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航海タイム

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第七章 Like a child, on the little sheep(前編)

1

 海を行き、進む道は全て記憶にはない光景ばかり。
 今まで辿ってきた道もそうであったが、次々に新たな景色に目にするに連れ、リィは自身の記憶が未だ戻る気配がないことを感じさせられることとなった。
 しかし自分は確かに、この辺りを訪れたことがあるはずなのだ……。
 その証拠に、北海の周辺で使われている幾つかの言語は全て、頭の中に知識として残っていた。
 思い出は一つとして残っていないのに、だ。
「全てが新鮮に思えるんなら、それを楽しめばいいさ。悩み事はたくさんあるかもしれないけど、明るく考えられる所は明るく行こうぜ」
 そう明るく言ったのは”フォスベリー”の船長を務める青年、フェレットだった。
 リィはその言葉を素直に受け入れた。
 折角未知の光景を目にしているのだ。 いちいち悩んでいても今は解決しないし、何より悩んでいてる時間が勿体無い。
「やっぱり海が違うと、釣れる魚も違うんですねぇ」
 自身が釣り上げた鮭を細部まで眺めながら、リィは興味深々に呟いた。
 海を行く三隻の船、その三人の船長に船旅の魅力を兼ねてから散々説かれていたのだ。
 そして彼女はそれを今、実際に目で見て感じている。
 フェレットが彼女に説いたのは”釣りの魅力”。
 この海ではこんな魚が釣れるんだよ、ナイル川では嘘みたいな形をした魚がいてさ、とその魅力を自身の妄想も入り混じらせながら説明していた。
 ”シャルトリューズ”の船長であるアイは”各土地ならではの服装の魅力”を伝えた。
 そんな彼女は今、遥か南方の国印度から交易品として流れてきたという一風変わった藍染のドレスを纏っている。
 ちなみに残る一船”永久機関”の船長は”白兵戦の魅力”を必死に説明しようとしていたが、やめてください、と他の二人の船長に一蹴された。
「ギャルも実際にやればわかるよ」
 という台詞が最後に吐かれたがそれさえろくに取り合ってもらえず、結局その話題はもう口にされなかったのだが。
(実際にやれば、か……)
 フェレットは今再び、その時の会話を脳裏に浮かべていた。
 白兵戦の魅力などというものがリィに解るのかは兎も角として、これから先、自分達は戦いに赴くこととなるのは確か。
 彼女を、リィを巻き込むことになってしまう。
 船旅を続けていけば何時かそうなることはわかっていたが、それが目前に迫り、フェレットは悩んでいた。
(ま……それ言っちゃあ、アイさんだって別に戦いが好きな訳じゃあ無いしな……)
「フェレさん?」
(僕だって何も大好きって訳じゃないけど……冒険者だし。けど気付いたら海事の依頼にも割と関わるようになってしまったし、今更……)
「フェレさん、釣れてますよ」
「え? あっ!」
 リィに言われて、フェレットは慌てて竿を引き上げた。
 しかし時は既に遅し、魚は餌だけを持って逃げてしまったようだ。
「ああ……」
 ぼんやりとして、釣り竿のほうを見つめるしかない。
「フェレさんたら、どうしたんですか? ぼっとしちゃって」
「ちょっと考え事をね」
「……あっ、釣れた!」
 フェレットの返事は聞こえたかどうか。
 手応えを感じ、リィは釣り竿を引き上げた。
 そこに引っ掛かっていたのは鮭で、船上でぴちぴちと跳ねている。
「やった、釣れましたよ!」
「凄いな。さっき教えたばかりなのに、これでもう四匹目か。僕より多いぜ」
「多いって、フェレさんまだ一匹も釣れてないでしょう? フェレさんは悩んでたりするから、釣れないんですよ。迷ってたって良いことは無いですよ? もっと眼の前のことに集中しないと」
 にこりと笑みながら、リィはそんなことを言った。
「……そうかもな」
 誰のことを悩んでると思ってるんだ、とフェレットは思ったが、
(眼の前のことに集中、ねえ。ま……折角倫敦まで来たんだし、話を聞かないことには始まらないか。悩んでても無駄ってのもその通りではあるしな)
リィの言う事もわからなくもない、とすぐに思い直した。
 もっとも、彼女は単に釣りに関してのことを言っているのだけれど。
 彼女の言葉に従ってフェレットは釣りだけに専念しようとしたが、彼は意外に神経が細い所がある。
 ついつい余計な事ばかり考えてしまい、結局倫敦に着くまでに魚は一匹として釣れやしなかった。

