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航海タイム

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第十一章 Moon chaser ――月の追跡者――(後編)

3

 セビリアで受けた依頼は無期限の依頼。
 マラガ、バレンシア、パルマと、各町に寄港しながら、何処までも蒼く深い海を東へと進み行く。
 無論かおるを探すことも優先事項であるのだが、まず自らが楽しめなければ航海は意味がない、と風景をや町並みを楽しみながら。
 何時も曇り空に覆われて、落ち付いた趣を持った北海を”静の海”と表現するのなら、地中海は輝く太陽が情熱を漲らせる”動の海”だ。
 地中海は温暖な気候をしており、降雨量も少なく、過ごしやすい環境の地域だ。
 ジェノヴァの町を歩いているその際、
「やっぱり僕にはこっちが似合ってるな」
フェレットはそう、一言呟きを漏らした。
 彼以外の船長は、未だ国籍不明のリィを除いて皆イングランド出身。
 イスパニア出身の彼にとって、やはり馴染みが深いのはこの地中海の空気なのだろう。
 隣を歩いていたリィはその感覚がわからずに、感情を覆い隠すようにして柔らかく笑んだ。
 倫敦も素敵だし、セビリアも良い町だった。
 今まで辿ってきた航路の中で、行かなければ良かったと思った場所なんて一つとしてない。
 ただ全てが好きで、それに順番をつけることなんて出来なかった。
 それからさらに数日の航海を続け、船はイオニア海、シラクサの町へと達した。
 ここから東は東地中海、イスパニアの船が悉く姿を消していると言う問題の海域だ。
 じっとしていれば時は直ぐに流れて去って行くし、此処で留まっていることは出来ない。
 シラクサで一日を過ごし、翌朝早く、一行は出航所へと集まっていた。
「良いか、ここから先は危険な海域。くれぐれも船ごとの間隔をずらさないようにして、固まって進もう。もし怪しい船を見つけても、勝手に動かないで。まず他の船に伝えてから動こうとするんだ」
 珍しく、他の船長達にフェレットが指示をする。
 普段こう言うことをしたがらない彼がわざわざ先陣を切る理由――それだけ、東地中海が恐ろしい場所だと言うことなのか。
 フェレット曰く、依頼に関係無く東地中海は元々海賊の多い場所で、特に南沿岸の辺りは盗賊団や各地の海賊がこぞって集まり、虎視眈々と獲物を狙っているそうだ。
 元々船団が目的地としているのはイスラム圏の都市、アレクサンドリアだ。
 変装に変装を重ねて現地の住民に化けておかなければ、捕まって即座に命を落とすことになるだろう。
 だがその危険を押してでも向かおうとするほど、イスラムはまた魅力有る土地だ。
――「普通に出会ったら即座に斬り合いになるような人が住んでる所に行ってさ、色々喋ったり交易品を買ったりするんだ。冒険家にとって、最大級のロマンだと思わないか?」
 以前フェレットが口にした言葉。
 リィはそれを今になって思い出していた。
 彼はその言葉だけで、敵地に乗り込む恐怖を抗し難い魅力へと変えてくれたのだ。
(大丈夫……この人達と一緒なら、どんな危険な場所からも帰って来れる気がするわ)
 そう、まだ何もかもが途中だもの。
 こんな所で死んだりなんかするもんか。
 出発を間近に控え、リィはそう強く心に誓った。
「それじゃ、行くとしよう。良いかい、合言葉は『危険に遭ったら迂回して横目で見てから改めて考えろ』ってことで宜しく」
 船に乗り込む寸前に、フェレットが吐いた言葉。
 皆を笑わせそうとした冗談ではなく、それが船団の方針なのだ。
「はい、フェレさん」
 心から完全に心配を取り除いてしまおうと、リィは最後に彼へと声を掛けた。
