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航海タイム

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第四章 酒宴航路(後編)

5

 ちゃんとした技術を持った船乗り達でも、航海は決して楽なものではない。
 衛生面に気をかけれなければ疫病が流行る事もあるし、壊血病という船乗りにはつきものの恐ろしい病気にかかることもある。
 正しい航路を選択していかばければ遭難してしまうし、運悪く海賊に遭遇し、命を落とす船乗りも少なくはない。
 今回の目的地であるラスパルマスのあるカナリア諸島の周辺、カナリア沖の辺りも海賊の多い地域である。
 本来なら、どっちが先に着けるか他の冒険者と競い合うなどという、呑気なことをしていられるような場所ではないのだ。
 フェレットらはそれなりに熟練した船乗りだけあって、海戦の経験も幾らか積んでいる。
 しかしリィに関しては、まだ航海の経験自体が殆どゼロに近い……はずだ。
 じゃないにしろ、未知数であることは確か。
 そんな状態で彼女を戦闘に巻き込むことは避けたいし、海賊に遭遇してしまってはタイムロスも相当なものになってしまう。
 考えた挙句、フェレット達の船団は危険な海域を避け、回り込むようにしてラスパルマスへと向かう事にした。
 ガスパールの船が、殆ど真南へと直進して行ったのを目にした上での判断だ。
 リスボンを出航して、五日目。
 まだカナリア諸島は視界に入ってはこない。
 視線を上に押し上げれば、そこには少しだけ淡い青がある。
「あれなら、カナリアス海賊達はみんなガスパールの船へと向かうだろうな。それに奴の船はガレー船だ……速度も僕らの船より遅い。勝ちは貰ったよ、リィ」
 船から身を乗り出して、進む海の先をぼんやりと眺めながら、フェレットは同じように海を見ている少女に話しかけた。
 しかし、リィの反応は思ったよりも薄く。
「ガスパールって人は、大丈夫なんでしょうか……?」
 そう、リィは訊ねた。
「大丈夫って?」
「グラン・カナリア島の辺りは海賊が多いって聞きました。その海賊達に一斉に襲いかかられでもしたら……」
「なんだ、そんなこと心配してるのか」
 フェレットは小さく笑うと、寸分考えた後に言った。
「リスボンではちょっと知られた冒険者って話だし、こんなところでヘマはしないだろうよ。これでも簡単なほうの依頼なんだ」
「なら、良いんですけど……」
「ま、もし何かあったとしても、それは自己責任ってやつさ。自分の身に起きた事を自分で責任取れないようじゃ、海に繰り出す資格は無いしな」
 少なくとも、それくらいの心構えは持っているべきだ。
 フェレットはそう続けた。
「僕だって今は普通に話してるけど、明日疫病にかかって死ぬかもしれない。いきなり人食いサメが現れて食べられてしまうかもわからないんだ」
「そんな……変な事言わないで下さい」
「例えばの話だよ。そうなっても構わない、それくらいの決意は出来てるってことを言いたかっただけさ」
「私は出来てないです。フェレットさんやかおるさん、アイさん達の誰が欠けても嫌ですもの」
「そんなに深く考えなくてもいいよ。リィ」
 真剣な面持ちで言うリィを見て、フェレットはおどけてみせた。
「それより、そろそろ飯にでもしようか。ちゃんと栄養を取っておけば病気にもかからないし、いざという時に戦う気力も沸いてくるってもんさ」
「はい」
 視線を海から外し、フェレットは船倉のほうへとつかつか歩いて行った。
 食料の入っている倉庫の扉をガチャリと開く。
 開けるなり、そこから駿足で何かが飛び出してきた。
 飛び出して、フェレットの頭にぽてりと乗っかる。
 倉庫にはたんまりと食料が積まれていたが、何も食料が崩れて溢れてきた訳ではない。
 頭にくっついたそれを何か確かめもせずに、フェレットは頭の上に手をやって毟り取った。
 そしてようやく目にしてみる。
「あああぁぁっ!」
 響き渡る絶叫。
 それは三隻の船のみならず、四方の海にまで広がって聞こえただろう。
「ネズミ! ネズミが出てるぞ! お、おい、何やってるんだみんな! 食事なんかより先に掃除だ掃除! 僕はネズミが大っ嫌いなんだ!」
「おい、船長のネズミ嫌いがまた始まったぜ」
「どんなに綺麗に掃除してもネズミは出ますぜ、船長。飯を食ってからゆっくりやりましょうや」
 フェレットの焦りぶりに比べて、船員達はやけにのんびりとしていた。
 そのことからも、鼠の出現など日常茶飯事であるということが窺い知れる。
「一匹いたら三十匹は隠れてるっていうじゃないか! 何やってんのっ、早く来てくれ! ほらっ、リィも! 鼠が疫病を持ってて、そこから感染するケースもあるんだから早く!」
「は、はぁ」
 フェレットのその意外な小心ぶりに、前言を疑うと共に先行きが不安になるリィであった。
 航海五日目はそんな風にして終わり。
 ラスパルマスまではまだ、遠い。