2

 小雨に覆われた空の下に、倫敦の町は広がっていた。
 人々は霧のような雨にその身を濡らしながらも、気にすることなく町を行く。
 曇り空と小雨が交互に訪れるこの辺りでは、少しの雨に降られても傘をさす人間はあまりいないそうだ。
 アイからそう聞かされて、リィは普段滅多に傘を差そうとしない”永久機関”の船長の顔を思い浮かべるのだった。
 聞いた話ではかおるとアイはイングランドの出身とのこと。
 かおるが傘をささないのは、てっきりまたよくわからない自己流の理屈によるものだろうと勝手に解釈していたが、彼はこの国の風習に従っていただけのことだったのか。
 そうだと素直に信じるのも、危険な気がしないでもない。
 船団をここまで連れて来た張本人である少年、パングは町へ着くと直ぐに、行くところがあるからと言って出かけて行ってしまった。
 おそらく彼の仲間、倫敦まで腕に覚えのある者を連れて来てくれと依頼した張本人の所に行っているのだろう。
 集合の時刻、場所は予め指定されている。
 それまでの間、船団は幾つかに別れて各々の時間を過ごすこととなった。
「うん、よく似合ってるわ。あぁー、でもこっちの色のほうが良いかもしれない!」
 リィとアイの二人は、商店が建ち並ぶ一角にある洋服屋にやって来た。
 フェレットも付いて来たがったが女二人だけで見たいと強引に跳ね除け、かおるは適当にぶらぶらしてくると残して何処かに消えてしまった。
 日の半分を海で過ごす航海者である以前に、二人とも女性である。
 暇と余裕があればそれなりの御洒落をしたくなるのが女としての性というもので、暫くの間、普段とは違ったはしゃぎ方をしながら洋服を眺めていた。
 結局服装そのものはそう変わらなかったが、どうせまたこの辺りに当分滞在することになるのだ。
 何をするにもじっくり決めれば良いと、二人はまた他の様々な店を見て回ることにした。
「ねぇ、アイさん」
 灰色をした町を行きながら、リィはふとアイに訊ねてみる。
「かおるさんもアイさんも、この辺りの出身なんですよね? 昔からの知り合いだったりするんですか?」
 一緒に行動するようになってからもう半年近くが経つが、あまり触れることのなかった話題。
 少し話に登ることはあっても、皆深く訊ねようとすることはなかった。
 過去の記憶が一切無い自分に気を遣ってくれているのだと、リィはそう思っていたが違った。
「別に昔からって訳じゃないの。私が二人と初めて会った時には、もう二人は一緒に行動してたけれど、私はここ数年の付き合いになるわね。それに」
「それに?」
「かおるさんも北海の出だとは言ってるけど、それ以上詳しく教えてくれないからよくわからないのよね」
 アイは苦笑とも取れる笑みを浮かべた。
 話したがらないと言うより、単純にあまり知らないだけだったらしい。
「フェレさんは、何処の出身なんでしょう?」
