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航海タイム

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第五章 別つ海(前編)

1

 船団がリスボンに滞在すること、一ヶ月。
 リスボンの町は人間の足ではそう簡単に回り切れないほど広く、船乗り達はゆっくりと町を眺め、静かな生活を送っていた。
 百を数える程の船員がいれば、取る行動もまたその数だけある。
 観光に多く時間を費やす者もいれば、日の殆どを寝て過ごす者もいる。
 そのうちたった二人だけ、酒場をまるで宿のようにして扱っている船員もいるのだった。
 一人は”フォスベリー”の船長である青年、フェレット。
 もう一人は”シャルトリューズ”の船長であるアイ。
 船団の所有する船は全部で三隻。
 うちニ隻の船長がこんなことではこの先どうなるんだ、と船団の行方を心配する船員も、中にはきっといたであろう。
 そして一ヶ月と一日が経過した今日この日もまた、二人は酒場に寄生したままであった。
「じゃ、フェレさん……私そろそろ帰りますね」
 すっくと立ちあがり、誰の制止の声も聞かずに少女は外に出ようとした。
 フェレットは咄嗟に彼女の左手を掴もうとしたが、それすらも予測して回避する。
「リィ、まだ八時前だぞ。早くないか?」
「あまり飲めないし、良いんです」
 ぼそりと呟いた声は、真冬の冷水ほどには冷たかった。
 ほろ酔いになっているフェレット、それに気付くことが出来ない。
「数日後にはまた出航だ。それまでの間だし、今日くらいは朝までいようよ」
「いえ、良いんです。行きましょ、アビエルさん、コロ君」
 同じく店を出ようとしていた二人の名を呼び、リィはまた出て行こうとする。
 アビエルと呼ばれた船員は、無言でテーブルに突っ伏している”永久機関”の船長である男を抱え上げた。
「リィ、帰るのか?」
 彼女らが出口に差し掛かった辺りで、フェレットは再び名前を呼んだ。
 最後にもう一度、リィは振り返ってみせる。
「か・え・り・ま・す!」
 明らかに怒気を孕んだ声で良い、そして彼女は出て行った。
 残る二人の店員も、そそくさと酒場を後にする。
「ちぇっ、何だ……一体?」
 フェレットは不思議に思ったが、リィの剣幕に圧倒されてしまい、結局何も言えなかった。
「……さあねぇ」
 同じテーブルについているアイの声だ。
 会話がされている間も、彼女は自身のペースを崩さずに飲み続けていた。
(解らなくもないけど)
 アイは心の中でだけ、そう言葉を続けた。
 そんなこんなで酒場内に居る船員は二人だけになってしまい。
 しかし帰ることもせずに、それから三十分程度、二人はのんびり雑談を交わしたりしていた。
「さて、それじゃ」
 そうして、ようやく次に席を立とうとしたのはアイだった。
「アイさん! 帰るのッ?」
 面食らって、フェレットは思わず声を上げる。
「驚き過ぎよ。まあ、お酒はまだいけるけどね……。あんまり飲んでばっかりいると、他の船員から見たイメージがね」
「大丈夫、今更変わらないよ! 僕を一人で酒を食らっているようなロンリーガイにさせないで下さいよ。ね、アイさん。ほらまだまだ飲んでない酒がたくさん有るし」
「……ま、いいんだけどね」
 フェレットにせがまれて、アイはまた結局席についた。
(確かに私はもうイメージ、変わらなさそうだけどね)
 すっかり酒飲みというイメージが定着してしまってアイは胸中複雑であったが、それはもう大分前からの話である。
(問題は私じゃなくてフェレさんなのよね)
 そしてフェレット自身がそれに気付いていないこともまた問題。
 テーブルの上の料理が尽きると、フェレットは嬉々としてカウンターの方へと走って行った。