6

 日の出を向かえるのは、出航してからこれで十五回目だ。
 水平線からのんびりと昇って行くそれを目にして、リィは思った。
 そして視線を少しだけずらす。
 朝陽よりももっとずっと近い場所に、カナリア諸島が見えていた。
 このペースで行けば今日中にはラスパルマスにつける、とフェレットは昨日言っていた。
 ラスパルマスの町があるグラン・カナリア島もゆっくりとだが、段々と近付いてきているのだ。
 自身の目で測った感じでも、今日中どころかあと数時間のうちに着けそうだと思う。
(ラスパルマスかあ……)
 時刻は早朝だ。
 フェレットはすぐ傍のハンモックで眠っているし、他の船員にしてもいつものような元気はない。
 だから、リィは一人で色々と考えを巡らせた。
 行く先に見えるカナリア諸島のその形に、見覚えは無い。
 記憶がないのだから当然と言えば当然なのだが、もしも自分が記憶を 失う前によく目にしていた光景を再び目にした時に、それをきっかけに何かを思い出したりはしないか。
 リィはそんな期待を抱いていたのだった。
(町に行ってみれば、もしかしたらわかるかも……)
 しかしそれは一縷の望みでしかない。
 自分が今感じている感覚。
 それは、セビリアを訪れた時、セウタの町を眺めた時に覚えたものと同じであった。
 もしかしたら以前にこの町に来たことがあるかもしれない。
 でも、来たことがないかもしれない、見たことのない場所にも思える。
 叫び出したくもなるし、泣き出したくもなる――そんな曖昧な感覚。
 心配事はもう一つあって、こちらはもっと現実感のあるものだ。
 幸いカナリア諸島の周辺に、海賊の姿は見受けられなかった。
 やはり選んだ航路が正しかったのか、或いは単に偶然かはわからない。
 唯一、一隻の船がラスパルマスへと向かっているのが確認出来て、それは海賊船ではない。
 距離が遠いせいで殆ど見えやしないのだが、微かに見える船舶の形で判断した限りでは、あれはおそらくガスパールの船と同一種のもの……いや、ガスパール本人の船であろう。
 その速度はこちらの三隻よりも遅いはずだ。
 だが、やはり迂回をせずにそのまま直進して来たのだろう。
 僅かだが、こちらよりもラスパルマスに近い位置にいる。
 元々の早さではこちらのほうが上なのだから、この距離ならまだ追い越すことは不可能ではない……と思いたい。
「リィちゃーん!」
 静寂をつんざくようにして、声が届いてきた。
 並行して進んでいる”シャルトリューズ”からの声だ。
「あ、おはようございます! アイさん!」
「悪いけど、”シャルトリューズ”は先行させてもらうわ!」
「えっ?」
「だってこのスピードだと、ギリギリで負けちゃいそうだから!」
「た、確かに”シャルトリューズ”だけのほうが早いかも、しれませんけど……。ちょ、ちょっとフェレットさん!」
 リィは駆け寄って、フェレットのハンモックを散々に揺すった。
 落っことされそうになり、フェレットは嫌々ながら目を覚ます。
「リィ……頼むから、いきなり揺らすのはよしてくれ。酔う……」
 半ば墜落するかのようにして、フェレットはハンモックから降りた。
 寝惚け眼のところに、慌てた顔になっているリィから事情を聞かされる。
「良いんじゃない? アイさんがそう言うんなら、本当にそうしないと間に合わないんだろ。……かおるさんが腐った水タバコを飲んだりしなかったら、今頃余裕で僕等が勝利を収めてるとこなんだけどな」
 あらかた聞き終えたフェレット、えらくあっさりとそんなことを言った。
 瞳は半分閉じていて、ちゃんと話を聞き取れたのか心配になってしまう程だ。
「三隻の中じゃ”シャルトリューズ”が一番早いしね。かおるさんのガレー船を牽引してなければ、もう少しスピードは出るだろうし」
 フェレットはよたよたと歩いて行って、”シャルトリューズ”のほうから見えるようにして、両手で大きな丸を描いて見せた。
 普段からそのような合図をしているわけでなく、単に眠いので大声を出したくなかったらしい。
 アイはそれを見て頷くと、甲板のほうに戻って行ってしまった。
 フェレットもまた無言で歩き出し、ハンモックへともたれかかる。
「フェレットさん……」
「おやすみなさい」
「もう、そんな適当で平気なんですか! 本当に!」
 欠伸をしているフェレットを見て、リィはそう口にせずにはいられなかった。
「……何時死んでもしょうがないって言う決意は出来てるけどね」
 既に両目を閉じていて、フェレットの声はぼそぼそと虫の鳴き声のよう。
「けど、結局航海はテキトーにやるのが一番なのさ……って、どっかの船の海賊が言ってたよ」
「どっかのって……?」
 リィは当惑した表情のままで言ったが、返事はもう寝息と変わっていた。

