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航海タイム

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第五章 別つ海(後編)

4

 ヒホンはスペインの北西、ビスケー湾に面した町だ。
 リスボン、セビリアに比べると町の規模は小さいものの、一通りの施設は取り揃えており、フェレットらも北に向かう際に何度か立ち寄ったことがあった。
 数日の航海を終え、到着した時刻は夜中。
 宿を取るには半端な時間だと、数人の船員を船に残して、フェレットらは早速捜索に出かけることにした。
 フェレットとアイがまず向かったのは、酒場だ。
 町の大きな酒場では、美味い料理と酒の他に、多数の噂話も取り扱っているもの――彼らの脳裏にはそんな認識がある。
 中に入るなり、フェレットはマスターに訊ねた。
「一人で飲みに来てた女の客? ああ、いたね。二十歳を過ぎたばかりの美女もいりゃあ、男勝りのイノシシみたいなのも来てたな」
「他には?」
「幸いうちは繁盛してるもんでね。一人で来てる御客さんなんかたくさんいたし、いちいち特徴を覚えちゃいないよ」
「……成る程」
 そりゃそうだよな、とフェレットは思った。
 そう言われてしまうと、こちらにはもう訊ねる余地がない。
 マスターに一言礼を言い、二人はカウンターを離れた。
「にしても手掛りがないよな。あのガ……ジェド君が、せめてもう少し喋ってくれればやりやすくなるのに」
「そうねえ。一つの町から一人の人を探し出すなんて、並大抵の労力じゃないわね」
 フェレットとアイ、御互い溜息をつきそうな表情になっている。
「うーん……それじゃ、私は交易所辺りにでも訊きに言ってくるわ。フェレさんはもう少し、ここの人を当たってみて貰える?」
「解りました」
 こうしてまた、船員達は四方に散って行った。
 残る面々もそれぞれに、捜索を続けている。

「みんな、帰ってこないな……」
 リィは”永久機間”の船上で、そう独りごちた。
 ”永久機関”の船員が町に出て行ってから二時間が経った。
 かおるとリィ、そしてジェドの三人は船に残り、船員達が情報を得てくるのを待つ側にいた。
 だが、今の所は一人として船に戻ってくる者はいない。
 黙って待っていることしか出来ないことにリィは苛立ちを覚えたが、話し合って決められた事に文句は言えない。
 それに船の番は、欠かすことの出来ない重要な仕事であるのだ。
 船から夜の景色を眺めていたリィだったが、一つ欠伸をすると、途端に眠気を感じ始めた。
 町に出ている船員達も、捜索を始めてから五時間後に、一端船に戻ってくることになっている。
(ちょっとくらいなら、寝ちゃっても平気かな……)
 まだ、集合の時間までは三時間もある。
 ”永久機間”の船長は既に一時間程前から仮眠に入っているし、自分も今のうち寝ておいた方が後々楽なのではないだろうか。
 欠伸がもう一つ、口をついて出た。
(寝よう)
 リィは決意し、その前にもう一度、ジェドの顔を見ておくことにした。
 航海中ずっと船室に閉じこもったままだったジェドは、未だにそこにいるだけ。
 そんなジェドの心情を、リィは理解しかねていた。
 母親に会いたいんだったら、船の中で待ってないで、町に飛び出して行けばいいのに……そう思っていた。
 彼に船に残っているように言ったのはこちらなのだが、ジェドは外に出たいという素振りさえ見せなかった。
 町に探しに行った所で、もしも見つからなかったらどうしよう、と恐怖を抱くのはわかるけれど……。
「ジェド君?」
 リィはまた、ジェドがいる船室のドアをがちゃりと開いた。
 彼の反応は相変わらず鈍く、少ししてからようやくこちらの方に振り向く。
「ジェド君、どうしたの……」