 目的は料理を注文する為と、あともう一つ。
「あ、フェレットさん。またわざわざいらしてくださったのね。こちらの方から注文を伺いに行くから平気なのに……」
「うん。今日も盛況みたいだし、あんまり手間かけさせても悪いと思ってね」
 話し掛けている相手は、この酒場の看板娘、クリスティナ。
 航海者達に絶大な人気を誇り、誰もが皆各地の土産を手にして彼女の元を訪れるらしいと言う、専らの噂である。
 それはフェレットもまた例外ではなかった。
 酒場にいる間中……と言うよりリスボンにいる間中、フェレットは何かと理由を見つけては、彼女にちょっかいを出しに行っていたのであった。
 二言、三言と会話を交わしてまた戻ってくるフェレットを、アイはやれやれと言った顔で見つめる。
「どう、少しは仲良くなれたかしら?」
「それなりかな」
 すっかり相好を崩しているフェレット、にやにやとだらしなく笑った。
 それを見て、さすがのアイも少しだが説教じみた口調になるのだった。
「全く……どうせ私達はもうじき出発するんだから、仲良くなっても仕方ないでしょうに」
「もうじき出発するからこそ、今のうちにね。これから先、リスボンに立ち寄る楽しみが増えるってものじゃないか」
「知らないわよ、リィちゃんに見放されても」
「何でアイツの名前が?」
「あなたの船の船員でしょう」
「そうだけど……」
 酔いのせいもあってそれからしばらくの間、二人とも機嫌悪げに会話をしていた。
 しかし喧嘩に発展はせず、会話内容もいつものそれと大差ない。
(ま……フェレさんの場合、基本的にあれ以上発展はしないしね)
 さすがアイ、大人の視線で見ていると言うか、他の船員に比べて適度に流して考えているのだった。
 余計な考え事で酒の味を濁らせたくないだけのことなのかもしれない。

「――それじゃ、そろそろ帰るとしますか」
 結局二人はまた朝まで飲み明かすこととなった。
 千鳥足になっているフェレットと、酒場に来る前と何ら変わらぬ足取りでいるアイ。
 酒場にはもうフェレット達を除けば店員達しかいない。
「あ! 全く……」
 アイのところから離れて、フェレットはよろよろとしながらも店員のほうへと歩いて行った。
 その目当ては例によってクリスティナ嬢。
 酒場は営業中ずっと盛況でろくに顔を見ることすら出来ず、ずっと話しかけるチャンスを窺っていたのであった。
 しかも丁度酒場のマスターは外に出てしまっていて、カウンターには彼女しかいない。
 そう気付いたフェレット、チャンスだ! と駆け寄ろうとして……足がもつれて、転んだ。
 どうやら予想以上に酒が回っていたらしい。
 立ちあがろうとするものの、頭がくらくらとしていてままならない。
(……何やってるのかしら)
 自身の仲間のあまりに情けない姿を見せられて、アイは思わず目を覆いたくなった。
 そうすることもできず、ひどく冷めた視線でフェレットの方をただ見ている。
「大丈夫ですか!」
 しかしフェレットにとっては正しく不幸中の幸い。
 客に大事があってはならぬと、クリスティナが駆け寄ってきた。
「しっかりして、フェレットさん! 意識はありますか!」
 クリスティナはフェレットの体を揺り動かした。
 それはフェレットからすれば、恍惚の時間であったことだろう。
 ……ただし、それは彼の意識があったなら、の話だ。
 どうやら気力が限界に達していたようで、クリスティナの声が聞こえた頃にはもう、彼の意識は闇の中へと落ちていたのであった。
「……大丈夫なのかな」
 寝息を立てている青年をまじまじと見ながら、クリスティナは呟いた。
 そこに颯爽とアイが歩いて来て、まるで地面に埋まっている野菜を引き抜くかのようにして、フェレットの腕をぐっと掴み上げた。
「ほら、フェレさん。ここはお酒を飲むところで、宿屋じゃないんだから。さっさと行くわよ」