「――船長、どうやら”シャルトリューズ”だけが先行するようですぜ」
「あ、そうなの?」
 フェレット達より大分遅れて、永久機関の船長にも事が伝えられた。
 かおるは別に眠くないにも関わらず、その反応はフェレットと同じくらいあっさりしている。
「ま、うちガレー船だし遅いしね。依頼のほうはアイさんに任せて、のんびり漕いでくとすっか」
「イェッサー!」
 陣形は少しずつ形を変えて行き――”シャルトリューズ”だけが頭抜けた形になり、それに少し遅れて”フォスベリ”ーが続く。
 ”永久機関”は何故か、速度を落としていた。
 いや、むしろこれが正常で、さっきまでが無理をしていたのかもしれない。
「ま、何事もマイペース、テキトーが一番って事やね」
 先行する二隻をのんびり眺めながら、永久機関の船長はぽつりと呟くのだった。
 ラスパルマスまで、あと僅か。

7

 ラスパルマスの出航所役人は、驚きの表情で持って船乗り達を迎え た。
二隻の船が同時に着船し、船員が左右からどっとおしかけてきてきたからだ。
 船が二隻あれば当然船長も二人いて、その二人が二人ともあまりに” 船長らしくない”ことにも、役人は驚愕していた。
 片方は冒険者と言うよりもただの荒くれ者……その図体のでかさは船に乗るよりも、運び屋でもしたほうが似合うのでは無いかと思える。
 片やもう一方の冒険者は、華奢な体をした女性だ。
 またおかしいのは、その二人の船長が役人を真ん中に挟んで、互いの顔を睨んでいると言うこと。
「まさか全く同時に辿り着くとはなァ……女の割にちょっとはやるじゃないか、見直したぜ」
 三十センチ下を見下しながら、ガスパールは言った。
「貴方こそ、リスボンから真っ直ぐここに向かって、よくも海賊に捕まらなかったものね」
 三十センチ上を見上げながら、アイは言う。
 視線の鋭さ、放つオーラは同等。
「何度か襲撃にあったかな。だが、どいつも蹴散らしてやった。カナリアス海賊など俺からすりゃあ、そこらの下魚みたいなもんだったな」
「たくさん釣れて、さぞかし食料には困らなかったことでしょう。それより……」
「そう。それより、だな」
 さて、いかにして勝敗を決めるか。
 わざわざラスパルマスくんだりまできて、引き分けで済ますつもりは御互い毛頭無かった。
「あっ。に、睨み合ってますね。怖いなぁ……」
「こりゃ血を見るかな」
 各々無責任なことを口にしながら、フォスベリーの船員も寸分遅れてラスパルマスへとやって来た。
 永久機関の方はもう少し時間がかかる見通しだ。
 アイに向けて手を振ったが、彼女は全く気付く様子は無い。
 フェレットとリィは顔を見合わせ、とても話に割り込める雰囲気ではないことを察知した。
 仕方ないので、暫く遠目で見守っていることにする。
「ガスパールさん」
 暫く続いていた無言の時を打ち破ったのは、アイの声であった。
「何だ?」
「一つ、貴方に謝らなければならないことがあるの」
 アイは笑った。 余裕のある、大人の笑みだ。
(アイさん、何か考えがあるな)
 フェレットもまた、和やかに笑んだ。
 あの人があんな風に笑む時は大抵、相手よりも一枚か二枚、上手をいっているのだ。
 そこらの男の考えなんて、あの人は簡単に見透かしてしまう。
 フェレットはそれを”身を持って”知っていた。
(見透かしているからこその、あの笑みだ)