 リィは声を失った。 感じていた眠気が、強い驚きに押し流されていく。
 まだあどけなさばかりが感じられるその顔は、見ているほうが心苦しくなるほどに青白く変色していた。
「大丈夫? 船に酔ったのかしら?」
 駆けよって、ジェドの顔を近くで覗きこむ。
「違う、違うよ」
 ジェドはそれでもなお、視線を逸らそうとする。
「じゃあ、どうして……」
「違うよ。酔っているわけじゃないんだ……」
 少し掠れた声になって、ジェドは返事をした。
「……ごめん、騙したりして」
 暁を迎えたヒホンの町に、そんな声が静かに響いた。
「騙した? どう言う意味なの?」
 リィの顔に緊迫の色が加わる。
「ジェド君、話して」
 顔を背けている少年に、リィは強く呼びかけた。
 両手をジェドの頬に添えて、強引に顔をこちらのほうへと向けさせる。
 目と目があって、ジェドはもう逃げられないことを悟った。
 そうなると、言葉はまるで堰をきったように溢れ出るのだった。
「……本当は、母さんはヒホンに行ったんじゃなかったんだ。ずっと、ヒホンに行こうって言ってたけど、置いてあった手紙には違うことが書いてあったんだ」
「何て書いてあったの?」
「ヒホンの西に行くから、俺のことは連れて行けない……って書いてあった」
「ヒホンの西? 何で、そんなとこに……」
「ここから西には町はない。草原が広がってるだけだ」
 そう言葉を紡いだのはリィでもジェドでもなく、丁度船室に入ってきたかおるであった。
 眼をごしごし擦っているところを見ると、丁度目を覚ました直後のようだ。
「何故ヒホンの西に行った?」
 かおるもまた、そう訊ねた。
 リィと言葉は同じであったが、答えをはぐらかすことの出来ない強さがそこには込められていた。
「父さんが……昔冒険者だった父さんが、ヒホンの西に行ったまま帰って来なかった。だから」
「何故隠してた!」
 かおるは怒鳴った。ジェドの瞳から、ぶわっと涙が溢れ出る。
「……ジェド君の父さんがそこで暮らしてる、なんてことは無いですよね」
「野盗が徘徊してるような場所だ。人は暮らせん」
 一縷の希望を込めたリィの言葉を、かおるが打ち砕く。
 冒険に出たまま帰って来なかったと言うジェドの父親。
 その後を追って出て行ったと言うことは――。
「すぐ出航する。他の船員にも伝えてくれ」
「はい!」
 かおるは即座に決断した。
 言葉を受けて、リィもまた船内を走りまわって船員にその旨を伝える。
 船員は本来の半数に満たないが、船を動かすことは可能だ。
 当然、速度は普段のそれよりは落ちてしまうがやむを得ない。
 出航の準備をものの十分で、強引に終わらせた。
(ジェド君、なんでそんな大事なことを言わなかったの。騙したりしたの?)
 リィは問い詰めたい気持ちで一杯だったが、それをするタイミングでないことも解っていた。
 ……彼はきっと知っていたのだ。
 母親がどんな気持ちで、ヒホンの西、ビスケー湾の南岸に向かったのかを。
 事実を受け止めるのが怖くて、真実を告げることが出来ずにいた。
「フェレッチ君らにはまあ、捨てられた子供のように待ってて貰うとするか」
 かおるの冗談は失笑をかったが、それを合図として”永久機間”はヒホンの町を急遽後にした。

5

 登る朝陽をこんなに眩しく、鬱陶しく感じたのはきっと初めてのことだったろう。
 とにかく、急がなければならないのに――。
 海は朝焼けに染まっており、射し込む光はこちらの行動力を奪い付くすかのようにくどい色をしていた。
 ろくに睡眠も取っていないせいで、船員達の疲労も限界に来ている。
「あと一、二時間か……。ガレーが停まれるくらいデカイ海岸がある場所まで」
 かおるですら、歯痒そうに木々に囲まれた陸地のほうを眺めることしか出来ない。
 大体、陸地に辿り付いたとして何処を探せば良い? 
 一面に広がる草原地帯の一体何処に、ジェドの母親がいるのだ……? 