 アイはそのまま、取れたての野菜以上に粗雑な扱いでフェレットの事を連れて行こうとした。
 何かが地面に引き擦られる音と共に、アイの足は入り口のほうまで向かって行く。
 ご迷惑おかけしました、と言い残して入り口のドアを開いた所で、背後から呼び止める声があった。
 今酒場にいるのはクリスティナだけで、振り返ると、少し躊躇いがちにこちらの方を見ている彼女の姿があった。
 右手が引き摺っているモノの存在はひとまずさて置き、アイは丁寧に返事する。
「あの、もしかして、アイさんでしょうか?」
「そうだけど……何故、私の名前を?」
 アイは問い反した。
 フェレットが紹介した可能性も無くはないが、それなら”もしかして”とは言わないはずだ。
「あのガスパールさんをお酒と剣の両方で打ち負かしたという話、聞いたんです。もしよかったら、私の頼みを聞いて頂けないでしょうか?」
 ……やはり、大分話は尾びれをつけて広まっているらしい。
 アイはどっと疲れを感じたが、とりあえず話くらいは聞いても良いだろうと、結局また店の中に引き返した。
 相棒の青年は当分目を覚ましそうに無いし、わざわざ連れて帰るのは一苦労だ。
 それならここでもう少し、話を聞きながら静かに飲むのも良いかもしれない。
 ガスパールに勝った話を聞いて相談事を持ちかけてくるのだから、また物騒な依頼なのだろう。
 だが船乗りたるもの、風の流れを読まなければ務まらないのだ。
 突然の依頼もまた、航海の途中に突如として吹き付ける風のようなもの。
 アイはそれにうまく身を任せ、より良き旅にする為の術を心得ていた。

2

 さてやっと酒場の看板娘と話せるチャンスが来たと言うのに、フェレットは酒場のテーブルに突っ伏したまま、目を覚まそうとはしなかった。
 代わりにフェレットらの様子を見に来たかおるとリィが、その場にはいる。
「これで起こさなかったら恨まれそうね。フェレさんも起こしてあげるとしますか」
 そう言ったのはアイだったが、フェレットを起こそうと彼の体を揺すったのはリィだ。
 不自然な程の力が篭っていて、共に木製のテーブルもガタガタと揺れている。
 散々揺り動かされた後、ようやくフェレットの顔が僅かにだが、上がった。
「フェレさん、起きましたか? 随分遅くまで飲んでらしたみたいですねぇ」
「……揺ら、さないでくれ……吐きそうだ」
 にこりと笑って言うリィに比べ、フェレットの顔は普段以上に青白く、生気が感じられない。
 きょろきょろと辺りを見回して、クリスティナの姿がその視線に入っても、体調の悪さのあまり表情を変えられなかった。
 それでもこの機を逃すわけにはいかないと、あくまでこの場に残る気のようだが。
「で、なんだね。話とは」
「……ちょっとだけ、待って頂けますか?」
 かおるに急かされると、クリスティナは席を立った。
 歩いて行って、そのままカウンターの奥へと消えて行ってしまった。
「ほら、しっかりなさい」
 クリスティナの姿が消えたのを見計らって、アイがフェレットに言う。
 フェレットは何やらぱくぱくと口を動かしていたが、それは声にはならなかったようだ。
「ごめんなさい、待たせてしまって」
 数分して戻ってきたクリスティナは、彼女よりもさらに六、七つ程年下の少女を連れていた。
(あれは確か、妹の……)
 クリスティナの妹である、カルロータ。
 その存在を知っていたのは幾度と無くここに来ているフェレットだけであった。
 皆に教えようとするも、酒の飲み過ぎで声が枯れていて出ない。
「成る程。クリスティナさんの妹のカルロータさん、なのね」
 フェレットの口の動きを読み取り、アイが代弁した。
 クリスティナが連れてきたのは妹だけではなく、もう一人いた。
 こちらもカルロータと同年齢くらいの少年だ。
