FC2ブログ

航海タイム

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

第十一章 Moon chaser ――月の追跡者――(前編)

1

 イングランド、ネーデルランド、フランス、ポルトガルと幾つもの国を跨ぎ、船団はスペインへとやってきた。
 途中訪れた全ての町でかおるの行方を探してはみたものの、今のところ有益な情報は一つとして得られていない。
 リスボン湾から東に曲がらずにそのまま南に進み、東アフリカへと向かうことも考えられたのだが、まずはよく知っている近海から回ることにした。
 未知の大陸を見て回るのは勿論楽しいのだけれど、やはり見慣れた光景には心を落ち付ける効能があるのだ。
 かおるもそんな風に思ったのではないかと想像し、一行はスペイン領、セウタの町を訪れた。
 ジブラルダル海峡を挟んだモロッコの北岸に位置するその町は、フェレットらには何より馴染み深い町。
 久々に訪れたその光景は以前と何も変わっておらず、リィは故郷に帰ってきたかのような懐かしい気持ちを覚えていた。
 町に到着して直ぐ、船員の半分を船に残し、フェレットとアイ、リィの三人は酒場へと向かった。
 ルーファやパング達は町で、交易やかおるの情報入手に当たっている。
「フアナおばさん!」
 酒場で働いている恰幅の良い女性。
 その姿を見付けた瞬間、リィは彼女の元へと駆けて行き、そして抱き付いた。
「お久しぶりです。私のこと、覚えてますか?」
 彼女の小さな体を軽々と受け止め、その女性はまじまじとリィのことを見返した。
「あんた、本当に……」
 それだけ言うと視線を逸らし、リィを抱きかかえたままで、女性は酒場内に声を響き渡らせた。
「あんた達、今日はもう店閉まいだよ。航海に出てたあたしの娘が帰って来たんだ!」
 しっしっと、まるで猫でも追い払うような仕草で、酒場で飲んだくれている男どもを叩き出そうとするのであった。
 下手な客がいたなら事件になりかねないが、今日ここで飲んでいる面子は皆、日頃からの御得意様だ。
「……フアナおばちゃんがいつも自分のことみたいに自慢してる、あの船団がやってきたんだな?」
「アントニオとは別に結婚してる男がいるっていうあの船団だよな。なんでも女みたいな顔した坊っちゃんとか、並の男以上に酒を飲む淑女が船長をしてるって言う」
 入り口で固まったままだったフェレット達も、そんな声を耳にして、嬉しいような照れ臭いような気分になった。
「そんじゃ、今日ばっかりは水入らずにしてやるしかねえな。アントニオ、お代はここに置いてくぜ」
 常連客達は揃ってぞろぞろと立ち上がり、マスターのアントニオの元へ代金を放り投げていった。
 その客達は当然、去り際にじろじろとフェレットらのほうを眺めて行くのであった。
「なぁ、あれが酒を樽ごと飲むっていう例の船長だぜ……怖い怖い」
小さな噂声が届き、アイはぴくりと眉を震わせる。
「まあまあ抑えて、酒飲み船長」
「うるさい!」
 ここぞとばかりに茶々を入れるフェレットだった。
 そしてそんな喧騒を経た末、酒場には皆、見知った人間だけが残された。
「リィ……よく帰ってきたね。益々美人になっちゃって……」
 フアナは自分の胸に、リィの顔を埋めた。
 顔どころか半身が埋もれて、殆ど息が出来ないくらいになっている。
「もう二年近くも前になるのかい。あんたがどっかの砂漠で寝てたって、坊ちゃん達が慌てて駆け込んで来たのは」
 感慨深げにフアナは言った。
