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航海タイム

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第四章 酒宴航路(前編)

1

 冒険者ギルドに数十分もの間、一人の青年の唸り声ばかりが響き続けている。
 依頼仲介人から手渡された紙を見つめながら、フェレットはとにかく頭を悩ませていた。
 その様子を後ろで眺めているのは冒険者仲間であるアイだ。
 彼女もまたどうすることが出来ないと解っている為、ただ黙っている。
「あ、あの……」
 おずおずと、フェレットは声を出した。
 久々に放った、声らしい声だ。
「本当に、今ある依頼はこれだけなの……?」
「その通りだ」
 無愛想で容赦の無い返事を、仲介人は返した。
「本当にこれだけなの?」
 フェレットは無意識のうちにそう反芻する。
「そうだ」
 返ってきた言葉もほぼ変化無し。
「だってこれじゃ! あまりにショボ過ぎる! ちょっと、アンタももう一回見てみてよ!」
 むっつりしている男のほうを見ながら、手にした紙に書かれた依頼内容を、順々に指差していった。
「石を十樽集めて持ってくる……これはつい先日やったし……」
「イワシを釣って渡す。これは確か一月前にやった!」
 また当分の間、この場にはフェレットの声だけが響いた。
「工房職人の人に話を聞いてくれってのがあるけど、これは依頼なんて言えるほどの作業でも無かったし!」
「依頼の数、全部でたった三つ!? もっと何か無いの! 伝説のフェニックスを見つけに行くとかさ、暗殺集団をやっつけるとか!」
 順に言葉を連ねて行くフェレットに対して、依頼仲介人は眉一つ動かさずにいた。
 そんな依頼などない、とわざわざ口に出さない辺りがフェレットの性格を心得ていると言えよう。
 フェレットの言葉が途切れたと見るや、
「お前が嫌なら別の冒険者に頼むさ。このご時世、駆け出しの冒険者なんて腐るほどいるもんでな」
 平淡な口調で返した。
「なっ! 折角来たのにそりゃないよ!」
「悪いな。だが俺は仲介人だぞ? 俺に文句を言われてもどうすることも出来ん」
「ぐっ、それは確かに……」
 フェレット達の船団はここ数ヶ月はずっとこのセビリアに滞在していて、既に仲介人とも顔見知りになっている。
 この間は酒を酌み交わしもした。
 だからこそ、この男が悪い人間でないのはフェレットも知っていた。
 時には安価な依頼しか来ないときも有る……そうわかっていても、実際直面させられると苛ついてしまうものだ。
「しょうがないわ。行こう、フェレさん」
「うん……」
 アイに連れられてとぼとぼと建物を出て行くその姿は、仲間と言うよりまるで母と子のようであった。
「あぁ……そうだな、ちょっと待て」
 二人が入り口の辺りに差し掛かった所で、男の声が呼び止めた。
「あんたらももう結構この辺りにいるし、そろそろリスボン辺りにでも行ってみるのはどうだ? あそこの町も色々と人出不足だって噂だからな」
「リスボンか……」
 フェレットは再び冒険者の顔になって、アイの方を見た。
「良いかもしれないわね。リィちゃんにももっと、色々なものを見せてあげたいし」
「向こうはまた、酒の種類も違うだろうしね?」
「ええ、楽しみだわ」
 フェレットは茶化したつもりで言ったのだが、アイの返事はそれに動ずる事のない、心底嬉しそうなものであった。
「それじゃあ行ってみるよ、有り難う。また良い依頼が舞い込んだら僕達に回してくれよ」
「ああ、気をつけてな」
 ほんの少しの言葉を交わし、フェレット達はギルドを後にした。

