訝しげな顔をして、彼のほうを見ていると。
「ん」
 かおるは不意に立ち上がった。
 そして自分がたった今まで座っていた箇所を見やる。
 そこには何故だか、踏み潰されてぺしゃんこになったフラットキャップがあった。
「フオォォォーー!?」
「フォーじゃないでしょ! フォーじゃ!」
 町全体に響き渡るほどの奇声を放つかおる。
 そしてフェレットは絶望の表情をして、場に崩れ落ちた。
 少し嫌そうな顔をしつつも、アイがその帽子を拾い上げる。
 羽がひしゃげてしまっていて、最早まともに被ることすら難しいほどになっていた。
「一体なんでそこに有ったのかしらね……?」
「だ、台無しだ……」
 フェレットは地面に両手をついて項垂れている。
「ああ、それ見つかったから返す」
「要らんわっ! もう!」
 かおるの平然とした声に、数倍する大きさの声を返すフェレットだった。
「元々古くなってたしね。そろそろ、新しいのを買う頃合かなとも思ってたし……。しかしまさかこんな残酷な別れになるとはな……」
 尻に潰された帽子を大切に持っていると言うのは、あまりに何だろう。
 フェレットは泣く泣く、その思い出の品を捨てる決意を固めた。

 一行はそんな風にして、二時間程を広場で過ごした。
「カリタスさんも……そろそろ、かな」
 待ち遠しいとばかりにアイはそう呟いた。
 彼は今、”Bar like a child”を率いる者としての、大切な任務に当たっている最中。
 それが終わるのを今か今かを待ち侘びて、フェレット達は広場にいた。
(大丈夫だ。あの人ならやれる)
 彼の手腕を疑うものは誰一人としていなかった。
 しかしそれでも、彼の作業が遅れれば、やがてこちらの身が持たなくなる。
 ぐぅ、と。
 夕方になって少しだけ静まった広場に、音が鳴り響いた。
 その音を契機に、完全に無言になるフェレット達。
(誰だ……僕じゃないけど)
 それは間違いなく腹の音だろう。
 フェレットは上目遣いに面々のことを見回したが、レディ達は皆顔を背けている。
(ま、まあ誰でも良いよな。別に)
 しかしそう思った瞬間、さらにもう一度。
 ぐぐぐぐ、と、無視できないほどの長い時間、音が響いた。
 フェレットははっとする。
「リィ……」
「違いますっ」
 少々怒り気味の声でリィが言った。
 突如、ばったりと地面に倒れ伏したのは他でもない、かおるだった。
 腹の音は二度とも、やはり彼のものだったらしい。
「駄目だ。ケムンパス船長が急いでくれないと、死ぬ」
「ケムンパス……?」
「カリタスさんのことだろ」
 首を傾げるリィに、フェレットが投げやり気味な説明をした。
「けれど……確かに、私ももう限界だわ。カリタスさんはまだなのかしら」
 アイの表情も疲れ切った、蒼ざめたものに変わっている。
 フェレットとリィ、アスナもそうだ。
 体力はもう限界に近付いており、このままではどうなるかわからない。
「まだか……奴は」
 視線すら覚束なくなり、かおるは息も絶え絶えに、リスボンの町並みを眺めた。
 すると、そこには!
「待たせたな。皆」
 皆の希望を一身に浴びながら、ニヒルな顔立ちをした男が立っていた。
 こちらを見て、笑っている。
「すまなかった。予想以上に手間取ってしまってな。しかしもう平気だ」
「カリタスさん!」
「カリタスァセンチョッ!」
 餓鬼と化したフェレット達の声を浴びながら、カリタスは彼らを導いて行った。
 彼が今日一日かけて仕上げた、芸術作品の置かれた場へと。

「おお……」
 酒場に入るなり、船員達は皆その空間に魅入られて溜息をついた。
 フェレット達だけではない。
 船団の全船員が今、一堂に会している。
「フッ。カリタスプロデュースの、何もかもが計算し尽くされたこの酒宴会場の出来栄えはどうかね?」
「さ……最高だ。食材ごとの色合いまで計算された配置……一寸の乱れも無い!」
「一生付いて行きます!」
 酒場の中から次々とそんな声が上がった。
 アフリカでの長きに渡る冒険。そして、ここリスボンでの船の新造作業。
 それを労うべく、超ド級の宴会を開催しようという計画。
「食材も皆、各地に旅してきた冒険者達から買い集めた最高の品ばかりだ。皆、今日は腹がはちきれるまで楽しみ給え」
 今日この日を最高の時にすべく、彼らは皆、二日間飲まず食わずの日々を過ごしていたのだった。
(商会の責任者が、宴会部長とはな。堕ちたもんだぜ……)
 カリタスは内心ではそう思い一人落涙していたが、それもまた空腹による苛立ちから来るものだろうと解釈して。
 皆席につくなり、皿まで食い尽くさんばかりの勢いで食事を平らげ始めた。
 アフリカでは多数の水夫達が命を落とし、新たに雇い入れた水夫達はまだ、船団とは馴染みが薄い。
 彼らと親交を図ると言う目的も、この酒宴にはあった。
「悪いわね、クリスティナさん。きっと今日は狂騒夜になると思うわ」
「いえいえ、折角久々に来て下さったんですから。楽しんで行ってください」
 そう言葉を交わすアイと、船乗り達に絶大な人気を誇るというこの酒場の看板娘、クリスティナ。
 以前彼女に頼まれごとをされた経験もあって、それだけに今回のこの暴挙に対しても店は寛容に応じてくれた。
 ちなみにクリスティナと一緒に店を手伝っていた少女、カルロータは今はもう働いていないのだとか。
「それにしても、出来上がった船はみんな本当に素晴らしいものばっかだったな。特にあの新生”フォスベリー”の美しさと言ったら最高だ」
 思い出しただけで、うっとりしているフェレット。
 空きっ腹に酒を入れたせいもあって、彼の脳裏に浮かぶ船の姿はさらに魅力を増している。
 そう。
 一昨日かおるの乗るアラビアンガレー船、新生”永久機関”が誕生したのを最後に、船団の船は全て新しく生まれ変わったのだ。
 フェレットの乗る”フォスベリー”は大型キャラベル船に、アイの乗る”シャルトリューズ”はサムブークへと変わった。
 リィの”コンスタンティア”もまたフリゲート船になり、ルーファの船”ヴェレーノ・プリンシペッサ(毒の姫)”は商用のサムブーク船に。
 カリタスもまた”オールド・ブラック・マジック”を大型キャラック船として新造した。
「”フォスベリー”も確かに良いっすけど、新生”嵐を呼ぶ鹿号”は本当に最高の出来っすよ。大型キャラベル船みたいなずんぐりむっくりの形とは違って、ピンネースはシンプルながらも美しくて……」
 同じテーブルについている、パングの声。
 一瞬にしてフェレットのこめかみが引きつる。
 しかしそれでもここは目出度い酒宴の席だと、何とか堪えることに成功する。
「君はまだ子供だからしょうがないな。大人になってようやく、あのデザインの……言わばぽっちゃり系の魅力が解ってくるってもんさ」
「フェレさんはおじさんっすもんね」
 容赦なく言葉を突き入れるパングであった。
 フェレットのこめかみはさらにニ、三回もひきつったが、
(そうだ。僕はおじさ……いや、大人なんだ。こんな事で腹を立てては大人気ない。あの……あのクソガキの言動は、全て水に流してやろう)
顔面を俯かせて、すんでのところで全てを飲み込んだようだった。
 いや、まだ全身をわなわなと震わせてはいるが。
 酒宴が始まってから僅か一時間で、アイの予想した狂った夜が現実のものとなりつつあった。
 むしろそれを先陣を切って体現し出したのは、他でもならぬ彼女自身。
 そしてやはりと言うか、その手中には彼女にとっての最高の玩具が握られていた。
「ほーらレティちゃん、折角のめでたい日なんだから、今日は吐くまで飲みまくろうね!」
 言葉を吐くとほぼ同時に、膝に乗せている少女の口に酒を流し込んでいる。
 いや、流し込むと同時に、左手では新たな酒瓶を手にしている。
 少女の顔と唇は、既に青白さを超えて青黒くなっていた。
「死ぬんじゃないのか? アレ」
「あれで死ぬ位なら今までの道程でとっくに死んでるぜ。五体満足でいられるかは危ういけどな」
 テーブルを囲む”シャルトリューズ”の船員達が口々に噂する。
「ま、お陰で俺達が無事でいられてんだからな。こう言う時ばっかはあのガキに感謝するぜ」
 ”シャルトリューズ”の船員の一人である、グラフコスは我関せずと言った様子で笑っていた。
 しかし。
「ねぇ、グラフ。ちょっと来て貰えるかしら?」
(なっ……俺もかよ)
 全く予想だにしていなかった、鬼の声。
「俺がいなくても、そのガ……レティシアがいれば良いんじゃ」
「玩具、壊れたの。おいで」
 成る程、アイの隣で確かにその玩具はガラクタと化していた。
 グラフコスは他の船員を見回したが、皆やはり関わらないようにして、視線を逸らしている。
「おいで」
「……くっ」
 仕方なく、アイの席の隣に移動する。
 グラフコスはそれでもまだ、自身が殉教者となることを受け入れられなかった。
「口を開けなさい」
「い、いや」
 口を開けたらどうなるか。
 酒を流し込まれるのだろう……この息の根が止まるまで。
「ジ……ジツは俺、その、顎をちょっと病んでましてね。ほんとにちょっとだけしか、口を開けられねえんですわ……。さっきまでは喋ってられたけど、もう限界でして」
 気取られまいとばかりに、辛うじて呼吸が出来る位だけ、グラフコスは口を開けた。
 その僅かな隙間からでも酒を入れられやしないかと危惧したが、
「そうかぁ。じゃあしょうがないわねえ」
 意外にも、返ってきたのは優しい言葉。
 しかしそれすらもやはり、巧妙に仕掛けられた罠であった。
 ……罠と言うか、単に強行突破に切り替えただけだったが。
「ガボァッ!?」
 アイは形振り構わず、彼の体内へと酒を流し込んだ。
 口が開いていないとなれば……と、選んだ場所は――鼻。
「せ、船長! それは本当に洒落にならないですぜ!」
 慌てて駆け寄る他の船員。
 すると、鬼はそちらにも興味を示した。
「あら。玩具がたくさん」
「船長! 正気に戻って下せぇ!」
「私は何時でも正気よ。だってまだ、宴は始まったばかりじゃない?」
 そんなやり取りをしている最中でも、酒瓶はまだ新たな玩具へと差し込まれたまま。
 当然、グラフコスは既に白目を剥いていた。
 危険な遊戯はこれからも夜が明けるまで……夜が明けてもまだ、続いた。

 さてこちらは、船団の女性ばかりが集まったテーブル。
 リィを始めとする”コンスタンティア”の船員達、アスナ、それにロッティーナやルーファなどもこのテーブルで女同士の会話を楽しんでいた。
 何気にウォルターも婚約者と共に、ちゃっかり席に混じっていたりするのだが。
「……向こう、大変なことになってる。大丈夫なのかな……」
 阿鼻叫喚の酒宴、それは最早日常茶飯事。
 しかしそれを見慣れていないアスナはおろおろとしていた。
「アイさん達のほうなら大丈夫だよ、アスナちゃん。あの人達は宴会が始まると何時もああで、けれど数日後にはまだ平常に戻ってるから」
 リィが優しく説明をしてあげる。
「私も最初は驚いたけど、でも直ぐに慣れるよ」
「そっ、そうなんだ……」
 それでもアスナの視線はまだ落ち着かない。
 彼女はそもそも酒の味そのものを知らず、宴会のこの雰囲気自体に対応しかねていたのだ。
 リィはそのことに気付き、場に並べられている酒の種類などを一から説明してあげた。
 彼女自身酒に強い訳ではないが、この船団で過ごす内、自然に知識が身に付いてしまったらしい。
「お酒はね、楽しむ為に飲むものなんだよ。だからアスナちゃんも今日は飲もう」
「うん。ありがとう、リィちゃん」
「あ……そう言えば、船、大丈夫だった?」
 リィは訊ねた。
 彼女は過去の事件の記憶のせいで、船に乗ることに恐怖を抱くようになってしまったと、かおるから聞かされていた。
 しかしルアンダから出発して、既にもう数十日の航海を終えた後だ。
「うん。恐いと思ったけど、乗ってみたら楽しかった」
「そう。良かった……。うん、航海は楽しいものなんだよ」
「うん……。この船団の人達と一緒にいるとね、そんな風に思えてくるの。みんな本当に心から楽しそうにしてるから」
「うん!」
 ――この幸せな雰囲気を、あの子達にも味わわせてあげたかったな。
 アスナは静かにそう思って、けれど言葉には出さなかった。
 壊したくなかったから、今のこの感じを。
「にしても、アイさん達はともかくとして……フェレさん達は大丈夫なのかしらね」
 ルーファが言う。
 このテーブルはフェレット達がついているテーブルから一番遠い位置にあり、彼らのやり取りは見えない。
「さっき、言い争いしてたわよね。殴り合いにまで発展してるんじゃない?」
「いえ、ルーファさん」
 至って真剣な声を挟んだのは”フォスベリー”の副官、ロッティーナ。
「うちの船長に限って、そんな野蛮なことはしません。あの人はあれで、ちゃんと場の雰囲気というものを考慮して下さる、聡い方ですから」
 きっぱりとそう否定する。
 何と素晴らしい信頼関係だ、とルーファは感銘すら覚えた。
 そこで終わっていれば、美談として処理されていただろう。
 しかし。
「ロッティさん! ロッティさんいやすか!」
 こちらに数人の男がどかどかと音を立てて走ってきた。
 皆”フォスベリー”の乗組員達である。
 野蛮な、とロッティーナは顔をしかめている。
「……どうしたのよ?」
「大変でやす! 船長がいきなり脱ぎ始めて!」
 そのフレーズを耳にした瞬間、ロッティーナは思わずすっ転んでテーブルに激突しそうになった。
 ルーファら話を聞いていた面々も、皆表情が氷のように固まっている。
「脱……どうして、そんなことに」
「それが……パングさんと言い争いをして、互いの船のどっちが戦闘能力が優れているかという話になりまして。パングさんのピンネースにはラムが付いてるから、その分自分の船のが強いと主張をし始めまして。そうしたら、その……フェ、フェレット船長が」
 この先を口にして良いものかと、その水夫は口篭ってしまった。
「言いなさい!」
「……ラム(衝角)なら、自分の下半身にもついていると」
 瞬間、とてつもなく冷え込んだ空気がテーブルに流れた。
 それは遥か北、ストックホルム周辺の空気にも似て、寒々しく。
「で、パングさんも自分のラムの方が鋭いと、反論をして……」
「被害状況は」
「は、被害状況?」
 ロッティーナが問う。
 唖然とするその水夫。
「答えろと言っているの! 被害状況は!」
「はっ……全裸です」
「あんんんのバカ船長があぁっ!」
 数分と保たなかった信頼関係であった。
 憤怒の形相になっているロッティーナ。
 その隣に、もう一人いた。
 彼女もまた、振り向くなりロッティーナが視線を固める程の形相をして。

