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航海タイム

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第三章 手にした剣が示すもの

1

 ”フォスベリー”の船上にて。
 手にした木剣をまじまじと見つめながら、リィはただその場に立ち尽くしていた。
 足元は絶えず小さく揺れていて落ちつかないが、その感覚とももう大分親しくなれている。
「……あの、これ」
 初めて目にした玩具の遊び方を悩むかのように、木剣をあらゆる角度から眺めている。
「これ、どうするんですか?」
「どうするも何も、一つしかないだろ」
 リィの言葉に返事をしたのは、船長であるフェレット。
 彼の手にもまた同じように木剣が握られている。
「これから僕等と行動して、任務をこなしてく上で……戦闘技術はどうしても必要になる。一朝一夕で身に付くものでは無いけど、せめて基礎くらいは教えておこうと思ってね」
 フェレットは、びっと切っ先を突き付けて見せた。
「僕を敵船の船長だと思って、かかってくるんだ」
「えっ? 無理ですよそんなこと!」
「練習だから平気さ。記憶が無いっても、手に持ったそれが何だかわからなくは無いだろ?」
 フェレットの口調はあっさりとしていた。
 たかが練習だと言うのに、むしろリィのほうがうろたえすぎなのだろう。
 リィが向かってくる様子が無いと見て、フェレットは一歩ずつ歩み寄って行く。
 その顔はこころなしかにやついているよう。
「船長、遊んでないでちゃんとやってくだせぇ」
「僕はいつでも真剣さ」
 船員の声に、妙な程に爽やかな言葉を返す。
 その発言自体、彼が遊び半分であるという事実を如実に表していた。
「海賊が船に乗り込んでくる事も考えられるんだ。剣術が少しくらい出来ないと長生きできないぞ!」
 フェレットは剣を振るった。
 リィの剣をぎりぎり掠めて、空だけを切り裂く。
 彼女がまだ準備が整っていないと見て、威嚇として放った一撃だ。
「何やってる、これが真剣だったら君は死んでるんだぞ!」
「ちょ、ちょっと……待って下さい!」
 ニ撃、三撃と繰り出される攻撃に対して、リィは当てずっぽうに剣を差し出す。
 鈍い音を立てながらも、なんとか攻撃を防げてはいるようだ。
「やれやれ。その言や良し、と言いたい所だけど……あれじゃ単にじゃれあってるようにしか見えないわね。フェレさんはそれが主目的な気もするけど」
 ”シャルトリューズ”の船長であるアイも、わざわざフォスベリーまで様子を見物に来ていた。
 船舶の端っこに座りながら、片目でフェレット達を見やり、残る片目は書物へと向いている。
「……リィ」
 緩慢な攻撃を繰り返していたフェレットだが、いい加減呆れ顔になって立ち止まった。
「怖いのは解るけど、航海が危険なのは本当なんだ。ちゃんとやってくれ」
 真剣な声を受けて、リィも静かに頷いた。
 自分なりの構えをして、攻撃が来るのを待つ。
「……へえ」
 案外様になるな、と思いながらフェレットは再度、剣戟を繰り出した。
 まだ大分手を抜いてはいるものの、さっきより鋭い振りだ。
 リィは後ずさりつつもそれをはねのけ、そのまま無我夢中に剣を返した。
 剣が幾度と無く交差し、その度鈍い音が空へと吸い込まれて行く。
 真剣勝負が続く中、リィの視線が偶然にも、フェレットの口元へと向けられた。
 そして気付いてしまった。
 その口が一瞬だが、にやりと嫌らしく笑ったことに。
(もっ、もしかして……)
 直ぐ元の顔に戻ったかと思いきや、またぐにゃりと歪む。
 にへらにへらと笑っている。
 たとえ模擬であっても、勝負の最中だと言うのに。
(この人、楽しんでる。私が真剣にやってるのに。私にはちゃんとやれって言ったくせに。……こうなったらせめて、一発くらいは!)