 たったそれだけの言葉で、フェレットらの頭にもまた、その時のことが鮮明に浮かぶ。
「確かに早いよな。あの時は一体何が起こったのかと気が気でなかったけど……」
 砂漠に埋もれていた少女を助けるなんて、人生の内に二度と経験できることではないだろう。
 それを経験することがなかったら、人生はどう変わっていたのだろうか?
 間違い無く今以上のものにはならなかっただろうと、確信を持って言える。
「ふふふ、気がつけば今や大事な人だもんね。リィちゃんは」
「アイさん! シッ」
「……そうね」
 フェレットに慌てて口を塞がれ、アイは直ぐに察した。
 大事な娘に恋人が出来たなんて事が知れたら、そしてその相手がフェレットだと判ったら――どんな目に遭うか、想像に難くない。
「何やってるの! 坊ちゃんとお嬢ちゃんも席につきなさい。当分ここから出さないからね」
 フアナに呼びかけられ、二人もまたカウンターへと歩いて行ったが、途中でぴたりと足を止めた。
「あら。かおるちゃんはいないの……?」
 彼女のそんな心配そうな声が聞こえたからだ。
 ……やはり、かおるさんはここにも来ていなかったのか。
 ほんの僅かに抱いていた希望が潰え、フェレットは落胆した。
 もしもこの辺りを通ったなら、間違い無くここに立ち寄るはずだと思ったのに……。
「ねぇ、かおるちゃんはどうしたのよ。なんで一緒に来てないの?」
(まずい……)
 一行はぎくりとして表情を固まらせた。
 このフアナと言う女性、かおるのことが大好きで、船団が町に寄る度に散々彼にアプローチをしているのだ。
 無論成功した試しはない、と言うかこの酒場のマスターがフアナの正しい夫であるのだけれど。
 それはそれとして、フアナがかおるに惚れているのは事実であった。
 彼が行方不明になったなんてこと、伝えられるわけが――。
(……え?)
 アイの視線が、何故かこっちを向いている。
 フェレットは訳がわからず、ぽかんとして見返した。
 アイに釣られて、リィの視線もまたフェレットのほうへと注がれる。
「ちょっと、詳しく説明しなさいよ。坊ちゃん」
 フアナの声も同じように、フェレットへと届けられた。
(そう言うことか……)
 責任を一人だけに押し付けやがって、とフェレットは訝しがったが、こうなってしまってはもう逃げられない。
 少し悩んだ後、フェレットは一計を案じた。
「……He has gone somewhere(彼は何処かに行ってしまいました).」
「なんで英語で言うのよ?」
 アイは思わずそう、突っ込みを入れてしまった。
 何とかはぐらかして、真実を告げるのを遅らせようという腹なのだろうが……考えが甘かったらしい。
「いなくなった……?」
 聞こえて来たフアナの声。
 それにはさっきまであった剛毅さ、そして生気――全てが無くなっていたのだ。
「あ……」
 フェレットは焦った。
 ここはスペインなのに、何故英語を普通に聞き取れるのだ?
 その理由は直ぐに思い当たった。
 アントニオ夫妻は元々二人共船乗りをしていて、船上で出会って結婚したのだと聞いたことがある。
 船で諸国を旅すれば当然、その土地その土地の言語を習得もするだろう。
「フアナッ?」
 ショックのあまりばったりと倒れ伏したフアナに、アントニオが駆け寄る。
 ちなみにその胸にはまだリィを抱いたままであった。
「フアナおばさん! 大……丈夫か? リィ」
「助、けて、ください……」
 うつ伏せになって倒れたフアナに押し潰されているリィを目にして、フェレットは潰れた蛙を連想するのだった。