2

「海事ギルドはサッパリだったね。箸にも棒にもかからなくて、泣く子も黙りそうな程変な依頼ばっかで、一石二鳥だった。ここぞとばかりに棚から牡丹餅も落ちた」
「ふうん。よくわかんないけど……」
 かおるの言葉にフェレットは首を傾げたが、要するに冒険者ギルドと同じような感じだったのだろう。
 海事ギルドからの依頼を受けずに済みそうで、フェレットは内心ほっとしてもいた。
 自分やアイはともかくとしても、リィはまだ駆け出しの冒険者だ。
 出来れば危険な目に合わせたくはない。
 彼女は記憶を失くした一人の少女。
 この間の件を踏まえても、それでも過剰な期待をするわけにはいかないのだ。
「で、さっき冒険者ギルドで聞いたんだけど――」
 ややあって、フェレットは提案を始めた。
 今一行がいる場所は酒場だ。
 料理を頬張り、酒を飲みながら今後の航路を相談する船乗り達。
「リスボンに行くんですか?」
 リィの声は僅かに弾んでいた。
 セビリアの町も見る所が色々あって楽しかったが、それでもやはり他の町を見てみたい気持ちはあったのだ。
「そうやね。おじさんもいい加減、まともな航海をしたいなと思ってた所だ」
 かおるもそう同意の声を連ねる。
 確かにここ最近は近場でこなせる依頼ばかりで、あまり航海をしている感触はなかった。
「じゃあ、決まりですかね」
 フェレットの言葉に頷いたのはしかし、かおるとリィだけであった。
「私はリスボンに行くことは賛成だけど……でも、ちょっと改めて考えてみるとね」
 そう言ったアイは、複雑な表情をしていた。
 さっきはあんなに賛成してたのに、とフェレットは不思議に思う。
「リィちゃんは良いのかしら?」
 その視線が向いている先にいる少女。
 アイの言葉の意味に気付き、リィもまた表情を暗くした。
「この辺りから離れてしまえば、貴方の記憶に関わる事を捜すのは難しくなるもの。貴方が自分の記憶を取り戻したいと思っているんだったら、先にまず セビリアの周辺を回った方が良いかもしれない」
 アフリカ大陸の沿岸に有る砂漠地帯で、リィは記憶を失って倒れていた。
 フェレット達はそれ以外に何も、彼女のことを知らない。
 当然だ。彼女自身でさえ、知らないのだから。
 彼女の家族はまだ生きているかもしれないし、だとすればこの辺りに住んでいる可能性も低くはない。
「そうだな。良い依頼を探すなんてことより、そっちのが大事だよなぁ。……ふうむ、どうするかな」
 フェレットは唇をしめらせた。
 結局、決断はリィ本人に委ねるしかない。
 そうわかっていても、彼女が即座に結論を出せるとも思えなかった。
「行きましょう、リスボンへ」
 だけど、フェレットの予想よりも彼女は少しだけ、強かった。
 出会ってからたった数日の間に、強くなったのだろうか。
「記憶のことも気になるけど……私、今のこの時間がすごく楽しいんです。皆さんと一緒にいたらもっともっと楽しくなるんじゃないかって、勝手に思ってます。 それに、私の我侭で皆さんの航路を変えてしまうのも悪いし」
「いや、我侭なんてことは無いと思うけど」
「今は記憶より、もっと色々な……まだ見た事のない、新しいものを見てみたいんです」
 舌足らずな口調であったが、彼女の言葉には確かにはっきりとした意思が感じ取れた。
 その場限りで口にした意見ではないと、誰しもが理解出来る程の。
「そうか……確かに僕等冒険者に取って、未知のものを探すってのは何より大切なことだと思うが」
 フェレットの言葉に、リィはこくりと頷く。
「でも家族がいるかもしれないんだったら、きっと心配してるだろうし。そっちだって同じくらい大事だとも思う」
 同じようにまた頷く。
 迷っているのはむしろ、フェレットのほうだ。
「――だけど君がそう言うんなら、僕にどうこう言う権利は無いな。っよーし、行くか! リスボンに!」
「イェッサー! 船長、そう来なくちゃ!」
 フェレットの声に、別のテーブルを囲っていた”フォスベリー”の船員達が一斉に呼応する。
「そうね。それも、良いかもね」
 アイはふふふと余裕のある笑みを浮かべて、またワインを口にした。
 それなりに長い付き合いの船員ばかりが揃っているのだ。
 時々ずれが生じる皆の意思も、それが大きな亀裂になることはない。
 気付けばまた同じ方向を向いていた、なんてことも多々有る。
 何も恐れることはないと、彼らは足並みを揃えて港へと向かうのだった。

