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航海タイム

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第十章 振り返りし景色

1

 倫敦を出港し、少し南に行ったところにドーバーの町がある。
 その町の酒場で、船団にまた新たな仲間が加わった。
 まず顔を合わせたのはパングとルーファ。
 二人とも、見知った顔だ。
「カリタスさんから、貴方達のことを手伝えと言われてるの。よろしく頼むわね」
「こちらこそ。船長が一人減って色々と不安だったんだ」
 ルーファとフェレットは固く握手を交わした。
 今回ルーファは自身のキャラック船”ヴェレーノ・プリンシペッサ(毒の姫)”と名付けられた自身の船に乗り込んでの参加だ。
 パングもまた、年は若いが有能な冒険者で、剣の腕も立つ。
 彼も今度は小型ガレオン船”嵐を呼ぶ鹿号”に乗り、船員を従えている。
 かおるがいなくなって戦力的に不安がある今、二人の参戦は非常に頼もしく思えた。
 そして今回加わったのは彼等二人と、その船の水夫以外にも……あと一人いるのだった。
 ”シャルトリューズ”を駆る女船長、アイに取ってはむしろそのあと一人こそが本命だとも言えよう。
「レティシアちゃーん!」
 遅れて酒場に入ってきた人影を見かけるなり、アイはそちらへと走り出す。
 そこにいた少女を抱き上げて、まるで玩具か何かのように弄繰り回し始めた。
 フェレット達としてはもう、毎度のことながら反応に困るしかない。
「やれやれ。これから騒がしくなるな」
「良かったじゃないですか、アイさん楽しそうで」
 呆れた様子でそれを見ているフェレットと、微笑ましげにしているリィ。
「レティシアちゃんは本来連れて来る気じゃなかったんだけどね。カリタスさんが、アイさんへの御土産代わりとして連れてけって。"シャルトリューズ”に乗せるスペースは有るかしら……?」
 ルーファが言う。
「え、じゃあ自前の船があるとかじゃあなく?」
「ええ、単身で付いてきたの」
「うへ。大丈夫かな」
 フェレットの表情に僅かな不安が過った。
「大丈夫! いざとなったらうちの船員に数人降りてもらうから……なんてね」
 アイがレティシアを抱き上げたままで口にした。
 その声は普段のそれよりも自然と大きくなっている。
「……船長、冗談きついですぜ」
 シャルトリューズの水夫の一人が小声で言ったが、アイからの返事はなかった。
 もしや本気か……? と、船員皆で青ざめている。
 ここ最近の溺愛ぶりを見てると、可能性として全く無さそうでもないところが何とも。
「で、これからどこに向かう気でいるの?」
 ルーファに訊ねられて、フェレットは考えた後に、言った。
「とりあえず南に、かな」
「随分適当ね。そんなことで良いのかしら?」
「手掛りがないからね。なんとなくかおるさんが行きそうな所を回ってみるよ。ついでに僕等が楽しめれば尚更良いかな……なんて」
「そう……。確かに言う通り、航海はまず自分達が楽しめないとねぇ」
「うん。まあ今後の話はまたじっくりするとして、今日は飲もうよ。新しい仲間の歓迎会ってことでね」
「――だってよレティシアちゃん。一緒に朝まで飲みまくろうね!」
 フェレットとルーファの会話を寸断する声が響き渡る。
 少し距離が離れていて、しかもあれだけはしゃいでいるにも関わらず、アイにはちゃんと聞こえていたようだ。
(こりゃ朝までどころか……遅れるかもな、出港が)
 航海の最中は常に最悪の事態を想定しておかねば命取りとなる。
 二日、或いは三日間飲み続けるかもしれないなと、フェレットは予め時間を多く見積もっておくことにするのだった。

