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航海タイム

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第十九章 光(前編)

1

 ケープに帰還を果たした時、その変わり果てた船団の姿に冒険者達は改めて戦慄し、そして悲しみを覚えた。
 船の数は半数に減り、残った船も全て今にも沈みそうな程に傷付いている。
「死んでった奴等も浮かばれねぇな。冒険者ならよ、新しい大陸を目指してる途中に死ねりゃぁ本望ってやつだろう。だが奴等は皆、金の為に死んだんだ」
 共同戦線を張った冒険者の一人、ジャン・イーヴはそう呟いた。
 呆然として、陸から空と船を見やりながら。
「だが、それは残された奴らを幸せにする宝だ。奴等は俺達を生かす為に死んだ。俺達の幸せの為、死んだんだよ」
 彼の船団のボスである男、ピオが言う。
「そう思うしかねえやな……」
 他の船団の会話。
 フェレットらはただ無言で、それを聞いていた。
 皆、それぞれに海を眺めながら。
 想いを風に運ばせながら。
 フェレットらの船団の被害も相当なもので、パングの駆る”嵐を呼ぶ鹿号”が沈没し、辛うじて船員達は救出されたものの、船そのものは海の藻屑と消えた。
 その他フェレットの”フォスベリー”やかおるの”永久機関”にしても、何とか航行は可能だが、最早戦闘をこなすことは出来ないだろう。
 きっと、今回の報酬で船団の船を全て買い換えることになるだろう。
 前々から話していた事だ。
 しかし今はまだ、誰もがそれを口にしようとはしなかった。
 それぞれの船の、命を落とした船員の顔を思い浮かべ、ただそうして海岸にいた。
「フェレッチ君、アイさん。それにギャル」
 ぽそり、と後ろから吐かれた声に、三人は振り返った。
 何時もと同じ顔をして、かおるがそこにいる。
「ちょっと来てくれねが」
「ねが?」
「来てくれないか、ってことだよ」
 意味が判らないでいるリィに向け、フェレットがさり気無くフォローを加えた。
「けど……何処へ行くの?」
「どっか」
 アイの言葉も流し気味に、かおるは既に歩き出している。
 町のほうに向かうのかと思いきや、海とも町とも違う方角へと進んでいく。
 そちらには文字通り何も無い荒野が広がっているだけだ。
 三人は顔を見合わせた。
 仕方なく、フェレットは付近にいたカリタスに声を掛けた。
「ちょっと……僕ら、出掛けてきます。多分そんなに掛からないとは思うけど、もし遅れるようだったら報酬の話しといちゃってください」
「ああ。それじゃ酒場で待ってるよ」
 礼を言い、三人はもう姿が殆ど見えなくなっている、かおるの後に続いた。
「どうしたんでしょうね? かおるさん」
「多分、話してくれるのよ。これまでの経緯を」
 駆け足で追いながら言葉を交わす、リィとアイ。
「あの子供達と何があったのか、話してくれるんだわ。……家族だって言ってた、あの子達の事を」
 そう言った後、アイはいきなりフェレットの服の裾を引っ張った。
 予想外のことで、バランスを崩して立ち止まるフェレット。
 アイとリィも、立ち止まる。
「どうしたんですか、急に」
「けど、かおるさんは戻って来てくれたもんね」
「え?」
 何に対しての”けど”なのか。フェレットはその意味を判りかねた。
「これからもずっと、この船団にいてくれる。絶対、そうに違いないわよね」
「そうですよ。じゃないと、私達がここまで来た意味が無いですもん」
 リィが言葉を重ね、二人はまた止めていた足を動かし始めた。
 フェレットも少し遅れて、二人に続く。
(いや。わからない)
 ただそれだけ思って、彼一人、無言で。
 ”かおるさんは帰ってきた”
 ”もう、何処にも行かない”
 そんなことを考えるのはよそう。
 これから僕らは真実を知り、その果てに大いなる喜びか――悲しみが待っているのだから。

 辿り着いた先。そこには何も無かった。
「ここで」
 かおるがただそれだけ言い、この場が終着点となった。
 そして語り始めたのは、自らの歴史。
 野が有って、ただ緩やかな風だけが吹くその場所で、彼らは瞬きもせずに話を聞いた。
「元々は、海賊をしていた」