 なんて、素敵なことじゃないか。
 命を賭した航海に赴くその前に、こんな軽口を飛ばしていられるなんて。
 自分は他の船団に所属したことは一回も無いけれど、余所の船団なら間違い無く、こんなムードでいることは出来ないと思う。
 ありがとう、フェレさん。
 貴方が私のことを拾ってくれて、本当に良かった――貴方がずっと傍にいてくれたから、私は今、こんなに幸せでいられている。
 リィは心の中で感慨深げにそう呟き、フェレットがいるであろう方角に、視線を送った。
「ッあ、アアアア!!」
 リィの静かな思いを寸断するが如くに、船から響いてくる声。
「ふっ、船にネズミが沸いてるアアアア!」
 緊張感も何も感じられないその声は、丁度”フォスベリー”に乗り込んだばかりのフェレットが発したものだった。
「またうちの船員と来たら……。さぼったわね、掃除を」
 まだ陸に残っていた”フォスベリー”の副官ロッティーナ、通称ロッティが呆れた声で言う。
「こりゃダメだ、今日は縁起が悪い! 出航は明日に延期だ延期!」
「何言ってるの、ネズミ退治くらい海を行きながらでも出来るでしょ」
 アイと言う母親役に諭されても、まだフェレットは収まりがつかないらしい。
 うだうだと文句を言っていた所を、
「行くわよ。反論は許しません」
とアイに止めを刺され、結局出発を改めて決意する。
(フェレさんらしい……ううん、船団らしいなぁ)
 リィに取っては、そのやり取りの全てが微笑ましかった。
 此処にもしかおるが居たらどんな風に各々の台詞が変わるのか、それさえも容易に想像出来るようになっていた。
 ほんの数日前に考えていたこと、その答えが浮かんできた気がしていた。
 フェレさんはイスパニア、かおるさんやアイさんは倫敦と、皆故郷を持っている……当然のことだ。
 けれど自分にはそれがない。
 そう考えると何時だって、胸をちくりと刺すような寂しさがこみ上げてきた。
 だけどきっと、これからもうそんなことはない。
 私の故郷はきっと、この船団なんだ。
 どんな素敵な光景よりも、何よりも……私はこの場所が好きなのだと、改めて気付いた。
 さっき”記憶も戻っていないのにこんな所で死ねない”って、そう誓ったばかりだけど……でも本当は。
(過去の記憶を失ったままでも私は今、幸せでいられている。このまま記憶が戻らずに、今ここで死んだとしても「幸せだった」って言える)
 このまま記憶が戻らなくても――それでも良いのかもしれない。
 もしもそれを知ることによって、失われるものが有るのだとしたら、いっそこのまま……。

4

 シラクサの町を発って三日も航海を続けたところで、辺りの空気が一瞬にして、ぴんと張り詰めたものに変わった。
 ”コンスタンティア”の船上でそれを感じ取ったリィは、もしや敵船が接近してきたのではと、辺りを見回した。
 だが今のところは船の姿は見えない。
「不気味ですね、この辺りは」
 リズウィーと言う名の船員が、そうリィに語りかける。
「なんだか、生気を感じない……」
 独りごちるように続けるリズウィーの声は、リィと全くの同意見であった。
 そうだ。
 温かな風も、美しい海も、辿ってきた航路と何も変わってはいないのに。
「この海域には、私達の船団しかいないのかしら……?」
 もたげてくる違和感を訝しく思いながら、リィは言った。
 今までは、例え陸と離れた海を進んでいても、商船等の姿がぽつぽつと見受けられたのに。
 生気を感じないとリズウィーが表した理由はそれであった。
 更に数日もこの感じが続いたのなら、自らの命の鼓動さえ、あの静かな海に飲まれてしまいそうだ。
(これならいっそ海賊か何かに襲われたほうがまだましだわ)
 リィは思った。
 いや、海賊に襲われたせいで、辺りの船は皆沈んでしまったのだとか……?