 そうして気を失った二人を介抱して、三十分後。
「そう。かおるちゃんが、何処かに……」
 気を取り戻したフアナであったが、その声には明らかに元気がなくなっていた。
 フェレットらの声にも心なしか、さっきまであった陽気な部分が消え失せている。
「うん。もしかしたらかおるさんがここに来たんじゃないかと思って、それで寄ったんだけど……」
「かおるちゃんは、セウタには来てないわ。だから多分こっちには来なかったんでしょうね。来たなら絶対、ウチに寄ってくれるに違いないもの」
「僕もそうだと信じたいけど」
「どうしていなくなっちゃったの?」
「えっ」
 フアナに問われて、フェレットははっとした。
「……そう言えば、一体何の理由でいなくなったんだろ」
 答えられずに、二人の仲間のほうを見やる。
「解らないわねえ。まあ、いきなりどっか行っちゃったりしてもおかしくないような雰囲気は持ってたけど……」
 アイも正しい答えを出せずにそう返すしかなかった。
 曖昧だが、”かおるさんだから”と言う理由が一番当てはまっている気もする。
「……あの」
 リィが力のない声で言う。別にさっきの怪我のせいではない。
「何か思い当たる節があるとか? リィちゃん」
「もしかしたら、あの連日の宴会に耐えられなかったんじゃないでしょうか? かおるさん、お酒飲めないから」
 真剣な表情で言われて、アイは思わず閉口するしかなかった。
 そのこめかみは引きつっている。
 彼女だけでなく、フェレット達まで反応に困っている様子だ。
「なんで私を見ながら言うのかしら? あなた」
「……すいません、つい」
「許さないわ」
 アイはリィの後ろに回り込み、その両手でリィの両こめかみをぐりぐりと押した。
 じゃれあっているつもりなのだろうが、力加減は少しだけ強目だ。
「かおるさん、全く酒が飲めなかったからな。今にして思えば、毎晩のようにアイさんやら”永久機関”の船員やらに酒場まで連れてかれて、浴びるように酒を飲まされてたってのは苦痛だったのかも」
 フェレットが低い声で更にそう続けた。
 言葉の内容は冗談めいているのに、やけに本気じみた口調で。
「……そう言えばね。これは今まで黙っていたんだけど」
 フアナが言う。
 場の雰囲気は神妙なものになっており、アイはまた静かに席についた。
「覚えてるかしら。貴方達がここに、三度目に来たときだったかしらね。それこそ店の酒を全て飲み尽くす勢いで、坊ちゃん達はずっとここで飲んでて……。かおるちゃんが限界を超えて倒れたから、あたしの家まで連れて行って介抱したのよ」
「ああ覚えてる。あの時は僕も翌日に散々吐いたな。アイさんは?」
 わざとらしくフェレットは訊ねた。
「吐かなかったけど。それより、その時に何があったのかしら?」
 最早取るに足らぬとばかりにアイは流し、続けてフアナへと問うた。
 フアナは口にすべきかどうかを迷っている様子で、目を逸らしている。
「……良いのかしら、言っちゃっても」
「大丈夫」
 フェレットが頷き、フアナはまた向き直った。
「あたしとかおるちゃん、二人きりになってね……素敵な夜だったわ。月が綺麗で」
「ええ……」
 いい予感はしない、とフェレットは思った。
 フアナの瞳には今、星の煌きが宿っているのだ。
 きらきらと眩しくて、こちらが思わず押し黙ってしまうほどの。
「あたしはそこで、聞いたのよ」
 頭の中を回り始めた素晴らしい記憶を、フアナはそのまま言葉にして出した。