「あら、まだ本人に訊いてないの?」
 逆に訊ね返された。
 リィはそれに答えることが出来なかったので、また先にアイが口を開く。
「あの人はイスパニア出身だそうよ」
「……それ以上、詳しく教えてくれないんですか?」
「ううん、そうじゃないの。ただ、これ以上は本人から聞いたほうが良いかしらね……リィちゃんになら話してくれると思うけど。ごめんね、曖昧なことばかりで」
「いえ……」
 アイが悪くないことは知っていたが、確かにさっぱり訳がわからない内容ではあった。
 それはあたかも、何もかもを抽象的なものに変えてしまうこの灰色の空のように。
「でも、不思議な話よね。こうやって国籍の違う人間が一緒に旅をしてるなんて」
 また少し歩いた後に、アイはしみじみと言った。
「ちょっと前だったら、考えられなかったことなんでしょうね。今でも決して、イングランドとイスパニアは完全に良好だとは言い切れない関係にあるし……」
 リィはそれをただ頷き、聞いていた。 言葉の意味は、肌では理解は出来る。
 しかし出身国がどこなのかさえ解らない自分には、その言葉の意味を全て介することは出来ないだろう。
 そう思うと、胸の中がじんと焼け付くようになって痛むのだった。
「海があるおかげね」
「海のお陰?」
 その少し不思議な響きをした言葉を、リィは繰り返した。
「そう。私がフェレさんやかおるさんと会ったのも、リィちゃんと出会えたのもね。今こうやって一緒にいられるのも……みんな、この海があるから」
 そこまで言って、アイは一呼吸を置いた。
「……って、どこかの船長の受け売りなんだけどね」
 そして柔らかな笑みを浮かべた。
「それって、私ももしかしてよく知ってる人ですか?」
「ええ、よく知ってるでしょうねぇ」
 もしもこの世界に海が無かったなら、国と国を隔てるのはただ大地だけ。
 だとしたらきっと、世界は今よりももっと単純なものだったに違いない。
 その船長は確かそんな風に、言葉を続けたのだ。
 リィは一人の人間の声と顔を同時に思い浮かべた。
 海が大地と大地を隔てて、この世界に幾つもの”未知”を残しておいてくれていたのだと。
「――何より海のない光景なんて、よく似た数色だけで塗りつぶされたパレットみたいでつまらないからね」
「ああっ、それも言ってました!」
 アイは僅かに口調を似せてみせ、リィは声を出して笑った。
 たったさっき感じた憂鬱はもう吹き飛んでしまっている。
 そんな会話が交わされていたのは、町の交易所の前にいる時のことで。
「あれ、二人ともどうしてここに来てるんだ? 服はもう選び終わったの?」
 偶然同じ場所に来ていた”フォスベリー”の船長の姿を見かけるなり、
「な……なんだ?」
リィとアイの二人は顔を見合わせて、さもおかしそうにくすくすと笑うのだった。
 勿論、笑われて笑われている本人がむすっとしているのなどお構い無しに。