 並行して海を進む、他の船を見やる。
 まず視線に入ってきたのは”シャルトリューズ”だ。
(無事なのかしら、みんな)
 ああ、アイさんと話したい。
 そうして皆がそこに居ることを確認したい。
 この広大な海の中に独り取り残されたような、そんな気分をリィは味わっていた。
「リィ船長!」
「え……何?」
 いきなり元気な声で呼びかけられて、リィはどきりとした。
 声の主はリズウィーだ。
 改めて眺めたその顔には、一目で解る程に不安げな色が浮かんでいる。
「船長はいざとなったらあたし達が守りますからね! 心配する必要なんて、これっぽっちも有りません!」
 少し震えた声でリズウィーは続けた。
 その後、目を強く瞬いてから笑ってみせた。
「ありがとうね、リズウィー」
 私の気持ちを見抜いて、彼女はこんなことを言ったんだろう。
 こんなにやせ我慢をしながら。
 自分と同い年くらいの少女に元気付けられて、リィは息をついた。
(私、船長なんだもの。私がしっかりしないでどうするの)
 改めてそう、気合を入れ直す。
 ちゃんと剣が差さっているか、銃があるかを確認する。
「……でも、何も出ないと良いですね」
 リズウィーはてへへと笑いながら、そう呟きを加えた。
 リィも同じような仕草でうん、と頷く。
 ――だが、残念ながら彼女らの願いは叶わずに終わった。

 人気が無かったはずの海に、船の姿が現れたのはそれから一日後の、夜中のこと。
 そこに在った船の姿は、一つではなかった。
 海は暗闇から少しずつその全貌を覗かせていき、やがて自分達の周りの光景がどうなっているかを知った時、一行は愕然とした。
 船団の進む方向の直ぐ先に、三隻の船が、まるでこちらを待ち構えているかのようにして佇んでいた。
「海賊かよっ?」
 ”フォスベリー”の船上で、フェレットはうなった。
 こう暗くてはあの船の群が何処の国のものなのかも判らない。
「海賊にしては、ちょっと変ですね。こちらに向かってくる様子もないし、砲撃してくる様子もないです。向こうもこちらの姿を掴みかねているのでは?」
 ロッティーナがそう冷静に指摘する。
「いっそ無視して迂回して行くとかどうだろう」
「船長、私達が受けている依頼をお忘れですか?」
「そうだけどね……」
 訊き返されて、フェレットはもどかしげに声を出した。
「仕方ない、もう少しこのまま近付いてみるか? みんな、いつ斬り合いになっても良いようにしとけよ!」
 迷いながらもそう決断する。
「そう来なくては、ですね。船長」
「君、意外に血の気が多いんだな」
「一応、元海軍ですから」
「そりゃ恐ろし……もとい頼りになる」
 ロッティーナの視線が鋭さを帯びた気がして、フェレットは途中で言葉を変えた。
 他の船にも指示を伝え、船団は警戒しつつもそのまま前進を続けた。
 相変わらず、行く手を遮っているはずの船からは何のリアクションもない。
(どうなってる?)
