航海タイム

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

スクリーンショット【1】

koukai_screen_1.jpg

koukai_screen_2.jpg

koukai_screen_3.jpg

koukai_screen_4.jpg

koukai_screen_6.jpg

koukai_screen_5.jpg


スポンサーサイト


  1. 2005/03/27(日) 06:04:48|
  2. スクリーンショット
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

第四章 酒宴航路(後編)

5

 ちゃんとした技術を持った船乗り達でも、航海は決して楽なものではない。
 衛生面に気をかけれなければ疫病が流行る事もあるし、壊血病という船乗りにはつきものの恐ろしい病気にかかることもある。
 正しい航路を選択していかばければ遭難してしまうし、運悪く海賊に遭遇し、命を落とす船乗りも少なくはない。
 今回の目的地であるラスパルマスのあるカナリア諸島の周辺、カナリア沖の辺りも海賊の多い地域である。
 本来なら、どっちが先に着けるか他の冒険者と競い合うなどという、呑気なことをしていられるような場所ではないのだ。
 フェレットらはそれなりに熟練した船乗りだけあって、海戦の経験も幾らか積んでいる。
 しかしリィに関しては、まだ航海の経験自体が殆どゼロに近い……はずだ。
 じゃないにしろ、未知数であることは確か。
 そんな状態で彼女を戦闘に巻き込むことは避けたいし、海賊に遭遇してしまってはタイムロスも相当なものになってしまう。
 考えた挙句、フェレット達の船団は危険な海域を避け、回り込むようにしてラスパルマスへと向かう事にした。
 ガスパールの船が、殆ど真南へと直進して行ったのを目にした上での判断だ。
 リスボンを出航して、五日目。
 まだカナリア諸島は視界に入ってはこない。
 視線を上に押し上げれば、そこには少しだけ淡い青がある。
「あれなら、カナリアス海賊達はみんなガスパールの船へと向かうだろうな。それに奴の船はガレー船だ……速度も僕らの船より遅い。勝ちは貰ったよ、リィ」
 船から身を乗り出して、進む海の先をぼんやりと眺めながら、フェレットは同じように海を見ている少女に話しかけた。
 しかし、リィの反応は思ったよりも薄く。
「ガスパールって人は、大丈夫なんでしょうか……?」
 そう、リィは訊ねた。
「大丈夫って?」
「グラン・カナリア島の辺りは海賊が多いって聞きました。その海賊達に一斉に襲いかかられでもしたら……」
「なんだ、そんなこと心配してるのか」
 フェレットは小さく笑うと、寸分考えた後に言った。
「リスボンではちょっと知られた冒険者って話だし、こんなところでヘマはしないだろうよ。これでも簡単なほうの依頼なんだ」
「なら、良いんですけど……」
「ま、もし何かあったとしても、それは自己責任ってやつさ。自分の身に起きた事を自分で責任取れないようじゃ、海に繰り出す資格は無いしな」
 少なくとも、それくらいの心構えは持っているべきだ。
 フェレットはそう続けた。
「僕だって今は普通に話してるけど、明日疫病にかかって死ぬかもしれない。いきなり人食いサメが現れて食べられてしまうかもわからないんだ」
「そんな……変な事言わないで下さい」
「例えばの話だよ。そうなっても構わない、それくらいの決意は出来てるってことを言いたかっただけさ」
「私は出来てないです。フェレットさんやかおるさん、アイさん達の誰が欠けても嫌ですもの」
「そんなに深く考えなくてもいいよ。リィ」
 真剣な面持ちで言うリィを見て、フェレットはおどけてみせた。
「それより、そろそろ飯にでもしようか。ちゃんと栄養を取っておけば病気にもかからないし、いざという時に戦う気力も沸いてくるってもんさ」
「はい」
 視線を海から外し、フェレットは船倉のほうへとつかつか歩いて行った。
 食料の入っている倉庫の扉をガチャリと開く。
 開けるなり、そこから駿足で何かが飛び出してきた。
 飛び出して、フェレットの頭にぽてりと乗っかる。
 倉庫にはたんまりと食料が積まれていたが、何も食料が崩れて溢れてきた訳ではない。
 頭にくっついたそれを何か確かめもせずに、フェレットは頭の上に手をやって毟り取った。
 そしてようやく目にしてみる。
「あああぁぁっ!」
 響き渡る絶叫。
 それは三隻の船のみならず、四方の海にまで広がって聞こえただろう。
「ネズミ! ネズミが出てるぞ! お、おい、何やってるんだみんな! 食事なんかより先に掃除だ掃除! 僕はネズミが大っ嫌いなんだ!」
「おい、船長のネズミ嫌いがまた始まったぜ」
「どんなに綺麗に掃除してもネズミは出ますぜ、船長。飯を食ってからゆっくりやりましょうや」
 フェレットの焦りぶりに比べて、船員達はやけにのんびりとしていた。
 そのことからも、鼠の出現など日常茶飯事であるということが窺い知れる。
「一匹いたら三十匹は隠れてるっていうじゃないか! 何やってんのっ、早く来てくれ! ほらっ、リィも! 鼠が疫病を持ってて、そこから感染するケースもあるんだから早く!」
「は、はぁ」
 フェレットのその意外な小心ぶりに、前言を疑うと共に先行きが不安になるリィであった。
 航海五日目はそんな風にして終わり。
 ラスパルマスまではまだ、遠い。