「オラァ! これで”フォスベリー”の方が何たら馬鹿号よりも優れてるって事が実証されただろうが! 船だけじゃなく、船長の質もなァ!」
「なーに言ってんすかァ! 破壊力と言いデザインと言い、自分の方がそっちよりも遥かに上っすよォ!」
 相対する男二人。ともに全裸。
 この瞬間において、彼ら二人はリスボンで――いや、この海で最も醜い二人であったことは疑う余地が無いだろう。
「ならっ、船員の質ではどうだ! まぁ船長の格においても明らかに僕のが上だがなぁ! ”フォスベリー”は船員も最高に素晴らしいんだぞォ!」
 ゆっくりと、フェレットの視線が水夫達へと向く。
「船長命令だ。脱げ」
「へっ?」
「断ったら今後当分、船上での食事はビスケットだけにするぞ。そしてそれだけでも君達は『こいつはうめぇ! 元気百倍でさぁ!』としか言っちゃいけない……そんな罰ゲームを与えるからな」
 フェレットは前後不覚のまま、そう言葉を吐き続けていた。
 最早相手の声がどのような響きを持っているかすらも、判別出来なくなっている。
「船長。いい加減にしてらして」
「いーや! あのクソガキに一泡吹かせてやるまではやめないぞ! 僕は!」
 背後から響く声。
 それは他の人間達を一瞬にして恐怖に包み込むほど、怒りに満ちていたものだった。
 たった一人、フェレットだけ気付いていない。
「それより、君も身をもってラムの威力を見せてやるんだ! 僕らと同じように脱っ……」
 フェレットは言いながら、振り返った。
 そして彼は表情を固めた。
 感覚がことごとく麻痺していても、さすがに視線に入れば解った。
「……ぐのは、無理ですよね。レ、レディですもんね」
 その凄まじい剣幕は、彼の身体に溜まっていた酒気を何処かへと吹き飛ばした。
「船長?」
「はい」
 フェレットは瞬く間に、ロッティーナに対して従順になった。
 しかしそれでもまだ、彼女の怒りは収まらない。
 収まっていないはずなのに、彼女はにこりと笑った。
 その瞬間の、恐ろしさと言ったら。
 フェレットはその恐怖を正面から浴びて、大口を開いたままで動けなくなった。
「ラムの威力を見せ付けてやる手が一つだけ有ります。私の進言を受け入れて頂けますか?」
「う、うん……。勿論」
「ラムというモノは本来、海上で他の船にぶつける為に使うものですよね。ならば陸上でそれをひけらかしているのは、ラムからしても不本意でしょう」
「……そ、そうですかね。やっぱり」
「そんなにその威力がご自慢でしたら、別の船に対して御使用なさるのが良いと思いますわ」
 ぎくり、とフェレットは身を震わせた。
 いや、まさかそんなはずはあるまい。
 浮かんだイメージを必死に掻き消そうとする。
「何なら私もお手伝いしてあげますけど?」
「い、いや……すいませんでした」
 フェレットはもう一度、改めてロッティーナの顔を見やった。
 紅く染まっている。
 怒りか、照れか……後者は多分、無いとして。
 こんな彼女の顔色を見たことは、今までに何度か有る。
 既に彼女とも航海を共にして長い。
 だから、知っていた。
 ”フォスベリー”の副官、ロッティーナ・フォゼリンガムはそう酒に強い方では無いと言うことを。
「あの、ロッティさんも結構酔ってるみたいだから。その……向こうでゆっくりしてらした方が」
「いえ。”フォスベリー”の副官として、果たさねばならない責務であると承知しておりますから。貴方が本来の棲み処に戻るのを、私が手伝って差し上げます」
 部下に対して敬語を使う船長。
 彼女の機嫌は、何も変わらない。
 ロッティーナは更に近付いてきて、そしてフェレットの身体を持ち上げた。
「ちょっと待て! 正気に戻って!」
 泣き叫びながら彼女を止めようとするフェレット。
 しかし如何ともし難い体勢にある。
 全裸の彼を抱えたまま、ロッティーナは酒場の入り口のほうへと走って行った。
「いやいや、待った! それだけは! この寒空の中!」
「港に停泊しているバルシャにでも突撃して来なさいな!」
 船団の面々が唖然としている中、フェレットとロッティーナの二人は闇夜へと消えて行った。
 いや、ただ一人、アイだけはそれを見て心から楽しそうに笑っている。
 対抗勢力であったパングは自らの勝利を確信したが、その瞬間。
「れッ?」
 彼もまた、中空へと持ち上げられた。
 何とか首だけ振り返らせると、そこにはルーファがいる。
 たった片腕で、パングの身体を持ち上げていた。
「行こうか。パング」
「は……はいっす」
 パングは笑って応じた。
 人は本当に怖い時は笑うしかないと言うが、それは事実だった。
 そして彼らもまたゆっくりと外に――海に歩いていく。
 その後、宴会は”シャルトリューズ”の面々が座るテーブルを除いて、とても和やかな雰囲気で続けられたと言う。

3

「気のせいかしら。今、何かが海に落ちる音が……」
 そう独り言を呟いた瞬間に、もう一度同じ音が鳴り渡る。
 気のせいではなかったらしい。
「一体何が?」
 リィは海の方角を眺めてみたが、夜の闇に阻まれて殆ど何も見えない。
 仕方が無いから気にしないようにして、リィはそのまま目的の場所へと向かうことにした。
(フェレさん達、楽しんでるかな)
 彼女は思いを一瞬酒場へと飛ばして、けれどそれは直ぐに戻って来た。
 少し歩くと、船団の面々が泊まっている宿に辿り着いた。
 一足先に戻ってきたのは、別にもう酒に酔って潰れてしまったからではない。
 自分よりもさらに一歩先に宿に戻って来ているはずの、その人物に会う為だ。
 緊張を隠しきれずに、僅かに足を震わせながら。
 リィは宿屋へと入り、そしてその中の一室へと急いだ。
 がちゃり。
 ドアを開くと、彼は起きていた。
 飲んだのは少量だけだが、極端に酒に弱い性質だそうだからてっきり ベッドに伏していると思ったのに。
「来たか」
 静まり返ったその部屋で、彼は一言そう口にした。
「すいません。折角部屋で休んでいた所を」
 そう、ここにいるのは”永久機関”の船長、かおる。
 何故戻って来ているかと言えば、あの場にいたら皆に酒を飲まされまくって大変なことになるからだ。
 普段ならともかく、今日の酒宴は本当に、酒で人を殺しかねない空気が漂っていた。
「かおるさんにずっと訊こうとしてた事が有って……今しかないと思って、来ました」
「ああ」
 アフリカで経験した、幾つもの悲しい出来事。
 特にかおるに取っては何よりも辛いことだったに違いない。
 その証拠に、普段何時でもとぼけた顔をしている……とぼけた振りを装うのが彼の信条で有るはずなのに、アフリカでの彼はずっと真摯な表情をしていた。
 しかしその反動だろうか――リスボンに到着してからの彼は、まるで呆けた老人のようになっているのだが。
 だけど今は、違う。
 彼は確かに何時にない真剣な表情をして、リィのことを出迎えた。
 失礼します、と小声で言い、リィはかおるがいる場所の向かい側にある椅子へと座った。
「来ると思っていたよ」
 さて話をしようかと思ったその時に、そう言葉が口にされた。
「かおるさん……」
 やはり、この人は知っているのだ。
 私の――記憶のことを。
 そう意識すると、途端に言葉を口にすることに、躊躇いの気持ちを抱くようになった。
 けれどそれでも、今ここで訊かなければ何も進まない。
「あの、クライドさんは」
 何とか口に出した言葉も、直ぐにつっかえてしまった。
 落ち着くんだ、と心にそう強く言い聞かせる。
「クライドさんはどうなされたのですか。あの時に……」
 アフリカで、かおるが独りで海賊団と雌雄を決したあの日。
 クライドは海賊団の一員として立ちはだかった。
 リィもそれを見ていたけれど、結局その後に起こった全ての出来事を把握することは出来なかった。
「クライド?」
「ええ」
 何故そこで疑問系になる。
 リィは心からそう思ったが、言わない。
「ああ、HIGEのことか」
「ええ」
 何故いちいち言い直すのだ。
 リィもそう、いちいち細かいことが気になってならなかった。
「散ったよ。HIGEは」
 しかし次に吐かれた言葉を聞いて、リィの表情には悲しみが浮かんだ。
 その声が、あまりに無感情な響きをしていたからだ。
 元々感情の起伏があまり表に出ない人だけど、その一言だけは、意図的に感情を取り去ったようにして聞こえた。
 まだ、悲しみが生々しいからなのだろう。
「ごめんなさい。こんなこと、訊いてしまって」
「構わん。それでどうした?」
 ぶっきらぼうな返事を受けて、リィは早めに会話を進めてしまおうと思った。
 そうした方がきっと、互いの為にも良いだろうから。
「かおるさんは知らないかもしれないけど……私達、ルアンダで一度あの人に会ってるんです。その時はアスナさんも一緒にいて」
「ふむ」
「その時、クライドさんは去り際に……私に、言ったんです」
「だっふんだ、と」
「違います」
 少し嫌な流れを感じたリィであったが、気にしないようにして自分のペースで会話を続けようとする。
「あんたの中にある未知の部分を、無理に求めようとするな。今を大切に生きろ……と、あの人はそう言いました。……きっとあの人は、私の記憶のことを知っていたんだと思います」
 そう、砂漠で倒れていて――フェレット達に助けられて、そして一緒に旅をすることになった。
 求めてやまない、それよりも以前の記憶。
「かおるさん」
「プォ」
「真剣に聞いて下さい!」
 かおるが思わず飛び跳ねるほどの剣幕で、リィは言った。
「あ……ごめんなさい。つい……」
 はっとして、そう謝罪の声を口にして。
 そして彼女は再び、正面からかおるのことを見据えた。
「かおるさんはクライドさんと仲が良かったって、聞いてます。クライドさんが私のことを知ってるのなら、もしかしてかおるさんだって、私の記憶のことを何か御存知なのではないでしょうか?」
 それは疑問系だ。
 しかし彼女の中では確信があった。
 この人ならば、普段のあのポーカーフェイスの中に何を隠していてもおかしくない。
 現に、自らの過去のことも隠していた。
「ギャル」
 相変わらずの無表情。
 しかしリィは唇を噛んでいて、その表情はさらに真剣味を帯びていく。
 数秒、その場の時間が止まったかのように思えた。
 二人とも何も言わず、ただその空間を形成するモノの一部として、そこにいた。
 ――そして。
「はっはっはっは」
 かおるは笑い出した。
 リィは驚きのあまりに、椅子から転げ落ちそうになった。
 辛うじて持ち堪えたものの、心臓がけたたましく鳴り続けていて、神経が全てそちらに向けられている。
「スマンスマン」
 まだ、笑っている。
「正直なーんも知らん」
「え……」
 リィは再び仰天した。
「えええっ! 知らないんですか、何もっ?」
 今度は逆に眼前に有るテーブルに両手をついて、かおるのほうへと大きく身を乗り出す。
「だっ、だってクライドさんと仲良かったんでしょう! それなのに何も知らないんですかあっ!?」
「まぁ仲は悪くなかったが、私は奴とは相容れん部分があった」
「えっ!」
「あのヒゲの生え方だけは、何時だって腹が立ってならなかったよ」
 その一言は、ついにリィから全ての気力を完全に奪い去った。
 べしゃり、と彼女はテーブルに潰れた。
 いや、最後に一言だけ、辛うじて言葉を放つ。
「じゃあ……どうしてさっき『来ると思っていた』なんて、意味深なことを言ったんですか……?」
「私なりに場の空気を読んだ結果だ」
 その最後の一言は、完全に無駄な労力となって終わった。
「そ、そう、か……」
 よろめきながらも、リィは立ち上がった。
 そして覚束ない動作で踵を返して、ドアの方へと歩いていく。
「ごめんなさい、余計な手間を取らせてしまって。私、帰って寝ます」
「ギャル」
「はい?」
 既にドアのノブへと手を触れさせていたリィに、かおるが声を掛けた。
「記憶のことが、そんなに気になるか」
「気になります。すっきりしないですもの、やっぱり。……そう言ったら、何か教えてくれるんですか?」
「いや、なーんも」
「……失礼します」
 そうしてリィは扉を開き、帰って行った。