 果ての地――印度の海で。
 名立たる海賊団の一味だった。
 人を殺すことは好きではなかったし、血に塗れた金銀財宝に魅力を感じることもなかったが、しかし選択肢は他に無かった。
 西から東に、或いは東から西に向かうことしか出来ない狭い海路――スペインの、ジブラルタル海峡のように。
 何年もの時間をそうして過ごし、この命が尽きるまで、それは絶えず続くのかと思われた。
 彼らに逢わなければ、きっと続いていただろう。
 それはもう十年も昔のことになる。
 海賊団の首領メルキオールとは別に、その時自分は地方艦隊として別働隊を率いていた。
 その別働隊のリーダーは自分の他にもう一人、クライドという男。
 近隣の海を牛耳る海賊団と戦闘状態になり、幾度も小競り合いを繰り返している中、あの子供達と出会ったのだ。
 元々は、自分達が襲った船に乗っていた。
 今にも落ちて来そうな、暗く重い曇り空をしていたその日。
 他の水夫を皆殺しにし、最後に船室で、小さくなって震えている彼らのことを見つけた。
 四人のうち、一人はまだ赤子。
 それを抱きかかえている少女でさえも、まだ十年生きているかわからない程に幼い。
 ”殺すな”
 そう指示をしたのは、或いは気紛れだったのかもしれない。
 彼らを連れて帰ったのも、きっとそうだった。
 元々、金なら手に余る程有った。
 外れの地に小さな家を手に入れて、彼らと共にそこで暮らし始めたのだ。
 海賊稼業と兼任での、主夫の……子育ての仕事。
 それは新鮮で、そして楽しかった。
 たまに帰ってきては彼らと過ごすその時間を、何よりも大切だと感じるようになっていた。
 そのことは海賊団の皆も知っており、しかしメルキオールの耳には入れなかった。
 別働隊を率いるリーダーとしての仕事はクライドに任せ、自らが生きるためではなく、子供達の為に人を殺し、金を手にする日々。
 それが何年か続いた、ある日のことだった。
 その日はとても乾いた風が吹き荒れる日で。
 火が何処から出たのかは解らない。
 しかし船から見えるほどの炎が、その乾いた大地を覆い尽くしていた。
 海上でそれを目にして――愕然となった。
 自らの命を投げ打ってでも子供達のことを救いに行こうとして、そしてクライドに止められた。
「あのガキどもの為に、生きてやれ」
 彼はそう言った。
 死を選ぶ気など無かったが、しかしその時にはもう、海賊をすることに何の意味も抱けなくなっていたのだ。
 全てを失ったと思い、人知れず姿を消した。
 目的も無く放浪し、そこで一人の少年と出会った。
 聞けばまだ自身の船を持ったばかりで、海に出ること自体が初体験だという。
 少年は、フェレットと名乗った。
 彼と一緒に行動することになったのもまた、気紛れだった。
 或いはぽっかりと空いた永遠の隙間を埋めたくて、気紛れを装ったのかもしれない。
「――しかし、彼らは生きていた」
 話はそれから大分進む。
 アイと出会い、そして砂漠で倒れていたリィを見つけて。
 彼らと共に訪れた北海で、もう二度と会うことは無いだろうと思っていた男に会った。
 海賊団に戻れと言われたなら、きっと応じなかっただろう。
 クライドが教えてくれたのは、子供達の無事だ。
 それは奇跡と言っても良かった。
 子供達の住む家の辺りが大火事に見舞われた日。
 その前日に、たまたまメルキオールがそこに訪れていたのだ。
 かおるが子供を養っているという噂を遅れて耳にして、かおるに会う為にやって来たのだろう。
 長く海の上で風と共に人生を歩んで来ただけあって、彼女は気候の変化にも敏感だった。
 その乾いた風から危険を察知し、そして火が迫るよりも前に彼女は子供達を家から連れ出し、安全な場所まで素早く移動したのだ。
 少し遅れてかおる達がそこに辿り着いたときには、メルキオールと子供達はもう別の場所まで移動していた。
「テメェの早とちりだったんだよ。全てはな」
 クライドは言った。
「ああ、それとてめーは俺に借金が大分有るからな。俺様の金で、あのガキどもに家をこしらえてやったんだからな」
 聞けば海賊団は、これからは南アフリカを拠点にするのだという。
 フェレットらのことを置いて南に向かったのは――再び海賊に戻りたかった、訳ではない。