 剣を握るリィの手に、さらに力が篭った。
 そして、一撃が交わり。
「あでっ!」
 カランと音が響いて、木剣が地面に転がる。
 剣を落としたのは、意外にもフェレットの方であった。
「ああっ! 大丈夫ですか!?」
 リィは直ぐに駆け寄ろうとしたが、フェレットによって制止された。
「ああ、平気平気」
 右手をぶんぶんと宙に振っているが、別段痛がっている訳でも無さそうだ。
「思ったより、腕力あるじゃないか。ちょっと手を抜き過ぎてたよ」
 攻撃は一発も体に届いてはおらず、木の刃がぶつかりあった時の衝撃で剣を取り落としたのだ。
 勿論、本気でやっていればこんな事はない。
 楽勝だったはずだ……女の子の慌てる様子を見て、喜んでさえいなければ。
 そう、フェレットのプライドが静かな主張をする。
「これなら、鍛えたら結構なモノになるかもしれないな。よし、それじゃあもう一度……」
「フェレさん」
 もう一度剣を構えようとした所で、アイがフェレットのことを呼び止めた。
 読書に耽っていた筈の彼女だが、何時の間にか右手にはワイングラスが納まっていた。
 どうやら、フォスベリーの船員が察して差し出したようである。
「そろそろ食事に行こうよ。それにギルドが混み始める前に、依頼も受けとかないとね」
「ん……もうそんな時間か。そうだな、それじゃあ……」
 フェレットは寸分悩んだ様子を見せた後、結局木剣を下ろした。
「とりあえずこの辺にしとこうか。まあ訓練なんか何時でも出来るしな」
「はい」
 今度はリィのほうがあっさりとしていて、
(思ったより強いじゃないか。もう少し最初から力を入れとくべきだった。これじゃあまるで、僕が弱いみたいに思われるじゃないか……)
 心の中でぶつくさ呟いているフェレットをおいて、二人の女性はさっさと船を降りるのであった。

2

 リィがフェレット達の船団の一員となったのはつい先日。
 冒険者達の集うギルドに赴いたのは今日が初の事で、当然依頼を受けたのもまた初。
 冒険者ってのは危険な職業なんだ、下手したら命を落としかねないぞ、と散々フェレットに脅されたものの、
「これじゃ、教わった剣術の使い道も無いですね。フェレットさん」
 依頼された任務は、セビリアの町にたくさんの”石”を持ち帰れと言うもの。
 アフリカ北岸の草原地帯へとやって来たフェレット達は大した危険に遭遇する事も無しに、只管地面を掘り返していた。
「油断は禁物だよ。ここは町とは違う、何時何処で誰が襲ってくるかもわからないんだから」
 フェレットの台詞に説得力が全く感じられないのは、彼らの直ぐ背後で大鼾を立てながら眠っている大男のせいであろう。
「か、かおるさん! もう、ちゃんと石拾いして下さいよ! そんなに堂々とサボってちゃ、冒険者としての権威も地に落ちちゃいますよ!」
「海賊だし」
 一蹴。
 もう少し言葉を選ぶべきだったとフェレットは悔しがった。
 しかも寝てた割にはやけに反応が鋭いと来ている。
「でも、不思議ですね」
「……何が?」
 額に青筋を浮かべているフェレットに比べ、リィはマイペースだった。
「石なんて普段はたくさん転がってるように見えるのに、いざ拾うとなると中々見つからないなあと思って」
「これからきっと、似たような感想を砂にも草にもサカナにも抱くようになるさ。」
 魚はどうだろう、と思いつつもリィは口にするのを止めておいた。
 三隻の船ごとにそれぞれ仕事が分かれており、”フォスベリー”の船員達は主に石の採集、それを船へと積み込む作業をしているのが”永久機間”の船員だ。
 残る一隻、”シャルトリューズ”の船員はと言うと――船上にて酒宴、もとい船の見張りを行っている。
 船の位置からここまでは結構な距離があったが、それでも度々楽しそうな笑い声が届いてくるのであった。
「やれやれ、アイさんたら……」
 呆れ口調になりつつも、咎める気など有るわけもなく。
(それならさっさと石を持ち帰って、依頼達成祝いも含めた酒宴にしてやるとするか)
 むしろやる気になって、フェレットは黙々と石を集め続けた。