「ねぇ、フェレさん? うちの船団って、名前を付けたりはしないんですかー?」
 酒場に入ってからおよそ半日が過ぎた頃に、リィがそんなことを言い出した。
「”Blac”みたいに、何か呼称があっても良いと思うんですけど」
「そう言えばそうよね。今まで考えたことなかったけれど……」
 アイにもそう口を挟まれ、フェレットはうーむと唸り声をあげた。
 酒の所為ですっかり機嫌が良くなっていたはずなのに、その表情は何故だか複雑そうだ。
「カナリア沖の辺りの海賊は”西サハラ旅団”と名乗ってるわね。バレアレス諸島の辺りにも”バレアレス旅団”がいるって聞いたわ」
 アイが挙げたのは何故か両方とも海賊団の名称だった。
 フェレットは依然として、憮然とした顔のまま。
「……いや、それがさ。考えたことが無かった訳じゃないんだ、実は」
「え、何時?」
「アイさんと知り合う更にもっと前。……かおるさんに出会って間も無い時に」
「それ、何年前?」
「五、六年前かな。あぁ、考えたくないな。時間の流れを……。あの頃に比べると僕も精神的に大分大人になってしまったな」
「……の頃のことは知らないけど、そんなに変わってないんじゃないかしら?」
 アイの突っ込みも、フェレットには聞こえていない。
(そうだ。あの日、アンダルシアの青い空の下、僕は家を出て……)
 実際空が青かったかは覚えていないのだが、イメージとしてそう刻み込まれている。
 ――あの時は僕もまだ、十代半ばだったっけ。
 もっと純真で、今より無鉄砲で……ってことは別に無かったけど。
 フェレットは昔の自分のことをあれこれと浮かべてみた。
「その時考えた名前は何だったの?」
「……何だったっけかなあ」
 考えてみるが、思い出せない。
 処女航海の暁にかおるさんと話し合って、意見が割れたんだっけか。
 今名乗られていないということは多分そうなんだろう。
 いやでも、処女航海の時よりももっと後に話したような気もする。
「僕が旅に出てから、そんなに時間が経ってなかったのは確かだったけど」
「聞いてみたいなあ。その時の話」
「え、そう?」
 リィに言われて、フェレットは少し面食らったようだった。
「誰も訊いてこないから、あんまり興味無いんだと思ってましたよ」
「他人の過去を詮索はしたくないもの。教えてくれるんなら知りたいわね」
 アイも興味津々な様子だ。
「それに、かおるさんも出てくるんでしょ? その時の話に」
「あぁ――うん。最後のボスとして出てくるかな」
「何よそれ」
「さあね」
 かおると初めて遇った時のことだって覚えているのに……そのちょっと後の、船団の名前を話し合った時のことだけ、ぽっかりと記憶から抜け落ちている。
 最初から少しずつ思い出せば、やがて記憶の奥底から引きずり出せるだろうか。
 酔いの勢いに押されて、フェレットは久々に過去を回想してみるのだった。
 普段騒がしい船団の宴会も、今日ばかりは落ち付いた雰囲気になって。

2

 フェレットは元々スペインのとある貴族家の出で、そのままいけば手仕事に従事することもなく、金利で暮らす安穏な日々を送ることが出来たはずだった。
 しかしある時、海賊達が貴族の乗った船を襲撃したことから変化を見せ始めた。
 豪華な装飾が施されたその船の上で、自身の命ばかりを尊び、海賊達に震え上がっているばかりの貴族達。
 その光景にフェレットは絶望を覚え、独り反抗を試みた。
 だが、子供の喧嘩が常日頃から戦いにその身を投じている男達に通用するわけはない。
 フェレット自身も重症を負い、海賊は見せしめに彼の妹を海に投げ捨てて、帰って行ったのだった。
 その時から彼は日々が窮屈に思えるようになり――妹が姿を消したその海に、想いを馳せるようになっていった。
 数年が過ぎ、フェレットは家を出ることを決意した。
 ある日の夜に家を抜け出し、そのまま帰らない覚悟で故郷をも抜け出したのだ……。

「ふーん、フェレさんらしからぬ重い話ね。それにちょっと格好良い人みたいだわ。昔は格好良かったのね」
 アイがぽかんとした顔でそう途中に挟み、昔の光景に良い具合に浸っていたフェレットもはっと素に返る。
「らしくなくて悪かったですね。って言うかここまでは、アイさんも知ってるはずでしょ」
「うん。言ってみただけよ」
 まだ酒はそこまで回っていないようだが……何となく今日のこの人はタチが悪そうだ。
 フェレットは思った。
「まあ、いいや。それでですね」