3

 ポルトガルの首都であるリスボンもまた、セビリアと同じように人の多い町である。
 だがそれを騒がしく、鬱陶しいと感じる事はない。
 数百の船が同時に行き来する港の光景は新たなる出会いを予期させて、他の町にはない華やかさであった。
 町の景色が近付いてくるにつれ、実際に町の中でその風景を目にするにつれて、フェレット達の気分もまた昂ぶっていった。
 その気分が最高潮に達した辺りで冒険者ギルドへと辿り着き。
 依頼の一覧が記された紙を手渡され――そしてフェレットはまた、その場に固まった。
 また、後ろの方で眺めているアイ。
 何時かの光景と酷似している……アイはそう思いながら、フェレットを見守っていた。
 かおるとリィは海事ギルドのほうに行っていて、これもまたセビリアの時と同じ。
 少し違ったのは、この町の冒険者ギルドの依頼仲介人はセビリアのほうと比べて愛想がよく、御喋りだったということ。
「いやぁ、悪いねえ。おそらくなんだけど、あんたらと同じようにセビリアから流れてきた冒険者達が多いようでね。 昨日まではたくさん依頼が残ってたんだが、そのセビリアの冒険者達が一斉にやってきて依頼を受けちまったもんでね。丁度さっきの一つで終わり、もうゼロになっちまったんだよ。悪いねえ……ちなみにその最後の一つってのは、イスラムの旅行記について調べるってぇやつで、五人連れくらいの冒険者の組に依頼しちまったんだよ。そこのグループのリーダーらしい若い女の冒険者がまた美人でねぇ、もう、ほんとはもっと良い依頼をお願いしたいとこだったんだがね、いや、本当に悪いなぁと思ってね……」
「……はぁ」
 愛想が良いのはともかくとして、あまり御喋りが過ぎるのもどうかな、とフェレットは心の内で考えた。
 しかしテンポの良いその口に圧倒され、全く口を挟む事ができない。
(やれ、どうしたものかしらね。これは……)
 いっそフェレットに相手を任せて、自分はこっそり散歩にでも出かけようか。
 アイはアイでそんなことを思って、いや、思うだけでなく自然と足も出口へと向かっていた。
 折角リスボンまで来たのだ。
 何も焦って仕事を探す必要は無いし、数日は何の目的も無しにぶらぶらするのもいい。
「フェレさん、私ちょっと外見てくるね」
 ぽつりとそう言い残して、アイは出口のドアを開いた。
 すると、そこにいきなり。
「きゃっ」
 大げさな足音を響かせながら、縦幅の横幅の相当に大きな男が一人、ギルド内へと上がり込んできたのだ。
 真四角の顔をしたその男は豪放な髭を蓄えていて、冒険者というよりまるで海賊のような風貌。
 アイはその男にぶつかり、危うく尻餅をつきそうになった。
 男の方もこちらに気付いていない訳は無いだろうに、見向きもせずにそのまま奥へと進んで行く。
「何、一体……」
 起こると言うよりも呆れて、アイは自分がここから出ようとしていた事をも一瞬忘れた。
 男はそのまま、依頼仲介人のほうへと足を向かわせる。
「おい、依頼人よ。仕事は有るか?」
 会話を強引に打ち切らせるようにして、男は強引にフェレットと仲介人の間に割り込んだ。
 フェレットは目を白黒させていたが、とりあえず延々と続いていた会話から解放されてほっとする。
「ああ、悪いね。昨日までは腐るほどの依頼があったんだが、生憎それが昨日一日だけで全て埋まっちまって……」
「何ぃ、無いのかァ?」
 近くにいたフェレットが思わず飛びのくほど、男はいきなり声を張り上げた。
「おい、俺がどれだけここで依頼をこなしてやってると思ってるんだ? どれだけの冒険者が依頼を受けに来ても、俺の為に一つくらいマトモな依頼を残しとくのが、筋ってもんじゃあないのか!」
「はぁ、でもそう言われてもねぇ。悪いけどね、うちはどっかの誰かだけを特別扱いはしないってぇ方針なんでね。例え新米の冒険者だろうと、そいつがこなせそうだったら、そいつにもちゃんとした依頼を回してやる。そうしねぇと、若手の冒険者が育ちやしないからねえ」
「下らんごたくに興味はない。一つでも依頼は残ってないのか、と聞いてるんだ」
「うーん……」
 仲介人は、フェレットの手に納まっていた依頼の一覧が書かれた紙を引っこ抜いた。
 それをじろじろと眺める。
「残ってないねぇ」
「馬鹿にしてるのかァ、仲介人!」
 暫く不穏なやりとりが続いていたが、それを境に男の声がさらにいっそう張ったものになった。
 喧嘩が始まるのではと、フェレットが慌てて止めに入ろうとする。
 そのまま会話が進めば、本当に血をみることになっていたかもしれない。
 男はそれ程までに凄まじい剣幕をしていた。
 しかしいきなり怒鳴られた仲介人は、表情を目立って変えることはせずに。
「ああ……ああ、そう言えば。ちょっと待ってくれんかね」
 そんな声を残して、奥の方へと引っ込んでしまった。
 冒険者ギルドのマスターと何やら話をしているかと思うと、一枚の紙切れを持って、またこちらのほうへと帰ってきた。
「あんたら、丁度良かったね」
 仲介人の声が指しているのは、眼の前の大男だけではない。
 フェレットと、結局外に出られずに戻ってきていたアイの二人も含まれている。
「たった今、依頼が一つだけ入ったみたいでねぇ。これであんたらもあぶれることは無さそうだ。いや、待たせて悪かったね」
「一つって……あぶれるじゃないか、片方」
 突然言われてぽかんとしつつも、フェレットは返した。
 まだ、素直に喜ぶ事はできない。
「それに依頼内容は?」
 アイが訊ねる。
「えぇーと……ラスパルマスまでの三十日以内の航路を開拓してほしい……ってヤツさ。私掠船や海賊もうようよいて危険だが」