 和やかだったはずの笑みが、少しだけぎくしゃくとなる。
「リスボンを出航する前にね。ちょっと暇があったから、あなたのことを少し調べさせてもらったの」
 アイの笑みが、一瞬だけ刃気を帯びた……ようにフェレットは思えた。
「リスボンでは割と名前を知られた冒険者だそうね。だから貴方の色々な噂を聞くのも簡単だったわよ」
 その噂の内容は、フェレットも当然知っている。
 話を持ち込んできたのは元々、フォスベリーの船員なのだから。
「剣術の腕も確かなもので、若い頃に一人で敵船に斬り込んで、十数人を斬ったって話を聞いたわ。で、その時に……」
「待て!」
 ガスパールは慌てて声を上げた。
 過去の武勇伝をわざわざ他人が口にしてくれているのに、本人は全く嬉しそうな様子はない。
「卑怯だぞ! そのような話で、俺の動揺を誘うとは……」
「あら? そんなつもりで口にしたんじゃないんだけど」
 アイは突如として、腰にささった長剣を抜き払った。
 その行為に出航所役人だけでなく、フェレット達までが腰を抜かしそうになる。
 役人は彼女を取り押さえるべきか悩んだが、慌ててフェレットがやって来て、大丈夫だと散々アピールをしたお陰でなんとか収まった。
 本当に大丈夫なのか、フェレットですら実はわかってないのだが。
 まあ大丈夫だろう、アイさんだから。
 フェレットはそう自分に言い聞かせた。
 単純ながらも、それは説得力のある言葉であった。
「フェレットさん。アイさんって、剣を使えるんですか?」
 リィが心配そうに訊ねる。
「まあ、僕並には……ってとこかな。けど」
「けど?」
「ん、ガラじゃないかな、って思ってね」
 それだけ言うと、フェレットはまた視線だけに神経の先に集中させる。
 アイは抜き払った長剣を翳し――そして、地面へと突き刺した。
「貴方が強いって話は聞いたけど……発端はたかが口喧嘩だもの。これ以上事を大きくしたくないわ」
(やっぱりね)
 アイさんらしいな、とフェレットは笑った。
 剣を地面に刺したのはつまり、こちらに戦うつもりはないと言う意思表示か。
「それにガスパールさんは剣だけじゃなく、こっちも強いって話を聞いたの」
 アイはそう言って、船員達へと合図を送った。
 シャルトリューズの船員達が嬉々として運んできたのは……なんと、酒だ。
「お酒も相当強いんでしょう? 貴方。なら、二人で飲み比べをして……先に潰れた方が負け、ってのはどうかしら?」
 ガスパールは暫く絶句していたが、やがて、
「ハハハハハハ!」
また大声を上げて、笑い出した。
「面白い事を言うなァ、女! この俺に酒で勝負を挑むとは……本当に面白いことを考えつく」
 その笑い声はとにかく楽しそうで、敵意は一切感じなかった。
 目の前に何時の間にか敷かれたゴザに、ガスパールはどっかと座った。
「受けて立ってやる! だが、やるからには俺は負けんからな!」
「そう来てくれないとね」
 アイもまた、同じようにゴザについた。
 その傍には船員達が運んできた酒が、文字通り山ほど置かれている。
「あの、ここ、出航所……」
「ごめん、今日だけは勘弁してね」
 アイの優しいが鋭い言葉に、出航所役人は頷くしかなかった。
 最早自分には発言権すら残されていないと悟る。
 そして、二人は酒を飲み始めた。飲んでいるのは二人だけではない。
 互いの船の船員達もまた、二人を囲うようにして酒宴を開催していた。