 ただ……会いたかったのだ。あの子達にもう一度。
「なら……あの子らも一緒に船に乗せれば良いじゃないですか。みんなでまた冒険しましょうよ」
 ずっと黙って話を聞いていたが、フェレットはようやく声を放った。
 かおるの口からはこれ以上言葉は出ないだろうと、そう判断したからだ。
「それは出来ん」
「どうして!」
「あの子達は皆、海を怖がっている。かつて……海賊に襲われた、そのことがトラウマになってる。一度だけ船に乗せようとしたことが有るが、身体がもう耐え切れなくなっていた」
「じゃあっ……」
 フェレットはぼそりと言い、口篭った。
 言わなければいけないけれど……だけど、言いたくは無かった。
 これからのことについて、訊くのが怖かった。
 しかし、他の二人には出来ないだろう。
 最も長い付き合いである自分が、やらなければいけない仕事。
「かおるさんは、これから……」
「私は――」
 最後まで訊ねるともなく、かおるの声が静かに響いた。
 フェレットも、アイも。
 その顔に、瞬時にして恐怖心が満ちる。
 言わないで。
 言わないで欲しい。
 思いはしても、それを口には出来なかった。
「行けない。この先は。私の旅はここまでで終わりだ」
 フェレットはきつく目を瞑っていた。
 耳も塞いでいたかった。
 感覚の全てをシャットアウトして、その声を聞かないでいたかった。
 無情にも、言葉は続く。
「今まで、ありがとう」
 それはこの暖かさも冷たさも感じさせない大地に、優しく響いた。
 この人、生まれて初めてそんな声出したんじゃないかと、自然にそう思ってしまう程、肌に沁みる声。
 あの子供達の前では、もしかしたらいつもこうなのだろうか。
「……でも、アフリカに来れば会えるんでしょ? 何時でも」
 決意して、フェレットは目を開いた。
 そうだ、辛いのは何も自分だけじゃない。
 何より、別れを口にした彼のほうが、きっと身を切るような思いだっただろう。
「ああ」
「なら……うん、しょうがないもの。僕もいい加減、そろそろ独り立ちしないとなぁって思ってたところだし。うん、しょうがない」
 ははは、とフェレットは笑った。
 そうだ、また今までと同じ航海の旅に戻るだけの話だ。
 かおるさんを捜す為に倫敦を出発して、東地中海に向かって……イスラム圏やヴェネツィア、様々な場所を訪れて。
 ずっと……ずっと、何かが足りない気がしていた。
 食事の時でも、船の上にいる時でも。
 やりきれない思いを抱えていなければならなかった、あの航海に戻るだけだ。
 ――受け入れよう。
 そんな満たされない気持ちさえも、海を進むうち、何時しか波に流されて消えて行くだろう。
「かおるさん。これ」
「ンア?」
 フェレットは自分の帽子を手にとって、かおるに向けて差し出した。
 羽の付いたフラットキャップだ。何年もずっと同じものを被っていた。
「最初に出逢った時、僕は今よりずっと背が小さかった。そのままだと見失いかねないって言われて、コレを貰ったんですよ。覚えてますか?」
「ああ」
 ただそれだけの返事。
 それだけで、十分だ。
「僕ももう人並みには伸びたんでね。いらなくなったから返しますよ」
「フェレさん……」
 少しだけつっけんどんな響きを帯びた声。
 リィが心配そうに彼の名を呼ぶ。だが、その心配は当然杞憂に終わった。
「あの子達には僕はもうすっかり嫌われてそうですからね。だからそれ、家に置いといて下さい。僕が忘れたってことにして。忘れ物を取りに来たって理由付けて、また会いに来ますから」
 フェレットのそれよりも少しだけ大きな手が、それを受け取った。
「あやつら帽子を尻で踏む癖があるから、次来た時は破れて捨てられてるかもしれんけどね」
「どんな癖ですか、それ。……取っといて下さいよ。ちゃんと」
 思わず苦笑いをするフェレットだった。
 かおるも、笑う。
 大袈裟に笑い合ったりはしないし、涙を流しもしない。
 それは二人が二人とも、感情を剥き出しにすることを好まない種の人間で有るからだ。
 静かに別れるのも良いものだ……その思い出が果てしなく深く、大切なものだからこそ。
 大切な宝物。何処かに投げてしまわないで、この胸にずっとしまっておこう。
「ルアンダまでは送りますよ。帰り道は一緒なんだし、せめてあの子らに一言謝っとかないと」