 妙な部分で、仲介人は言葉を切った。
「だが、名うての冒険者として知られるガスパールさんなら、恐るるに足りぬ依頼だろう?」
 仲介人は、にやりと愛想よく笑んでみせた。
 ガスパールと言うのがこの大男の名であるらしい。
 成る程、さっきの口ぶりからしても、新米の冒険者という訳ではないようだ。
「うむ。役不足極まりないが、暇潰しにはなるか」
 男はそう言うとガハハと笑った。
 図体のでかさに比例してその声も大きく、豪快に四方に唾を撒き散らす。
「ちょ、っと待ってよ」
 話が違うとばかりにフェレットは突っかかった。
「あんたら、って言ったじゃないか。それなのに僕等のことを無視して話を進めるのかよ」
「あぁ、そうでしたね。すっかり忘れてました」
 忘れるなよ、とフェレットは顔を歪める。
「こちらとしては別に……さっきも言った通り、どちらか片方を優先する気はないんだがねぇ」
「じゃあ、どうすんのさ?」
「そちらのほうで決めてくれるかね」
「……え?」
 フェレットはもの凄く嫌な予感がした。
 予感と言うか、既に上空から見下ろされているような気配を感じている。
 例の大男に、睨みつけられているのだ。
(こりゃ、下手な応対をしたら何されるかわからないぞ……)
 さっきの仲介人とのやりとりからして、もし迂闊に目を合わせでもすればそのまま喧嘩に発展しかねない。
 出来る限り、丁寧に応じなければ駄目だ。
 フェレットはそう判断し、ぎこちなく視線を外していた。
「んー?」
 ひたりと、青い帽子を被った自分の頭に何かが乗っかる。
 ……おそらく、このガスパールと言う男の手だ。
 相当にでかい手。
「冒険者ギルドってのはなァ、お子様が来る場所じゃねえんだよなァ」
 フェレットもどちらかと言えば、気が長い方ではない。
 先程までの判断はあっさりと覆って、
「失礼なことを言うなよ、オッサン。これでも僕は二十歳過ぎだぜ?」
 ガスパールのことをギンと睨みかえした。
 後は野となれ山となれと言うか、フェレットの頭からは”後”のことなど消えてしまっている。
「オッサンこそ、依頼をこなす前にヒゲでも剃ってきたほうが良いんじゃないの? その図体も手伝って、なんか別の動物に見えるよ。例えばクマとかね」
「なら、そのクマの腕力を見せてやろうか?」
「あれ、人間じゃなくて本当に熊だったんだ。それならこっちも猟銃を用意しないと大変な事になりそ……」
 フェレットの言葉が終わる瞬間に、途切れた。
 後ろからアイに頭をはたかれたのだ。
 ヒートアップしているフェレット、思わず睨んだままの瞳でアイのほうを振り返る。
「下らない争いしないの。私達は冒険の依頼を受けに来たんであって、喧嘩をしに来たわけじゃ無いでしょう」
「……はい、ごめんなさい」
 年上ということもあってか、フェレットはアイには頭が上がらないようで。
 頭の中の温度も一瞬で平熱まで冷却されたようだった。
 しかし、ガスパールのほうはそう簡単には収まりがつかないようである。
「何だァ、そっちの船はお子様と女のセットか?」
 また、そんなことを毒づいた。
「女ってのは航海に不吉って、よく言うじゃねえか。飯は男以上に食うわ、そのくせ力は無いわ……得なんざ、一つも有りゃしない。俺は両親から教わったもんだぜ。ネズミと交易品は船旅の友だが、女だけは連れてくなってなァ。ハハハハハ!」
 ガスパールは再び、豪快に笑った。
(ふん、でかい図体の割によく喋るもんだぜ)
 フェレットもフェレットで再び怒りのボルテージが上がってきたようであったが、怒ってもどうせまたアイにたしなめられるだけだ……と自制していた。
 ――が。
 ちらりとアイの方を見て、そしてフェレットは総毛立った。
 その顔に浮かんでいた感情はただ一つだけ。
 それは”怒り”。
 普段あまり怒らない分だけ、まるで鬼の形相をしているかのように映った。
「女は航海に不吉、ですって? 随分と偏った考えをなされる方のようで」
「何?」
 ガスパールの声を、アイは相手にはしない。
「ねぇ、仲介人さん。こんなのはどうかしら?」
「何だね?」
「そちらの大男さんと私達が同時にこの依頼を受けて、より短い日数でラスパルマスまで辿り着けた方が報酬を貰える……と言うのは」
「こっちとしちゃ、それでより良い航路が見つかればしめたもんだからね。別に構わないよ」
「じゃ、フェレさん。そう言う事で宜しく頼むわね」
 アイは眉一つ動かさず、そう言った。
 フェレットは首だけを上下に振って返事とする。
「中々面白い提案だなァ、それは! 女と子供が船長をしてる船団なんて、どうせろくなもんじゃないだろうからつまらん勝負になりそうだが。……そうだな、負けた方は一つ、勝った方の言う事を何でも聞くってのはどうだ? 金だろうが何だろうが、俺が負けたら好きなもんをくれてやるよ。だが、お前達が負けたら」
「良いわ、それでいきましょうか」
「良い度胸をしてるじゃないか! どんな屈辱を味わわせてやろうか、航海の間に考えとかなければならんなァ!」
「それじゃ、日が変わった瞬間から勝負を始めるとしましょうか」
 三十センチ程も身長差がある男の顔を、アイは対等に睨み返した。
「行くわよ、フェレさん。みんなに伝えないとね」
「ははい」
 航海の間にと言わず、アイさんはきっともう思案を巡らせているのだろうな……。
 そんなことを考えながら、フェレットはおずおずとアイに続いた。
 それなりにちゃんとした依頼を受ける事が出来たのだから、リスボンに来たかいが有った……のかどうか。

