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航海タイム

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第六章 憂いの風を抜けて(後編)

4

 奇妙な客人を迎えて、船団はまた海を行く。
 緩やかな風を受けながら、只管北へと――。
 ロンドンからここまで陸路を辿ってきたと言うパングは、フェレットの駆るキャラック船”フォスベリー”に搭乗している。
 つい先月に訪れたビスケー湾を越え、進む先の海は今、はフランス領へと差し掛かろうとしていた。
「フェレットさん、若いのに中々の操船技術っすね」
 パングは何気ない口調でそう言ったが、言葉の一部がフェレットの癪に障る。
「……そりゃ、慣れてるからな」
 中々? いや、相当のものだろう。
 心の中ではそう訂正してやりたい気持ちで満たされていたが、ここで怒ってしまっては大人気無いと、フェレットはなんとか堪えた。
「僕らもそうだが、”シャルトリューズ”はさらに早いよ。”永久機関”のみんなだって、漕船の技術はかなりのものだ。それに強いし」
「ふーん……」
「こんなに心地良い船旅、中々味わえるもんじゃないぜ」
「確かにそうっすね」
 当たり障りのない返事を受け、フェレットは眉を潜めた。
「……ところで、ロンドンまで辿り付いたらどうするつもりなんだい?」
「ああ、えーっと……フェレットさん達に会わせたい人がいるんっすよね」
「その人が、腕の立つ奴を探してるって訳か」
「ええ。ヴァイキングを軽々屠れるくらいなら、きっとお眼鏡に叶うと思うっす」
「……だと良いな」
 怖い人だったらどうしよう、とフェレットは心中穏やかではなかった……が、もう後戻りは出来ない。
 ”なんとかなるさ”――そんな風に思って、今まで実際に何とかなってきたのだ。
 船はさらに進み、あと一日も経てばボルドーに到着しそうだ。
 ワインを代表とする商取引で栄えている町であり、一行はそこで宿を取るつもりでいる。
 だが町に辿り付くより前に、空は不吉な様相を呈してきていた。
「風が強くなってきたな。……そのせいか?」
 心なしか、航行速度が少しずつ落ちてきている気がする。
 藻でも絡みついたのか、或いは……。
「あれじゃないっすかね」
 パングがそう指差した先には、帆の調整にあたっている操舵員がいる。
 そして、その隣にいるのは。
「コロ、そこで何喋ってる!」
 フェレットは怒鳴り声を上げた。
「そこは君の持ち場じゃないだろう。早めに町に着かなければ、嵐になるかもしれないんだ。普段はともかく、今はちゃんと作業にあたってくれ」
「……はい」
 コロはあからさまに不服そうな表情を浮かべ、また自分の持ち場に戻った。
 それが、フェレットの中にあった僅かな苛立ちを大きなものに変えたようで。
「ここ最近、弛み過ぎじゃないのか? 航海は皆で行う作業だ。君が楽な思いをしたら、他の船員がその分苦労するんだぞ」
「……だって船長、よく言ってるじゃないですか。航海はテキトーにって」
「それとこれとは話が別だ。力を抜けるところでは抜いておいても良いけど、最低限の努力ってものがあるだろう?」
「船長だって、何もしないで喋ってたりする時、たまにあるでしょう。リィとかとしょっちゅう……」
「コロ……」
 フェレットの顔には怒りが滲んでいたが、やがてそれはすうっと引いた。
 返答に詰まった訳ではない。
「……頭を冷やせ。今はこんな言い争いをしてる場合じゃないんだ」
 コロはその声に言葉を返さず、こちらを向こうともしなかった。
 無言で自分の持ち場に戻り、何事も無かったかのように作業にあたる。
 とは言え、全員がちゃんと自身の作業に専念した所で、進む速度は一行に上がりはしなかった。
 船団の先頭を行くシャルトリューズの速度が極端に落ちていて、これではこちらもスピードを上げることなど出来やしない。
「一体何が起きたんだ……?」
 フェレットは訝しがったが、その疑問はすぐに解明した。
「船長!」
 最も海面に近い場所で作業にあたっていた船員が、叫び声を上げる。
「鮫だ! 人食い鮫が辺りを取り囲んでやがる!」
「何!」
 フェレットを始めとした船員達が、慌てて視線を水面へと向ける。
 海は青くて黒い色をしており、その中は透けては見えない。
 だがしかし、船の周囲を取り囲む不気味な気配は確かにその場にあった。
「鮫……? 人を食べるんですか?」
 リィが恐る恐る訊ねる。
「ああ」
 フェレットは重い声で返した。
「奴等が餌とするのは、この広大な海に生きるもの全てだ」
 その言葉には、海上での暮らしを常とする人間のことも含められていた。
「シャルトリューズが遅れていたのもそれでか。みんな、持ち場を離れるな! 出せるだけの速度で引き離すんだ!」
「イェッサー!」
 船長の号令に、一丸となった声が響いて返ってくる。
 後は、辺りを囲む数匹の鮫達が囲いを解くのを待つしかない。
 フェレットは再び、周囲の状況を確認した。
 水面に見え隠れする悪魔のその数は、おそらく三、四匹と言った所か。
 大丈夫だ、鮫の襲撃を受けるのはこれが初めてではない。
 慌てずに対応できれば、何も問題は無いはずだ。
 ”フォスベリー”の船員達は皆熟練した船乗りだ。
 普段なら、それが出来るはずであった。
 いや……鮫が現れたのが今このタイミングでなければ、全ては無事に終わっていただろう。
「コロッ! 釣り竿をしまえ!!」
 船員の一人が、放り置かれた釣り竿を指差し、叫んだ。
 コロは言葉の意味がわからずに、どうして? と疑問顔になって見返す。
 船員はその理由を説明しようとしたが、出来なかった。
 突如として――けたたましい音が上がった。
 蒼き水中の悪魔は一瞬にして水面から跳ね上がり、
「な……」
”フォスベリー”の甲板へと、その姿を現したのだった。