 酒宴が始まってから二時間後。
 ようやく永久機関がラスパルマスへと辿り着く。
 辿り着くなり、出航所とおぼしき場所の前で固まる船員達。
「あ、かおるさん」
 酒を飲まずに二人の勝負を見届けているフェレット、救いを求めるようにして話しかける。
「いや、なんか変なことになっちゃいましてね。アイさんが剣を抜き払って、やれ血で血を洗う争いになるかと思いきや……」
「察した」
 かおるは即座に全てを包容し、自分もまたその場に座り込んだ。

 五時間後。既に何人か潰れている船員の姿も見受けられる。
 しかし当然ながら、アイとガスパールは顔色一つ変えずに飲み続けていた。
 フェレットは気晴らしに散歩に出かけたり交易所を見に行ったりしていたが、丁度飽きて戻ってきた。
「あぁっ! フェレさんだぁ!」
 戻ってくるなり、やけに陽気な少女の声を受ける。
 無邪気で可愛らしいなと、フェレットは思った。
「リィ……フェレさんって呼んだの、初めてだな。今までは”フェレットさん”だったのにさ」
「本当はずっとそう呼ぼうと思ってたんですよ! アイさん、かおるさんに比べて、フェレットさんってなんか呼びづらいし、長くて嫌だなーと思ってたけど言い出せなかったんです!」
「……もしか、酒飲んだのか?」
「あっ、やっぱりわかります? この味はちょっと記憶にあるかなーなんて思ったりしてます」
「……何か思い出せそうかい」
「いえ、何にも!」
 あまりに幸せそうな少女の声を受けて、ただただ苦笑いするしかないフェレットであった。
 この後彼女は直ぐに頭痛を訴え始め、フェレットが介抱させられる羽目になる。

 一日と、あと数時間が経過した頃。
 リィを含めたほぼ全船員が体調不良を訴えて、この場から姿を消している。
 未だに酒を飲み続けている二人を見守るのは、フェレットとかおるの二人だけだ。
「ねえ、これ何時まで続くんですかね。かおるさん」
「おやすみ」
「……寝ないで下さい」
 だが、かおるの返事はなかった。
 彼にしても、ずっと眠らずに勝負の行方を眺めていたのだ。
 しょうがないと言えばしょうがない。
(これなら、僕も最初から酒を飲んで皆と一緒に潰れておけば良かった)
 機を逃したと言うか、今更自分だけ飲み始めるような気分でもない。
 辺りに漂う酒気のせいで、飲んでもいないのに酔っているような変な気分だ。
 ……まだ、勝負は決着がつかないらしい。

 酒宴が始まってから三日が経ち、そろそろそれも終わろうとしている頃。
 赤を通り越して蒼ざめて、さらにそれすらも通り越して黒色になっているガスパールの顔。
 それがまた一気に、すうっと白に戻った。
 そのままガスパールは、無言で前のめりになって崩れ落ちた。
 確認した上で、フェレットも同じようにぐしゃりと潰れる。
 二人は潰れた蛙のようになって、もうぴくりとも動かない。
「御馳走様でした」
 アイののどかな声が響き渡り、風に吹かれて空へと吸い込まれて行った。
 当然、誰の耳にも届いてはいない。
 ちなみに酒宴が行われている間中、この出航所はずっと閉鎖されていたそうな。