4

「それは確かに許せないですねぇ!」
「でしょう! もう、ほんとに腹が立ったんだから!」
「女は航海に不吉だなんて……そんなこと言う人がいるなんて」
「ねぇ。大飯食らいなのはどう考えても男の方だし、そりゃ、確かに私はか弱いけど」
 交互に響く、リィとアイの声。
 その声は”フォスベリー”に聞こえ、”永久機関”にも届いている。
 本来”フォスベリー”に乗船しているリィもわざわざ”シャルトリューズ”にやって来て、女の権利について話しているのであった。
 町で購入した食料、交易品を船へと積み込んでいる間、ずっとこのような感じだ。
 何故だか肩身の狭さを感じて、他の男船員の声は小さくなっている。
「どさくさに紛れて大飯食らいだって文句言われてますぜ、俺達。どうしやす? 船長」
「ノーコメントだ」
 船員の声に無気力な言葉を返す”永久機間”の船長であった。
 かおるですら、今の女性軍に向けて失言をしてはならない、と踏んだのだろう。
「やれやれ……しかし」
 微かに響いてくる女性二人の声を聞きながら、フェレットは心中複雑になっていた。
(アイさんも気軽にあんな約束しちゃったけど……もし、僕等が負けたらどうすんだか。どうせとんでもないことをさせられるに決まってる……。下手すりゃオスマントルコかどっかに亡命しなきゃならなくなるかもな)
「ねぇ、船長」
「どうした? コロ」
 フェレットのことを呼び止めたのは、船団で最年少の船員だ。
「俺達と争うって言う冒険者の名は本当にガスパールなんですよね」
「ああ、そうだけど。名前に聞き覚えでもあるとかなの? あ、そうか。コロはリスボンの出身だったもんな」
 訊ねるまでもなく、フェレットは勝手に理由を決めつけた。
「はい」
「……って、もしや結構名を知られた冒険者なの?」
 リスボンに住むものなら誰でも知っている高名な冒険者……とかであったら、こちらの勝機が大分薄れる。
「いや、俺は知らなかったんですけど。実はさっき交易所でたまたま知り合いと会ったンで、聞いてみたんですよ」
「で、何て言ってたの」
「それがですね」
 コロはクククと含み笑いをした。
「船長、ちょっとこっち来てください」
 そうフェレットに耳を貸すよう要求する。
 フェレットが耳を近づけてから数秒経つと。
「ははは、そりゃ良いや! それは面白い事を聞いたな」
「でしょう! なんか、憎めなくなってくるでしょう」
 フェレットもまた笑い出した。
 ただしこっちのは含み笑いではない。
「そうだな……これはアイさんにも教えといたほうが良いよな。よーし、なんだか面白そうなことになってきたぞ」
 弾んだ足で、フェレットは”シャルトリューズ”へと向かって行っ た。
 アイとリィの元にやって来、同じように言葉を伝える。
 二人もまた、声をあげてはしゃぎ出す。