――「ねぇかおるちゃん」
「……ンア?」
 ちなみにこの時かおるは十回も吐いた後で、体調は最悪を通り越している。
 視線も落ち付かず、歯茎ががくがくと揺れていた。
 酒は剣よりも強しと言うか、普段は鬼神の如く強さを誇る彼も、今なら触れただけでも五体がばらばらになりかねない。
「かおるちゃんって、当てのない旅をしてるってずっと言ってるけど……夢とかはあるのかしら?」
「ユメ? ユメか」
「結婚とかね。だってかおるちゃんくらいの素敵な男なら、言い寄ってくる女性なんて他にもたくさんいるでしょう? あたしみたいに……」
「腐る程いて、日干しにしといたらみんな腐ったよ。どうやら私には燻製を作る才能が無いようでね」
「あたしは腐ってないわ。これからもずっとかおるちゃんのことを好きでいられる自信があるもの」
 その言葉を彼が真剣に聞いていたのかどうか、今となっては知る由もない。
 かおるはうぷ、と何かを戻しそうになった後、
「そう……だな。ドリーム……は」
ごくりとそれを飲み込み、
「……It to Islam, and to send the life without alcohol alone(イスラムで、たった独りで酒の存在しない生活を送ることだよ)!」
高らかにそう宣言したのであった。