 とうとう、横に並んでしまった。
 このまま通り過ぎても見過ごしてくれそうな、そんな気がする。
「船長!」
 船員に呼びかけられ、フェレットは慌てて振り返った。
「どうした?」
「見てくだせえ。あの船、ぼろぼろですぜ!」
「何?」
 一番近い位置にいる船をじっくりと眺めてみると、確かにその船は至る箇所に砲撃を受けたかのような跡があった。
 帆が半分ほど焼け落ちてしまっていて、航行が難しい状態になっている。
 残り二隻の船も、同じ様に傷付いているのが確認できた。
「もしかしたら、この辺りの海賊にやられたのかもしれないな」
「乗り込んでみますか?」
 ロッティーナが問う。
「そうだな。もし生き残りがいるんだったら、助けてあげないといけない」
 そこから情報を得て、手掛りが掴めるかもしれない。
 ”フォスベリー”は動きを止め、船団の他の船と距離を近付けた。
 そしてこの三隻の船の内部を調査する旨を伝える。
 皆で一気に船を空けてしまうのは危険だ。
 万が一、奇襲の可能性を考えて、”フォスベリー”から半分の船員、”シャルトリューズ”から半分の船員が、それぞれ調査へと赴くことになった。
「アイさん」
 漆黒に包まれたその船に乗り移ると、見慣れた人間の影がそこにはあった。
「あら、そっちも船長自ら来た訳ね」
 数日ぶりに互いを顔を見て、二人の船長は安堵の息を吐いた。
 二十数人の船員を連れ、フェレットとアイはおそるおそる甲板を歩いて行った。
「これ、キャラベル船ね。頑丈な船なのに、よくもまあ」
 甲板に開いた大きな穴を見つけ、アイが声を尖らせる。
「甲板は空っぽみたいですね。……一応、船室のほうも見てみます?」
 フェレットは薄ら笑いを浮かべながら言った。
 出来たら見たくないなあと、そんな風に思っているのがばればれだ。
「船長」
「……はい。それじゃあ僕が先頭を務めさせていただきます」
 アイの返事より先にロッティーナに言われ、フェレットは渋々ながらも先陣を切って船室のほうへと向かった。
 ――背筋がぴんと張らずにはいられないようなこんな空気。
 フェレットもアイも、何となく感じていた。
 階段を下って行き、最初の船室に行き付いたところで、
「……やっぱりな」
地面に転がっている遺体を目撃した。
 遺体の数は――六人。
 皆剣を握ったまま、迫り来る恐怖と戦っている……そんな表情をしたまま死んでいた。
 穏やかな顔をしたものなど、一人としていない。
「アイさん、平気?」
 フェレットはそう、心配そうに訊ねた。
「ええ、何とか。レティシアちゃんを連れて来なくて良かったわね……」
 アイの顔色が蒼白になっているのは、この暗闇の中でも見て取れた。
 いや、きっと自分もそうなってるのだろう。
 こんな光景を目にしたのはこれが初ではないが、慣れるなんてことは有り得ないのだから。
「イスパニアの船も、もしかしたらこの船と同じ様に……」
 さすがのロッティーナも神妙な顔つきになっている。
「可能性は低くないな。だとしたら、この人達が誰にやられたかを調べなきゃならないのか……」
 男である僕が躊躇してられないと、フェミニスト気質を奥底から絞り出して、フェレットは遺体の持ち物を調べ始めた。
 他の男の船員達もそれに続く。
「アイさんとロッティはいいよ。一応、女の人だし」
「……何で一応なのよ」
 アイは絞り出した声でそう減らず口を叩いたが、さすがに遺体に触れることは出来なかった。
 ロッティーナもそうだ。
 と言うより、触れさせないように他の船員達が形を作っている。
(血が乾いてる……)
 右手についた赤いものの感触を確かめながら、フェレットはその遺体の格好をじっくりと見やった。
「ウェイストコート(ジレ)ね……。皆同じ服装をしてるわ」
 アイがフェレットの言葉を代弁した。
 遺体は皆、同じ色をしたジレを纏っている。
 商人の服装には見えないし、姿そのものは盗賊か何かの様に見える。
 肌の色は白く、イスラム圏の人種ではないことは確かだろう。