6

 日の出を向かえるのは、出航してからこれで十五回目だ。
 水平線からのんびりと昇って行くそれを目にして、リィは思った。
 そして視線を少しだけずらす。
 朝陽よりももっとずっと近い場所に、カナリア諸島が見えていた。
 このペースで行けば今日中にはラスパルマスにつける、とフェレットは昨日言っていた。
 ラスパルマスの町があるグラン・カナリア島もゆっくりとだが、段々と近付いてきているのだ。
 自身の目で測った感じでも、今日中どころかあと数時間のうちに着けそうだと思う。
(ラスパルマスかあ……)
 時刻は早朝だ。
 フェレットはすぐ傍のハンモックで眠っているし、他の船員にしてもいつものような元気はない。
 だから、リィは一人で色々と考えを巡らせた。
 行く先に見えるカナリア諸島のその形に、見覚えは無い。
 記憶がないのだから当然と言えば当然なのだが、もしも自分が記憶を 失う前によく目にしていた光景を再び目にした時に、それをきっかけに何かを思い出したりはしないか。
 リィはそんな期待を抱いていたのだった。
(町に行ってみれば、もしかしたらわかるかも……)
 しかしそれは一縷の望みでしかない。
 自分が今感じている感覚。
 それは、セビリアを訪れた時、セウタの町を眺めた時に覚えたものと同じであった。
 もしかしたら以前にこの町に来たことがあるかもしれない。
 でも、来たことがないかもしれない、見たことのない場所にも思える。
 叫び出したくもなるし、泣き出したくもなる――そんな曖昧な感覚。
 心配事はもう一つあって、こちらはもっと現実感のあるものだ。
 幸いカナリア諸島の周辺に、海賊の姿は見受けられなかった。
 やはり選んだ航路が正しかったのか、或いは単に偶然かはわからない。
 唯一、一隻の船がラスパルマスへと向かっているのが確認出来て、それは海賊船ではない。
 距離が遠いせいで殆ど見えやしないのだが、微かに見える船舶の形で判断した限りでは、あれはおそらくガスパールの船と同一種のもの……いや、ガスパール本人の船であろう。
 その速度はこちらの三隻よりも遅いはずだ。
 だが、やはり迂回をせずにそのまま直進して来たのだろう。
 僅かだが、こちらよりもラスパルマスに近い位置にいる。
 元々の早さではこちらのほうが上なのだから、この距離ならまだ追い越すことは不可能ではない……と思いたい。
「リィちゃーん!」
 静寂をつんざくようにして、声が届いてきた。
 並行して進んでいる”シャルトリューズ”からの声だ。
「あ、おはようございます! アイさん!」
「悪いけど、”シャルトリューズ”は先行させてもらうわ!」
「えっ?」
「だってこのスピードだと、ギリギリで負けちゃいそうだから!」
「た、確かに”シャルトリューズ”だけのほうが早いかも、しれませんけど……。ちょ、ちょっとフェレットさん!」