 大抵そんな時には他の船員も乗り気な時が多いようで、結構なペースで石が集められ、樽へと詰められていくのだった。
 そして数時間が経ち、時刻は夜を迎える。
「……なんかこの辺り、えらく寂しい風景になっちゃってないか」
 改めて周囲を見渡して、フェレットは呟いた。
 雑草ばかりが生い茂っているが、さっきまであったはずの石が消えただけで大分違和感がある。
「そりゃ、石を全部俺達が取っ払っちまいましたからね。それでもまだ足りてないですが」
 乾いた笑いを浮かべながら、水夫がそう返した。
 石を十樽ほど集めて来いとの依頼だ。
 集まった石はまだ、換算して精々五樽。
「全く……僕等はいつから大自然の掃除屋になったんだ?」
 そんな相槌を打ちづらいことを口にしつつも、フェレットはまだキョロキョロと石を探していた。
 しかしそれでも、対象の物はもう辺りには無いようで。
 一端船に戻ろうか、とフェレットが口にした所で、タイミング悪く事件は起きるのだった。

3

 一行の元へ駆け込んできたのは一人の男。
 肩と片方の足に軽い裂傷を負っていて、その息は荒い。
「たっ……助けてくれ! 頼む!」
 縋りつくようにして、男は言った。
「貴方は?」
 少々怪訝な声をフェレットは返した。
 見知らぬ男を信用するには、それなりの理由が必要である。
「あんたと同じ冒険者だ、怪しい者じゃない……。俺も元々は、依頼を受けてここに来たんだ」
 成る程、とフェレットは男の服装を見やった。確かに身なりはセビリア国のそれだ。
「一応訊くけどあんたが受けた依頼は?」
「石を十樽集めて持ってこいとの、セビリアのギルドの指令だ」
「……ふーん」
「まだ、疑ってるのか!?」
 僅かに怒りの混じった声を受け、フェレットは慌てて両手の平を前に差し出した。
「いや。あそこの人らも石っころが好きだなあと思っただけさ」
「何……?」
 混乱している男に、その言葉の意味が介せる訳もなく。
「ここの東に、盗賊が集まってたんだ……。仲間は皆、盗賊に捕まっちまった」
 男は状況の説明を始めた。
 やれ面倒な事に巻き込まれたなと、船員達は訝しげな表情をしている。
「早く行かないと、あの盗賊共に何をされてることか。殺されてるかもしれない、みんな……」
「盗賊も生きる手段の一つだ、無意味に殺しはせんよ。荷物と金は略奪されてるだろうが」
 途中でそう口を挟んだのはかおるであった。
 その口調は普段のそれよりも、少しだけ棘を含んで聞こえる。
「私も海賊だからな。それくらいは判る」
「えっ!」
 ”海賊”と言う単語に男は体を震わせる。
 冗談だから気にしないで、とフェレットは宥めるようにして言った。
「……盗賊達が生き延びる為に、口封じとしてこの人のお仲間を殺すってことも考えられますよ」
 フェレットの意見は至極尤もなものだったが、かおるからはもう返事はなかった。
「盗賊か。うーん……」
 男が船員達に応急手当を受けている間、フェレットはずっと何かを考え込む仕草をしていた。
 やけにのんびりとしたその仕草を見て、男は当然のように苛立ちを感じて。
「……あんたらが、協力してくれないなら良い。俺一人で何とかしてみせるよ、余計な話を持ち込んで悪かったな」
 まだ手当ても終わっていないのに、立ちあがろうとした。
「盗賊は見た感じ、何人くらいいたんだ? あと貴方の御仲間の数は?」
 男の動向を殆ど気にも留めずに、フェレットは矢継ぎ早に質問を投げかけた。
 意表をつかれて、男は息を詰まらせそうになっている。
「……四、五十はいたと思う。俺の仲間は、全部で十八人だ」
「その程度か」
 かおるのぶっきらぼうな声。
「で、どうするね。フェレッチ君」
「そうですね……」
 フェレットは右手を顎の辺りにやって、まだ考えている。
 もう片方の手で髪をいじったりしながら、三十秒程が経った後。
「パベルはこの人を連れて、船の停泊地まで向かってくれるか」
 フェレットは一人の船員の名を呼んだ。
 了解しやした、と威勢の良い声が響く。