3

 翌日。 目を覚まして早々に、一行はパングが指定した待ち合わせの場所を訪れた。
「ここを待ち合わせの場所に選ぶとは、さすがうちの姐さんの性質をよく理解してる」
 かおるの言葉を受け、むすっとしたのはやっぱりアイだ。
 つまり彼らが現在居る場所は酒場。
 待ち合わせの相手はまだ現れていない。
「なんか、緊張しますね……」
「そう?」
 リィの言葉に、フェレットは無機質な声を返した。
 見ると、フェレットもかおるも仏頂面をしてテーブルについているだけだ。
 かおるのそれは普段通りで、フェレットはつまりそれが緊張の証なのだと、リィは勝手に解釈する。
 アイは特にいつもと変化は無いが、場の空気を察して言葉少なにしていた。
 さすがに朝から酒場に浸っている客はいないようで、只一人の地面に寝ている酔っ払いを除けばほぼ無人。
 場は静かだ。 それがまたさらに場の緊張を増長させていた。
(もし、鬼みたいな人が現れたらどうしよう。嘘をついたことがばれたらどうしようか。予め適当な言い訳を考えて、みんなにも伝えておくべきか……でもそれがもしバレたら、それこそ只じゃ済まない気もする)
 表立って緊張しているのはリィだけで、本当に心から緊張しているのはフェレットだけであったが。
 やがて、がちゃりと音がしてドアが開かれた。
 現れたのは、一人の柔らかい雰囲気を持った女性であった。
(騙されんぞ)
 フェレットは持って歯をぎゅうと食い縛った。
 その女性はただの客で、きっとそれとは別に鬼の顔をした人が来るのだ。
 或いは人の顔をした鬼かもしれない。
 女性のほうを見向きもせず、フェレットは再びドアのほうへと視線を送った。
 瞬間、再びドアが開かれる!
 乱暴に開かれたそこから現れたのは、四角い顔面に無数の傷をつけた、正しくフェレットのイメージ通りの大男。
(こっ……)
「コロサレル!」
 フェレットの心の声を実際に口にしたのは何故かかおるであった。
 残る三人は心臓が飛び出そうな程の衝撃を受け、彼の方を一斉に向く。
「口が滑った」
(滑り過ぎだろ!)
 あっけらかんと言うかおるとは対照的にとにかく一行は焦った……が、幸いその鬼のような顔をした男には聞こえていないようであった。
「って言うか今、スペイン語で言ったしね」
 と、かおるは今度は英語で口にした。
「……あ」
 三人は顔を見合わせた。
 さっきまでは英語で会話していたのに、今の部分だけスペイン語で発言してみせたのだ。
 この辺りで主に使われている言語は当然、英語。
 あの大男には声は届いても、意味は理解出来なかっただろう。
 そしてフェレット達は緊張のあまり、かおるの細かな悪戯にまんまと乗せられた。
「……って、なんてタチの悪い」
 さしものアイでさえも呆れ顔になるしかない。
 結局、意を決してカウンターで酒を飲んでいるさっきの男に話し掛ける事となった。
 フェレットがゆらりゆらりと、背後から忍び寄って行く。
「あのぉ」
「わっ!」
 そのさらに背後から声を掛けられて、フェレットは思わず飛びのいた。
 てっきりまたかおるの仕業かと思ったが、振り向いた先にいたのは先程の女性であった。
 自分より少し年上、アイさんとは少し違った和やかさを持った人だ。
 フェレットは一瞬見ただけでそう特徴を判断した。
「ちょっと、人を探してるんですけど」
「ああ、人? どんなです?」
「ええと、四人いてー……」
 女性はそこで言葉を区切った。
 次に話す事を頭の中で纏めているらしい。
「一人は普通に可愛い女の子なんだけど、後の三人が……えーと確か、一人はちょっとナルシストが入った男の人と、もう一人はよくわからなくて胡散臭い変人、それであと一人は清楚な女の人に一見見えるけど、その実航海に出る際にはいつも、水の代わりに御酒を積み込むようなワイルドな人なんですって。この時間に待ち合わせをしてるんだけど、遅れちゃって……」
 流水のように滑らかな声を受け。
 フェレットはその流れに乗るようにして奥のテーブルを見やった。
 そうすると、見慣れた顔の大男と視線が合った。
 成る程、確かに胡散臭い。
「あ、貴方達のことじゃないんです。貴方達はもっとまともな感じに見えるから、今の特徴とは似ても似つかないもの……」
 しかしそこで、絶妙のタイミングをしてドアが開かれるのだった。
 現れた少年は、こちらを向くなりあっと声を上げる。
「エアリーンさん、その人達っすよ。自分がリスボンから連れて来たのって」
「えっそうなの?」
「オイっお前! 何て言い草だよ!」
 思わずパングに向かって、総出で突っ込みを入れる一行であった。
 さらにそこに一人の男が、欠伸をしながら現れた。
 だがフェレット達は彼の姿に気付くはずもない。
「やあ、来たようだな。フェレさん、かおるさん」
 その声を聞いて、彼らは初めて振り返り――そしてフェレットとかおるの二人は、大きく目を見開いた。
「あっ、もしかして……!」
 フェレットが口を開いたままで言う。
「ナルタスさんじゃないか」
 言葉を紡いだのはまた、かおるだった……しかも大分間違えて。
 かおるが指差している青年の姿は、辺りにいる町人のものとは一線を画していた。
 纏う服は金色にも似た黄色だが、決して派手にはならず、それどころか上品な香りさえ醸し出している。
「カリタスだよ。相変わらずだな」
 動じる事無く、ロンドン中心を流れるテムズ川の如く速やかに受け流し、男は名乗った。
”この人は一味違う。できる。”
 アイとリィ、二人の女性にそんな印象を抱かせるには十分な程の、紳士的で優雅な動作であった。