 少年は無愛想で、わざとこちらから視線を逸らしている様子。
「ほら、挨拶して」
 カルロータに言われて、ようやく少しだが頭を下げた。
「一体何があったの?」
 アイが訊ねたが、少年は黙ったまま。
「この子、ジェド君って言うんだけど、お母さんとはぐれちゃったみたいなの」
 カルロータが代わりに説明した。
 年齢の割にその声はしっかりとしている。
(迷子かよ……)
 フェレットはひっそり思った。
「ね、お母さんはどこにいるの。言って」
 急かし方もまるで、母親のよう。
「ヒホン」
「ヒホンですって?」
 アイは驚きを顔に浮かべた。
「ヒホンって、ここから結構離れてるわよ。はぐれたなんていう距離じゃ……」
「置いてかれた」
 少年の小さな声が、びしりとそう断定した。
「ヒホンに行きたいねってずっと話してて、出発の日に朝起きたらいなくなってたんだ。ベッドに置き手紙だけ残して」
「その手紙はどうした」
「捨てた」
 かおるの無愛想な声に、少年は同等の声を返した。
 その言葉を境に、酒場内は暫くの間沈してしまう。
「ごめんなさい」
 その沈黙を破ったのはクリスティナの声。
 フェレットは気力を振り絞り、首を左右にぶんぶんと振った。
「この子、昨日酒場の外で、捨てられてた毛布に包まって眠ってたんです。ぶっきらぼうだし、もしかしたら嫌な思いをさせてしまったかもしれないですけど、よかったらこの子をヒホンまで連れて行ってもらえないでしょうか? 御願いします」
 クリスティナはそう言うと、フェレット達に向けて頭を下げた。
「御願いします」
 隣に居るカルロータもまた、同じ仕草で頭を下げる。
 二人のその真摯さに圧倒されてしまって、リィとアイはどう返事をして良いか戸惑った。
 こんな時に頼りになる……と言うより返事をしたがる男が一人いるのだが、ご覧の有様である。
 と思いきや、台詞は予想外の所から吐かれた。
「やれやれ、美人のお嬢さん二人に頭を下げられてしまっては、断る訳にはいかないな」
(えっ?)
 アイとリィが驚愕の表情になった。
 それはいかにも”フェレットらしい”言葉の内容であったからだ。
 しかし声はフェレットのものではない。
「大丈夫、これでも僕はそれなりの腕をもった冒険者なんだぜ。ヒホンまでたった数日、無事にこの子を送り届けて見せるよ」
 確かにその声は、かおるの口から出ているものであった。
(どうなってるの……?)
 アイとリィの二人は、まるで狐につままれたようになっていた。
「本当ですか!」
 クリスティナとカルロータの姉妹は、かおるの頼もしい声を聞いて歓喜している。
 そして彼女らが喜べば喜ぶほど、アイ達はまるで幻覚でも見ているような気分になるのだった。
「全て終わったら報告に来るよ。安心して待ってて」
「はい!」
 やり取りがそこまで行われた所で、
(……あ)
リィはようやく理解した。
 相変わらず口を開け閉めしているだけのフェレット。
 彼が喋れないのを良い事に、かおるはフェレットの口の動きを読み取り、それをそのまま発言していたのであった。
 何の為にそんなことをしているのか、とは訊くだけ無駄なのだろう。
 彼の行動は元より、常人には理解し難いところがあるのだから。
 強いて言えば彼なりの茶目っ気なのかもしれない。
 悔しさとやるせなさのあまり半泣きになっているフェレットを見て、リィはほんの少し同情する。
 フェレットはフェレットで、かおるに口の動きを読まれていることを察知し、対抗すべく口を完全に閉じた。
 そして誰も喋るものがいなくなり、場はまた無言になる。
「ありがとうございます、本当に! でも私達、何も返せるものがなくて……」
 クリスティナの声に、フェレットは即座に返す言葉を思い付いた…が、口は開かない。
「それじゃ一回デートでもするかい。それで十分だ」
(え――!)