 ――スペインは予想した以上にずっと、大きかった。
 故郷、コルトバの町から只管歩いた。
 馬もなく、自身の足だけで進む大地は広大で、海に辿り付く事さえ相当の困難であった。
 晴れ渡っていた空も少しずつ灰色を増していき、やがて大粒の雨が降り始めて。
 ……港に辿り付いても、そうしたら海に出れるという訳でもない。
 雨に打たれながら、どんどんと臆病な気持ちばかりが前に出て行こうとする。
 船出をする所までいかずに座礁しかかったが、それでも決意が萎えることはなかった。
 数年間、ずっと胸に秘めていた思いだったのだから。
 そしてやっとの思いで、セビリアの港まで辿り付くことが出来た。
 余所の船にこっそり忍び込む?
 ……いや、対等の仲間を見つけるところから始めるか?
 様々な思いを巡らせながら、フェレットは港の周辺を回った。
 海の色は美しかったが、その光景は現実のものだ。
 自分が居る場所も全て。
 仲間なんて見つかるわけもなく、そして他人に声を掛ける勇気も出ないまま、フェレットはそれでも港にいた。
 やがて、一人の見知った顔の男に遭遇する。
 その男の名はパベルと言い、フェレットの家のお抱えの召使いであった。
 ……きっと僕のことを連れ戻しに来たのだ、とフェレットはその場から逃げようとした。
 しかし事実はそうではなく、パベルはフェレットを、一隻の船の元へと連れて行ったのだ。
 小さなバルシャ船を前にして、パベルは言った。
 自分は貴方の父親に申し付かって、貴方のことを手伝いに来たのだと。
 そしてこの船が、父親からの唯一の手向けだと。
「坊ちゃんの御気持ちを察してられたのですよ。あの方も」
 父は厳格な性格をしていて、妹が行方不明になってから、日頃会話をすることも少なくなっていた。
 それでもフェレットの思いは伝わっていたのだ。
 ――ならばきっと、自分がもう帰ってこないということも、判っているのだろう。
 その船には幾らかの金が積まれていて、酒場へと赴き、その金でもって数人の船員を雇い入れた。
 彼等と船出を祝う酒を酌み交わし、そして翌日に、一隻のバルシャ船はセビリアを発ったのだった。

「ふーん、なんかフェレさんらしからぬ良い話ね」
「……悪かったですね、度々」
 アイに言われて、フェレットは反撃する気力を失った。
 こほんと咳払いをし、その後思い付いたように一人の水夫を呼び寄せた。
「ほら、こいつとはその時からずっと一緒なんだ」
 ”フォスベリー”の船員、パベル。
 フェレットが航海に赴く時から現在までを知る、唯一の船員だ。
「そん時ゃあまさか、こんなに立派になるなんて思ってなかったですぜ。船長、俺は……一人の人間として、こんなに嬉しいことは御座いやせんよ」
 これも酒の勢いだろうが、そこまで言ったところでパベルは大声で泣き出した。
 酒場にいる他の人間まで、怪訝な顔で振り返っている。
 やれやれとフェレットは肩を竦めた。
「……その時雇った船員は結局、一人残らず死んじまったからなあ。こちらこそ、これからも宜しく頼むよ」
 かつて貴族の息子と召使いという関係であった二人は、今一つの船の長とその水夫という立場に成り代わっている。
 だが、彼らの信頼関係は変わるどころか、数年でさらにその結び付きを強くしたのだ。
 フェレットとパベル。
 どちらもかつてに比べて、口調は幾らか海の男らしいものになっている。
「かおるさんは何時頃登場するんですか? フェレさん」
 アイに比べると、リィは見た目にも明らかに話に聞き入っているようで、涙ぐんでその目を赤くしていた。
 何かと感動しやすい性質であるらしい。
「ええーと……この次だな」
「意外に最後のボスが直ぐに出て来ちゃいましたね」
「もっと長々と語っても良いけどさ。……んまぁ、続けるよ」