(それも、母親はもう何日も前に辿り付いているはずだ)
 何もかもは、もう終わった後かもしれない。
 それならせめて、全てをこの少年に見せてあげよう。
 悲しみを受け入れなければ、そこから先に進むことなど出来ないのだから。
 それは”永久機関”の船長、ただ一人の意思だ。
 他の船員は皆、後の事を考える余裕など無かった。
 ただ、少年の母親を見つけ出さなければならない……と、それだけが頭の中にあった。
 向かい風に押されて、ガレー船は遅々として前に進もうとはしない。
「船長!」
 左舷についている船員が、突如として叫びを上げた。
「どうした?」
「こっちに近付いてくる船がありやすぜ!」
「何?」
 船員達は一斉に西側へと振り向いた。
 そして驚愕する。
 船の接近に気がついたのはたった今だと言うのに、その船はもう大分間近まで近付いてきていたのだ。
 この辺りの地形の、僅かに窪んだ辺りに隠れていたらしい。
 海岸線には木々が生い茂っている場所もあり、小さな船なら隠れることは容易だったのだろう。
「参ったな、こりゃ」
 かおるは自嘲めいた笑みを浮かべ、呟いた。
「海賊……ですか?」
「おそらくね」
 それを聞き、リィの顔にも緊張が走る。
 背中にさしていたマッチ・ロック式の銃を抜き払い、それを右手に持つ。
「そりゃ随分気が早い」
 かおるは独り言のように呟いた。
 銃なんて使えたんだっけか? と今更ながらに疑問を抱きつつも、いちいち口にする気はないようだった。
「もう撃てる距離ですぜ、船長」
「そうやねぇ」
 船長らしからぬ間の抜けた声で言い、かおるは只管敵が接近してくるのを待った。
 砲撃が可能な距離にいると言う事はつまり、こちらの船もまた、おそらく相手の砲撃の射程内にいるということでもある。
 それなのに攻撃を仕掛けてこないのは、何か考えがあるからか。
 たとえ考えがあったとしても、あの小型の船ではガレー船には歯が立たないだろう。
 敵が接舷して、そのまま白兵戦を挑む気でいるのならそれも良い。
 遠距離で撃ち合うより、さらにやりやすくなるだけのことだ。
 一隻の武装コグは、そのままこちらへと真っ直ぐ近付いてきている。
「……もしかしてただの旅船とかで、意表をついて曲がったりして」
 かおるがそんなことを口にしたのとほぼ同タイミングで、その船は動きを止めた。
 ”永久機間”の寸前まで接近しており、大声で叫べば声も届きそうだ。
「どうなってんだ……?」
 その様子を見て”永久機関”の船員達も俄かに騒めき出すのだった。
 リィもきょとんとしている。 手にした銃のやり場に困っているようだ。
「誰か、出てきましたよ」
 武装コグの船首に、一人の男が立っているのが目に入った。
 その手には長剣が握られているが、その格好は海賊のそれと言うよりもむしろ一般の町人のものだ。
「そこのガレー船、聞け!」
 男はポルトガル語で呼びかけた。
 しゃがれていないその声は、まだ二十歳に満たない若者の声だ。
「有り金と、積荷を全てこちらに寄越すんだ! そうしないと生きて返さないぞ!」
 男はそう叫んだ。
 彼の周りは、同様に剣を手にした男によって囲われている。
「生かして返さないだってよ。笑わせるぜ」
 ”永久機関”の船員の一人が、彼らのことをそう嘲り笑った。
「船員に鮫でも混じってない限り、勝ち目は無いってのによ」
(……確かに、そうだわ)
 笑いこそしないものの、リィも心の底では同じように思っていた。
 あの大きさの船では、船員は多くて十人と言ったところ。
 彼らが相当の名うてであろうとも、”永久機関”の船員達だってひけを取らないはずだ。
「おい、聞こえてるか!」
 武装コグから再び、声が響いてきた。
 かおるは返事に困っている。元々、大声を出すのはあまり得意ではない方だ。
「ままごとは家の中でやってろよ! てめえら!」
 ”永久機関”の水夫の一人がそう、大声で返した。
 その声を聞いて、船首にいる男はあからさまに怒りの表情を浮かべた。
「お前ら、でかい口を叩いてられるのも今のうちだぞ!」
 今までよりも一層大きな声が返ってきた後、さらにもう一つ言葉を付け加えた。
「やれっ! ジェスロ!!」