「何で英語で……?」
 フアナは妄想に浸ることに夢中で、フェレットのその声も聞こえていないようだ。
「そう言ったのよ。夢を語るかおるちゃんの表情がまた素敵でねぇ。ちなみにかおるちゃんはこの後朝まで吐き続けたわ」
「やっぱり、アイさん……」
 気付けばワインのボトルを空にしているアイに、二人の仲間の視線が集中する。
 まるで責めるような目つきで眺められて、アイは心外だ、と思った。
「……ま、まあそれは多分、その時の酔いがあまりに酷かったから、勢いで言っちゃっただけでしょうけど……。って、大体なんで酒と私が同義語みたいな扱いになってるのよ」
 そう口にしている間にも、次のワインを運んで貰っているところが、その理由であることは言わずもがな。
「やっぱりイスラムに行きたがってたのかな。何かと話題に出すし…」
「でも確かその時って、丁度東地中海のほうから帰ってきた際にセウタに寄ったんじゃなかったかしら?」
「そうでしたっけ……。だとしたら、たまたま記憶に新しかったから口にしただけってことも有り得るなぁ」
「そう。じゃぁあんまり手掛りにはならなかったかしらねぇ……」
 フェレットとアイのやり取りを聞いて、ようやく夢の世界から帰ってきたフアナが言った。
「ううん。でもイスラムのほうに行った可能性は有ると思うよ。ありがとう、フアナおばさん」
「そうかしら! それじゃあ情報料は、かおるちゃんを見付けた暁にあたしの魅力をたっぷり彼に説明しておくってことで勘弁してあげるわ」
「うん。もうかおるさんが失神するくらい説明しとく」
 フェレットはそう言って笑った。

 翌日、別れを惜しみながらも、船団は朝早くから出発の準備を始めていた。
 不完全な状態のまま一箇所に長く留まることはもうやめたのだ、と自分に言い聞かせながら、フェレットは遠く東地中海のことを浮かべている。
 やがて準備も終わり、いよいよ別れの時。
「フアナおばさん。アントニオさんも、ありがとうございました」
 リィは皆から許しを貰い、フアナの強い希望もあって、アントニオ夫妻の家で宿泊させてもらっていた。
 二人は今見送りに来てくれていて、彼らの周りには何故か夫妻が経営している酒場の常連客までが集まっている。
「リィ」
 タラップから船に渡ろうとするリィに、フアナが優しく声を掛ける。
「大事にして貰いなよ、あの坊ちゃんに。もし不幸な目に遭わせたら、海を越えてあたしの鉄拳が飛んで行くって、伝えときな」
「ありがとう、フアナおばさん」
「それじゃあ行ってきな。こっち来た時には絶対また寄るんだよ」
「うん、行ってくるね――お義母さん」
 最後にそれだけ口にして、リィは照れ隠しをするかのようにそこから去ろうとした。
 けれどフアナはそれをさせず、彼女のことをもう一度抱きすくめてやる。
「やっぱり、もう少し居ても良かったかもしれないわね。此処に」
「ええ。本当に……」
 アイとフェレットは、自らが失ったものをそこに求めるようにして、リィ達のことを見つめていた。
(しかし、言っちゃったのね……僕らの関係のこと。こりゃ次回セウタに寄る時が恐ろしいや)
 数メートル離れた距離にいたが、フアナの台詞はちゃっかり聞こえていたフェレットでもあった。
 色々な意味で後ろ髪を引かれながらも、こうして船団はセウタの町を後にした。