「じゃ、戻るか」
 そう言って踵を返す二人。
 フェレットは振り返って初めて気付いた。
 かおるもずっと視線の中には入っていたはずなのに、気付いていなかった。
「アイさん……」
 驚き、フェレットとかおるは二人とも場に固まった。
 その視線は真っ直ぐに、アイの顔を見ている。
 もしかしたら、彼女自身も知らなかったのかもしれない。
 何時の間にか、その瞳から大粒の涙が零れ落ちていたことを。
 直ぐ真下の地面に絶えず降り続けて、止まずにいたことを。
「ごめん。ごめんね……折角、二人がいい雰囲気で別れようとしてるのに、私が、こんな」
 ぼた、ぼたと流れて落ちていく雫。
 彼女はそれをどうして良いのか迷い、両手で頬の辺りを覆っていた。
 涙は止まらない。
 リィに泣き出しそうな顔で見られても、何を言えばいいのかわからずにいる二人の顔をどれだけ見返しても。
 止め処なく溢れていく。
 その理由にも、彼女は直ぐに思い当たった。
(私がこの船団に入ったのは。入りたいと思ったのは)
 船旅をしてみたかったから?
 フェレさんと冒険をしたら、楽しいだろうと思ったから。
 かおるさんのあのとぼけっぷりを間近で見ていたかったから。
 そのどれもが間違いではないが、何より求めたものではなかった。
(そうだ。私は何よりも)
 何より求めたもの。もうじき失われてしまって、二度と手に入らなくなる。
(フェレさんとかおるさんの二人がいるこの船団が、大好きだったんだわ……)
 そんな、大好きな場所が消えてしまう。
 これが泣かないでいられるもんか。
 自分の心にまでそう言い訳をして、アイは流れる涙を止めようと試みることを、やめた。
「参ったな……。高級な酒で誤魔化せるようなもんでもないですかね。さすがに今回は」
 こめかみの辺りを指で掻きながら、フェレットはほとほと困り果てた顔をしている。
「とりあえず、ルアンダに行くまでの船旅では毎日宴会……ってことでどうでしょうか? アイさん」
 何とかこの場を収めようとばかりにリィが口にする。
 ぴくり。
 反射的に、アイの眉がつりあがった。
「”永久機関”もう沈む寸前だし、いっそ最期に船そのものを酒樽に見立てて、酒で満たすとか」
 普段と変わらぬ悪ノリでかおるも言葉を加える。
 彼らの表情には、一片の悲しみもない。
 最後まで幸せな顔をして、楽しく別れようとしているのだ。
 無理に装っているのではなく、ただ悪戯めいた顔をしている。
「ちょっと、もう! 茶化さないでよ!」
 こうなると、自分だけ泣いているのが馬鹿馬鹿しく思えてくるものである。

「――よし、決めた! ルアンダに帰るまでの時間は全て宴会にだけ費やすわよ! ”フォスベリー”も”永久機関”も”シャルトリューズ”も”コンスタンティア”もみんな、酒の嵐に巻き込んで沈めてやるんだから!」
 彼女がそう結論を出したのは、四人でケープの港まで戻ってきた時のこと。
「よっ酒大将!」
「うるさい!」
「かおるさん、ルアンダに辿り着く前に最大の危機到来ですねぇ」
「アフリカの危機やね。ひょっとしたらエメラルドの海が酒と血で染まるかも」
「うるさいうるさい!」
 四人の笑い声が縺れ合い、絡み合いながら、物悲しく響いていた。
 そして彼らはルアンダへと――旅の分岐点へと、向かう。

2

 過去最高の喧しさを撒き散らしながらの、数日間の航海。
 それはやがて終わりを迎えた。
 何もかもを吐き出した後で、言葉少なにして一行は陸へと降り立つ。
「まぁなんだ。君はまたどっか行ってしまっても、何となしにひょっこり現れそうだからな。あまり湿っぽくない別れにするとしよう」
 カリタスはかおるに向けそう言葉を投げかけて、握手を交わした。
 パングやルーファらとも同じように最後の会話をして。
 そして”永久機関”を始めとする船団の水夫達に見送られながら、ゆっくりと町から離れていった。

 ケープの町の郊外へと続く道無き道。
 フェレット、リィ、アイの三人と共に、歩いていく。
(にしても、えらく町から離れた所に住んでるんだな)
 あの少年少女達は皆、白人だった。
 それでもこの辺りの言語を話せるようだったが、やはり人種の違いは大きいということだろうか?