「……ちょっと、待ってくれ。あんたらの船の場所までの道の途中に盗賊が待ち構えてでもいたら、たった二人じゃ殺されるだけだ……」
「ああ、問題無い」
 かおるの声は相変わらずだが、今度はほんの少しの温かさが混じっていた。
「停泊地からここまでは一本道だし、道も開けてる。途中に盗賊の気配があったら、シャットトルラッルリューゼの面々がそれを見逃しはせん」
 抱いた温もりはきっと、信頼からくるもの。名前を、大分間違ってはいるものの。
「酔っててもやることはちゃんとやりますからね。あの人達」
 そう言ったフェレットの表情も自信に満ちたものであった。
「だから貴方は心配せず、僕らの船で休んでてくれればいいよ。まあその前にもう少し、話を訊かせてもらうけど」
「……用して良いんだな? あんたらを」
 不安げに訊ねる男の瞳を見やり、フェレットはニヤリと笑った。
「貴方の仲間はちゃんと帰って来るよ。……そうだな、確率で言うと九十九パーセントだな。九割九分の確率で無事に帰ってくる」
「なんで、九十九パーセントなんだ……?」
「天変地異の可能性も考慮したら、そうなったのさ」
 フフフッ、と今度は含み笑いをしている。
 彼がどうして笑っているのか、男は心底疑問でならなかったことだろう。

 あらかた情報も聞き終えた。
 一人の船員と男を残して、フェレット達はようやく東へと向かって進み始めた。
 戦いを控えてフェレットもさすがに真剣な表情になっている、が。
「あ、そうそう」
 去って行く間際、思い出したようにかおるが声を出した。
「無事に助けられたら、報酬貰うからね」
「報酬?」
 フェレットが疑問顔で訊ねる。
「石ころを貰おうかと」
「ああそうか、そりゃ名案だ。さすが自称海賊」
 そして男の声を待つまでもなく、彼らは去って行った。

4

 夜中の草原は一面が灰色の景色で、何時何処から何が現れてもおかしくないような雰囲気をしていた。
 フェレットらがいる辺りは林のようになっていて、視界は大分狭まっている。
 襲撃に気付かれないようにと、敢えて木々の群の中を通っているのだ。
 話によれば、この林を抜けたその先に盗賊団がいるとのこと。
「リィ」
 フェレットはこの場に居る唯一の女性の名を呼んだ。
「はい?」
 思ったより、彼女が恐れている様子は無い。
 返ってきた声でそう判断する。
 体も震えてはいない。
「いや……君も引き返した方が良いかな、と思ってさ」
「っいえ!」
 少々慌て気味の返事だ。
 緊張しているのは確かか、とフェレットは判断を改めた。
「これからずっと皆さんと一緒にいるんだったら……今ここで逃げても、どうせ何時かは剣を持つことになるんです。それなら早い方が良いですから」
 慌て気味で、しかもその声は僅かに震えている。
「成る程、まあそれもそうか」
 尤もな話だ、フェレットはそう感じた。
 尤もだが、真理ではない。
 避けられる戦いなら避けるに越したことはない。
 それもまた一つの正しい考えだ。
「”永久機間”の皆に先行してもらうから、君は無理するな。君のことは僕等が守るけど、変に慌てられるとそれも難しくなる」
 リィを囲うのはフェレットと、二人の船員。
「よろしく頼みまさぁ、リィさん」
「こちらこそ……御迷惑お掛けします」
 彼らに向かい、リィは何度か小さなお辞儀をした。
 やがて辺りを覆う木々の数は次第に減って行き、視界がだんだんと開けてきた所で、
「止まって」
 かおるがそう指示した。
 ”永久機間”の船員達が彼の周囲を囲い、陣形を作る。
「かおるさん、気をつけて」
「ああ、討ち洩らしは頼むけど」
 二人の船長は小さな声でそれだけ交わした。
 長剣を構えた男達はそれぞれ左右へと分かれ、そして音を立てることなく進んでいく。
 まるでそこに誰もいないかのように、彼らの動きは風のように静かで自然なものだ。
 彼らが相当の手練れであることは、リィでも容易に想像がついた。
「よし、それじゃ……」
 かおるの静かな声が聞こえて来、リィは思わず唾を飲み込んだ。
「行くぞッッッシャアオラァア!!」
「ッシャアオラァ!!」
(ええっ!?)