(記憶――か)
 誰も居なくなった部屋で、かおるは一人、昔の風景へと思いを巡らせる。
 自らの過去のことを。
 それはずっと、引き出しの中に閉まわれていた。
 一端閉じてしまったそれは中々開けられず、数年間も放ったままになっていたが、最近ではすっかり出し入れが自由になっている。
 誰にも言っていない様々なことを、脳裏に浮かべた。
 印度で過ごした記憶、アフリカでの、他にも様々な場所での記憶を――。
 目を細めて、そしてかおるは考えた。
 考えたが、
(やっぱ何も知らんわ)
 そこにある光景に、あの少女の名は刻まれていない。
 あっさりと諦めて、彼はベッドに入って寝た。

4

 直ぐに寝てしまおうと思っていたが、リィは帰りに何となしにフェレットの部屋を横切った。
 不思議なことに、そこには明かりが点いていた。
(もう帰ってるのかな? 早過ぎるような……)
 そう思いながらもドアを開くと、そこにはやはりフェレットがいた。
 いや、それよりもまず視線に入ったのは、赤い髪を持つ女性の姿だった。
「ロッティさん?」
「あっ!」
 フェレットはベッドに寝ていて、直ぐ傍に寄り添うようにして彼女がいる。
 リィはそれを見ても別に何も思わなかったが、ロッティーナの方はあからさまに表情を変えていた。
「ごっ、ごめんなさい! 私っ、その、別に何かしようとした訳ではないんですが……」
「何か有ったんですか?」
「いえっ、その!」
 彼女は何故か顔を赤らめて俯いている。
 酒に酔っているせいなのだろうか?
 そして何故だろうか、対照的にフェレットの顔は蒼ざめていた。
 それもまた、酔いのせいなのかはわからない。
「ちょっと、体調を崩されたみたいでして……。私が看ていたんですが……やっぱり、邪魔をしてしまいますよね。私、帰ります! それでは!」
「えっ? ちょっと、ロッティさん」
 リィが見送る暇さえなく、彼女は立ち上がって早々に部屋を出て行ってしまった。
 ばたん、とドアが閉じられて、場には二人だけが残される。
「どうしたのかしら……一体」
 それにしても面倒見の良い人だなぁと、リィはそんな感想だけを抱くのであった。
 そうした後改めてフェレットの方を見やる。
 最早人間の顔とは思えない程、顔色が悪くなっている。
「フェレさん。フェレさん、大丈夫ですか?」
 呼びかけても、返事が来ない。
 いや、数秒した後にようやく、ぽそりと声が届いてきた。
「リ……リィ、か」
「フェレさん?」
「僕は、もう……死ぬ」
「何大袈裟なこと言ってるんです。飲み過ぎただけでしょう?」
「ちっ、違う。海に投げ落とされ……いや、僕の不手際で、落ちたんだ」
「海に?」
 道理で、顔色がまるで海のようになっている。
 よく分からないながらも、リィはそんなことを思った。
「ラムが……もっと、大きいのを搭載しないと、歯が立たないと、実感……させられた」
「相当重症ですね。ずっと居てあげますから、じっくり休んで下さい」
「う、ん……」
 ぎりぎりの声を放つと、フェレットはもう口を開かなくなった。
 事情はよく解らないが、本当に辛そうだということは見て取れる。
(まったく)
 反応が完全に無くなったと見て、リィは彼の髪に触れて、優しくさすった。
 そうして暫くの間、彼女はただフェレットのことを見つめていた。
 ただそうやっているだけで何故だろうか、疲れ切った心が見る見るうちに安らいでいく。
(フェレさん)
 言葉には出さずに、心の中で彼の名を呼んだ。
 たまに、信じられなくなる時がある。
 この人が今まで、ずっと私のことを見ていてくれたということが。
 だってそれは、並大抵の苦労では無いはずなのに。
 この人が私を海に連れ出してくれて……大切な日々を、私にくれた。
 身体だってそんなに強くないし、別に取り立てて何か天才的な要素を持っている訳でもない。
 なのにこの人は、私の何もかもを受け入れてくれた。
 こんな幸せを、私に教えてくれた。
”かおるさんはなぁっ、僕らの想像もつかないスーパーマンなんだよ! だから絶対に生きて帰る!”
 あの時――アフリカの海で、かおるさんの安否を祈りながら、この人はそう叫んだ。
 ……スーパーマン、か。
(私にとっては、貴方だって)
 貴方のほうが……貴方こそが。
 心の中で思っているだけなのに、そう浮かべるだけで頬が紅潮するのが分かった。
「リィ?」
 不意に放たれた言葉。
 フェレットの瞳はまた閉じていたが、それがゆっくりと開いて。
 そしてリィのほうへと、向けられた。
「記憶のこと……気になるか?」
「どうしたんですか? 急に」
 本当に急だ、とリィは思った。
 アフリカではそんなこと、一度も訊かなかったのに。
「ん。いや……ね」
 声を口にしている最中、二人の視線はずっと互いだけを見ていた。
「かおるさん……隠してただろ、僕らに。昔のことを……」
「ええ」
「アフリカで、色々経験して……それで思ったんだ。あの人が過去のことを喋らなかったのは……隠したくなるほど、忌まわしい過去だったから……じゃなくて。本当に大事な、大事な日々だったから、だって。だから大切に、そっと閉まっておきたかったのかなって、思ったんだ」
 ゆっくりとだが、フェレットは確かな意思をもって言葉を連ねていった。
 リィはそれに頷くことも出来ず、ただ聞いている。
「本当に大切なものほど、迂闊に人には言えなくなるもんだ。君は暫く、自分の記憶のことを何も口に出さなかった。……僕がかおるさんを追おうとして君に呼び止められた、あの時までは」
 それもまたアフリカの、ルアンダの町外れでの出来事だ。
 かおるを追おうとするフェレットのことをリィは強引に捕まえて、そして心からの声を彼にぶつけた。
 直接記憶のことに関して台詞を口にした訳ではないが、しかし。
 フェレットはふうと音をさせて、大きく息を吐いた。
「記憶は戻りそうなのか?」
「今はまだ……分かりません」
 ようやく、絡んでいた二人の視線が外れる。
 リィはただ下だけを向いてしまった。
「けど少しずつ、何かが変わってきている気がするんです。私はそのことをもっと知りたいけれど、でも、恐くて……」
「リィ」
 再び名前を呼びかける声。
 それはリィの言葉を止めた。
「僕が、絶対に君の記憶を戻させてやるからな」
「フェレさん……」
「恐いかもしれないけど……恐さも、僕と分けよう。そうして一緒に味わおう。そしたら、少しは恐くなくなるだろ」
 ああ、何故だろうか。
 どうしてこの人は不意にこんなことを口にするのだろう。
 誰も入って来れないと思っていた、心の底に優しく触れてくれるのだろう。
 リィはその瞳から、涙が溢れていることに気が付かなかった。
「それで……それで、さ」
「はい」
「何もかもが判って……それでも君がまだ、僕と一緒に居ようって思えていたなら。――その時は、僕と」
 どきり――。
 その言葉は、リィの心臓を弾ませた。
 まずそうなってから、彼女はようやく言葉の意味を把握した。
 彼が何を言おうとしているのかを理解して……そして、その続きを待った。
 それなのに、続かない。
 数秒も待ったけれど、彼は何も言わなかった。
「フェレ、さん……?」
 逸らしていた視線を再び戻すと、フェレットはもう眠りについていた。
 振りをしているのかとも思ったが、一瞬にして寝息を掻きはじめている。
「しっ、信じられない。人間、そんなタイミングで眠ってしまえるものなの……?」
 愕然とするリィ。
 再び、どっと疲れが沸いてくる。
 けれど彼女は今、幸せ心地でいられていた。
 疲れと幸せが同居する、変な気分。
「ありがとう、フェレさん」
 眠っている青年の髪を撫でて、そう口にする。
「でも、今はまだ……。だからもう一度言って欲しい。私が何もかもを思い出した、その時に」
 大丈夫だ、私は。
 私の知らない私がどんなに恐ろしく、忌まわしい存在だとしても。
 この人を愛する気持ちだけは絶対に変わらないと、そう誓える。
 ――ああ、なんて幸せな日。
 幸せな時間を過ごしているのだろう。
 この瞬間のこの気持ちを、きっと私は一生忘れはしない。
「ありがとう。フェレさん……」
 言葉をもう一度口にして、彼女は泣き続けた。



  1. 2006/01/03(火) 03:04:14|
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登場人物紹介【4】

koukai_kaoru2
かおる
 かつて印度にて”海狼”の異名を取った男。胡散臭い外見と言動、そして剣の腕においては右に出るものはいない。ガレー船”永久機関”の船長。

koukai_Eye2
アイ
 ”シャルトリューズ”の船長をつとめる女性。船団随一の酒飲みであると同時に一流の腕を持つ冒険家でもある。また唯一と言っても良い常識派で、変人揃いの船団の良い歯止めとなっている。

koukai_asuna
アスナ
 過去にかおるの乗る海賊船に襲われ、しかし命を奪われはせず、彼のことを家族のように慕うようになった少女。現在は”永久機関”に乗り込んでいる。

koukai_merukioru
メルキオール
 印度に大きな勢力を持つ海賊団の若き首領。ただ自らの野望の為だけに全てを使おうとする、冷徹な心を持っている。かつてかおるを部下に従えていた。




  1. 2006/01/02(月) 01:37:43|
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第十九章 光(後編)