 フェレットはそんなことを考えて、他の事は何も考えずにいた。
「あそこ」
 指差しもせずにかおるは言った。
 風景の果てにぽつんと建っている小さな家まではまだ遠く、数百メートルは有るだろう。
「それじゃあ、いよいよですね……」
 隠しもせずに、悲しげな声のリィ。
「アフリカに来る機会……作ろうと思えば、何時でも作れるもん。また直ぐ会いに……」
「家まで行ってからにしましょうよ。まだですよ」
 アイの言葉を遮った声はただか細くて、リュートを手にして歌う時の彼の声とはあまりに違った。
「フェレさん。泣き出さないようにね」
 ぽん、とフェレットの肩を叩くアイ。
 よく言うよ、という顔をフェレットは作ってみせた。
 そうするだけで、返事が出来ない。
「待った」
 今度、何もかもを遮ったのはかおるの声だった。
 このムードさえも断ち切るような、不穏な響きをした声だ。
 珍しい、と三人は思った。
「ちょっと此処で待ってて」
 言うや否や、かおるは一人で走って行った。
 目を見合わせるフェレット達。
「ほら、私達が家に行く前に色々掃除とかするんじゃないかしら?」
「成る程ぉ。もうすっかり所帯じみちゃってるんですね」
 アイの言葉に、ぽんと手を打つリィ。
「見たいような、見たくないような」
 溜めた息を吐くと同時にフェレットはそんな声を漏らした。
「けど、寂しくなるわね。それに忙しくなるわ。これからは大事なことは私達だけで決めないといけないもの」
 アイが言う。
「ここ暫く、ずっとそうでしたけどね。かおるさんがいる時もそんなに変わらなかったけど」
「にしても、一体何分くらいかかるのかしらねぇ」
 アイが発した言葉。
 それから数分の時を待っても、かおるが戻ってくる様子は無かった。
「実は誰にも見えない所で、こっそり別れを悲しんで泣いてたりしてね」
「それもまた、見たいようであんまり見たくないですけどね。いきなり貧血になって倒れてるとかのが良いなぁ」
 フェレットとアイの二人はそんな会話をしていたが、さらに数分も待つといい加減待ちくたびれてきた。
「こっそり、行ってみましょうか?」
 言おうとして言えずにいた言葉をリィが躊躇いがちに口にすると、待ってましたと言わんばかりの勢いで二人とも頷いた。
「遅れたのが悪い」
「そうそう」
 悪態をつきながら、急ぎ足で進んでいく二人。
 少し後から追うリィ。
 つとめて陽気な雰囲気のままでいようとしていたが、やがて建物の傍までやってくると、三人とも血相を変えた。
 元々、綺麗な家ではないのは一目見ただけでも解った。
 洗練されたヨーロッパ諸国の建築物とは似ても似つかない、それこそ嵐が来たら潰れてしまいそうな家だ。
 その家の入り口の扉に、血がべったりとこびりついている。
 少しだけ触れてみると、ぽたりと地面に零れた。
 まだ、そう時間が経っていない証拠だ。
「まさか、かおるさんの……」
 顔面蒼白になって呟くリィ。
「それは無い」
 フェレットはそう断じた。
 壊れかけの、機能を半ば失った扉をこじ開けて、中に入っていく。
 入って直ぐの場所に、かおるがいた。
「かおるさん……?」
 呼ぶ声にも応じない。
 振り返りもせず、その場にしゃがみ込んでいる。
 彼のいる辺りに、飛び散っている血痕。
 フェレットは愕然とした。
 かおるは、小さな子供を抱いていた。
 少女だ。
 フェレットはかつてその少女と、言葉を交わしたことがあった。
 名前は確か……セルマと言ったはず。
 その四股は血に染まっていて、原型すら解らないほどになっていた。
 ただ、疑うしかない光景。
「い、一体、何が……」
「静かに」
 かおるは一言だけ、そう言った。
 少女はまだ、生きているのだ。
 小さな口が、微かに動いている。
 けれどもその声は、フェレット達には届かなかった。