 大きく放たれた男達の咆哮が耳を貫いて、リィは思わずずっこけそうになった。
 叫び声とともにかおる達は一気に姿を現し、そして盗賊達のいる場所へと全速力で向かって行く。
 静まり返っていた空間を自らの手でぶち壊しながら、進んで行っている。
「何時もああなんだ。何れ慣れるよ、リィも」
「い……何時もああって?」
 平然と言うフェレットに向け、リィは慌てて声を放った。
「折角、盗賊はこっちに気付いて無かったのに……あれじゃあ、今まで隠れて進んでいた意味が無くなっちゃうんじゃ……? さっきの方の仲間も、殺されてしまうかも……」
「野良の盗賊団だ、そこまで統率が取れちゃいないと思うよ。左右から大勢の敵が襲来したと思って、慌てふためくに違いない」
「なら、良いんですけど……」
 リィは納得がいかない様子だったが、最早過ぎたことだ。
 何を言ってももう、どうにもならない。
「それより、僕等も少しずつ前に出るから。剣の準備を忘れるなよ」
「は、はいっ!」
 腰の鞘から、リィは長剣を抜き払った。
 今度は練習用の木剣ではない、刃のついた、一振りで人を殺せる剣。
 リィは一瞬、目を閉じた。
 ドクン、ドクンと心臓の音が一定のリズムで響いている。
 自分はこれから人を殺す――殺すのか。
 迷うまい、臆するまいと強く心に抱き、リィはまた目を開いた。
 そう思うことが、普通の人間に取ってはどれだけ難しいことであるか。
 彼女の記憶はそれを知らない。

5

 フェレットらは気取られぬよう身を潜めて近づいていき、盗賊達の姿が見える場所までやって来た。
 視線の先にいるのは数十の人間。
 うち三分の位置は見知った姿をしている。
 ”永久機間”の船員達が刃を交えている連中は皆、襤褸切れのような服に身を包んでいる。
「わかりやすい……いかにも盗賊と言った格好をしててくれて、助かったな」
 フェレットはそう呟き、リィも頷いた。
 先程の男の仲間であろう船乗り達は、それなりにちゃんとしたものを身に纏っている。
 あそこまであからさまに服装がわかれていれば、助けるべき対象を間違えて殺してしまう心配は無いだろう。
「よし、ウチの船員も指示の通りに動いてくれ!」
 フェレットの号令と共に”フォスベリー”の船員達もまた、左右へと散って行った。
 戦闘はなるべく避けて、さっきの男の仲間を助け出すのが目的だ。
 戦局は、こちらが圧倒的に優位であった。
 地面に倒れているのは何れも盗賊ばかりで、その数はさらに増えて行っている。
 ”永久機間”の船員も手傷を負っている者こそいるものの、重傷者は一人としていなかった。
(かおるさん……)
 暗闇を駆け抜ける男の姿を目にして、リィは戦慄を覚えた。
 初めてちゃんとした恐怖を抱いた。
 かおるの持った槍は、風と共に次々と人間の体を裂いていく。
 草木の緑、夜の灰色が舞い散る血によって、朱に染まって行く。
「何やってやがる! そいつ一人に……! 集団でかかって殺れ!」
 盗賊の一人が怒声を放ったのが聞こえた。
 その男の周囲を、また五人の盗賊が囲っている。
 中心にいる男こそが首領だ、とかおるは即座に判断をした。
 その盗賊の群れへと向かって、単身突っ込んで行く。
 かおるが辿り着くよりも前に、盗賊の一人がそこから逃げ出そうとした。
 自分の仲間が何人、目の前の男に殺されたのか、その盗賊は知っていたのだ。
 そこに出来た綻びを見逃す訳も無く、かおるの槍が盗賊を一人、突き裂く。
(す、すごい……!)
 かおるさんは今、人を殺しているのだ。
 その事実を理解しているつもりであったが、リィは確かな興奮を覚えてもいた。
 まるで舞を見ているかのよう。
 なんと鮮やかな手際で人を斬っていくのだ、あの人は……。
(今まで見た、何よりも)
 彼女の心は、無意識にそんな言葉を紡いだ。
 ”今まで? 自分には、たった数日間の記憶しかないのに?”