4

 果て無く続く海岸線。
 この辺りは海賊も多いと聞かされており、ヨーロッパから南下してきた際にも、陸伝いに進むのは避けて来ていた。
 そしてその情報は確かに間違っていなかったのだ。
 メルキオールを首領とする海賊団もまた、ルアンダから南へと続く海岸線の辺りを根城としていたのだから。
「そろそろだ」
 ニ日とちょっとの間、かおるは殆どずっと無言でいた。
 だからその言葉もまた、二十数時間ぶりに放たれた声であった。
 慣れ親しんだ船員達も、フェレットでさえも話し掛けることができない程、彼は鬼気迫る表情をしていたのだ。
 食事も、睡眠も取っていない。
「そろそろって……こんな近くに海賊が居るなんて……」
 フェレットは単純に驚いた顔になっている。
 海賊達の軍勢がどれ程のものなのかは解らない。
 だが、その海賊達がもし町に押し寄せてきたらと思うと、空恐ろしくなる。
 間違いなく、ルアンダの町などでは防ぎきれないだろう。
「一定の期間を取って幾つかの箇所を移動している。根城を特定されない為に。今はこの先に居るはずだ」
 さすがに危険が近いとあって、かおるも必要な言葉だけは話すようになった。
「勢力は、どれ位なんです?」
「こっちの最低十倍。最高で四、五十倍だ」
 また何と曖昧な答え。
 フェレットは眉を潜めて黙り込んだ。
(こっちが一隻、しかも沈む寸前なんだからそりゃ十倍はいるでしょうよ。まさか、出遭うなり撃ち込んでこないとは思いたいけど)
 向かう先にいる海賊は、かおるさんの知り合いばかりのはずなんだから。
 ……あの子達を殺したのも、その海賊どもの差し金と言う訳か。
 それなら、攻撃してきても不思議は無い、か……?
(何時でも逃げれる準備しとこう)
 戦いを見届けるとは言っても、そうする事で命を失う訳にはいかない。
 ただ戦いを挑むだけなら、それは自殺行為そのものだ。
 幾ら今のかおるさんでも、まさかそんな気は無いだろう。
 そう願うしかない。
「フェレさん」
 不安げな声でリィが呼びかける。
「います。この先に」
「見えたか?」
「ええ。うっすらとだけど」
 フェレットは目を凝らして見るが、何も見えない。
 時刻は真夜中。
 視界が利かないこの状況で襲撃されれば、ひとたまりも無いだろう。
 さらに数分進み、ようやく他の面々にも敵の存在が視認出来るようになった。
 まるでかかり火が焚いてあるかの様だ。
 所々にぽつん、ぽつんと赤色が点在している。
「帆が赤い……?」
 疑問の色をした声でフェレットが呟いたが、それを向けた相手はこちらに振り返らない。
 フェレットの苛立ちは募る一方であった。
 不安は最早極限、これ以上重なるスペースそのものが存在しない。
(正直、今のかおるさんはまずいかもしれない)
 普段からして特別冷静なイメージは無いが、今は完全に頭に血が昇ってしまっている。
(何とかしてあの人を冷静に。いや、無理か)
 そんな手段が無いことは、考えれば容易に判る。
(仮に僕がかおるさんの立場だとしても……犯人を許して置けるはずが無い)
 かおるさんにとって誰よりも――きっと僕らと同じか、それ以上に大切な存在。
 それを踏み躙られたのだ。
 一体、何の意図で?
 それはきっと訊ねなければ解らないだろうし、今は訊ねても無理だろう。
 そしてそれをする時間ももう、ない。
 幾多もの、赤。
 うち一つが、ゆらりと蠢いた。
「戦闘準備を」
 指示を下すフェレット。
「要らんよ」
 だが、かおるが即座にそれを止める。
 唖然としたのはフェレットだけでなく、全船員だ。
(もう勝手にしろ!)
 フェレットは思った。
 これで撃沈されて皆海の藻屑と消えてしまっても、自分の責任ではない。
 元よりこのガレー船の主は僕では無いのだ。
 こちらへと、船が一隻だけ向かってきた。
 それを見て、フェレットらは益々訳が分からなくなる。
(向こうに戦闘の意思は無いってことか? そうだろう。そうで有ってくれ)
「あ、あの船に火薬が積んである、なんてことないですよね……。傍に来て爆発するとか……」
 リィの声にも「有り得ない」と返事することは出来なかった。
 だって、その船はあまりに不気味な外見をしている。
 他の船とは違い、帆は赤くない。
 鉄張りの黒い船体に黒い帆、さらには髑髏の紋章まで付けられているのだ。
 普段ならばジョークとして笑い飛ばしてしまいそうな程の、不気味な外見。
「あれは”人畜無害”だ」
 意外にもそう、かおるが返答をした。
「……安全ってことですか?」
「いや、船の名前」
「そうなんですか……」
 誰かの船と似たネーミングセンスだと、リィは思った。
 緊張感をいきなり寸断されて、妙な気持ちのまま、そのフリゲート船の来訪を迎えることとなる。
 攻撃を仕掛けてくる様子もない。
 フリゲートは”永久機関”の間近までやって来て、そして止まった。
 ここまで近付けば、さすがに向こうの船員達の影も目に入る。
 数は間違いなくこちらよりも多く、そして皆こちらのことを見ていた。
 攻撃もしないし、声を掛けてくる訳でもない。
 何をしているのかと思えば、やがて船から船へ小さな橋が掛けられた。
 ”永久機関”から起こしたリアクションではない。
「渡って来いってことかよ……」
 フェレットが呟き、足を一歩前へと進めた瞬間。
「用が有るのは一人だけだ。後の奴等はそこに留まってろ。少しでも変な素振りを見せたら撃つ」
 そんな声が響いてきた。
 思わず、宙に上げた左足が浮かんだまま、そこで停止する。
「さぁ、来いよ」
 再び届いてくる、男の声。
 それは、リィには聞き覚えのあるものだった。
 声もそうだが、ぼんやりと見えている姿もだ。
(あれは確か、アスナさんと一緒に居た……クライドさんだわ。かおるさんの過去の話にも出てきた)
 海賊団にかおるさんを連れ戻したのもあの人のはず。
 油断は出来ないけれど、しかしいきなり殺し合いが始まることは無いだろう。
「じゃ行って来る」
 かおるはぽつりとそう言って、タラップを渡り始めた。
「ちょっと、かおるさん!」
 フェレットを始めとした、船員達の声が一斉に放たれる。
 しかしそれは、彼の足を止める程の力を持ったものではなかった。
「本当に知らねえぞ! もう」
 フェレットとしてもそう吐き棄てるしかない。
 動けば銃で撃たれるとあっては、さすがに何も出来なかった。
「仕方無い、僕らはこの場で制止だ。とりあえず遺言は今の内に考えとけ! 辺りに居る海洋生物どもに、胸を張って聞かせるつもりでな!」
 更にやけくそになってそう叫ぶ。
 にしてもこの状況――針の筵の上に立たされている気分だ。
 前方にいる多数の戦闘艦。
 どれか一つでも砲弾を浴びせてきたら、即座にお陀仏だろう。
(何とかして、かおるさん。本当に頼むから)
 そしてこの状況においても、結局はあの無謀極まりない男のことを頼るしか出来ない自分に、フェレットは憤りとやりきれなさを覚えるのだった。

5

 かつてメルキオール海賊団の双璧と呼ばれた二人の男。
 今、戦士の顔をして再び顔を遭わす。
「久しぶりだな」
 クライドの声に、かおるは何も返さなかった。
 表情は透明色。
 しかしきっかけが有れば箍が外れ、そこから感情が溢れ出るだろう。
「知ってるか。マー坊達が死んだのを」
 そう声を吐きながら、つかつかと歩いて来る。
 そのまま襲い掛かるつもりなのだと、そう判断した船員達が二人の間に割って入った。
 邪魔だ、とそう言わんばかりに。
 船員の内一人の顔面に、かおるは迷うことなく拳を叩き込んだ。
 地面に崩れてのた打ち回る船員。
 それを見て、さらに三、四人がかおるのことを囲んだ。
「どけ」
「出来ません。貴方の頼みで有ろうとも」
 船員の一人は言った。
 この船の名は”人畜無害”――かおるが海賊団に居た際に使用していた船。
 船員達とも顔見知りなのだ。
「この船の水夫じゃなければ、殺してる。しかしこれ以上行く手を遮るなら、殺す」
「おいおい。てめぇは本当に狂犬みてぇな奴だな」
 クライドはわざとらしく、茶化すような口調で言った。
「お前ら、どいてやれ。ちゃんと話してやるから、その代わりてめえも少しはじっとしてろ」
 その指示で、かおるの包囲は解かれた。
「ガキ共はみんな死んだか?」
「アスナは無事だ。だが後は死んだ」
「そうか」
「知らなかったのか」
「手を下したのはこの船団の奴じゃねぇからなぁ」
「メルキオールの差し金だろう!」
 かおるは激昂した。
 しかしクライドは動じることなく、それどころか笑みさえ浮かべている。
「『何故殺した』。そう訊きたいんだろう?」
 大サービスだ、話してやる。
 かおるの表情を見下すようにしながら、クライドはそう続けた。
「要するに俺は、お前とガキ共の監視役だったって訳よ。今まで気付いて無かったとは相当間抜けな野郎だな、テメェも」
「何だと……」
「メルキオールはお前の力を何より欲しがっていた。以前お前がいなくなった時も、メルキオールは俺達に『命に代えてでも探して来い』と言った。だが、結局見つからなかった。数年も経ってベルゲンで遭ったのは本当にたまたまだったからな」
 そしてかおるが再びメルキオールの元に帰って来た時……その喜びようは、大変なものだった。
 その声はただ淡々と事実を語るのみ。
 薄ら笑いも消え、クライドは語り手のように話を続けた。
「だが、テメェはもうすっかりあのガキ共に骨抜きにされちまってやがる。だからあのガキ共を飼って置くことにしたってワケだ。お前がそれで海賊を続けてくれんなら、仕方無えってな」
「なら、何故……」
「元々それはメルキオールにとっても本意じゃなかったからな。我慢の限界が来たって所だろう。俺もそう詳しくは知らん、後は本人に訊くんだな」
「お前は知っていたのか? メルキオールが子供達を殺そうとしていたことを」
「ああ。まあしょうがねぇと、そう思ってたぜ。あんな薄汚ねぇガキ共が死んだところで、世の中何も変わらんからな」
「そうか。残念だ」
 かおるは剣を翳した。
 クライドも腰から獲物を抜き、同じように翳す。
 海賊団の双璧――”海狼”と”黒き虎”。
 剣を交えるのはこれが最初で、そして最後になるだろう。
「クライド様……」
「てめぇらは黙ってろ」
 船員達を制し、そして一対一の勝負に臨む。
 隙を窺いつつ、二人はその場で構えている。
「お前はヒゲの生え方以外はまともな奴だと思っていた」
「変人にまともと思われてても、何も嬉しくねぇな」
 びゅうと、風が吹いた。
 それは目に見えないほどの量の砂を運び、そしてそれが二人の間の空 間に少しだけ流れた。
 合図を受け、二人は疾る。
 二つの光が夜の空間を切り裂き――勝負は、その一瞬でついた。
 船団の帆よりも鮮やかな赤が飛沫となって舞い散る。
 倒れたのは――クライドだ。
 かおるは剣を鞘へとしまい、そしてクライドのことを見下ろした。
「子供達はお前のことも好きだったよ。何故こんなことになった?」
「海賊が、人を殺すのに、何故もクソも無えだろう」
 げほ、とクライドは血を吐いた。
 身体が二つに裂けかねない程の傷を負っている。
「お前は、あの子達のことを……」
 かおるの表情に、悲しみの色が混じった。
 眼の前に居るこの男の死が悲しいのではない。
 あの子供達と過ごした日々、その内の三分の一位だろうか――子供達と一緒に、クライドはいた。
 子供達も最初は恐がったがやがて受け入れ、そして仲の良い友人となった、はずだった。
 あの幸せの光景の中に、僅かでも偽りの色が雑じっていたことが悲しくてならなかった。
「かおる船長」
 物音がしなくなった空間に、か細い声が響いた。
 本来はそうでないのだけれど、躊躇いがちに発した為そうなったのだ。
 かおるが振り返ると、そこには一人の船員が立っていた。
 この船の副官を務める男で、かおるもよく知っている人物だ。
「クライド様は、ずっとメルキオール様の行動を止めようとしていました。子供を殺す理由など何も無いと」
「何?」
「しかし無理だったのです。メルキオール様は全く聞き入れようとせず……結局この船の面々とクライド様の耳には入れずに、手を下してしまったのです。クライド様は出来る限りの尽力をされました。しかし一人ではどうにもならなかったのです……」
「HIGE」
 かおるの表情に、焦りの色が浮かんだ。
 それを見て、クライドはくっくっと笑う。
 血を吐きながら、さも可笑しそうに笑っていた。
「らしくねぇ、顔してやがるぜ」
「何故黙っていた!」
「それが俺に出来る償いだったからよ」
 かおるのほうを見ていたその黒い瞳が、空へと向けられた。
 上空はただ黒いだけ、何も見えない。
 いや……点々と、白色が浮かんでいる。
 それは雲ではなかった。
 目が開けられなくなる程、眩い白色だった。
「悪役に徹して死んだほうが、楽だってのも……有るしな。『実は良い人でした』なんつわれても、お前も反応に困るだろうよ。……あのガキ共もな」
「アスナに伝えることはあるか」
 命の灯火はじき消えるだろう。
 最早してやれることは他にないと判断し、かおるは訊ねた。
 しかし、言葉は返ってこない。
「HIGE!」
「ああ。ちっと考えたが、別に何も無ぇ。あれはもう、十分大人だし、何も言わんでもやってけるだろうよ」
 それより。
 そう挟んで、クライドは続けた。
「テメェは大問題だ。言いたいことが有り過ぎて、死んでも死にきれん。……だからテメエには言っとく」
 まるで砂時計が落ちるかのように、黒を少しずつ染めていく真逆の白。
 白――?
 違う、それは光だ。
 段々とその割合が増えていく。
 やがて全てが光に覆われて……終わるのだろう、それで。
 クライドは実感した。
 もう直ぐそこに、死がやって来ているということを。
「……あのガキ共のことを想うなら、テメェは生きてやれ。この先ずっと……生きて生きて、生き続けろ」
「俺がHIGEの後追い自殺をするとでも思っているのか?」
「この後、奥に向かうならば、そうなる。だから、止めておけ。……メルキオールの……この海賊団のことは全て忘れて、別の所で生き続けろ」
 声が段々と擦れていく。
 聞き取り辛い質のものになっても、全ては真っ直ぐに耳へと伝わってきた。
「ガキ共の、仇討ちなんぞ、考えるな。殺、される、だけだ」
「無理な注文だ」
「テメェって奴は。まぁ、素直にはいと言われても、気持ち悪い、がな……」
 息も絶え絶えになりながら、クライドは呆れ顔を作ってみせた。
「ふ、ははは」
 そうして笑う。
 心から楽しそうにして。
「お互い……堕ちたもん、だな。人殺しが仕事、のはずの、俺達が……あんなガキどもの、為によ」
「HIGE」
「……悪くねぇ、か。それも」
「おい、HIGE!」
 かおるは再び彼のことを呼んだ。
 しかし返事は無い。
 二度ともう、言葉を言わないだろう。
 身体も動かないだろう。
 彼はもう、光に呑み込まれてしまった。
「かおる船長。私達は貴方に従います」
「連れて行ってくれ。メルキオールの元へ」
 ”人畜無害”の船員達にそう伝える。
 その意思は、微塵も揺らぐことがなかった。
(すまんな、HIGE)
 しかしお前の心配は杞憂に終わるだろう。
 俺が、この手で何もかもを終わらせてくる。
 全ての原因はこの手に有るのだから、俺がやらなければいけない。
「……いや、船長」
 船員の一人が驚愕の声を吐いて、前方を指差した。
 その先から迫り来るのは巨大な海の要塞。
 全長約六十メートルは有るだろうガレアス船だ。
 動きこそ素早くないが、こと火力においてこの船の右に出るものはいない。
 前方に取り付けられた巨大な衝角(ラム)の一撃をまともに浴びれば、大抵の船は木っ端微塵だろう。
 あのガレアス船の名は”ルーレライ”。
 他ならぬこの海賊団の首領、メルキオールの乗る船。
 配下の船を留めて置き、自ら出向いてきたその真意は?
「同じと言うことか。奴も」
 そうだ、昔からどんなことでも、自らの思い通りにならなければ気が済まない奴だった。
 いい加減、結末の一ページをめくることを待ちきれなくなったのだろう。
 そこに描かれているのが何か――誰が死し、誰がそこに立っているのかを、確かめたくなったのだろう。
 ”ルーレライ”もまた眼前まで迫り、そして立ち止まる。
「来い」
 メルキオールの声だ。
 それに誘われるようにして、かおるは再び歩き出す。
「私達はどちらの手助けをすることも出来ません。どうぞ、ご無事で」
 副官の男の言葉。
 今、かおるは彼らに対して完全に背を向けていた。
 後ろから撃とうと思えば、簡単にやれただろう。
 ”人畜無害”は決して長い付き合いをした船ではない。
 一度海賊団を抜け、数年の時を経て戻ってきてから乗ることになった船だ。
 だから、この船の水夫達ともそう親しい仲には無い。
「ああ」
 それなのに、まるで長きを暮らした家から出て行くかのような寂しさを感じる。
「そっちもまぁ、テキトーに頑張れ」
 たった一年足らずでも、海に出る時はいつだって一緒にいた仲間だ。
 俺のテキトーな命令にも、時にはぶつくさ言いつつも、ちゃんと従ってくれた。
 付き合いが短くとも、彼らは確かに仲間だったろう。
 かおるは自分の心に向け、そう訂正をした。
 ”ルーレライ”から伸びて来ている架け橋を渡ると、そこには百人を超す海賊達が武器を持ち、待ち構えていた。
 かおるの場所から最も遠い位置に、この海賊団の首領はいる。
 暗闇のせいもあって、声は聞こえても表情は見えなかった。
 声だけではない。
 エメラルドの波よりも高い音色が、場に響き渡ったのが聞こえた。
 それは、メルキオールが指を鳴らした音だ。
 合図を受けるや否や、船内を埋め尽くしていた海賊達が一斉に襲い掛かってきた。
 剣、槍、斧。
 それぞれの武器を振り翳し、四方八方から、ばらばらに。
「下らん趣向だ!」
 最も早く到達したのは、三人の海賊。
 かおるの剣は閃光と化し、それらを全て一太刀の下に切り落とした。
「生憎、俺はこの船の水夫をろくに知らん。容赦は出来んぞ」
 冷たく言い放つも、その声を聞き取れたのはたった数人だっただろう。
 関係無く、海賊はかおるの腕を掴もうとし、足を千切ろうとする。
(邪魔だ……)
 纏わり付いてくる魍魎どもの体を、まるで風を割るかのように引き裂いていった。
 圧倒的劣勢のこの修羅場において、冷静さと獰猛さを併せ持った剣技でもって、全てを砕いていく。
(何と虚しき事をしている。自分は!)
 腕を飛ばし、首を叩き潰しながら、かおるは思った。