8

 二ヶ月ぶりのリスボンの町は、経過した時間以上に久々に思えた。
 皆、半年か一年ほど、どこかの町で牢獄に閉じ込められていたような気持ちになっている。
 ただ一人、シャルトリューズの船長を除いて。
「でも、あのガスパールも相当な兵(つわもの)でしたよね。あの後また直ぐに目を覚まして、アイさんにちゃんと負けを認めたってんだから……」
 フェレットは思い出しただけで、僅かばかりの吐き気を催した。
 ……あの時、目を覚ました後も散々な目に遭ったのだ。
(一杯も飲まなかったのに、まさか酒気だけで酔っ払って吐く事になるとはね)
 その時のことを鮮明に思い出してしまい、二度と思い出すものか、と 必死に脳裏から掻き消そうとする。
「うん。第一印象はとにかく悪かったけど、結構立派な人だったわよ」
「アイさんも折角勝ったんだから、もっと金をふんだくるなりすれば良かったのに。負けた方は勝った方の言う事を何でも聞く、って約束だったんだからさ」
「けど、やっぱりそれは悪いじゃない?」
「だからって、あんなことを頼むなんて……」
「良いのよ。それしか浮かばなかったんだもの」
 船団は、当分の間リスボンに滞在することを決めている。
 この町に家族が住んでいる船員もいるし、リスボンもまたセビリアと同様に見るべき所の多い町だから、たまにはゆっくり町を眺めたりするのも良いだろう……と言うのが一行の意思だ。
「『奥さんを大切にするように』だっけ。アイさんの頭にそれが浮かんだってのは、わかるけど」
 フェレットとアイは二人で、リスボンの町を眺めながら歩いていた。
「だってねぇ、…あんなこと聞かされちゃねぇ」
 ガスパールは確かに、リスボンで名の知れた冒険家だ。
 剣術の腕、酒の強さも有名だったのだが、何より知られているのは”恐妻家”という面。
「若い頃に一人で敵船に斬り込んで、十数人を斬ったんだっけ。で、その後に……」
 フェレットが言う。
「囚われてた女の人に一目惚れして、結婚にこぎつけた。そこまではロマンチックなのに……」
「今ではすっかり立場が逆転、ギルドで良い依頼を受けてこないと、毎晩奥さんに怒鳴られては平手打ちを食らわされてる」
 フェレットとアイは二人して、笑い声を響かせた。
「僕も最初は腹が立ったけど、それ聞いたら何度か憎めなくなっちゃってね」
「私も」
 そんな噂がリスボンに広まっているのだ。
 ガスパール本人も、堪ったものではないだろう。
「お酒に関してもね。なんでもガスパールさんが飲み比べて唯一負けたのが、ガスパールさんの奥さんなんだって。奥さんにはやっぱり頭が上がらないのねぇ」
「……まあ、もう唯一じゃないけどね」
 だが、これはさすがに噂として広める訳にはいかない。
 フェレットはガスパールのことを哀れんで、あまり口にしないようにすることを誓うのだった。
 目当てだった商店街での買い物は終わり、今後の行き先はまだ決まっていない。
 二人は同時に足を止めた。
「さて、これからどうしますか。フェレさん」
「や、もう姐御の仰せのままにします」
「もう、姐御って言わないでよ。……じゃぁ、酒場で」
「出来たら酒場以外で……」
 誰かの二の舞にはならないようにしよう。
 もし自分が将来結婚することがあるとしたら…酒をあまり飲めない人と、することにしよう。
 今回の冒険で、フェレットはそんな教訓を得ることが出来た。
 しかし航海には酒が付き物なのもまた事実であり、その二つを切り離して考えるのも中々に難しい。
 ――無理、と言い切ってしまっても良いかもしれない。
「酒場以外? 何言ってるの、断っても無駄ってことくらい、フェレさんなら解ってるはずでしょう?」
「確かにね。けど……」
「さっ、それじゃあ行こうね。たまにはフェレさんに、夜が明けるまでお酒に付き合ってもらうのも悪くないし!」
 ……少なくともこの女性が、自らの生きる場所を海に求めている限りは。
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  1. 2005/03/21(月) 12:42:08|
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