 かおるの口から吐かれた”まるでフェレットのように爽やかぶった”言葉は、またもアイ達を凍らせるのだった。
 そしてその台詞こそ、フェレットが思い付いた言葉そのもの。
 口にしなくとも、最早思考回路そのものが完全に筒抜けになっているのだった。
 彼ならそう言うだろうと知っていて、わざわざ口にする辺りは意地悪と言うか……単にふとそうしてみたくなったのだろう、おそらく。
「わかりました……それくらいで良いのなら。……喜んで」
(……鬼)
 フェレットは糸が切れたようにその場に突っ伏した。

3

「ん、貴様は……」
「あら。貴方は」
 酒場から船へと向かう途中、アイは思わぬ人物と遭遇した。
 リスボンに来て直ぐの時にちょっとした事で争いをし、そして今、アイがこの町でちょっとした名声を得ているその原因を作った男、ガスパールだ。
「折角会えたのに悪いわね。ちょっとこれから急ぎで出かけないといけなくて」
「何処に行くんだ?」
「ちょっとヒホンまでね」
「ヒホンか」
 ガスパールは考え込む仕草をした。
「どうしたの?」
 らしくない、とアイは怪訝な表情をして訊ねる。
「いや……何でもない。どうせ要らぬ心配だろう」
「あら、心配してくれてるのね」
「勝ち逃げは始末に終えんのでなァ」
 言うと、ガスパールは笑った。 少しだけ苦味を含んだ笑いだ。
「最近あの辺りに妙な海賊がいるって話を聞いたもんでな。貴様等の戦力なら問題は無いだろうが、一応忠告までだ」
「妙な海賊?」
 アイが問い返すよりも先に、ガスパールはもうこの場から消えていた。

 さて久々の船出を前にして、フォスベリーの船長の気力は底辺を突き抜けていた。
 船首のほうで海を見ながら座っており、誰も話しかけてはいけないような空気がそこに漂っている。
「フェレさん」
 そんな空気を察しつつも、リィはフェレットに声をかけた。
 誰かがそうしないと、一日中このままになっていそうな気がしたから。
「しっかりしてください。フェレさんがしっかりしないと、フォスベリーは動かないんだから」
「そりゃ、フォスベリーの心臓は僕だからな。今にも止まりかかった駄目な心臓だけどね」
 落ち込んでいながらも、無駄に口が達者なフェレット。
「何でそんなに落ち込んでるんですか?」
「何でって、かおるさんが僕の台詞を全部取っちゃったからさ」
「あれはほら。わか、若気の至りですよ……多分」
 リィがフォローしようとするも、それは聊か説得力に欠けていた。
 だがもう、フェレットにはそれを追求する元気もないようだ。
「それより、出航しますよ。もう……立ってください」
「……出航って、フォスベリーは何の準備もしてないよ?」
「かおるさんらと話してたんです。今回は大掛かりな旅でもないし、みんなでかおるさんの”永久機関”に乗って行こうって。フェレさんが落ち込んでる間に、永久機関はもう出られるようになってますよ」
「へぇ! そりゃ良いや!」
 死んだ魚の目に、途端に生気が宿った。
「久々だな、永久機関に乗るのは。最近すっかりキャラックの乗り心地に慣れてたけど、たまにはガレーも面白そうだ」
「ふふふ、でしょう? それじゃ永久機関に行きましょう。誰が乗って誰が残るのかも決めないといけないし」
 その単純さに呆れつつも、リィはなんとか手綱を撮ることに成功したのであった。
 フェレットの後姿をゆっくりと追いながら、彼女はずっと上機嫌でいた。
 ここ最近ずっと放って置かれていた分、今回の航海を誰よりも楽しみにしていたのだから。

 協議の結果、フォスベリーとシャルトリューズはそれぞれの船員達に留守を任せ、フェレットとアイ、そしてリィの三人は永久機関に乗り込む事になった。
 クリスティナ、カルロータに見送られながら、日が暮れる頃になってようやく、一隻のガレー船は町を後にする。
 乗り込んだは良いものの、出航した瞬間に手持ち無沙汰になるフェレットであった。
「あの、僕になんか出来ることあります?」
「じゃ、これを」
「……はい」
 かおるから手渡されたのはブラシ。
 フェレットはゴシゴシと甲板の掃除を拭き始めた。
「私は……」
「なんか料理を作って」
 リィには調理の手伝いを、
「かおるさん、私は?」
「いいよ、飲んでて」
「……じゃあそうするけど」
そしてアイには予め用意してあったワインを差し出すかおるであった。
 公平な処置だ、とフェレットは感服する。