6

 孤独な闘いが始まってからずっとの間。
 ”永久機関”にいる面々は、その惨状をただ眺めていることしか出来なかった。
 かおるは元々あの海賊団の一員であった。
 だからこそああやって奥へ進むことが出来たのだが、自分達はそうはいかないだろう。
 下手な行動を取れば、直ぐに集中砲火を浴びて沈められてしまうはずだ。
 その証拠に、こちらを牽制するかのようにして、三隻のフリゲート船が周囲を徘徊していた。
 かおるが渡っていったあのガレアスまでの距離は、そう遠くない。
 地獄と見紛いかねない狂気の声も、全て届いてきていた。
「何っ?」
 勢いよく、こちらに飛んでくるものがあった。
 それは誰にも当たらず、丁度リィが立っている付近の地面に激突し、転がった。
「あ……いやあっ!」
 リィは吐き気を催して、思わず右手で口を覆った。
 あのガレアス船から落ちてきたそれは、人の上半身だったのだ。
「まだ……二つ三つ、飛んできそうな勢いでやすぜ……」
 船員の一人が戦慄に彩られた声でそう呟く。
 馴染み親しんだ人間でさえ、あの場で死闘を繰り広げるかおるを見て、恐怖を覚えることしか出来ずにいた。
 助けに行くことが出来ない自分達の不甲斐無さを呪うより前に、ただ「恐い」としか思えずにいたのだ。
「化け物、ですぜ。あれで勝っちまったら」
 今まではその化け物という単語も、幾らか冗談めいた含みをもって響いていた。
 しかし今は違う。
 彼が何処か別の場所に行ってしまうような……行ってしまったような、そんな気がしてならなかった。
「リィ、平気か」
 口を押さえて蹲ったままのリィの背中に、フェレットが優しく触れた。
 しかしリィは返事を返せない。
 仕方無く彼女の身体に触れたままで、フェレットは再びあの喧騒へと目を向けた。
 暗闇に閉ざされていてよく見えないけれど……絶えず、何かが飛び散っている。
 それは血か、肉片か。どちらもだろう。
(……目を背けるな)
 幾つもの思い出の中で、彼が口にしてきた間の抜けた――大好きだった台詞の数々。
 その何もかもが、当て嵌まらない……今のあの人には。
(目を背けるな!)
 全身を震わせるその感情を、フェレットは強引に抑え込んだ。
(あれが、あの人だ。受け入れるんだ!)
 彼がたとえ猛獣であろうと、修羅であろうと。
 仲間である事実が揺らぐ理由にはならないだろう!
 自らの心を両の手で強く握り締め、何もかもを吐き出すかのようにしてそう叫び、言い聞かせた。

 船を浸す紅の海は、さっきまでそこにあった嵐が残していったもの。
 或いは嵐を熾したのは、彼の手に握られているその剣だとも言える。
「満足か、これで」
 羽織っている黄土色のドルマンも、黒色のトルコ帽も全て、ただ一色に染め上げられている。
「別に。当然無事でいるだろうと思っていたからな」
 この場にいるのは、たった二人だけ。
 海賊団の主メルキオールと、かつてその部下であった男。
 彼ら二人の周りに有るのは、躯、躯、骸。
「クライドでさえも、倒してきたか。なら当然俺のことも殺す気なんだろうな」
「そうする理由が有る。そしてその理由を生み出したのは貴様だ」
「俺にも、あの子供達を殺す理由があった。利害と利害が対立するならば、対決も止むを得ないと言う所か」
「言ってみろ。理由を」
「指図するな。俺に」
 ぎん、と視線が絡む。
 激しい剣戟が響いたかのようになって、その後暫定的な静寂が戻る。
「かおるよ」
「何だ?」
「俺をどのような人間だと思っている」
「ようわからんヤツだと思ってる」
「それだけで済ますとはな」
 玲瓏な声で、メルキオールは笑った。
 こんな場所にいなければ、誰もがこの人物のことを海賊などとは思わないだろう。
 美しく整った顔立ちをした、中性的な雰囲気をした海賊。
 比類する人物は、恐らくこの海にはいない。
「彼らは関わり過ぎたんだよ。俺とお前にな」
 メルキオールは言った。
「俺がどれだけお前の事を欲していたか解るか?」
 美しき青年の容貌――その瞳に、僅かな色が混じる。
「お前がいて、クライドや他の奴らがいて、そして俺達は様々な海を進んでいた。充実した時間だったよ」
「別に」
「それを奪ったのは、あの子達だ。俺がお前から大切なものを奪ったように……な。そう言えば、俺の気持ちが解るだろう?」
「ヌヘッ」
 かおるは憮然とした表情をしたまま、理解不能な言語で吐き棄てた。
「そもそも俺がいなければ、あの大火に包まれて子供達は死んでいた。今更もう一度死んだところで、少しでも長生き出来たんだ。満足だったろうよ」
 そこまで言い、メルキオールは一端言葉を区切る。
 一瞬の静寂を挟み、再び口を開いた。
「もっとも……あの時にしても、あの子達がお前にとって大事な人間だと聞かされたから生かしてやったまでだ。……お前の為に生かしてやったんだよ。そのことを忘れて刃を向けるとは、お前も恩知らず極まりない男だな」
「メルキオール」
「何?」
「俺の中に、お前の描かれた絵は無いよ」
 相手の言葉の拍子を崩すかのようにして、かおるは言った。
 その言葉は、メルキオールの眉を僅かに動かさせた。
「あの子らと出逢って無くなったんじゃない。最初から無かったんだ」
 ずっと、白だけで満たされていた。
 何も描かれていなかったその絵……キャンバス、か。
 メルキオール、クライドと共に過ごした日々も、そこには何をも添えてくれなかった。
 白が白であることを、ただ強調しただけだった。
 彩りを加えてくれたのは、子供達。
 見たことの無い様々な色を塗ってくれた。
 乱雑なようでいて、しかしこの世のものとは思えない程に素敵な絵を描いてくれた。
 それまでこの世界はただ白一色だと思っていたけれど、そうでないことを知った。
「確かにHIGEは良い奴だった……お前もな。だが、俺はここで充実を感じたことは一時たりとも無かった」
 かおるはそこで言葉を切った。
 さっき、メルキオールがそうしたように。
「全てはお前の勘違いだ」
 その言葉が刃よりも鋭いものだと知りつつ、そう口にした。
「そうか」
 それでもまだ、メルキオールは平静を保っている。
 保っているように見えた。
「子供、達が死ねば。選択肢を取り去ってしまえば、お前は俺達を、俺を選んでくれると思っていた」
 けれど、溢れ出てくる。
 感情が徐々に声に乗っていく。
「……最初から、俺のことは歯牙にも掛けていなかった、という訳か」
「まあそうなる」
「なら、ば」
 その感情は、ついにその体をも動かした。
 ひゅん、と風を切る音が鳴り。
「今ここでッ、選択肢に加えてやる!」
 一瞬で、メルキオールはかおるの位置まで迫った。
 その手に持った剣が、朱に染まった剣とぶつかり合う。
「有無を言わさず服従させてやるよ! あのガキ共の記憶も何もかも……朱一色に塗り潰してやる! この俺が!」
 感情の爆発。
 かおるはそれを真っ向から受けて立った。
「手加減出来んよ」
 言葉通りの、相手の受け辛い部位を狙っての攻撃。
 しかしメルキオールはそれを軽々と捌いて見せる。
「――たとえ女であっても、な」

 戦いは、それから数時間も続いた。
 百合では足りぬほどに撃ち合い、まず先に、メルキオールの持っていた小剣がぽきりと折れた。
 その隙を狙って攻撃を繰り出すが、すんでのところでかわされる。
 地に落ちていた新たな剣を拾い、再び剣戟を響かせる。
 それは獣の牙と牙のぶつかり合いだ。
 全てが必殺の攻撃を互いに弾き合う、その時間が続く内。
 メルキオールは、思った。と言うよりも、改めて再認識をしたのだ。
 この男はどうあっても、誰かのものになるような男ではないと。
 肉体が死しても、魂が断固として拒否するだろう。
 そんな奴だからこそ、惹かれた。
(俺とあいつが混ざり合うことはない、か。ならば)
 考えていられる分だけ、メルキオールには余力があったと言っても良いだろう。
 怒りに身を震わせていても、彼女はまだ理知的な部分を使用して剣の駆け引きをしていた。
「さすが、俺が惚れ込んだ男だけある」
 かおるの攻撃をかわすと同時に、小さく呟くように言った。
 そして、にやと笑った。
 笑って見せたのだ。
 俺の力はまだまだこんなものではないと、誇示するようにして。
 それはかおるには出来ない芸当だった。
 いや、凡百の敵が相手なら、彼でもこなせただろう。
 しかしこの戦いは違った。
「ヌッ!」
 いよいよ、メルキオールの突きがかおるの肩を掠った。
 攻撃のスピードはさっきまでと変わりない。
 しかし、そこにまた別の力が乗り始めていた。
 かおるの攻撃は、依然として当たらない。
「ならばせめて、俺が惚れ込んだ……そのかいというものを見せてみろ!」
 隠していた力――それは凶暴性、だ。
 かおるの剣を正確に薙ぎ払い、メルキオールはかおるの脇腹を突き刺した。
 致命傷には至らなかったが、さすがにかおるの顔にも驚愕の色が浮かんだ。
(強い!)
 まともに剣を交えたことは一度たりとも無かったが、まさかここまでの使い手だとは思わなかった。
 ……さっき、HIGEは手加減をした。
 奴が本気で戦えば、間違いなく勝負は長引いたはず。
 だがこいつは間違いなく――俺よりも、HIGEよりも上。
(ッつーか)
 自らの力がこれで全てかと問えば、そうではないと答えるだろう。
 しかし。
(眠……。腹減った。無理)
 ほんの僅かだが、かおるはそう言い訳をした。
 瞬間、メルキオールの拳が彼の左頬を捉える。
「ぐはっ!」
 剣を持っていないほうの手で殴られた。
 そんな屈辱を感じている暇もない。
 吹き飛ばされた先には、もう地面は存在していなかった。
 何時の間にか、ぎりぎりの所まで追い詰められていたのだ。
「ぬおぁッ!」
 ”ルーレライ”から弾き出され、かおるは海面へと落下した――かに見えた。
 が。
 ぎりぎりの所まで寄り添って来ていたフリゲート船”人畜無害”の船体が、そこにはあった。
 かおるは海に落ちることなく、そのままかつて自らの家であった船へと突っ込んだ。
 だが、それだけではない。
「あの、野郎……っ!」
 船上で感情を昂ぶらせるメルキオール。
 その顔に、大きな傷跡が出来ていた。
 船から落とされた瞬間にかおるが放り投げた――或いは単にすっぽ抜けた剣が、その頬を掠っていったのだ。
 ぽた、ぽたと地面に垂れるその血を、メルキオールは自分のものだと信じられないようだった。
 右手で頬を擦り、改めて赤い液体を目にして、しかし彼女は笑った。
「そう……だ。こうでなければな! 俺の目は節穴では無かったと言うことか!」
 自らの予想を超える力を持つものは、今まで一人としていなかった。
 ただ一人、あの男を除いては、だ。
 しかしその力はもう、自分の為には揮われない。
 それが残念でならなかった。
「お前達ッ!」
 メルキオールは叫んだ。
 ”ルーレライ”にはもう船員はいない。
 だから、他の船へと向けられた言葉だ。
「帆の赤くない船は全て沈めろ! あのガレー船とフリゲートだ!」
 指示を下すや否や、沈黙を守っていた赤色が、前へと進み始める。
 元より深く入り込んだ位置にいたフリゲート船”人畜無害”には、瞬く間に数十の砲弾が撃ち込まれた。