5

 世界の海に広く生息しているアオザメと言う種。
 青色がかった黒金のような肌をしたその鮫は、釣り上げられると大きくジャンプをする習性があるという。
 釣り竿は誰も操ってはいなかったが、鮫のほうが勝手に針に食い付いたのか。
 船上に姿を現した鮫は、すぐ傍に立っていた少年のほうに、ぎょろりとその目を向けた……コロの目には、そう映った。
「逃げろ! コロ!」
 フェレットが怒鳴る。だが、出来なかった。
 アオザメは水面から飛びあがった際にコロの体をも飛び越え、丁度退路を塞ぐようにしてそこにいたのだ。
 鮫はその場でのた打ち回るように暴れ出し、
「うわぁっ!?」
尾びれを振りまわし、その一撃はコロの胴を激しく打ち据えた。
 五メートルはありそうな巨体から繰り出された一撃は鋭く、強烈だ。
 コロはそこから吹き飛ばされて、そのまま海へと落下していった。
「コローッ!」
 幾つかの悲痛な叫びが、重なって響く。
 少年が水面に落ちた音は、船舶に届いてはこなかった。
 彼がどうなったかを、確認できる者は今この場にはいない――鮫がそれを邪魔するように立ち塞がっている。
「フェレさん! コロ君が、コロ君が落ちちゃったよう!」
 リィは、傍にいた青年に泣きつくようにして言った。
「ねぇっ、フェレさん……」
 だが、彼はそちらに顔を向けない。
 フォスベリーは前進することをやめようとはしなかった。
「皆、鮫から離れろ! 海に戻って行くのを待て!」
 フェレットのその指示は、リィにはひどく冷徹な響きをして聞こえた。
「フェレさん!」
 もう一度声にした所で、フェレットはようやくこちらを向いた。
「フェレさん、コロ君が、海に……」
「わかってる」
「じゃあ、どうして! 今ならまだ……」
 その言葉を聞いて、リィが納得するはずもない。
 それも理解していたフェレットは、さらにこう言葉を続けた。
「下手に戻れば、他の船員を危険に晒す事になるんだ。残りの二隻との足並みを乱すわけにもいかない。あいつのことは忘れるんだ、今は」
「今忘れて、いつ思い出すって言うんですか!」
 フェレットは答えなかった。
 船は弛まず進んで行く。
「フェレさんっ!!」
 服の袖を、引き千切りそうなほどの勢いで引っ張りながら、リィは何度も彼の名を呼んだ。
 涙をぼろぼろと零しながら、だ。
 フェレットは、答えることが出来なかった。
「リィちゃん、今は駄目だ」
 そう言って彼女を半ば強引に振り向かせたのは、コロと仲の良いラフィタという名の船員であった。
「船長の判断は間違ってねぇ。みんな、そうわかってる」
「でも!」
 その言葉は、リィに何かを気付かせた。
 ”フォスベリー”の乗組員達、皆の視線――ラフィタが今口にしたことと、同じことを彼らの目は言っている。
 表面上には、悲しみは無い。
 まだ鮫は甲板で暴れているというのに、彼らのなんと落ち着き払ったことか。
「航海に危険はつきものなんだ。いつ死ぬかもわからない旅……皆それを理解してる上でここにいるはずだ。解ってくれ、リィ」
 その声には、さっきまでは全く表れることの無かった感情が少しだけ滲んでいた。
 リィは確かにそれを感じながら、フェレットの服を両手で掴んだまま、ただ俯いて涙を流すことだけを続けた。
 温もりを持ったフェレットの手が、長い金色の髪に優しく触れる。
 その手は僅かに震えていた。
 内包されているのは、ずっと抑えていた感情。
 外に出すまいと思って、けれどそれが出来ずに震えている。
 ああ――強い人なのだ、この人は。
 リィはそう思った。