 彼女自身もきっと、ただかおるにだけ聞かせようとして、放った声だっただろう。
 三人はその光景に入っていくことを躊躇い、ただその場に立ち尽くしていた。
 それでも眼前で、最期の会話を交わす二人のことを見ていて。
 ――少女の口が、動かなくなったのも解った。
 きっともう、二度と開かれないであろうことも。
 なのに、かおるはまだ立ち上がらない。
 呼吸をやめたその少女が、また何時か動き出すことを信じてやまないかのようにして。
 少女のことを抱いていた。
 ずっとその光景だけに視覚を奪われていたが、やがて三人は気付く。
 それよりさらに奥で、眠るように死んでいる少年の姿に。
 フェレットは唇を噛んだ。
 怒れば良い? 泣けば良いのか?
 それ以外にどう反応して良いのか、わからない。
 悲しみは確かにこの胸の内にあるけれど、自分は少なくともかおるさん程に彼らのことを知らなかったから、泣き叫ぶ権利は無いのかもしれない。
 物を言わぬ亡骸となった、あの少年。名前は……マテウスと言ったはずだ。
 前回ケープを訪れた時に、フェレットは彼と大喧嘩をしたのだ。
「かおるさん、教えて下さい。一体何が有ったんです」
 今度はちゃんと答えてもらう。
 強い意志でもって、フェレットは訊ねた。
「知らない連中が来て、この子達を殺した」
 殺した。
 死んだのだ。
 かおるの心はその事実を受け入れない。
 だから、無味乾燥を装った普段通りの声だった。
「連中? 一体、どうして……。何処に行ったんです、そいつらは」
「私も見ていない。だが」
「だが?」
「アスナとミケが、何処かに居る筈だ。生きている筈だ」
 セルマの亡骸を、かおるは優しく地面に下ろした。
 そして一瞬にして表情を変え――立ち上がった。
「頼む。探してくれ」
 心からの懇願の声。
 相変わらずの平坦な口調だけれど、皆解っていた。
「ええ」
 長きを共にしてきた仲間達が、その頼みを断る理由も無かった。

 四人は走った。
 元々船旅を終えたばかりの身だ。
 体力はもう限界に来ているはずなのに――魂も、感情も、何もかもを吐き出すようにして。
 元々、視覚を遮るようなものは何もない荒野ばかりが続いている場所だ。
 隅々まで回ることは然程難しいことではない。
 三十分も探しただろうか。
 ルアンダから真逆の方向に暫く進んだところに、一本の木がある。
 この木に辿り着いてしまったら、自分は逆方向に進んでしまっているのだと、子供達が目印として使っていた場所だ。
 何も無い荒野。
 それだけに声がよく通って響いた。
 少女の悲鳴を聞きつけて、四人は疾風と化して走った。
 視線に入るのは、四人。
 その内一人は地に横たわっている。
「かおるさん! かおるさん!」
 涙に染まった声が、辛うじて届いた。
「アスナ!」
 届いた瞬間、かおるは剣を渾身の力で投げ付けた。
 風を穿つ速度でそれは飛んで行き――少女アスナに剣を振り下ろそうとしている男の頬を貫いた。
 襲撃者の数は二人だ。
 一人は死亡し、残る一人はやって来た人間の数を目にすると動揺し、剣の切っ先を向ける方角すら迷い始めた。
 その隙にかおるは一瞬にして距離を詰め、そして顔面を撲りつける。
 男が吹き飛ばされて、持っていた剣を落としてしまっても、かおるは容赦しなかった。
 ぎゅっと首を掴み上げ、そして中空へと持ち上げた。
 フェレット達はそちらをかおるに任せ、それぞれ別の行動を取る。
 フェレットは横たわっている少年の所に向かい、後の二人はアスナを保護した。
「言え。何の目的だ」
 怒りの感情に塗れていても、完全に冷静さを失った訳ではない。
 男の肌は黒い。
 かおるはアフリカ諸国で使われている言語でそう問うた。
「答えろ!」
 強い声で再び。