2

 次に立ち寄ったのはスペイン、アンダルシア地方最大の都市、セビリア。
 この大都市ならば求める情報が手に入るのではないかと、希望を託しての寄港であった。
 港を出て、一行がまず立ち寄ったのは交易所だ。
「それにしても……」
 船団唯一の商人、ルーファ。
 彼女の手並みを拝見しながら、リィは呟きを浮かべた。
「ルーファさんが来てから、交易が捗るようになりましたよね」
 にこりと笑って、リィはフェレットのほうを向く。
「……悪かったな、今まで手際が悪くて」
「いえ、そうは言ってませんけど。でも色々な交易品が船に載るようになって、益々航海が楽しくなりました」
 リィの船”コンスタンティア”にも、ルーファから色々とアドバイスを受けて交易品が載せられている。
 今も丁度、この交易所で買い集めたアルケブス銃や弾丸を船へと積み込んでいる最中なのだ。
「まぁ奥が深いってことさ、航海は」
 フェレット自身はあまり交易に関して詳しくないようで、そんな曖昧な返事だけをする。
 交易品の相場を見極めるのも苦手だし、増してや値切りなど成功したこともない。
 もう数年間も船乗りとして暮らしているが、実のところ今までは交易を半ば放ったらかしてさえいた。
(ルーファさんを見てると勉強になるな。確かに)
「ちょっと、このワインもう少し安くならないかしら? 安くしてくれたら、また各地の特産品をたくさんここに運んできてあげるから」
 丁度ルーファと交易所の店主がやり取りをしている最中。
 フェレットらはそれを興味深く眺めた。
「そう言ったまま帰ってこない船乗りもたくさんいるもんでね。悪いがこればっかりは譲れないよ」
「なら構わないけど、でも後悔すると思うわよ。間違い無くね」
「どうしてだ?」
「私、実は北海で交易を行っている”Bar like a child”っていう商会のものなんだけど……」
「聞いたこと無いね。それで?」
「まあ新興の商会だし、商売のほうはまだこれからなんだけど……。北海では”闘う商会”として有名なのよね。商人なのに機雷で私掠船を撃退したり、賞金首をひっ捕らえたり。で、あのね……」
 ルーファは店主の耳へと口を近付けて、そこに何やら囁いた。
 突如として店主は目の色を変え、
「……そう言うことでしたら、ワイン一樽で286ドゥカートまで値下げいたします。ですから何卒うちの店には……」
眼の前の女性を怯えるような目つきで見ながらそう言った。
 怯えるような目つきで見ているのは、フェレットらも一緒であった。
「了解したわ」
 ふふ、と不敵な笑いを浮かべるルーファ。
(……勉強になるな、確かに)
 フェレットはもう一度、先程の言葉を頭の中で反芻させた。
 ……一つだけ、解ったことがあった。
 自分には著しく、商才というものが欠けているのだと。
 時に押し、また時には引き、そしてある時には刃を突き付ける勇気がないと、交易をこなすことは不可能なのだと理解した。
「よし、こっちはルーファさんに任せて、僕らは余所のギルドでも回ってみるとするか?」
「そうですね。居ても御役に立てそうにもないですし」
 アイ達は既に酒場へと向かい、色々と情報を仕入れて回っているはずだ。
 セビリアなら知り合いも多くいるし、もしかしたらかおるがここを訪れた可能性も――。
「ん、あんた」
 交易所の騒がしさの中で、こちらへと呼びかける声があった。
「もしかしてフェレットじゃないか?」
 名前を呼ばれて、フェレットも振り返る。
 そこには、セビリア冒険者ギルドの依頼仲介人が立っていた。
 船団は過去にも何度かここセビリアを拠点としていた時期があり、依頼仲介人とも顔見知りなのだ。
「久しぶりだな。セビリアに戻ってきてたのか」
「……ギルドに居なくて良いの?」
 第一声からして怪訝な声を返すフェレットであった。
 その後、遅れて挨拶の声を交わす。
「代理の人間を置いてあるから平気だ。出航所の人間からお前達がセビリアに来たと聞いて、居ても立ってもいられず探しに来たんだよ」
「僕達を?」
 ああ、とフェレットはぽんと手を打った。
「最後に会った時、ろくな依頼を紹介してくれなくて、僕らのことをリスボンに追い払ったような感じだったもんね。だからわざわざお詫びとして訪れたとか」
「まあそれもあるな。だが本題はそんな悠長な話じゃないんだ」
 フェレットの言葉を軽々と流して、仲介人は真剣な声で続けた。
「北海で、でかい海賊団の頭領を捕らえたそうじゃないか。海事ギルドにもそれなりに聞こえて来てるぜ、お前達の評判は」
「そうなんだ……」
 海で隔てられていようが、人間の情報力とは恐ろしいものだ。
 まさかセビリアにまで届いているとは露知らず、フェレットは嬉しいような不安なような、妙な面持ちになった。
「最も、主に手を下したのは、倫敦の一商会の代表を務めてる男だとも聞いてるがな。まあ、それはそうとだ」
 あまり辺りに聞かれてはまずい話のようで、仲介人は声を潜めている。
「海事ギルドに来てくれないか? そこでじっくりと説明をしたい」
「海事? あんた、冒険者ギルドの仲介人なのに……」
「今回の依頼は冒険者ギルドと海事ギルドの合同の依頼だ。それだけ、大事な話なのだ」
「ふーん」
 フェレットとリィは話を見合わせた。
 自分達の実力以上に信頼を置かれてやいないかと、多少の不安を覚えながら。
「ああ、他の船長も連れて来てくれ。特にあの変な性格した大男の方は必ずな」
「あっ、かおるさんは……」
「先に海事ギルドで待ってるから、頼むぞ」
 こちらの声を聞かず、依頼仲介人は行ってしまった。
「参っちゃいましたね。かおるさんがいなくなったなんて、あの人が知ってる訳無いと言え……」
 相変わらず騒がしい交易所の付近で、二人はまだ顔を見合わせたまま。
「きっと物騒な依頼なんだろう、おそらくな。どうするか」
「一応、話だけ聞いてみてはどうですか?」
 言われて、フェレットは頷いた。
「そうだな。かおるさんがいないと知れたら願い下げにされる気もするけど」
 フェレットは早速行動へと移り、まずは眼前の店で相変わらず奮闘しているルーファのほうへと歩いて行った。