「転がってる遺体が実は全部悪人で、どっかの正義感溢れる人に始末されたんだったら良いけどな。それでイスパニアの船がいなくなってる原因がこの人達だったんなら尚最高だ」
 この緊迫した場でも、冗談をいうことは忘れないフェレットであった。
 それもまた、自身の緊張を解す為なのか。
「どう、フェレさん。他に何かわかることはあった?」
「皆死んでますな、とりあえず」
「……そんなのこっちからでも判るわよ」
 大体この船室は相当狭いのだ。
 端で眺めていようにも、アイとフェレットのいる位置は数メートルも離れていない。
 遺体が握っている剣の種類なども一応確認してみたが、いまいち掴めない。
 調査隊は恐る恐る、この船室からさらに奥へと続いている廊下へと進むことにした。
 この雰囲気にも大分慣れて、また先頭を行こうとしたフェレットだったが、ロッティーナに遮られる。
「私が最初に行きます。いきなり襲って来る敵がいたら大変ですからね」
「……危ないぞ」
「私の方が剣を使えますから。ご心配無く」
 玲瓏な笑みを浮かべながらの一言で船長を閉口させると、ロッティーナは弛まぬ足取りで進んで行った。
 左手に灯りを持ち、右手には先端の鋭く尖った剣、エストックを持って。
 道の先にはまたもう一つ、船室があった。
 ――慎重に足を踏み入れると、がたり、と何かが鳴った。
「……っ!」
 暗闇の奥からいきなり突き出された、剣。
 フェレットもアイも他の船員達も、一瞬何が起こったのか解らなかった。
 ロッティーナはその刃を辛うじて払い除け、
「止まってっ! 敵がいます!」
と後続の船員達に向かって叫んだ。
 視線は前に向けたまま、最大限に注意を傾けている。
 攻撃は連続では来なかった。
 ロッティーナ自身も数歩下がり、皆の援護が受けられる位置で留まる。
「出て来なさい」
 その声に誘われたのかは判らない。
 ただタイミングを同じくして、その船室から一人の男が姿を現わした。
 さっき見た遺体と同じ服装をその身に纏った、長身の男。
 その左手には中型の湾曲剣が握られていて、ロッティーナに向かって振るったのもこれだ。
「……お前ら、イングランドの人間か」
 男は言った。
 一瞬その言語に戸惑い、フェレット達は自らの知識からそれに見合う言葉を探す。
「私達に敵意は無いわ、剣を下ろして」
 咄嗟にギリシャ語へと言語を切り替え、アイが意思の疎通を図った。
そうだ、さっきの遺体にしても――あの肌色はギリシャ人のものだったか、とフェレットは気付く。
「海賊じゃねぇのか?」
「この辺りを通りかかっただけの冒険者よ、私達は。貴方は?」
「俺の他にこの船に人間はいたか?」
 アイの問いに答えずに、男は逆に訊き返した。
「貴方と同じ服を着た人間が何人か、死んでいたわ」
「……あとニ隻は?」
「そっちはまだ見てないわ。それより、こちらの質問に答えなさい」
「良い? 正しく答えるのよ。何処の船かをね」
 ロッティーナが横から口を挟む。
 アイよりも若干、口調に刺々しいものが混じっている。
 変な行動を見せたら殺す、とそう言っているようにも思えるほど。
「ギリシャの、所属は――ギリシャムーンズだ」
「何ですって?」
 ロッティーナが驚愕の表情をする。
 フェレット達はその名前に聞覚えが無かった……が、フェレットだけは別の意味で顔を歪めている。
「ロッティさん、ギリシャムーンズって?」
 アイが英語に戻して訊ねる。
「私も話に聞いただけなんですが……。東地中海周辺を荒らし回っている、盗賊団の名前です」
「と、盗賊団ん?」
 この緊迫した場において、いささか間抜けな声を響かせたのは、アイではなくフェレットだ。
 わなわなを体を震わせて、無言でロッティーナのほうを見つめる。
「……船長、何か言いたそうですね」
 フェレットが何を思っているか、ロッティーナは気付いていた。
「……ロッティ、何故……先に言ってくれなかった?」
 悔しくてたまらないと言った顔で、フェレットは訊ねる。