 しかし、返事はない。
 残された左手で、かおるはその男の右腕を掴み、そして握り潰した。
「言葉が解らない訳では無いだろう。言え。言わなければ全身の骨を砕く」
「……目的は、金だ」
 首を掴まれていては、まともな声を放つことは出来ない。
「金だと?」
「我らの集落に、見知らぬ男が訪れた。……俺達が、見たことも無いくらいの金を用意してやるから、ガキどもを、殺せと。そう、言った」
 呻くような声。
「男の特徴は」
「……中、性的で……。それこそ女と見紛いかねない、美しい容貌をしていた」
 その声は、そこまでで止まった。
 宙に有ったはずの男の体。その頭が、激しく地面に叩きつけられたのだ。
 重力に任せたものではない。人為的な力によって、男は殺された。
 フェレット達は戦慄を覚え、その場に固まった。
 助けてもらったアスナでさえも、何も声を掛けられなかった。
 激しい怒りによって、かおるの身体は震えていた。
 握る拳に爪が食い込んで、そこから血が流れている。
「フェレッチ、君。ミケは」
 震えているのは声もだ。
 間違いない、こんな光景はもう二度とお目にかかれないだろう。
 フェレットは思った。
 怒れる獣。まるで狼の如く、鋭い瞳をしている。
 下手をすればこっちにも襲い掛かって来そうだと、本能がそう訴える。
「この子も、もう……」
 少年の目は光を映していなかった。
 胸に大きな傷口があって、血が殆ど流れ出てしまっていた。
「そうか」
 かおるは血に染まったその手で、地面に落ちている自らの剣を拾い上げた。
「アスナを頼む」
「何処に行くの! かおるさん!」
 アイが声を上げても、彼は見向きもしなかった。
 もう、装うことも出来ない。
 感情が溢れて抑え切れない。
「奴らを殺しに行く」
「奴らって誰よ!」
 かおるの足が、もう待てんとばかりにそこから走り出した。
 破壊衝動に駆られて、ルアンダの町のほうへと向かう。
 アイはただ呆然とするだけで、それを追えない。
 しかし、フェレットは違った。
「リィ! アイさん! その子のこと、見てて!」
 直ぐにかおるのことを追おうとし、走って行こうとする。
 そんな彼のことを、ぎゅうと抱き締める少女。
「リィ?」
「フェレさん、置いていかないで!」
 その絞り出したような泣き声に、フェレットは思わず足を止めざるを得なかった。
「私、恐いんです。自分が……たまに、別の人間に思えることがあって。人の血を見ると、別の私が顔を出しそうで……。だから……置いて行かないで下さい。傍に居て下さい」
「なら君も来い!」
 自身の胸へと回っていた少女の手を引き剥がし、そして自身の右手で、彼女の左手を強く握る。
 手を取り合って、かおるのことを追って行った。
「かおるさん。……みんな」
 アイはアスナのことを抱きながら、そのままそこにいた。
 彼らのことを追うという選択肢はもう残されていないのだと、知っていた。

3

 ルアンダの民の誰もが振り返るほどの速度で、かおるは只管走り続けた。
 靴がぼろぼろになって足が傷付いても、動きは一寸たりとも鈍らない。
 酒場の横を通ると、聞き慣れた仲間達の歓声が響いていた。
 しかしそれすらも取り合わず、海の方へと走って行く。
(何故だ。何故……今になって、何故そんなことをする)
 胸の内を支配する思いは怒りだけではなくなっていた。
 完全な信頼関係にある訳では無かったが、しかし自分は確かに、あの若き首領のことを認めていたのだ。
(返答次第では。いや)
 何を言おうとも、取る行動は揺るがない。
 八つ裂きにしてくれる。

 そして海が見えた。
 その前に、港に停泊している船の姿も。
 迷うことなく、かおるは”永久機関”へと向かった。
 丁度、船にはタラップが掛かっていた。