 一通りの指示を終えると、かおるは船室のほうへと入って行った。
 割と大きめの部屋の中にいるのは、一人の少年だけ。
 椅子に座りもせず、部屋の隅のほうで固まっている。
「船酔いとかは?」
「しない」
「なら良い」
 自身がそうなだけあって、このジェドという少年のぶっきらぼうな声にも、かおるは何ら動じる所がない。
 手に持っていた皿を、無言でテーブルに並べた。
 皿には、蜂蜜を練り込んだパンケーキが盛られている。
「うちのギャルが作ったから、食べるといい」
 ジェドは暫くの間、じっと皿を見つめていたが、やがてむさぼりつくようにそれを食べ始めた。
 無理もない、酒場で出会ってから今までの間、ジェドは何も口にしていなかったのだから。
 料理をすすめても、食べようとはしなかったのだ。
「密室に閉じこもってばかりだと酔うし、つまらんよ。外は暗いけど海はちゃんと見える。陸から見る海と船上から眺める海の景色はまた違うし、じっくり見とくと良い」
「知ってるよ」
「知ってる?」
「船に乗ったのが初めてな訳ないだろ! いいから外に行っててくれよ」
「そりゃそうか」
 かおるは皿だけを置いて、ジェドの言う通りにすることにした。
 どうせヒホンまではまだ数日かかるのだし、海を見る機会など幾らでもあるだろう。
 船室の外で丁度、追加の料理を持ってきたリィと遭遇する。
「あれ、かおるさん」
「こう言うのはギャルのほうが得意そうだ」
「えっ?」
 リィの返事を待たず、かおるは何処かに行ってしまった。
(まだ、掴めないわ……)
 彼に対してそんな感想を持ちつつも、リィは船室のほうへと進んで行った。
 出来あがったばかりのきのこのパスタを持って、船室の扉を開こうとする……が、扉は既に開いていた。
 出て行く際にかおるがちゃんと閉めなかったのだろう、少しだけ開いていて、中が覗いている。
 そこからちらりとだけ視線を中にやって、リィは動きを固めた。
(ジェド君……)
 ジェドは、扉が少し開いていることに気付いていなかった。
 だから誰も見ていないと思ったのだろうか。
 少年は震えていたのだ。
 ついているテーブルにまで、振動が伝わる程に。
「ジェド君、追加の料理を持ってきたわ」
 リィはわざと聞こえるようにして、扉をバタンと開いた。
「脅かすなよ」
 びっくりした様子で、ジェドが振り返る。
「ごめんね、ジェド君」
 視線を合わせないようにして、リィは皿をテーブルに並べた。
「ちゃんと栄養取っとかないとね。お母さんに会えた時に、別人のように痩せ細ってたりしたら、お母さん悲しむもんね」
 その声にはほんの僅かの揺らぎがあった。
 声に、いつもとは少し違うものが混じっている。
「それじゃあね。お母さんに早く会えると良いね」
 それだけ言い残し、リィは足早の船室を出た。
 その瞳から、ぽろぽろと零れ落ちるものを隠すために。
(何で、私は泣いているんだろう)
 ジェド君の境遇に同情したから――か。
 ……少しだけ、自分と彼は似ている。
 そんな気がしたからだろうか。
 ジェド君は母親を探していて、独りぼっちで。
 私は過去のことを何も覚えていない。
 自分にどれだけ大切な人がいたのか、大切なものがあったのかを知らない。
 フェレットやアイ、かおる達と出会うことが無ければ、私は今でも孤独なままだったに違いない。
 だけど今は彼らが傍にいてくれる。
 もうこれからはずっと、独りになることはないだろう。
 ”仲間がいる”というその事実だけで、こんなにも豊かな日々を送れているのだ。
 この少年にも、同じ気持ちを味わわせてあげたい。
 リィは心からそう思っていた。
 彼は未だに自分からは殆ど話しかけようともしない。
 こちらが知っている事実はただ”母親が置き手紙を残してヒホンへと行ってしまった”ということだけ。
 置き手紙の内容についても、ジェドは語ろうとはしなかった。
 その理由は何となく察しがついたし、だからフェレットらも深く追求はしない。
 ヒホンに行けばきっと全てが解決するはず。
 彼らはただそう信じて、船を進ませていた。
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  1. 2005/04/08(金) 09:46:02|
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