「物知りな船長のことですもの。きっと御存知だと思ってましたから」
「そう言われちゃ、しょうがないな……」
 本当にそう思ったのか? とフェレットは問い返しそうになったが、ここで怒っては大人気ないと堪え切った。
 悩みに悩んで、”ノースムーンズ”という暫定船団名は採用しない方向で行くことに決める。
 ……僕のセンスが、盗賊団のそれと似通ったものだったとは。
 ショックを隠し切れないフェレットであったが、数秒して場の空気を思い出し、表情を取り繕う。
「盗賊団か。ここで殺しても良いけど……どうする?」
 フェレットは皆に意見を求めた。
 ギリシャ語で口にしたその声を聞き、男は目に見えて慌てた顔になった。
「待て! 命を助けてくれたならもう盗賊行為はやらん! だから頼む、助けてくれ!」
「あとニ隻の船員が仮に生きてたとしても、貴方一人だけ盗賊団を抜けられるのかしら?」
「約束する!」
 アイの声に、男は食い付くようにして声を上げる。
「好きで盗賊なんかやっちゃいねえ。ちゃんと食わして貰えるところがあれば真っ当に生きる!」
「ですってよ、フェレさん」
「うーん……」
 フェレットは頭を抱えたくなった。
 信じられるか、と撥ね付けることは容易だ。
 だがうちの船団の水夫にも何人か、元海賊出身者の者もいるし……。
 未だ経験したことがないとは言え、自分達も海事ギルドで、海賊紛いの仕事を依頼されたことが何度かあるのだ。
 冒険者にとって海賊、盗賊は、完全に縁のない存在だとは言えないのかもしれない。
「アイさんに一任するよ」
 悩んだ挙句、結局フェレットは決定権を放棄した。
 そしてそれを譲り受けられたアイはたった一言、
「良いわよ、ウチの船においでなさい」
――フェレットと違い、即断であった。
「ちゃんと決まり事を守ってくれれば、生活は保証するわ。その代わり盗賊行為は二度としないでくれるかしら」
「ほ……本当か! 分かった、それなら喜んで付いて行く!」
 男は剣を放り捨て、その言葉が嘘ではないことを証明した。
 それだけでは証拠としてあまりに足りなさ過ぎる気もしたが。
(さすがぁ……)
 フェレットはただ、ぽかんとして二人のやり取りを見つめていた。
 自分なら絶対、自分の船に乗せる等とは言えないと、感嘆の息を漏らしながら。
 他の船員も同じだ。
 アイの手並みにただただ感心している。
 ロッティーナだけは、複雑そうな表情を浮かべていた。

 その後、三隻の船を調べ終えたものの、結果として生き残っていたのは一人の男のみであった。
 そしてその一人の男は、この船団に何が起こったのかを教えてくれた。
 イスラムの大型ガレー船がたった一隻で襲撃を掛けてきて、殺戮の限りを尽くしたのだと。
 この海域を行く船は皆、そのガレーにやられているのだと。
 調査を終え、それぞれがまた元の船へと戻ろうとしている。
 空には日が昇っており、改めて体を蝕んだ疲労を実感させられる。
 ”シャルトリューズ”へと戻って行く船員は、行きと比べて一人増えていた。
「それじゃ、僕達も戻るから……。気をつけてね、くれぐれも」
 フェレットに対する返事を、アイはうん、という一言で済ました。
 心配ない、とも言いたげな声の調子であった。
 その後、新船員のほうへと向き直る。
「改めて教えるわ。私はアイ、船の名前は”シャルトリューズ”。そうそう、お酒が大好きだから覚えておいてね」
(手懐ける気かよ?)
 尊敬を超えて、最早恐ろしいとさえ思うフェレットであった。
「……言っとくが、ろくな仕事は出来ねえぞ。多分」
「飲み友達になってくれればそれで良いわ」
 男はグラフコスと名乗った。
 奇妙な縁から一人の仲間を加え、東地中海の旅はさらに奥深くへと進む。
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  1. 2005/07/19(火) 03:47:50|
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