「かおるさん! かおるさん!」
 ”永久機関”から、フェレットが、船員達が悲痛な声を上げた。
 そう言っている間にもかおるが落ちていったフリゲート船には、さらに追加の砲弾が叩き込まれている。
「フェレットさん! どうすれば……」
 船員達は皆、フェレットに意見を求める。
 そう言われても、この場で即座に結論を出すには、あまりに両天秤に掛けているものが重過ぎた。
 ”永久機関”にも危険が迫りつつあることは、知っている。
 今は直ぐ近くに居る”人畜無害”がブラインドとなって、攻撃が届いてこないだけのことだ。
 あの船がやられれば……次の標的はこっちだ。
 そして今の状態では、下手をすれば一時間と持たずに沈没させられかねない。
(くそ!)
 フェレットは唇を強く噛んだ。
「退くぞ! 死ぬ気で退け!」
「フェレさん、かおるさんは!」
 リィが泣き叫ぶようにして言う。
 フェレットの唇から、血が溢れた。
 涙のように、ぽたぽたと地面に落ちた。
「かおるさんはなぁっ、僕らの想像もつかないスーパーマンなんだよ!
 だから絶対に生きて帰る!」
 この状況で、その言葉に確信はない。
「けど、僕らは違うだろう! ただの人間だから銃で撃たれれば死ぬだろう! 逃げないと話にならないだろう……!」
 しかしそう言い聞かせるしかなかった。
 何よりも、自らの心に。
 命令通り、ガレー船は後退を始めた。
 船員達は皆、むせび泣いていた。
 幸い、敵の追撃はなかった。
 その代わり全ての攻撃はフリゲート船へと集中し――最後に”永久機関”から辛うじてその姿を目にした時、それは半ば鉄屑と化していた。
「元々、てめぇらの仲間だった船だろう! これだから海賊ってのは……! 僕は百回生まれ変わっても、一回足りとも海賊なんかやらないからな!」
 去り行く光景に向け、フェレットはありったけの文句を放って棄てた。
 彼もまた、涙を流しながら。

 役者が退いた後の”ルーレライ”に、たった一人の女性が残されている。
 眼前に有る、既にその殆どが海中へと沈んでいるフリゲートを見て、その唇は無感情に笑った。
 彼女はそうして、独白を続ける。
「俺が見込んだ男なら、生きて見せろ」
 浅黒き肌をした貴公子メルキオール。
 やがてインド洋からアフリカにかけて一大勢力を築き上げた後、全権を部下へと譲り、名を変えて一人の女性として生涯を過ごしたと言う。
「これからもずっと、な。時がお前を殺すまで――」
 かおるとメルキオール。
 今後の時において、この二人が関わることはもう、無い。

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  1. 2005/12/31(土) 04:51:59|
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第十九章 光(前編)

1

 ケープに帰還を果たした時、その変わり果てた船団の姿に冒険者達は改めて戦慄し、そして悲しみを覚えた。
 船の数は半数に減り、残った船も全て今にも沈みそうな程に傷付いている。
「死んでった奴等も浮かばれねぇな。冒険者ならよ、新しい大陸を目指してる途中に死ねりゃぁ本望ってやつだろう。だが奴等は皆、金の為に死んだんだ」
 共同戦線を張った冒険者の一人、ジャン・イーヴはそう呟いた。
 呆然として、陸から空と船を見やりながら。
「だが、それは残された奴らを幸せにする宝だ。奴等は俺達を生かす為に死んだ。俺達の幸せの為、死んだんだよ」
 彼の船団のボスである男、ピオが言う。
「そう思うしかねえやな……」
 他の船団の会話。
 フェレットらはただ無言で、それを聞いていた。
 皆、それぞれに海を眺めながら。
 想いを風に運ばせながら。
 フェレットらの船団の被害も相当なもので、パングの駆る”嵐を呼ぶ鹿号”が沈没し、辛うじて船員達は救出されたものの、船そのものは海の藻屑と消えた。
 その他フェレットの”フォスベリー”やかおるの”永久機関”にしても、何とか航行は可能だが、最早戦闘をこなすことは出来ないだろう。
 きっと、今回の報酬で船団の船を全て買い換えることになるだろう。
 前々から話していた事だ。
 しかし今はまだ、誰もがそれを口にしようとはしなかった。
 それぞれの船の、命を落とした船員の顔を思い浮かべ、ただそうして海岸にいた。
「フェレッチ君、アイさん。それにギャル」
 ぽそり、と後ろから吐かれた声に、三人は振り返った。
 何時もと同じ顔をして、かおるがそこにいる。
「ちょっと来てくれねが」
「ねが?」
「来てくれないか、ってことだよ」
 意味が判らないでいるリィに向け、フェレットがさり気無くフォローを加えた。
「けど……何処へ行くの?」
「どっか」
 アイの言葉も流し気味に、かおるは既に歩き出している。
 町のほうに向かうのかと思いきや、海とも町とも違う方角へと進んでいく。
 そちらには文字通り何も無い荒野が広がっているだけだ。
 三人は顔を見合わせた。
 仕方なく、フェレットは付近にいたカリタスに声を掛けた。
「ちょっと……僕ら、出掛けてきます。多分そんなに掛からないとは思うけど、もし遅れるようだったら報酬の話しといちゃってください」
「ああ。それじゃ酒場で待ってるよ」
 礼を言い、三人はもう姿が殆ど見えなくなっている、かおるの後に続いた。
「どうしたんでしょうね? かおるさん」
「多分、話してくれるのよ。これまでの経緯を」
 駆け足で追いながら言葉を交わす、リィとアイ。
「あの子供達と何があったのか、話してくれるんだわ。……家族だって言ってた、あの子達の事を」
 そう言った後、アイはいきなりフェレットの服の裾を引っ張った。
 予想外のことで、バランスを崩して立ち止まるフェレット。
 アイとリィも、立ち止まる。
「どうしたんですか、急に」
「けど、かおるさんは戻って来てくれたもんね」
「え?」
 何に対しての”けど”なのか。フェレットはその意味を判りかねた。
「これからもずっと、この船団にいてくれる。絶対、そうに違いないわよね」
「そうですよ。じゃないと、私達がここまで来た意味が無いですもん」
 リィが言葉を重ね、二人はまた止めていた足を動かし始めた。
 フェレットも少し遅れて、二人に続く。
(いや。わからない)
 ただそれだけ思って、彼一人、無言で。
 ”かおるさんは帰ってきた”
 ”もう、何処にも行かない”
 そんなことを考えるのはよそう。
 これから僕らは真実を知り、その果てに大いなる喜びか――悲しみが待っているのだから。