 その後、少し船を動かしてみたは良いものの、下手に沖に出ようものなら大変なことになると、付近の町ファロへと停泊した。
 そしてそれから暫くの間は、本を読み漁り、必要最低限の航海の知識をつけるために日々を費やした。
 知識もそれなりについたことだし、いざセビリアに戻り、冒険者としてギルドに登録してみようと意気込んでいた所に――あの男は現れた。
 いや、先に現れたのはまた別の人種であった。
 ファロからセビリアへと向かうその短い航路の間に、バルシャ船は敵の襲撃に遇ったのだった。
 フェレットは一応、父から多少の剣術を教わってはいたが、実戦で使ったことは皆無。
 他の水夫達にしても、体こそ頑丈であっても一流の戦闘員では無かった。
 船へと上がり込んできたならず者達に一人の水夫が殺され、海に投げ落とされた。
 人が殺される光景を間近で目にし、フェレットはその場から動くことさえ出来なくなり、そして死を覚悟した。
 やはりろくな技術さえ持たぬガキが航海に出るなんて、無謀だったのか?
 結局妹のことだって何の手掛りも掴めずに……。
 後悔の念に襲われながら、刃がその身に振り下ろされそうになったその時――。
 まるで百足の如くな不気味を形をしたその船が、突っ込んで来たのだ。
 フェレットらのバルシャ船を逸れて、ならず者達のバルシャ船をそれは真っ二つに破壊した。
 船首に付けたラムによる攻撃に、小さな船が耐えられる訳も無かった。
 あの人はあの時からガレー船だったな……と、フェレットは嬉しそうに回想するのだった。
 勿論、今の船”永久機関”に比べるとずっと小さかったけれど。

 一体何が起きたのだ?
 場にいる人間全員が混乱する中、その小型ガレー船から、たった一人の人間がフェレットらの元へと駆け込んできた。
 長身長髪のその男は目を血走らせており、剣を握ったその右手は、がくがくと目に見えて震えている。
 その姿を見て、少年フェレットは”イスパニア以外の人間はああまで獰猛なのか、まるで獣のようだ”と思ったという。
 そしてその異人種はこちらをギラリと睨み付けるなり、吠えた。
「ッッァメシを寄越しやがレヌアァアアッシャァーッ!」
 まるで雷のような轟音。
 響いたその声に、フェレットは恐怖すら忘れた――何もかもが、あまりに有り得なさ過ぎて。
「寄越せヌラー!」
 叩き付けた剣は、船の床を軽々と叩き割る。
 その姿を見て、少年フェレットは”あれは人間じゃなく、海にだけ住んでいる人間に酷似した化け物だ”と思い直したらしい。

「ようやく、フェレさんらしくなってきたわ」
 そのアイの言葉を聞き、ドーバーの町にいる青年のほうのフェレットは溜息をつきたくなった。
 確かに、と思ってしまう自分がいるのもまた事実ではある。
「……フェレさん、それ、少し脚色したりしてないですよね?」
 ちなみにそう言ったリィの瞳は、既に正常なエメラルド色に戻っている。
 感動は全て何処かへと飛んで行ってしまったのだろう。
「かおるさんって……あの、少し変な人だとは思ってたんですけど。……そこまででしたっけ?」
「確かに最近は大分丸くなってたかもなあ」
 フェレットがしみじみと言い、場にいる全員が表情を蒼ざめさせた。
丸くなってあれかよ、と。
「で、後は想像通りさ。かおるさんがならず者達を軽々片付けてね。その後僕等も襲われそうになったけど、ご飯を分けたらおさまったみたいで」
「……飢えた獣みたいね」
「文字通りそうでしたから。第一印象は狂犬でしたね、まんま」
 アイの声に、フェレットは力無い笑いで返した。
 男はただかおると名乗り、詳しい事情は一切話そうとしなかった。
 フェレットも今まで見たことのないその男の雰囲気に圧倒され、深く訊こうとはしなかった。
 ただ船で旅をしていて食料が尽き、町に寄港しようとしたら方位磁針がイカれて、海をさ迷っていたのだと。
 船員の大半が餓死してもうお手上げだという時に、たまたま二隻の船がくっついているのを見つけ、食料を分捕るべく突撃したのだと、それだけ説明してくれた。
「んじゃ、行くとすっか」
「はい!」
 二人の船長は短く言葉を交わし、そしてそれからは目的を共にするようになった。
 ”当てのない旅”――目的のない冒険こそが、彼らの目的となった。
 それから冒険者ギルドで受けた依頼を幾つかこなし、その頃にはぼろぼろになっていたバルシャを廃棄し、軽キャラベル船へと乗り換えた。
 自身の船を”フォスベリー”と名付けるようになったのもその辺りだと、フェレットは言った。
「あ、あああああ!」
 そしてそう言ったところで、いきなり騒ぎ出した。
「……どうしたのよ? 一体」
 ルーファの顔はあからさまに鬱陶しがっている。
「ほら、思い出したんですよ! 船団の名前を話し合った時のことを! 軽キャラベルを買った時のことだった!」
「ふうん。で、どんな風だったの?」
 酔っているのに、ルーファの声は相変わらず冷めている。
「ええと……」
 細かに甦ってきた記憶を、フェレットはそのまま読み上げた。
 ちなみにどっちがどっちの台詞かは、言わなかった。
 どうせ皆、聞いているだけで判るだろうと思ったのだ。