 永久機関の船員達は警戒し、船体にその身を隠した。
 敵の船から不意に銃撃が来るのではないかと思ったのだ。
 だが、違った。
「……れ?」
 刃は後ろから突きつけられていたのだ。
 驚きのあまり――いつもと何ら変わらぬ様子で、そこに突っ立っているかおる。
 彼の腰の直ぐ傍に、殺気を帯びた短剣がある。
「ジェド君!?」
 リィの悲痛な叫びを受けても、少年はただ薄ら笑いを浮かべるのみだった。

6

「ごめん、騙したりして」
 ヒホンの町で言ったのと同じ台詞を、少年はもう一度口にした。
 わざとそうしたのかはわからない。
 ただ、あの時のような悲壮感はかけらも感じられないのは確かだ。
「ちょ、少年。落ち着こうよ。それは若気の至りというヤツだよ」
「落ち着いてるよ」
 確かにその声はかおるのそれよりも落ち着いたものであった。
「ほら、さっさと持ってきなよ。たくさん積んであるはずだろ?」
 暗い笑みを浮かべながら、ジェドはそう指図をした。
 くすくす、くすくすと笑いながら。
 緊張のあまりそうなっているのか、或いは狂気に駆られているのか。
「てめぇクソガキ! 最初ッから俺達を騙してたのか!」
 船員の一人が激怒して叫ぶが、少年は声で応じようとはしなかった。
 代わりに短剣の切っ先を数センチ、前に突き出してみせる。
「イテーーーー! 死ぬ!」
 響き渡る、かおるの素っ頓狂な絶叫。
「かおるさん!」
「船長!」
 僅か数ミリが体に食い込んだだけだ。 怪我と言う程の怪我ではない。
「あんまり聞き分けが悪いと、本当にザクッといっちゃうよ」
「ジェド君、どうして!」
「ジェドじゃないよ」
 リィの声に、少年は答えた。
「俺の名前はジェスロって言うんだ。ビスケーの”若草海賊団”のね」
「どこまでが、本当なの……?」
「父さんが、この辺りで行方不明になったってこと。それだけは本当。後は何もかも嘘」
「そんな……」
 リィは、目の前が暗くなるのを感じた。
 疲労のせいもあっただろうが、騙されたショックの余りに、その場に昏倒しそうになった。
「……クリスティナさん達も、あなたの仲間なの? それとも……」
 リスボンの姉妹を思い出し、リィは訊ねた。
「残念だけどあの人達は違うよ。母さんに置いてかれたカワイソウな男の子を演じて、あの人達に近付いたって訳さ」
 こんな状況だと言うのに、それを聞いてリィは安堵の息をついた。
 これでフェレさんが傷つかずに済む、そんな思いが心の中にあった。
「うちの船長も気が短いから、本当にさっさとした方が良いよ?」
 昨日までの、あのぶっきらぼうな口調は何処にいったのか。
 ジェスロの声はどす黒い感情に満ちていた。
 突き付けた短剣は”ふり”ではない。
 こちらが応じなければ、本当にかおるさんを殺してしまうだろう。
 ――それが出来るものなら。
「ジェド君、良かったわ」
 リィは言った。
 彼女の表情はジェスロの方ではなく、武装コグの船長の方に向いている。
「私、貴方がもし独りぼっちになってしまったらどうしようって、ずっと心配してたの。もしお母さんを見つけられなくて、天蓋孤独の身になってしまったらって……。でも、貴方にはこんなにたくさんの仲間がいたのね」
「そこまで騙されてくれると、こっちも騙しがいが有るってもんだね。ありがとう」
 リィのその真摯な言葉がさぞおかしかったようで、ジェスロは大笑いしている。表情を変えず、リィは続けた。
「だけど、演じてようがそうでなかろうが……可哀相でならない、貴方の事が」
「何、説教ならよしてよ」
「説教する気なんかないわ!」
 その次に彼女が取った行動は、この場にいる全員を驚愕させた。
 ずっと手にしていたマッチ・ロック式の銃を、武装コグの側へと向けたのだ。
 標的は無論、敵の船長である。
「……何の真似だよ? どうせこの距離じゃあ当たらないだろ」
「当てるわ」
 リィの声には確かな自信が感じられた。
 だが永久機関の船員達にはまだ、彼女の腕を信じる根拠が無い。
「リィさん……ここは大人しく従っといた方が」
「ううん」
 弾丸は間違い無く、あの船長を捉える。だから平気。
 そう何度も主張を繰り返す自分の心が不思議で、リィは静かに笑った。