 辿り着いた先。そこには何も無かった。
「ここで」
 かおるがただそれだけ言い、この場が終着点となった。
 そして語り始めたのは、自らの歴史。
 野が有って、ただ緩やかな風だけが吹くその場所で、彼らは瞬きもせずに話を聞いた。
「元々は、海賊をしていた」
 果ての地――印度の海で。
 名立たる海賊団の一味だった。
 人を殺すことは好きではなかったし、血に塗れた金銀財宝に魅力を感じることもなかったが、しかし選択肢は他に無かった。
 西から東に、或いは東から西に向かうことしか出来ない狭い海路――スペインの、ジブラルタル海峡のように。
 何年もの時間をそうして過ごし、この命が尽きるまで、それは絶えず続くのかと思われた。
 彼らに逢わなければ、きっと続いていただろう。
 それはもう十年も昔のことになる。
 海賊団の首領メルキオールとは別に、その時自分は地方艦隊として別働隊を率いていた。
 その別働隊のリーダーは自分の他にもう一人、クライドという男。
 近隣の海を牛耳る海賊団と戦闘状態になり、幾度も小競り合いを繰り返している中、あの子供達と出会ったのだ。
 元々は、自分達が襲った船に乗っていた。
 今にも落ちて来そうな、暗く重い曇り空をしていたその日。
 他の水夫を皆殺しにし、最後に船室で、小さくなって震えている彼らのことを見つけた。
 四人のうち、一人はまだ赤子。
 それを抱きかかえている少女でさえも、まだ十年生きているかわからない程に幼い。
 ”殺すな”
 そう指示をしたのは、或いは気紛れだったのかもしれない。
 彼らを連れて帰ったのも、きっとそうだった。
 元々、金なら手に余る程有った。
 外れの地に小さな家を手に入れて、彼らと共にそこで暮らし始めたのだ。
 海賊稼業と兼任での、主夫の……子育ての仕事。
 それは新鮮で、そして楽しかった。
 たまに帰ってきては彼らと過ごすその時間を、何よりも大切だと感じるようになっていた。
 そのことは海賊団の皆も知っており、しかしメルキオールの耳には入れなかった。
 別働隊を率いるリーダーとしての仕事はクライドに任せ、自らが生きるためではなく、子供達の為に人を殺し、金を手にする日々。
 それが何年か続いた、ある日のことだった。
 その日はとても乾いた風が吹き荒れる日で。
 火が何処から出たのかは解らない。
 しかし船から見えるほどの炎が、その乾いた大地を覆い尽くしていた。
 海上でそれを目にして――愕然となった。
 自らの命を投げ打ってでも子供達のことを救いに行こうとして、そしてクライドに止められた。
「あのガキどもの為に、生きてやれ」
 彼はそう言った。
 死を選ぶ気など無かったが、しかしその時にはもう、海賊をすることに何の意味も抱けなくなっていたのだ。
 全てを失ったと思い、人知れず姿を消した。
 目的も無く放浪し、そこで一人の少年と出会った。
 聞けばまだ自身の船を持ったばかりで、海に出ること自体が初体験だという。
 少年は、フェレットと名乗った。
 彼と一緒に行動することになったのもまた、気紛れだった。
 或いはぽっかりと空いた永遠の隙間を埋めたくて、気紛れを装ったのかもしれない。
「――しかし、彼らは生きていた」
 話はそれから大分進む。
 アイと出会い、そして砂漠で倒れていたリィを見つけて。
 彼らと共に訪れた北海で、もう二度と会うことは無いだろうと思っていた男に会った。
 海賊団に戻れと言われたなら、きっと応じなかっただろう。
 クライドが教えてくれたのは、子供達の無事だ。
 それは奇跡と言っても良かった。
 子供達の住む家の辺りが大火事に見舞われた日。
 その前日に、たまたまメルキオールがそこに訪れていたのだ。
 かおるが子供を養っているという噂を遅れて耳にして、かおるに会う為にやって来たのだろう。
 長く海の上で風と共に人生を歩んで来ただけあって、彼女は気候の変化にも敏感だった。
 その乾いた風から危険を察知し、そして火が迫るよりも前に彼女は子供達を家から連れ出し、安全な場所まで素早く移動したのだ。
 少し遅れてかおる達がそこに辿り着いたときには、メルキオールと子供達はもう別の場所まで移動していた。
「テメェの早とちりだったんだよ。全てはな」
 クライドは言った。
「ああ、それとてめーは俺に借金が大分有るからな。俺様の金で、あのガキどもに家をこしらえてやったんだからな」
 聞けば海賊団は、これからは南アフリカを拠点にするのだという。
 フェレットらのことを置いて南に向かったのは――再び海賊に戻りたかった、訳ではない。
 ただ……会いたかったのだ。あの子達にもう一度。
「なら……あの子らも一緒に船に乗せれば良いじゃないですか。みんなでまた冒険しましょうよ」
 ずっと黙って話を聞いていたが、フェレットはようやく声を放った。
 かおるの口からはこれ以上言葉は出ないだろうと、そう判断したからだ。
「それは出来ん」
「どうして!」
「あの子達は皆、海を怖がっている。かつて……海賊に襲われた、そのことがトラウマになってる。一度だけ船に乗せようとしたことが有るが、身体がもう耐え切れなくなっていた」
「じゃあっ……」
 フェレットはぼそりと言い、口篭った。
 言わなければいけないけれど……だけど、言いたくは無かった。
 これからのことについて、訊くのが怖かった。
 しかし、他の二人には出来ないだろう。
 最も長い付き合いである自分が、やらなければいけない仕事。
「かおるさんは、これから……」
「私は――」
 最後まで訊ねるともなく、かおるの声が静かに響いた。
 フェレットも、アイも。
 その顔に、瞬時にして恐怖心が満ちる。
 言わないで。
 言わないで欲しい。
 思いはしても、それを口には出来なかった。
「行けない。この先は。私の旅はここまでで終わりだ」
 フェレットはきつく目を瞑っていた。
 耳も塞いでいたかった。
 感覚の全てをシャットアウトして、その声を聞かないでいたかった。
 無情にも、言葉は続く。
「今まで、ありがとう」
 それはこの暖かさも冷たさも感じさせない大地に、優しく響いた。
 この人、生まれて初めてそんな声出したんじゃないかと、自然にそう思ってしまう程、肌に沁みる声。
 あの子供達の前では、もしかしたらいつもこうなのだろうか。
「……でも、アフリカに来れば会えるんでしょ? 何時でも」
 決意して、フェレットは目を開いた。
 そうだ、辛いのは何も自分だけじゃない。
 何より、別れを口にした彼のほうが、きっと身を切るような思いだっただろう。
「ああ」
「なら……うん、しょうがないもの。僕もいい加減、そろそろ独り立ちしないとなぁって思ってたところだし。うん、しょうがない」
 ははは、とフェレットは笑った。
 そうだ、また今までと同じ航海の旅に戻るだけの話だ。
 かおるさんを捜す為に倫敦を出発して、東地中海に向かって……イスラム圏やヴェネツィア、様々な場所を訪れて。
 ずっと……ずっと、何かが足りない気がしていた。
 食事の時でも、船の上にいる時でも。
 やりきれない思いを抱えていなければならなかった、あの航海に戻るだけだ。
 ――受け入れよう。
 そんな満たされない気持ちさえも、海を進むうち、何時しか波に流されて消えて行くだろう。
「かおるさん。これ」
「ンア?」
 フェレットは自分の帽子を手にとって、かおるに向けて差し出した。
 羽の付いたフラットキャップだ。何年もずっと同じものを被っていた。
「最初に出逢った時、僕は今よりずっと背が小さかった。そのままだと見失いかねないって言われて、コレを貰ったんですよ。覚えてますか?」
「ああ」
 ただそれだけの返事。
 それだけで、十分だ。
「僕ももう人並みには伸びたんでね。いらなくなったから返しますよ」
「フェレさん……」
 少しだけつっけんどんな響きを帯びた声。
 リィが心配そうに彼の名を呼ぶ。だが、その心配は当然杞憂に終わった。
「あの子達には僕はもうすっかり嫌われてそうですからね。だからそれ、家に置いといて下さい。僕が忘れたってことにして。忘れ物を取りに来たって理由付けて、また会いに来ますから」
 フェレットのそれよりも少しだけ大きな手が、それを受け取った。
「あやつら帽子を尻で踏む癖があるから、次来た時は破れて捨てられてるかもしれんけどね」
「どんな癖ですか、それ。……取っといて下さいよ。ちゃんと」
 思わず苦笑いをするフェレットだった。
 かおるも、笑う。
 大袈裟に笑い合ったりはしないし、涙を流しもしない。
 それは二人が二人とも、感情を剥き出しにすることを好まない種の人間で有るからだ。
 静かに別れるのも良いものだ……その思い出が果てしなく深く、大切なものだからこそ。
 大切な宝物。何処かに投げてしまわないで、この胸にずっとしまっておこう。
「ルアンダまでは送りますよ。帰り道は一緒なんだし、せめてあの子らに一言謝っとかないと」
「じゃ、戻るか」
 そう言って踵を返す二人。
 フェレットは振り返って初めて気付いた。
 かおるもずっと視線の中には入っていたはずなのに、気付いていなかった。
「アイさん……」
 驚き、フェレットとかおるは二人とも場に固まった。
 その視線は真っ直ぐに、アイの顔を見ている。
 もしかしたら、彼女自身も知らなかったのかもしれない。
 何時の間にか、その瞳から大粒の涙が零れ落ちていたことを。
 直ぐ真下の地面に絶えず降り続けて、止まずにいたことを。
「ごめん。ごめんね……折角、二人がいい雰囲気で別れようとしてるのに、私が、こんな」
 ぼた、ぼたと流れて落ちていく雫。
 彼女はそれをどうして良いのか迷い、両手で頬の辺りを覆っていた。
 涙は止まらない。
 リィに泣き出しそうな顔で見られても、何を言えばいいのかわからずにいる二人の顔をどれだけ見返しても。
 止め処なく溢れていく。
 その理由にも、彼女は直ぐに思い当たった。
(私がこの船団に入ったのは。入りたいと思ったのは)
 船旅をしてみたかったから?
 フェレさんと冒険をしたら、楽しいだろうと思ったから。
 かおるさんのあのとぼけっぷりを間近で見ていたかったから。
 そのどれもが間違いではないが、何より求めたものではなかった。
(そうだ。私は何よりも)
 何より求めたもの。もうじき失われてしまって、二度と手に入らなくなる。
(フェレさんとかおるさんの二人がいるこの船団が、大好きだったんだわ……)
 そんな、大好きな場所が消えてしまう。
 これが泣かないでいられるもんか。
 自分の心にまでそう言い訳をして、アイは流れる涙を止めようと試みることを、やめた。
「参ったな……。高級な酒で誤魔化せるようなもんでもないですかね。さすがに今回は」
 こめかみの辺りを指で掻きながら、フェレットはほとほと困り果てた顔をしている。
「とりあえず、ルアンダに行くまでの船旅では毎日宴会……ってことでどうでしょうか? アイさん」
 何とかこの場を収めようとばかりにリィが口にする。
 ぴくり。
 反射的に、アイの眉がつりあがった。
「”永久機関”もう沈む寸前だし、いっそ最期に船そのものを酒樽に見立てて、酒で満たすとか」
 普段と変わらぬ悪ノリでかおるも言葉を加える。
 彼らの表情には、一片の悲しみもない。
 最後まで幸せな顔をして、楽しく別れようとしているのだ。
 無理に装っているのではなく、ただ悪戯めいた顔をしている。
「ちょっと、もう! 茶化さないでよ!」
 こうなると、自分だけ泣いているのが馬鹿馬鹿しく思えてくるものである。

「――よし、決めた! ルアンダに帰るまでの時間は全て宴会にだけ費やすわよ! ”フォスベリー”も”永久機関”も”シャルトリューズ”も”コンスタンティア”もみんな、酒の嵐に巻き込んで沈めてやるんだから!」
 彼女がそう結論を出したのは、四人でケープの港まで戻ってきた時のこと。
「よっ酒大将!」
「うるさい!」
「かおるさん、ルアンダに辿り着く前に最大の危機到来ですねぇ」
「アフリカの危機やね。ひょっとしたらエメラルドの海が酒と血で染まるかも」
「うるさいうるさい!」
 四人の笑い声が縺れ合い、絡み合いながら、物悲しく響いていた。
 そして彼らはルアンダへと――旅の分岐点へと、向かう。

2

 過去最高の喧しさを撒き散らしながらの、数日間の航海。
 それはやがて終わりを迎えた。
 何もかもを吐き出した後で、言葉少なにして一行は陸へと降り立つ。
「まぁなんだ。君はまたどっか行ってしまっても、何となしにひょっこり現れそうだからな。あまり湿っぽくない別れにするとしよう」
 カリタスはかおるに向けそう言葉を投げかけて、握手を交わした。
 パングやルーファらとも同じように最後の会話をして。
 そして”永久機関”を始めとする船団の水夫達に見送られながら、ゆっくりと町から離れていった。

 ケープの町の郊外へと続く道無き道。
 フェレット、リィ、アイの三人と共に、歩いていく。
(にしても、えらく町から離れた所に住んでるんだな)
 あの少年少女達は皆、白人だった。
 それでもこの辺りの言語を話せるようだったが、やはり人種の違いは大きいということだろうか?
 フェレットはそんなことを考えて、他の事は何も考えずにいた。
「あそこ」
 指差しもせずにかおるは言った。
 風景の果てにぽつんと建っている小さな家まではまだ遠く、数百メートルは有るだろう。
「それじゃあ、いよいよですね……」
 隠しもせずに、悲しげな声のリィ。
「アフリカに来る機会……作ろうと思えば、何時でも作れるもん。また直ぐ会いに……」
「家まで行ってからにしましょうよ。まだですよ」
 アイの言葉を遮った声はただか細くて、リュートを手にして歌う時の彼の声とはあまりに違った。
「フェレさん。泣き出さないようにね」
 ぽん、とフェレットの肩を叩くアイ。
 よく言うよ、という顔をフェレットは作ってみせた。
 そうするだけで、返事が出来ない。
「待った」
 今度、何もかもを遮ったのはかおるの声だった。
 このムードさえも断ち切るような、不穏な響きをした声だ。
 珍しい、と三人は思った。
「ちょっと此処で待ってて」
 言うや否や、かおるは一人で走って行った。
 目を見合わせるフェレット達。
「ほら、私達が家に行く前に色々掃除とかするんじゃないかしら?」
「成る程ぉ。もうすっかり所帯じみちゃってるんですね」
 アイの言葉に、ぽんと手を打つリィ。
「見たいような、見たくないような」
 溜めた息を吐くと同時にフェレットはそんな声を漏らした。
「けど、寂しくなるわね。それに忙しくなるわ。これからは大事なことは私達だけで決めないといけないもの」
 アイが言う。
「ここ暫く、ずっとそうでしたけどね。かおるさんがいる時もそんなに変わらなかったけど」
「にしても、一体何分くらいかかるのかしらねぇ」
 アイが発した言葉。
 それから数分の時を待っても、かおるが戻ってくる様子は無かった。
「実は誰にも見えない所で、こっそり別れを悲しんで泣いてたりしてね」
「それもまた、見たいようであんまり見たくないですけどね。いきなり貧血になって倒れてるとかのが良いなぁ」
 フェレットとアイの二人はそんな会話をしていたが、さらに数分も待つといい加減待ちくたびれてきた。
「こっそり、行ってみましょうか?」
 言おうとして言えずにいた言葉をリィが躊躇いがちに口にすると、待ってましたと言わんばかりの勢いで二人とも頷いた。
「遅れたのが悪い」
「そうそう」
 悪態をつきながら、急ぎ足で進んでいく二人。
 少し後から追うリィ。
 つとめて陽気な雰囲気のままでいようとしていたが、やがて建物の傍までやってくると、三人とも血相を変えた。
 元々、綺麗な家ではないのは一目見ただけでも解った。
 洗練されたヨーロッパ諸国の建築物とは似ても似つかない、それこそ嵐が来たら潰れてしまいそうな家だ。
 その家の入り口の扉に、血がべったりとこびりついている。
 少しだけ触れてみると、ぽたりと地面に零れた。
 まだ、そう時間が経っていない証拠だ。
「まさか、かおるさんの……」
 顔面蒼白になって呟くリィ。
「それは無い」
 フェレットはそう断じた。
 壊れかけの、機能を半ば失った扉をこじ開けて、中に入っていく。
 入って直ぐの場所に、かおるがいた。
「かおるさん……?」
 呼ぶ声にも応じない。
 振り返りもせず、その場にしゃがみ込んでいる。
 彼のいる辺りに、飛び散っている血痕。
 フェレットは愕然とした。
 かおるは、小さな子供を抱いていた。
 少女だ。
 フェレットはかつてその少女と、言葉を交わしたことがあった。
 名前は確か……セルマと言ったはず。
 その四股は血に染まっていて、原型すら解らないほどになっていた。
 ただ、疑うしかない光景。
「い、一体、何が……」
「静かに」
 かおるは一言だけ、そう言った。
 少女はまだ、生きているのだ。
 小さな口が、微かに動いている。
 けれどもその声は、フェレット達には届かなかった。
 彼女自身もきっと、ただかおるにだけ聞かせようとして、放った声だっただろう。
 三人はその光景に入っていくことを躊躇い、ただその場に立ち尽くしていた。
 それでも眼前で、最期の会話を交わす二人のことを見ていて。
 ――少女の口が、動かなくなったのも解った。
 きっともう、二度と開かれないであろうことも。
 なのに、かおるはまだ立ち上がらない。
 呼吸をやめたその少女が、また何時か動き出すことを信じてやまないかのようにして。
 少女のことを抱いていた。
 ずっとその光景だけに視覚を奪われていたが、やがて三人は気付く。
 それよりさらに奥で、眠るように死んでいる少年の姿に。
 フェレットは唇を噛んだ。
 怒れば良い? 泣けば良いのか?
 それ以外にどう反応して良いのか、わからない。
 悲しみは確かにこの胸の内にあるけれど、自分は少なくともかおるさん程に彼らのことを知らなかったから、泣き叫ぶ権利は無いのかもしれない。
 物を言わぬ亡骸となった、あの少年。名前は……マテウスと言ったはずだ。
 前回ケープを訪れた時に、フェレットは彼と大喧嘩をしたのだ。
「かおるさん、教えて下さい。一体何が有ったんです」
 今度はちゃんと答えてもらう。
 強い意志でもって、フェレットは訊ねた。
「知らない連中が来て、この子達を殺した」
 殺した。
 死んだのだ。
 かおるの心はその事実を受け入れない。
 だから、無味乾燥を装った普段通りの声だった。
「連中? 一体、どうして……。何処に行ったんです、そいつらは」
「私も見ていない。だが」
「だが?」
「アスナとミケが、何処かに居る筈だ。生きている筈だ」
 セルマの亡骸を、かおるは優しく地面に下ろした。
 そして一瞬にして表情を変え――立ち上がった。
「頼む。探してくれ」
 心からの懇願の声。
 相変わらずの平坦な口調だけれど、皆解っていた。
「ええ」
 長きを共にしてきた仲間達が、その頼みを断る理由も無かった。