4

 三人は、再会を祝う祝杯を交わした。
 話を聞くよりもまず、何よりも喜ぶべきことを優先して。
 カリタスが店主に声を添えると、料理人自慢の肉料理や魚料理やとっておきのワインがふるまわれた。
「カリタスさん……フェレットさん達と知り合いだったんすねえ。昨日話した時は全然そんな素振りを見せなかったのに」
「どうせだから驚かそうと思ってな」
 カリタスは悪戯っぽく笑った。
 そして、かつての戦友二人へと視線を送る。
「紹介が遅れて悪かったね。最近、私はこの二人と行動を共にしているんだ」
 口にして、隣の席に座る二人を順に紹介する。
「改めて、私はエアリーンって言います。よろしく御願いします」
 ぺこりと御辞儀をされて、フェレット達も慌てて御辞儀を返す。
「パングっす」
 そう続いたが、こちらには別に御辞儀は返さない。
 まだ、さっきのことを根に持っている一行であった。
「本当は他にも仲間がいるんだが、いきなり皆で押し掛けるのも何だからな。今日は遠慮してもらった」
「……そうか。僕等を北海まで呼び寄せたのはカリタスさんだったんですね」
「ああ。君達だとわかっていたら、こちらから迎えに行っていた所だったんだが。急を要す用事だったので、確かめる時間が無かったんだ」
「それは構わないですけど、一体何があったんですか?」
 フェレットは早々に訊ねた。
「そうだな……何から話すか」
 カリタスは優雅な仕草でワインのグラスを手に取り、少し口にした。
「今、リューベックの東にヴァイキングが群れを為しているのは知っているか?」
 リューベック――ここから遥か東に位置するドイツ領の町だ。
「いや、あの辺りに海賊が多かったのは元々の事だったんだが。少し事情が変わってね」
 カリタスの表情が、微かに変わる。
 酒を口にしながらも真剣な眼差しをする。
「アムステルダムの貴族のご子息が、オスロへと航海をしている最中に、乗っている船ごとヴァイキングに捕縛されたそうなんだ」
「……捕まったんですか、また」
 馬鹿な話だ、とフェレットは無意識に吐き捨てるような口調になるのだった。
「ああ。もう大分前の話になるが、ヴァイキングはそのお子様を捕まえたまま、身代金を請求してリューベック付近から動こうとしない。で、焦った貴族は海事ギルドに依頼をしたそうなんだが」
「なんか掴めてきた」
 かおるが淡々と相槌を打つ。
「傭兵達も怖がって、その依頼を一人として受けるものがいないんだ。もしも貴族のご子息を救えなければ、ただの依頼失敗では済まない。間違い無く心象が悪くなるだろうからな。……それに危険なだけならともかく、ヴァイキングの首領はあのウルフガングと来ている。それもまた、皆の腰が引けている一因のようだ」
「ウルフガングだって!」
「有名な海賊なんですか?」
 驚くフェレットに、リィは小さな声で訊ねた。
「ああ。腕が立つとか云々より、残虐さで知られる海賊だよ。リガの辺りを根城にしてたって言うけど、大分近付いてきたな」
 ヴァイキング達が人質を取り、国に身代金を請求してきたのはこれが初ではない。
 ウルフガングと言う名の海賊がかつて同じように身代金を求めて来……人質交換の際に、騙し討ちをして皆殺しにしたのだ。
 人質も、依頼を受けてやって来た傭兵、冒険者達も全て。
 そして、ウルフガングの悪名は北海に轟き知れ渡った。
「今回も同じケースって訳だ。……あの時は確かかおるさんが腹痛を起こして、行くのをよしたんだっけか」
 カリタスは言った。
 かつて一時期、フェレットとかおるはカリタスと行動を共にしていたのだそうだ。
「ああ、そう言えば陣痛に悩まされてた時期だったな……」
「その陣痛が無かったら、僕らも殺されてたかもしれないですね」
 かおるとは違い、フェレットの声には少しの怯えがあった。
「それに再び挑むって訳ですか……」
「そうなるな」
 カリタスの声は只管冷静。微塵の揺らぎも感じられない。
「当然、莫大な恩賞が用意されている。それこそ一般の人間なら一生暮らせる程のね」
 自分達は今、この町で商会を発足させようとしている。
 その為に資金が必要なのだと、カリタスは続けた。
「当然、やれるだろう。ヴァイキングでさえも軽々と屠った君達なら」
 整った紅い唇を、笑みの形へと歪める。
 フェレットの唇は真逆、への字へと曲がった。
「やってくれるか?」
 カリタスは一同の瞳を順に眺めた後、向かって正面にいる青年を見やった。
「乗りかかった船、いや……ここまで乗ってきた船ではあるけど」
 フェレットはカリタスほど、真っ直ぐな言葉を返す事はできない。
 あまりに危険過ぎる。
 自分とかおるさんだけならともかく、今はそれだけじゃない。
 失くせないものは何時の間にか、幾つもに増えた。
 フェレットもまた、仲間の姿を順に見やる。
「任せた。ヘレッチ君」
 かおるは早々に権利を放棄し、
「そうね。フェレさんの意見を尊重するわ」
アイもまた静かに声を連ねた。
 リィはただ無言で、フェレットの方を眺めているだけだ。
 皆の視線を受け、フェレットはしかし即座に答えを出すことは出来なかった。
 彼は即断即決を常とする男ではなく、時に深淵に潜り込むかのように悩みもするのだ。
「……少し、時間を貰っても良いですか?」
「ああ――構わない。”子羊の肉”を用意して待ってるさ」
 たくさんの料理が残されたテーブルを立ち、フェレットは酒場を後にした。
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  1. 2005/04/18(月) 09:07:45|
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