 確かな記憶は何も無いはずなのに……何故だろう、この感覚は初めてではないと解る。
「それに、かおるさんは平気ですもの」
 その言葉にも、同じように自信が込められている。
「え?」
 ジェスロがそう小さく声を放った瞬間に、
「ぐっ!?」
かおるの放った肘打ちが、彼の顔面を捉えた。
 強烈な一撃を受け、顔面を押さえながら地面に蹲ってしまう。
 鼻血で顔を汚しながらも、ジェスロはなんとか立ち上がった。
 しかしもう、手にしていた短剣は離れている。
 船員達は彼のところに殺到し、たちまち縛り上げてしまった。
「な、なんで……」
「悪いね。スキだらけだったもんで」
 かおるはあっけらかんとした口調で言った。
「正直、殺気はずっと感じてた。武装コグが見えるもっと前からね」
 早々に捕まえる事も出来たけど、そうしたら色々喋ってくれなくなりそうだしね。
 かおるはそう続けた。
「それにまあ、お陰でギャルも初の活躍シーンが出来た訳だし」
「茶化さないで下さい、かおるさん」
 リィは平然とした口調でそう返すと、引き金を引いた。
 鋭い銃声が辺りに響き渡り、
「なっ……?」
武装コグの船首に立っていた男の手から、長剣が弾き落とされた。
 リィの放った弾丸が、剣に命中したのだ。
 カランと音を立てて長剣は床に転がり落ちる。
 青年の体には傷一つついていない。
 彼はただ、その光景を疑いながら場に固まった。
「……なんて、腕だ」
 その芸当にジェスロや武装コグの船長だけでなく、”永久機関”の船員達までもが身の毛を弥立たせる。
 さっきまでまるで予定調和のような素振りをしていたかおるまでもが、
(マヂデーーーー!?)
細く鋭い目を大きく見開いて、リィのほうを見ていた。
「ここで間違って永久機関の弾薬庫に撃ち込んで、ドカーンってなるって言う爆発オチを期待してたのに!」
「なりません」
 リィのその落ち着き払った声は、若草海賊団の船員に負けを悟らせるには十分なものだった。
 小細工など通用しない、明らかな格の違いを見せ付けたのだ。
「なんで、あんたらみたいのがいるんだよ。この海に……」
 がくりとうなだれるジェスロのことを、リィは悲しげな瞳で見つめることしか出来なかった。

7

 全ての発端となった場所、リスボンの酒場に一行は再び帰ってきていた。
 時間にしてみれば、今度の航海はたった二週間程度のものだった。
 それなのに、あのガスパールとの競争の時と同じか、それ以上の疲労感が体を支配している。
 その疲労感はおそらく、精神的なストレスから来るものだ。
 閉店時間も近付き、大半の客が帰った酒場で彼らは話していた。
「そうですか! お母さん見つかったのね! 本当に良かった……」
「うん。クリスティナさん達にも感謝してたよ」
 クリスティナとカルロータの姉妹には、真実を告げないことにした。
 中には知らないほうが良い真実だってあるし、敢えて彼女らに辛い思いをさせたくはない。
 そうフェレットが強く主張したせいだった。
 その意見にリィは心の中では異を唱えたが、フェレットの意を尊重して口には出さないことにした。
 もしかしたら私の過去は、言い表せないほど辛いものかもわからないし、幸せなものだったのかもしれない。
 そのどちらだろうと、このまま何もかもを知らないままでいたくはない……。
 真実を知って傷つく事はあっても、人間はそうして傷を作って強くなっていくものなのだから。
 ビスケー湾のあの若き海賊達は、結局手出しをせずに見逃すことにした。
 たとえ騙されていただけだと知りつつも、どうしてもあのジェスロと言う少年のことを憎む気にはなれなかったのだ。
 彼らは皆、かつてリスボンの住人であったという。
 海賊に憧れて町を出て行き、海賊稼業を始めたのは良かったものの、未熟な腕ではろくに金を稼ぐ事も出来ず、最近では明日の飯を食う金にさえ困っていたと聞いた。
 リスボンの町に別人を装って忍び込むなどという無茶な真似をしたのも、そうして決死の手段を取るしか方法が無かったからであったのだ。
「次にまた現れたなら、普通の海賊として処理させてもらおう」
 最後にかおるがそう言い残し、海賊達とは別れた。
 ――彼らの幸せを祈るのは、変な話なのかもしれない。