 各場所に散らばった全船長を集めるには、それから二時間もの時を要した。
 暫定船団名”ノースムーンズ”の船長達は、雁首を揃えて海事ギルドへと集まっている。
 海事ギルドの依頼仲介人、そして冒険者ギルドの依頼仲介人が一つの場所に揃っているのもそう見られる光景ではない。
「おい、一人足りないじゃないか」
 言われるとは思っていたが、冒険者ギルドの依頼仲介人に案の定そう突っ込まれた。
 どう釈明すべきかと、船長達は互いの顔を見回し始める。
「今、彼は風邪に冒されてまして、船で休んでますわ。依頼の内容を聞き、気が向いたら参加するとのことです」
 アイがそう咄嗟に答え、この場はなんとか真実を告げずに済んだ。
 確かにかおるさんだったらそう言うだろうと、フェレットも納得出来る説明であった。
「そうか……ちゃんと船に乗ってるんなら、それで良いんだ」
 アイはすいません、と心の中で詫びを入れた。
「で、依頼の話に移らせてもらう。重大な依頼だ、心して聞いてくれ」
 薄暗い海事ギルドの中で、依頼仲介人は説明を始めた。
 海事ギルドに依頼をした人間は、セビリアの大臣だと言う。
「最近、東地中海へと出かけたイスパニアの船が、何隻も行方不明になっているのだ。その原因の調査をして貰いたい」
「東地中海で?」
 依頼の説明があっさりと終わり、拍子抜けする一行であった。
「良いですよ。別に」
 またフェレットが即断して返事をしたので、面々はさらにがくりとなる。
「ちょっと、良いの? そんなあっさり決めちゃって」
 ルーファが半ば呆れた口調で言ったが、
「だってどちらにしろ、あっちに行こうとしてましたからね」
と、フェレットの口調はあっさりしている。
「以前にもこちらで調査船を派遣したが、それも行方知れずになったままだ。下手すればお前達もそうなるかもしれんのだぞ?」
「その原因を調べてくればいいんでしょ? 深入りしなければ平気さ」
(フェレさんにしては、やけに強気ね。北海の依頼の時とは大違いだわ)
 依頼を受けることに関してはアイも異論無かったが、違和感を感じていたのはむしろそっちに対してだった。
 かおるさんを探したい、かおるさんが東地中海にいるかもしれないという思いが、彼を強気にさせているのだろうか?
「パング君も、ルーファさんも、構わないかな? もしかしたらアッサリ死ぬかもしれないような依頼なんだけど」
「構わないっすよ。そんな旅になるだろうとは思ってたっすから」
「……報酬によるわね」
 ルーファは商人の顔になって、報酬額の商才を依頼人達に訊ねた。
 金額を聞かされて、少しだけ目の色を変える。
 それはフェレット達が思わず飛びあがる程の高額の報酬であったのだが、彼女は大して動じていない。
「行くわ。けれどあまり危険には踏み入れないようにしようよ」
 そしてルーファはそう結論を出した。
 常に平静を保っていられる事。それもまた商売の秘訣であるらしい。
「アイさんと、リィは?」
 重ねてフェレットは訊ねる。
「構わないわ」
「私もです。貴方が向かう所になら、何処にだって付いて行く決意でいますから」
「あらぁ! 羨ましいわね二人共!」
 アイが茶化すように口を挟んだが、
「いえ、別にそんな意味じゃなくて……。船団の行く所なら、ってことです……」
 どうやら無意識に口にした言葉だったようで、顔を赤くして弁明されて、アイは僅かの罪悪感に駆られた。
 もっとも、僅かな罪悪感に比べてしてやったりと言う悪戯心のほうが遥かに勝ってはいたけれど。
「よぉーしっ、それじゃあ行っかァ!」
 皆の意見が一致して、フェレットが大きく声を上げる。
 そんな声を聞いて、アイは”かおるさんに似ている”とそう思った。
 ――さすがにその後にラッシャアオラァ、とは続かないんだけれど。
 私が出会った時から二人は一緒に居たけれど、当初のフェレさんは今に比べるともう少し大人しかった気がする。
 そうか、この人はいつもかおるさんと一緒に居て……一番身近で影響を受けてきた人なんだ。
 アイは改めて実感した。
「船が行方不明になっている場所は東地中海の……アレクサンドリアの周辺だと分っている。良いか、原因を突き止めるだけでいい。もしそれがイスラムの船か何かだったら、無理に攻撃を仕掛けようとはするな」
 冒険者ギルドの、依頼仲介人の声。
「おっ、もしかして僕らのこと心配してくれてるの?」
「当然だ。こちらとしても依頼が失敗に終わるのは気分が悪いからな」
「ああ、成る程」
 フェレットの声は少しだけ残念そうだった。
「帰って来たら、また石ころ探しの依頼でも紹介をしてやる。最近は若い冒険者もそう言った地味な作業をやりたがらなくてな。余ってるんだよ」
「そりゃどうも。その依頼をこなす前に、東地中海から余計な砂利を取り除いてくるとするさ」
 去り際の、フェレットと依頼人のそんなやり取り。
 特別仲が良い訳でもない顔見知り程度の関係ではあるが、共に一般の人間とは違う世界に生きる人間同士、何か感じる所があるのかもしれない。
スポンサーサイト




  1. 2005/07/15(金) 06:31:21|
  2. 小説本文
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<第十一章 Moon chaser ――月の追跡者――(後編) | ホーム | 登場人物紹介【2】>>

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://sunebana.blog5.fc2.com/tb.php/23-8e7c87f3

フェレット(或いはスネばな)

09 | 2018/10 | 11
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

記事の検索

Link(公式・情報系サイト)

Link(友人・お気に入り)

TB People

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。