「――まだたったニ船だけど、今の内に船団名みたいなのを決めときません?」
「じゃ、”ガレー's”で決定ね。文字として書く時は”G'z”で」
「ガレーズ!? なんで、僕ガレー船じゃないし! もっとこう、ストレートに格好良い奴で行きましょうよ!」
「”オヤカタ旅団”とかどうよ」
「オヤカタって……。どうです、”ロマンシング旅団”とかで妥協するのは」
「じゃポーカーで勝負して、勝った方が決めるってことで」
「よし!」
 結果、かおるの大敗。
「悩んだけど”オヤカタムーンズ”で行くとすっかね」
「……いや、勝ったの僕なんですけど」

 ――回想終わって、再び時間軸は現在へと戻る。
「と言う訳です。つまり」
「決まらなかったのね? その時も……」
 アイはまだ酒に酔っている様子はないのに、ぐでんとテーブルに突っ伏した。
 リィやルーファ達も、すっかり言葉を失っていた。
 そんな中、フェレットは何かを思い付いたように声を上げる。
「今なら……幸いかおるさんもいないことだし、船団名を今の内に固定しておけば、帰って来た時にあれこれ言われても問題無いはずだ!」
「……何か候補はあるの? フェレさん」
 あまり期待せずに訊ねてみるアイ。
「ロマンシング旅だ……や、じゃあ……えぇーと、”イスパニアムーンズ”とかどうです?」
「ちょっと待って、何でイスパニアなのよ」
 フェレットは何も言わず、自分の顔を指差した。
 アイははあと溜息を吐く。
「私もルーファちゃんも、皆イングランド出身なのよ?」
「あーそうか。じゃあ仕方ないな……”歌う風旅団”とか……」
「イマイチかしら」
「”酒飲み女王と愉快な仲間達”は」
「怒るわよフェレさん」
「”酒飲み女王とレティシアちゃんと愉快な仲間達”は」
「つられるか!」
 二人の不毛な争いを、最早半分流しながら見ている他の船員達。
 以前のようにまた流れるのだろうと皆思っていたが、かおるに比べれば、アイはそれでも遥かに聞き分けが良いほうであった。
「……”ノースムーンズ”でどうですかね。ほら、一応北のほうってことで……。これならイングランドの出でも問題ない」
「そうねぇ。その名前で二月ほど航海してみて、何も問題がなかったらそれで良いんじゃないかしら?」
 アイのその意見に、他の皆も異論は無い様だった。
 唯一苦笑いしているのは”フォスベリー”の副官、ロッティーナであったが、彼女も別に反対意見が有る訳ではなく。

3

「ほぉーら! レッティシアちゃーん! 海が見えるわよ、海の先に色んなものが見える!」
 小柄な少女を抱き上げながら、緑の服に身を包んだ女性が叫ぶ、叫ぶ。
 ここは船の上。
 海を行く”シャルトリューズ”の上だ。
「レティちゃん、スペインは行ったこと有るかしら? イスラムは? ヴェネツィアは? 着いたら色々なもの買ってあげるからねー」
「ちょ、アイさん、苦し……」
 ……今、何か聞こえたか? と船員達は一瞬思うも、船長のほうを見やれば、相変わらずの楽しそうな様子。
 一人受難し続けるレティシアに同情する者は、誰一人としていなかった。
「ほらレティちゃんっ、向こうに船が見えるわよ!」
 今度はレティシアを、自身の頭上まで思いっきり持ち上げようとする。
 途中手がすっぽ抜け、少女の体が中空に舞い上がった――まるで鳥のように。
「おうあ!?」
 さすが日頃から鍛えられている”シャルトリューズ”の船員達。
 素晴らしい反射神経で飛びつき、飛べなかった鳥をなんとかキャッチする。
「あらら、ごめんなさいねレティちゃん! だって可愛過ぎるんだもの!」
 何が”だって”なのだろうか、と船員達は思った。
 だが、それを口にしてしまってはいけない。
 今の船長にそれを言ったなら……殺されかねない。
 レティシアはこの時気を失っていたのだが、何事も無かったかのようにアイの手元に返還されて、また振り出しに戻って繰り返す。