「あの……かおるさん」
「おー?」
 酒場から去り際に、クリスティナの声がかおるを呼び止めた。
 フェレット達も振り返る。彼の表情は目に見えて悔しそうだ。
「約束の件、デートの話なんですけど……何時だったら都合が良いですか?」
「アー」
 意外にも乗り気なクリスティナに比べて、かおるは欠伸のような声を返し続けるのだった。
「あったな、そんなの。……フェレッチ君に任せた」
「何ッ! どうして?」
 喜びと驚きが入り混じった声が上がる。
 信じられないと言った顔で、かおるとクリスティナのほうを交互に見やるフェレットであった。
「ちょっと体調がね。船で寝てくる……」
「体調が? 珍しい……。それはそうと!」
 フェレットは不思議そうな顔つきをしたが、一瞬でまた砕けた笑いへと変わる。
 かおるが仮に不治の病に侵されていても、きっと取った行動は変わらなかったであろう。
「それじゃ代わりに僕とデートするってことで決まったのでよろしく。クリスティナさん」
「えっ? でも……」
「かおるさんがそう言ったんだ。これは約束だよ」
 にこりと笑うフェレットだったが、そこには執着心が隠れられずに顔を覗かせていた。
(かおるさん……)
 酒場で繰り広げられている喧騒よりも、リィは店を出て行こうとしている男のことを気に掛けていた。
 何事にもあまり頓着しなさそうな、悪い言葉で言うなら無神経なところもある人なのだと、リィは思っていた。
(けれど、違うのかな)
 彼のそんな態度は装っているだけで、本当は皆の事を心から考えていてくれる人なのだ。
 今回の航海で、それがわかった。
 リィの視線が追っているその男は、ドアをがちゃりと開くと、
「かおるさん!?」
そこで突如として地面に倒れた。
 リィが慌てて駆け寄るが、かおるはそれを手で制止する。
「かおるさん、そんなに疲れが溜まってたんですね……しっかりして!」
「チーズを食べ過ぎた」
「はっ、チーズ?」
 顔面蒼白になっているかおるの顔を、リィは怪訝な表情で見つめた。
「駄目だ……もうアカン!」
 その顔色は瞬く間に、さらに蒼ざめていき……かおるはリィの手を振り払って、よろけながら外へと出て行った。
「追わない方が良いよ、リィ」
 かおるが去った後、フェレットが半ば呆れた顔でそう言った。
「そっか、リィはその時はいなかったっけか。ヒホン行った帰りに、オポルトの町に寄ってったろ? かおるさん、そこで散々チーズを買い溜めしてったんだよ。全部自分で食べるーとかって。で、今ああなってんのさ」
「……そんなことがあったんですか」
「皆で分けようって買って来たのに、勝手に一人で全部食べちゃうんだもの。当然の結果だよ」
「はぁ……」
 本当は皆の事を心から考えていてくれる……なんて事はないのかもしれない。
 やっぱり思い違いで、ただの変な人なのかもしれない。
 チーズ一つで判断するのも、どうかと思うけど。
「そんなことより、クリスティナさん! 予定は何時頃が開いてるの?」
「え……? それじゃ代わりに、妹が御付き合いしますね」
 クリスティナはすぐ隣にいたカルロータの肩に触れた。
「いや。かおるさんがいい」
 譲り受けたバトンを、カルロータはひょいと放り捨てる。
 反射的に思わずむっとするフェレット。
 向きになって反論をしてしまう。
「……お嬢ちゃんにはまだ解らないかもしれないが、僕だってこれでも結構魅力的な……」
「そんなのわかんない。一生解らないわ、きっと」
「それじゃあ解るようになれ!」
「わかんない!」
 そのやり取りを目にして、リィはどっと疲れを感じるのだった。
 フェレさんもかおるさんも変な人だなあと思いながら、リィはテーブルに突っ伏す。
 ――でもそんな彼らの魅力がわかるようになってきた私もまた、同じくらい変人なのかもしれない。
 そんな風に考えて、リィはくすくすと笑った。
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  1. 2005/04/08(金) 12:45:38|
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