 リィは駆け寄って、フェレットのハンモックを散々に揺すった。
 落っことされそうになり、フェレットは嫌々ながら目を覚ます。
「リィ……頼むから、いきなり揺らすのはよしてくれ。酔う……」
 半ば墜落するかのようにして、フェレットはハンモックから降りた。
 寝惚け眼のところに、慌てた顔になっているリィから事情を聞かされる。
「良いんじゃない? アイさんがそう言うんなら、本当にそうしないと間に合わないんだろ。……かおるさんが腐った水タバコを飲んだりしなかったら、今頃余裕で僕等が勝利を収めてるとこなんだけどな」
 あらかた聞き終えたフェレット、えらくあっさりとそんなことを言った。
 瞳は半分閉じていて、ちゃんと話を聞き取れたのか心配になってしまう程だ。
「三隻の中じゃ”シャルトリューズ”が一番早いしね。かおるさんのガレー船を牽引してなければ、もう少しスピードは出るだろうし」
 フェレットはよたよたと歩いて行って、”シャルトリューズ”のほうから見えるようにして、両手で大きな丸を描いて見せた。
 普段からそのような合図をしているわけでなく、単に眠いので大声を出したくなかったらしい。
 アイはそれを見て頷くと、甲板のほうに戻って行ってしまった。
 フェレットもまた無言で歩き出し、ハンモックへともたれかかる。
「フェレットさん……」
「おやすみなさい」
「もう、そんな適当で平気なんですか! 本当に!」
 欠伸をしているフェレットを見て、リィはそう口にせずにはいられなかった。
「……何時死んでもしょうがないって言う決意は出来てるけどね」
 既に両目を閉じていて、フェレットの声はぼそぼそと虫の鳴き声のよう。
「けど、結局航海はテキトーにやるのが一番なのさ……って、どっかの船の海賊が言ってたよ」
「どっかのって……?」
 リィは当惑した表情のままで言ったが、返事はもう寝息と変わっていた。

「――船長、どうやら”シャルトリューズ”だけが先行するようですぜ」
「あ、そうなの?」
 フェレット達より大分遅れて、永久機関の船長にも事が伝えられた。
 かおるは別に眠くないにも関わらず、その反応はフェレットと同じくらいあっさりしている。
「ま、うちガレー船だし遅いしね。依頼のほうはアイさんに任せて、のんびり漕いでくとすっか」
「イェッサー!」
 陣形は少しずつ形を変えて行き――”シャルトリューズ”だけが頭抜けた形になり、それに少し遅れて”フォスベリ”ーが続く。
 ”永久機関”は何故か、速度を落としていた。
 いや、むしろこれが正常で、さっきまでが無理をしていたのかもしれない。
「ま、何事もマイペース、テキトーが一番って事やね」
 先行する二隻をのんびり眺めながら、永久機関の船長はぽつりと呟くのだった。
 ラスパルマスまで、あと僅か。