 ”シャルトリューズ”がにわかに騒がしくなっている中、並行している”フォスベリー”にもまた、大きな声が響き渡った。
 ただしこちらは悲鳴である。
「こらぁ! 何するんだ!」
 ハンモックから落ちて思いっきり腰を打ち、フェレットは訳が解らないまま怒声を放った。
 誰だ? ハンモックをいきなり取り去ったのは、こんなことをする船員はうちの船には……。
 寝惚け眼のまま見回すと――ほんの数センチ先にいる女性と視線が合った。
 確か名前はロッティーナと言ったっけ、この人は。
 ……この目つき、もしかして怒ってる?
「船長? 今日は確か朝から起きて、船倉の掃除の手伝いをして下さるんでしたわよね? もう昼過ぎなんですけど」
「あ、ええと……ごめんなさい」
 女性に弱いのか、フェレットの怒りは尻切れ蜻蛉のようになって消えてしまう。
「大体船長は怠け過ぎですよ! よくよく見ていれば、船の操縦も敵の監視も食事の調理も掃除もぜーんぶ他の船員任せで、寝てばっかりじゃないですか!」
「いや、だって当番が今日、僕じゃ……」
「少し位率先してやろうって言う気持ちはないんですかっ! 全く、船長がそんなだから他の船員達まで……」
 響き渡る声を聞いて、甲板に座って談笑していた船員達、立ち上がって掃除を再開する。
「……こっちにまで飛び火しそうな勢いだぜ、あれ」
「船長の本性が分かって失望したんだろ、きっと。船長の噂を聞いて志願したって、ロッティさんは一体誰に騙されたんだか……」
「大方、カリタスさん辺りと間違って教えられたんだろ。しかし聞きしに勝る綺麗好きだなロッティさんって」
「船長も綺麗好きは綺麗好きだけど、あの人いい加減だから汚れるんだよな、船が。で、汚れてから慌てて綺麗にしようとする」
「貴方達ッ! 何でそこでサボってるのよ!」
 向きを変えて響くロッティーナの声。
 海の風に吹かれて、ついに飛び火したらしい。
「はいっ、ただいま掃除しやす!」
 ……リィさん帰ってこないかなあ、と、船員達は横目で”コンスタンティア”の方を眺めるのだった。
「船長っ!」
 再び、ロッティーナの怒鳴り声。
「……今度はなんだ」
 フェレットも怒ってはいないものの、寝起きとあって声のトーンは低い。
「数隻の船、こちらに真っ直ぐ向かって来ています。もしかしたら海賊では?」
「え? 敵船か?」
 ロッティーナと同じ方向に視線を向けると、確かに言う通り、数隻の船がこちらに向かって真っ直ぐ進んできている。
「久々だな、海戦も。それなら僕ら”ノースムーンズ”の力を思い知らせてやるまでさ」
「あの船、ブリテン島の北からやって来たのでしょうか。もしかしたら”ノース旅団”の船かもしれませんね」
「ん、ロッティ」
「何です?」
 問い返すロッティーナに、フェレットは少し得意気になって説明する。
「違う違う、うちの船団の名前は”ノースムーンズ”だよ。”ノース旅団”なんてセンスの無い名前は付けないよ、僕は」
「……いえ、向かってきてるあの船が”ノース旅団”と言う名前なんですよ」
「へっ?」
 ああ、やっぱり知らなかったのかこの人は……。
 ロッティーナは右手を額に当て、襲い来る眩暈と戦った。
「成る程……ちょっとだけ僕らの船団と似てる名前って訳だね……。でもちょっとだけならしょうがないさ。それに後半の”ムーンズ”って所がミソなんだよ。船団につける名前として、きっと誰も思い浮かばない浪漫チックなセンスだと思うが、どうかな?」
「ええそうですね。私もそう思いますわ」
 ロッティーナの声はやけに冷めていたが、眠気のせいでフェレットはそれに気付かないのだった。
 結局向かってくる船団は商船隊だったようで、敵だと疑ったのは勘違いとして終わった。
 北海を抜け、船は真っ直ぐ南へと進路を向ける――。
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  1. 2005/07/12(火) 05:08:19|
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