 四人は走った。
 元々船旅を終えたばかりの身だ。
 体力はもう限界に来ているはずなのに――魂も、感情も、何もかもを吐き出すようにして。
 元々、視覚を遮るようなものは何もない荒野ばかりが続いている場所だ。
 隅々まで回ることは然程難しいことではない。
 三十分も探しただろうか。
 ルアンダから真逆の方向に暫く進んだところに、一本の木がある。
 この木に辿り着いてしまったら、自分は逆方向に進んでしまっているのだと、子供達が目印として使っていた場所だ。
 何も無い荒野。
 それだけに声がよく通って響いた。
 少女の悲鳴を聞きつけて、四人は疾風と化して走った。
 視線に入るのは、四人。
 その内一人は地に横たわっている。
「かおるさん! かおるさん!」
 涙に染まった声が、辛うじて届いた。
「アスナ!」
 届いた瞬間、かおるは剣を渾身の力で投げ付けた。
 風を穿つ速度でそれは飛んで行き――少女アスナに剣を振り下ろそうとしている男の頬を貫いた。
 襲撃者の数は二人だ。
 一人は死亡し、残る一人はやって来た人間の数を目にすると動揺し、剣の切っ先を向ける方角すら迷い始めた。
 その隙にかおるは一瞬にして距離を詰め、そして顔面を撲りつける。
 男が吹き飛ばされて、持っていた剣を落としてしまっても、かおるは容赦しなかった。
 ぎゅっと首を掴み上げ、そして中空へと持ち上げた。
 フェレット達はそちらをかおるに任せ、それぞれ別の行動を取る。
 フェレットは横たわっている少年の所に向かい、後の二人はアスナを保護した。
「言え。何の目的だ」
 怒りの感情に塗れていても、完全に冷静さを失った訳ではない。
 男の肌は黒い。
 かおるはアフリカ諸国で使われている言語でそう問うた。
「答えろ!」
 強い声で再び。
 しかし、返事はない。
 残された左手で、かおるはその男の右腕を掴み、そして握り潰した。
「言葉が解らない訳では無いだろう。言え。言わなければ全身の骨を砕く」
「……目的は、金だ」
 首を掴まれていては、まともな声を放つことは出来ない。
「金だと?」
「我らの集落に、見知らぬ男が訪れた。……俺達が、見たことも無いくらいの金を用意してやるから、ガキどもを、殺せと。そう、言った」
 呻くような声。
「男の特徴は」
「……中、性的で……。それこそ女と見紛いかねない、美しい容貌をしていた」
 その声は、そこまでで止まった。
 宙に有ったはずの男の体。その頭が、激しく地面に叩きつけられたのだ。
 重力に任せたものではない。人為的な力によって、男は殺された。
 フェレット達は戦慄を覚え、その場に固まった。
 助けてもらったアスナでさえも、何も声を掛けられなかった。
 激しい怒りによって、かおるの身体は震えていた。
 握る拳に爪が食い込んで、そこから血が流れている。
「フェレッチ、君。ミケは」
 震えているのは声もだ。
 間違いない、こんな光景はもう二度とお目にかかれないだろう。
 フェレットは思った。
 怒れる獣。まるで狼の如く、鋭い瞳をしている。
 下手をすればこっちにも襲い掛かって来そうだと、本能がそう訴える。
「この子も、もう……」
 少年の目は光を映していなかった。
 胸に大きな傷口があって、血が殆ど流れ出てしまっていた。
「そうか」
 かおるは血に染まったその手で、地面に落ちている自らの剣を拾い上げた。
「アスナを頼む」
「何処に行くの! かおるさん!」
 アイが声を上げても、彼は見向きもしなかった。
 もう、装うことも出来ない。
 感情が溢れて抑え切れない。
「奴らを殺しに行く」
「奴らって誰よ!」
 かおるの足が、もう待てんとばかりにそこから走り出した。
 破壊衝動に駆られて、ルアンダの町のほうへと向かう。
 アイはただ呆然とするだけで、それを追えない。
 しかし、フェレットは違った。
「リィ! アイさん! その子のこと、見てて!」
 直ぐにかおるのことを追おうとし、走って行こうとする。
 そんな彼のことを、ぎゅうと抱き締める少女。
「リィ?」
「フェレさん、置いていかないで!」
 その絞り出したような泣き声に、フェレットは思わず足を止めざるを得なかった。
「私、恐いんです。自分が……たまに、別の人間に思えることがあって。人の血を見ると、別の私が顔を出しそうで……。だから……置いて行かないで下さい。傍に居て下さい」
「なら君も来い!」
 自身の胸へと回っていた少女の手を引き剥がし、そして自身の右手で、彼女の左手を強く握る。
 手を取り合って、かおるのことを追って行った。
「かおるさん。……みんな」
 アイはアスナのことを抱きながら、そのままそこにいた。
 彼らのことを追うという選択肢はもう残されていないのだと、知っていた。

3

 ルアンダの民の誰もが振り返るほどの速度で、かおるは只管走り続けた。
 靴がぼろぼろになって足が傷付いても、動きは一寸たりとも鈍らない。
 酒場の横を通ると、聞き慣れた仲間達の歓声が響いていた。
 しかしそれすらも取り合わず、海の方へと走って行く。
(何故だ。何故……今になって、何故そんなことをする)
 胸の内を支配する思いは怒りだけではなくなっていた。
 完全な信頼関係にある訳では無かったが、しかし自分は確かに、あの若き首領のことを認めていたのだ。
(返答次第では。いや)
 何を言おうとも、取る行動は揺るがない。
 八つ裂きにしてくれる。

 そして海が見えた。
 その前に、港に停泊している船の姿も。
 迷うことなく、かおるは”永久機関”へと向かった。
 丁度、船にはタラップが掛かっていた。
「せっ、船長! 一体どうしたんでやすか!」
 船の傍に一人の水夫がいて、その水夫はかおるを見るなり慌てふためく。
 当然だ、もう二度と会えないと思っていたのだから。
「船の準備は出来てるか!」
「は、はぁ。カリタスさんの指示で、丁度整備をしてた最中でやすから」
「直ぐ出港だ!」
 返事を待たず、かおるはタラップを渡って行く。
「けど、今は半数が外に出てて、ギリギリ船を動かせる程度の水夫しかいやせんぜ!」
「動くなら構わん!」
 その水夫もかおるの後を追い、船に渡った。
 渡り終えるとすぐ、タラップをしまおうとする。
「オイッ、待て! 僕らもいるぞ!」
 その時ようやく、フェレットとリィの二人も港までやって来た。
 彼らは酒場で”フォスベリー”の船員を頼ったが、出港の準備が出来ていないし、直ぐには出来ないと断られたのだ。
 仕方なく、”永久機関”に乗せてもらおうと、かおるの後を追ってきた。
 しかし生憎、二人の声は”永久機関”までは届かなかった。
 タラップが段々と縮んでいく。
 陸から離れて、船の方へとしまわれていく。
 しかし、まだ届く距離だ。
 辛うじて……死ぬ気でダイブすれば。
 フェレットは迷わなかった。
「僕らもっ、乗るッッつーのォ!」
 渾身の力で飛翔し、そしてぎりぎりの所でタラップに片足を乗せる。
 歯を食いしばって、何とかもう片方の足も。
 そこまでしたところで、”永久機関”の水夫もまた、フェレットらの存在に気付いたようだった。
「あっ、フェレットさん! それにリィさんも!」
「遅い! ずっと呼んでただろうが!」
 心臓をばくばくさせながら、フェレットは怒鳴った。
 かおるは全くこっちに振り返る気配はない。
 仕方なく、フェレットが勝手に指示を送り、そしてタラップをもう一度陸まで伸ばさせた。
 立ち往生していたリィを船に誘う。
 彼女ももうこれ以上は走れなかったようで、倒れるように甲板にへたり込んだ。
「フェレットさん、一体船長は何を?」
 混乱しているのは”永久機関”の水夫達だ。
 かおるは明確な指示を下さないらしく、皆フェレットのほうへと寄って来る。
「わからん。けど、とりあえずは指示に従って」
「言われるまでも、でやすよ。折角帰ってきてくれたんだ、それこそ行く先がたとえ地獄でも……」
「地獄じゃない。――地獄よりももっと地獄に近い海だ」
 フェレットの一言で、誰もが黙り込んだ。
 別に水夫達を脅す気なんて、欠片もなかった。
 ただ真実を述べただけのこと。
(けど、それでも)
 見届けよう。
 見届けなければいけない。
 だって僕は、あの人の仲間だもの。
 ……あの時、僕は言った。
 ”重すぎて背負い込めなくて、みんなで潰れるのも悪くない”と。
(潰れねぇよ!)
 雰囲気に任せて適当なことを言うな、この口よ。
 ”航海はテキトーに”。
 誰かから勝手に譲り受けたそんな持論も有るけれど、それはそれ。
 何もかも、受け入れてやる。
 飲み込んでやるよ。
 怒りが乗り移ったかのように、彼の魂は叫んだ。
 この海全てが震える程に。

 傷付いた一隻のガレー船はルアンダを発った。
 船長以外が、行く先を知らぬ航海。
 そろそろ陽が沈むはずなのに、それでもまだ空は真昼のように明るい。
 まるで光の中に落ちて行くようだと、誰しもが思った。



  1. 2005/12/28(水) 02:49:50|
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第一回人気投票・結果発表

 二〇〇五年、十月からの二ヶ月間、十人の登場人物に対する人気投票を行いました。
 予想以上に票が入っており、ウハウハしながらの結果発表です。

第一位
koukai_banzaifelett
フェレット(91票)
 まあ主人公としてメインで話に出張ってますので、或る意味当然の結果と言えるでしょう。
 僕のプレイキャラであるせいもあってか、あまり深く考えずに自然に描いているキャラです。

第二位
koukai_banzaikaoru
かおる(89票)
 この物語の、特に最近の話ではもう一人の主人公と言った感じで描いている人物です。
 ごく普通のドラマの中に一人スーパーマンが混じっている、そんな感じで見て貰えると嬉しいです。

第三位
koukai_banzailee
リィ(73票)
 上二人は何となく予想していたのですが、彼女にも意外に票が入っていてビックリ。
 このキャラ宛てにtellメッセージが来たことも有る、一応のヒロインです。
 むしろ今後の展開でメインとなるキャラクターなので、ここではあまり語らずに置きます。

第四位
koukai_banzaikaritasu
カリタス(66票)
 ここにカリタスさんが来ました。
 実際の登場回数はそう多くないのですが、おそらくは氏の経営しているブログ”航海者達の落書き帳”人気のせいでしょう。
 フェレットらと違い、目立った短所のない優れた人物として描いているつもりです。

第五位 
koukai_banzaieye
アイ(63票)
 僅差でカリタスさんに敗れたその理由は、酒飲みという側面ばかりが描写され過ぎているせいか。
 何やら色々な過去が設定されているフェレットやかおるらと違いそう言った背景は無いのですが、それも味かなあと。

第六位
koukai_banzairotti
ロッティーナ(45票)
 元々設定が有ったキャラではなく、第九話を書く際に取って付けで生まれたのですが、主人公の船の副官と言った役どころのお陰で自然と出番が増えております。
 ゲームの方では現時点で副官のシステムは無いので、架空の人物なのですが。

第七位
koukai_banzaiclyde
クライド(HIGE)(20票)
 あまり登場していないはずなのに、意外にも七位。
元々はウルティマオンラインの小説に登場していたキャラクターなので、その時の人気を引き摺っている……とか?

第八位
koukai_banzaileticia
レティシア(12票)

第九位
koukai_banzaipangu
パング(9票)

第十位
koukai_banzairufa
ルーファ(8票)
 まぁ、現時点ではそんなに登場機会が無い人物達なので妥当な順位と言った所でしょう。
 レティシアさんはアイさんに虐められるのが主な役どころとして、これからも割と話には出続けるでしょうが。

 ニ、三ヶ月間が空いてしまいましたが、物語もそろそろ終盤。
 ここまで来たら最後まで書き切ってしまおうと思います。
 最後に、投票にご協力頂きどうもありがとうございました。



  1. 2005/12/25(日) 15:21:18|
  2. 人気投票結果発表
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