6

 船団がボルドーの町へと辿り付いてから少しして、フランス西岸は激しい嵐に見舞われることとなった。
 それから数日は身動きが取れずに、只管雨が止み、風が静まるのをただ待ち侘びて過ごし。
 嵐が去ると、空はまるで何事も無かったかのように晴れ渡っていた。
 いや、何事もなかったのではない。
 全てを風が押し流していったのだと、誰もが皆知っていた。
 しかし吹き荒れる風でさえ、押し流すことのできないものはある。
 ただ一つ、悲しみと言う名の感情にその身を任せながら、一行は町から海を眺めていた。
 全ての船員達そこに揃い、一人の人間のことを思い浮かべている。
「コロ」
 そう名前を口にし、フェレットは視線を空へと移した。
 万感の想いを込めて、青一色に染まり尽くした風景を見やる。
 そしてフェレットは、手にしていた一輪の花を海へと放った。
 美しい白色をした花は空に舞い、水面に散らばって流れていく。
「君がこの船団に入ってから、最初に見つけた花だ」
 スノードロップ、その名の通りに雪溶けの時期に咲く花。
 今から数年前に、まだ身長が百六十センチに満たない少年を船団に加え。
 たまたま見つけた地図から手掛りを得て、みんなで探しに行った花。
 それがボルドーの町の果てに、たまたま一輪だけ咲いていた。
「最初はガキだからって、みんなアイツの事を受け入れようとしなかったんだ。だけど船長が独断で彼のことを招き入れた。今ではすっかりムードメーカーになってたのに……」
「そうだったんだ……」
 ラフィタの声は、あの時とは違った。
 みんな、悲しみに満ちた顔をしている。そう、リィは思った。
「リィちゃん、船長の気持ち、解ってやってくだせぇ」
「うん……大丈夫よ。もう……」
 人食い鮫が現れた時だって、解ってはいた。
 彼はただ、皆の命を救おうとしただけなのだと。
 コロの死を誰よりも悲しんでいることくらい、解っていた。
「ごめんね、フェレさん」
 リィは独りごちるように言った。その声は誰にも届いていない。
 フェレットは今にも墜落しそうなほど、海に近い場所に立っていて。
 その両手はリュートを抱えていた。
 彼がゆっくりと手を動かすと共に、そこから放たれる旋律。
 不得手な言語で、彼は”ファド”というポルトガルの歌を歌った。
 ポルトガルの人々の心を表現する時に”サウダージ”という言葉を使うことがある。
 それは郷愁、哀愁など言った意味合いを持っており、彼らの独特な感情を言い表した言葉。
 ファドとは、サウダージを歌い込んだものなのだ。そう、コロは言っていた。
 リュートの音色は美しかった。
 心の底に眠っていた感情が、その音に誘われて外へと溢れ出して行く。
(さようなら、コロ君)
 リィは心の中で、短い別れを告げた。
 少しの言葉で断ち切れるとは思わないし、そうしたいとも思わない。
 ほんの少しの彼の思い出を、このまま航海の旅へと引き連れて行くのだ。
 ――リュートの音色が止むと、辺りは全くの無音になった。
「あの、フェレットさん」
 パングの声が、その穏やかな沈黙を解放させた。
 音が静まるのを、さっきから見計らっていたようであった。
「ここまで連れてきておいて何っすけど、やっぱり……北海行くの、よしたほうが良いかもしれないっすね」
「なんで?」
 振り返ったフェレットよりも先に、かおるがそう反応をした。
「北海で、自分の知り合いの人と会わせようと思ってたんっすけど。多分、危険な旅になりますから」
「それは承知の上だ」
 かおるに言われて、パングは少し言い辛そうにして下を向いた。
「また、死者が出るかもしれないっすから……。一人や二人じゃ済まないくらいの……いちいち、悲しんでられなくなるくらいの」
「大丈夫よ、パングちゃん」
 諭すような口調になって、アイは言うのだった。
「私はほら、か弱いけど……でもね。皆そう言う荒事には慣れてるのよ。だから平気」
「だけど皆、たった一人が死んだくらいでこんなに落ち込んでるっす。もし、北海で……もっとたくさんの船員が死んでしまったら、立ち直れなくなるかもしれないっすよ」
「僕等はそれ程弱くないさ」
 三人の船長の言葉を、最後に締めくくったのはフェレットであった。
「船旅は危険だ。いつ死ぬかもわからない。そう知っている上で僕等は船乗りをしてる。悲しみに押し潰されることなんてない」
 しかしだからと言って、親しい人間がいなくなればやっぱり悲しいものだ。
 それなら、悲しんであげればいい。
 胸が張り裂けそうになるほどに悲しんで、そしてまた海を行こう。
 そうして繰り返し、船乗り達は今この場に立っている――失うことの辛さから、決して目を背ける事はせずに。
「って訳だ。それでも僕等は、北海に行く資格が無いかい?」
 考え込んでいる少年に、フェレットは再びそう声を掛けた。
「よくわかんないっすけど……フェレットさん達が来たいって言うなら、自分は止めないっすよ。こっちが助かるのは確かですし」
「そうか。ならそれで良いかもな……」
 フェレットは視線を移動させ、二人の船長を見やった。
 彼らもまた、気高き船乗りの瞳でもってそれに応じる。
 さあ――いざ行かん、北海へ!
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  1. 2005/04/11(月) 03:13:47|
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