「船長」
「何だねワトスン君」
 場所は変わって、ここは”永久機関”の船上。
 かおるは準備を終えて、行く手に立ち込める暗雲のほうをただ眺めていた。
 その暗雲はまるで、この航海が不吉なものになると示しているかのよう。
「船長、なんだか話題に置いてかれてるようですぜ。いいんですか?」
「ノーコメントだ」
 かおるはまるで波のようにゆらゆらと揺れた声を放った。
 寂しさのあまり泣いているのかと、一緒にいた船員は飛び跳ねて驚いた――が、違うらしい。
「船長、それ……何飲んでるんで?」
 気付けばかおるは、おかしな形をした容器を手に抱えていた。
 容器からは管が延びていて、管の先にはパイプがついている。
 彼はそれを口に咥えているのだ。
「水タバコ。こないだチュニス行った時に向こうのオッサンに貰った」
「こないだって、一年も前ですぜ? チュニスに行ったのは……。何で今頃?」
「ふと吸いたくなった」
 返事はいつものように簡潔、しかしその声はぐらぐらと頼りない。
 さらにだんだんと、そうなってきている。
「あ、かおるさーん?」
 かおるにも話を伝えようと、ようやくフェレット達がやってきた。
 フェレットと、アイとリィ。
「おはよう、若人達」
 その三人の顔を見届けるなり、かおるはそう言葉を口にした。
 言葉の内容自体に深い意味はない。
 で、口にした後。
 事件は起こった。
「かおるさん、どうしたんですか!」
 突如、ばったりと地面に倒れ伏した”永久機関”の船長。
 フェレット達が慌てて駆け寄ると、彼は白目をむいていた。
「な、何だ……一体誰がこんなことを!」
 驚愕するフェレット。
 三人は駆けよってかおるの身体を揺すったりした。
 だがかおるは気を失っていて、目を覚ます様子はない。
「かおるさん……? かおるさん!」
 フェレット達の顔色が見る見るうちに蒼ざめていく。
「もしや、あのガスパールが罠を仕組んだのかっ? かおるさんから狙ってくるなんて、相当の眼力をもったやつかもしれない……!」
「……や、フェレットさん。違いやすぜ」
 本気で慌てているフェレット達に比べて、”永久機関”の船員は全く動じている様子はなかった――当然だが。
 ”永久機関”の船長、どうやら水タバコが体に回って、気分が悪くなって気絶したらしい。
 何にせよ、これが原因で彼らの出発は数時間遅れをとることになる。
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  1. 2005/03/21(月) 07:09:24|
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  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
<<第四章 酒宴航路(後編) | ホーム | 第三章 手にした剣が示すもの>>

コメント

毎回、楽しく読ませていただいてます。
  1. 2005/03/26(土) 04:32:33 |
  2. URL |
  3. 名無しの船乗りさん #mQop/nM.
  4. [ 編集]

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  1. 2005/03/25(金) 16:51:49 |
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コメント、ありがとうございます。感想を頂けるととても励みになります。
小説のキャラクター達は実際にサーバ上にいる人達ですし、かおるさんとかはゲーム上でもあんな感じの人なので、もし姿を見ることがあったらじっくり観察して見るのも面白いかもしれませんねw
今の所はメインキャラばかりが登場していますが、ゲーム上で出会った人達を話の中に登場させられたらいいなあと思っています。
  1. 2005/03/24(木) 12:10:48 |
  2. URL |
  3. フェレット #-
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  1. 2005/03/22(火) 02:44:35 |
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