 そんな疑問を抱く余裕は今の彼女にはなく、やがて忘れ去られる。
 響く気合の声、届いてくる悲鳴が、忘れさせる。
「っの野郎がぁ!」
 響き渡る怒鳴り声と共に、かおるに向かって左方から木槍、右方から剣が突き出された。
 しかし槍は軽々と受け流されて、そしてまた剣も宙だけを切り裂く結果に終わった。
 弾かれた槍は勢いを失うよりも前に、誤って盗賊の一人を刺し貫いてしまう。
 それもまた、かおるがそうなるように仕向けたのだ。
 大量の血が一気に噴出されるのを見て、リィは遠目ながらに思わず顔をしかめた。
 一瞬そちらに目を取られた隙に、かおるの目は獲物を捜す。
 また一人、刺し殺す。
「……平気みたいだな。にしても相変わらず、鮮やかな手並みだぜ」
 フェレットの声に、リィははっとして振りかえった。
 目を奪われていたのは一体何秒ほどの間なのか、思い出そうとして思い出せなかった。
「十八人いるな。一人も欠ける事無く助け出せたか。盗賊達は一人も殺しちゃいなかったって事だね……ま、しょうがない」
 普段と比べて、少し冷淡な響きをした声だった。
 今の彼に、いつもの鮮やかさを感じ取ることは出来ない。
 彼もまた、戦う者としての顔に変わっていた。
 リィは何か言おうと思ったが、彼女が言葉を吐く前にびゅうと夜風が吹き付けた。
 自分の頬が、何かにあてられたようになるのを感じて、結局何も口にせずに終わる。
 また、リィが視線を戻すと……戦いはもう、終わっていた。
 血で出来た泉の中にかおるは立っていて、四方に転がるのは屍。
 中には辛うじて生きている者もいて、蛙か何かの声のように、呻き声が響いている。
 捕まっていたセビリアの冒険者達は、"フォスベリー”の船員に保護されて戦闘から離れた場所へと連れ出されていた。
 彼らもまたかおるの戦いぶりを目にして、身の毛を弥立たせている。
「さすが、かおるさん」
 フェレットはかおるに向けて、小さくガッツポーズを取った。
 距離は有ったが、かおるもまた妙な格好で応じてみせる。
 その奇妙な体勢が彼なりのガッツポーズだとわかったのは、付き合いの長いフェレットだからこそであろう。
「やれやれ、九十九パーセントだなんて言ってしまったからにはしくじったらヤバいな、と思ってたけど……心配いらなかったか」
 フェレットは胸を撫で下ろした。
 何だかんだ言いつつ、言葉程の自信があった訳ではないらしい。
「リィも、今日は剣を振るう機会が無くて残念だったな……」
 暗闇の先にいる少女へと、視線を投げかける。
 だが、彼女はこちらのほうを向いてはいなかった。
 怯えた顔つきをして彼女が睨んでいるその先には、一人の男が立っていた。
「ん……まだ、残ってやがったんだな」
 フェレットも再び剣を構え直して男のほうを見やる。
「へへ……女が、いやがるとはな……どうせ死ぬんだ、それなら最後に……おい、てめぇ……そこから動くなよ。へへへ」
 狂気じみた嫌らしい笑みを浮かべながら、男はじりじりと近付いて来る。
 顔の半分を切り落とされていて、血の赤で原型すら判別できなくなっている。
 その姿を直視しただけで、リィは血の気が引くのを感じた。
 彼女を護衛していた二人の船員は、今はここにはいない。
 もう危険は無いと見て、救出作業に専念するようフェレットが指示したのだ。
 とは言えこの襲撃も、別に計算の外ではなかった。
「悪いけどこっちに来ても、ほんの僅かに寿命が縮むだけだぞ」
「どけ、てめぇみたいなナルシスト野郎にゃあ用は無ぇ」
「……悪いけど、死んでもらう」
 一見しただけでナルシスト呼ばわりされたのに腹を立てたらしく、フェレットは少し荒立った声で返した。
 大分動きが鈍っているその盗賊に容赦無く刃を突きたてるべく、ゆっくりと近付いて行く。
 だが、そこでリィが予想外の行動を取ったのだ。
「やああぁぁあああっ!」
 自分を抜かした影――。
 それは、手に持った剣を真っ直ぐ前へと突き出しながら突進して行く少女の姿であった。
「何っ?」
 フェレットは驚愕の声を上げた。
 彼女のことを追おうと直ぐに走り出すが、リィは意外にも早かった。
「待てっ、止まれ、リィ!」
 止まった所で、彼女の元に到達するのは盗賊のほうが先。
 ここで下手に彼女の気を逸らせてしまっては駄目だ。
「止まれ! 殺されるぞ!」
 そう頭で理解しながらもフェレットは叫んだ。
 その声が聞こえていないのか、リィは止まらない。
(馬鹿な……!)