「せっ、船長! 一体どうしたんでやすか!」
 船の傍に一人の水夫がいて、その水夫はかおるを見るなり慌てふためく。
 当然だ、もう二度と会えないと思っていたのだから。
「船の準備は出来てるか!」
「は、はぁ。カリタスさんの指示で、丁度整備をしてた最中でやすから」
「直ぐ出港だ!」
 返事を待たず、かおるはタラップを渡って行く。
「けど、今は半数が外に出てて、ギリギリ船を動かせる程度の水夫しかいやせんぜ!」
「動くなら構わん!」
 その水夫もかおるの後を追い、船に渡った。
 渡り終えるとすぐ、タラップをしまおうとする。
「オイッ、待て! 僕らもいるぞ!」
 その時ようやく、フェレットとリィの二人も港までやって来た。
 彼らは酒場で”フォスベリー”の船員を頼ったが、出港の準備が出来ていないし、直ぐには出来ないと断られたのだ。
 仕方なく、”永久機関”に乗せてもらおうと、かおるの後を追ってきた。
 しかし生憎、二人の声は”永久機関”までは届かなかった。
 タラップが段々と縮んでいく。
 陸から離れて、船の方へとしまわれていく。
 しかし、まだ届く距離だ。
 辛うじて……死ぬ気でダイブすれば。
 フェレットは迷わなかった。
「僕らもっ、乗るッッつーのォ!」
 渾身の力で飛翔し、そしてぎりぎりの所でタラップに片足を乗せる。
 歯を食いしばって、何とかもう片方の足も。
 そこまでしたところで、”永久機関”の水夫もまた、フェレットらの存在に気付いたようだった。
「あっ、フェレットさん! それにリィさんも!」
「遅い! ずっと呼んでただろうが!」
 心臓をばくばくさせながら、フェレットは怒鳴った。
 かおるは全くこっちに振り返る気配はない。
 仕方なく、フェレットが勝手に指示を送り、そしてタラップをもう一度陸まで伸ばさせた。
 立ち往生していたリィを船に誘う。
 彼女ももうこれ以上は走れなかったようで、倒れるように甲板にへたり込んだ。
「フェレットさん、一体船長は何を?」
 混乱しているのは”永久機関”の水夫達だ。
 かおるは明確な指示を下さないらしく、皆フェレットのほうへと寄って来る。
「わからん。けど、とりあえずは指示に従って」
「言われるまでも、でやすよ。折角帰ってきてくれたんだ、それこそ行く先がたとえ地獄でも……」
「地獄じゃない。――地獄よりももっと地獄に近い海だ」
 フェレットの一言で、誰もが黙り込んだ。
 別に水夫達を脅す気なんて、欠片もなかった。
 ただ真実を述べただけのこと。
(けど、それでも)
 見届けよう。
 見届けなければいけない。
 だって僕は、あの人の仲間だもの。
 ……あの時、僕は言った。
 ”重すぎて背負い込めなくて、みんなで潰れるのも悪くない”と。
(潰れねぇよ!)
 雰囲気に任せて適当なことを言うな、この口よ。
 ”航海はテキトーに”。
 誰かから勝手に譲り受けたそんな持論も有るけれど、それはそれ。
 何もかも、受け入れてやる。
 飲み込んでやるよ。
 怒りが乗り移ったかのように、彼の魂は叫んだ。
 この海全てが震える程に。

 傷付いた一隻のガレー船はルアンダを発った。
 船長以外が、行く先を知らぬ航海。
 そろそろ陽が沈むはずなのに、それでもまだ空は真昼のように明るい。
 まるで光の中に落ちて行くようだと、誰しもが思った。
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  1. 2005/12/28(水) 02:49:50|
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フェレット(或いはスネばな)

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