 目の前に現れた敵の重圧感に、耐え切れ無かったのか? 
 あれほど、無理はするなと言っておいたのに。
「ハハハハハ! 馬鹿が!」
 高らかに笑いながら、盗賊もまた剣を振るった。
 リィが渾身の力で繰り出した突きを、易々と切り払う。
 腕力の違いにバランスを崩し、リィは地面に転がりそうになる。
 だが、彼女の華奢な体に向かって刃が振り下ろされようとした、その時――。
「えっ!」
 フェレットは自身の目を疑った。
 飛んだのは、男の首のほうであったのだ。
 今の瞬間に何が起こったのか、理解出来ぬままフェレットはリィの元へと駆け寄った。
 返り血がまるで雨のようになって一帯に降り注ぎ、草木を、リィの白い肌をも汚す。
「リィ、何て事を! それに……」
 傍へと駆け付けたフェレットは、リィのことを怒鳴ろうとした。
 だがその前に一つのことに気付く。
「そう……か、かおるさんが」
 まだ離れた位置に居るかおるの姿が、再び目に入った。
 さっきとは少し形態の違うガッツポーズをしている。
 刃が振り下ろされる瞬間……こちらへと向かって何かが飛来したのは見えたのだ。
「……これを、投げたのか。よくもまあ」
 盗賊の死体の直ぐ傍に転がった、少し大きめの石をフェレットは拾った。
 遠くでこちらの様子を見ていたかおるは、盗賊へと向かって渾身の力で石を投げつけたのであった。
 それは盗賊の後頭部を直撃し、意識を失った盗賊の首を、リィの剣が刎ねた。
 かおるにしても、剣術はともかくとして石投げの技術など持ち合わせてはいない。
 見事に敵を捉えることが出来たのは、まさしく奇跡といっても良かっただろう。
「フェレットさん! わ、私……」
 リィは涙を流していた。
 涙と返り血が混じり合い、彼女の顔はぐしゃぐしゃになっている。
「無理をするなと言ったのに。まぁ、とりあえずは無事で良かったな……」
「ごめんなさい……怖かったです」
 泣きじゃくる彼女の顔をじっと見やりながら、フェレットは妙な感触を覚えていた。
 彼女は確かに、怖がっている。
 ……それは何に対するものなのか? 
 死に直面したことによる、恐怖。一つは、それであろう。
(この子は初めて人を殺したんだ。なのに、こんなものなのか……?)
 自らの手で人を斬ってしまったという、罪悪感。
 彼女の抱く恐怖の中に、それは含まれているのであろうか。
 それに、さっきの男を倒したその瞬間の出来事も。
 リィの繰り出した初撃は確かに隙だらけであった。
 だが、それが弾かれて、盗賊が反撃を繰り出そうとしたその時。
 彼女は無我夢中になって、それを避けようとした。
 避けることが出来ていた、のだ。
 バランスを崩した? 
 いや、男の死角に潜り込もうとしたようにも見えなくはなかった。
 おそらく石が飛んでこなかったとしても、結果は一つとして変わらなかったであろう。
(なんか……変な事になってきたな。色々と)
 戦いは終わった。
 リィだけでなく、船員達がこちらへと駆け寄って来るのが見える。
 フェレットは彼らを見返すことなく、天を仰いでいた。
 ――冒険者とは、この世界に存在する未知を追い求める存在であるのだ。
 なら、身近にこんな不確定要素があるのもまた、面白いと思うべきなのかもしれない。
 視線を下ろし、頭の中で論議を繰り返しながら、フェレットもまた皆の方へと歩いて行った。
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  1. 2005/03/15(火) 05:43:39|
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