7

 ラスパルマスの出航所役人は、驚きの表情で持って船乗り達を迎え た。
二隻の船が同時に着船し、船員が左右からどっとおしかけてきてきたからだ。
 船が二隻あれば当然船長も二人いて、その二人が二人ともあまりに” 船長らしくない”ことにも、役人は驚愕していた。
 片方は冒険者と言うよりもただの荒くれ者……その図体のでかさは船に乗るよりも、運び屋でもしたほうが似合うのでは無いかと思える。
 片やもう一方の冒険者は、華奢な体をした女性だ。
 またおかしいのは、その二人の船長が役人を真ん中に挟んで、互いの顔を睨んでいると言うこと。
「まさか全く同時に辿り着くとはなァ……女の割にちょっとはやるじゃないか、見直したぜ」
 三十センチ下を見下しながら、ガスパールは言った。
「貴方こそ、リスボンから真っ直ぐここに向かって、よくも海賊に捕まらなかったものね」
 三十センチ上を見上げながら、アイは言う。
 視線の鋭さ、放つオーラは同等。
「何度か襲撃にあったかな。だが、どいつも蹴散らしてやった。カナリアス海賊など俺からすりゃあ、そこらの下魚みたいなもんだったな」
「たくさん釣れて、さぞかし食料には困らなかったことでしょう。それより……」
「そう。それより、だな」
 さて、いかにして勝敗を決めるか。
 わざわざラスパルマスくんだりまできて、引き分けで済ますつもりは御互い毛頭無かった。
「あっ。に、睨み合ってますね。怖いなぁ……」
「こりゃ血を見るかな」
 各々無責任なことを口にしながら、フォスベリーの船員も寸分遅れてラスパルマスへとやって来た。
 永久機関の方はもう少し時間がかかる見通しだ。
 アイに向けて手を振ったが、彼女は全く気付く様子は無い。
 フェレットとリィは顔を見合わせ、とても話に割り込める雰囲気ではないことを察知した。
 仕方ないので、暫く遠目で見守っていることにする。
「ガスパールさん」
 暫く続いていた無言の時を打ち破ったのは、アイの声であった。
「何だ?」
「一つ、貴方に謝らなければならないことがあるの」
 アイは笑った。 余裕のある、大人の笑みだ。
(アイさん、何か考えがあるな)
 フェレットもまた、和やかに笑んだ。
 あの人があんな風に笑む時は大抵、相手よりも一枚か二枚、上手をいっているのだ。
 そこらの男の考えなんて、あの人は簡単に見透かしてしまう。
 フェレットはそれを”身を持って”知っていた。
(見透かしているからこその、あの笑みだ)
 和やかだったはずの笑みが、少しだけぎくしゃくとなる。
「リスボンを出航する前にね。ちょっと暇があったから、あなたのことを少し調べさせてもらったの」
 アイの笑みが、一瞬だけ刃気を帯びた……ようにフェレットは思えた。
「リスボンでは割と名前を知られた冒険者だそうね。だから貴方の色々な噂を聞くのも簡単だったわよ」
 その噂の内容は、フェレットも当然知っている。
 話を持ち込んできたのは元々、フォスベリーの船員なのだから。
「剣術の腕も確かなもので、若い頃に一人で敵船に斬り込んで、十数人を斬ったって話を聞いたわ。で、その時に……」
「待て!」
 ガスパールは慌てて声を上げた。
 過去の武勇伝をわざわざ他人が口にしてくれているのに、本人は全く嬉しそうな様子はない。
「卑怯だぞ! そのような話で、俺の動揺を誘うとは……」
「あら? そんなつもりで口にしたんじゃないんだけど」
 アイは突如として、腰にささった長剣を抜き払った。
 その行為に出航所役人だけでなく、フェレット達までが腰を抜かしそうになる。
 役人は彼女を取り押さえるべきか悩んだが、慌ててフェレットがやって来て、大丈夫だと散々アピールをしたお陰でなんとか収まった。
 本当に大丈夫なのか、フェレットですら実はわかってないのだが。
 まあ大丈夫だろう、アイさんだから。
 フェレットはそう自分に言い聞かせた。
 単純ながらも、それは説得力のある言葉であった。
「フェレットさん。アイさんって、剣を使えるんですか?」
 リィが心配そうに訊ねる。
「まあ、僕並には……ってとこかな。けど」
「けど?」
「ん、ガラじゃないかな、って思ってね」
 それだけ言うと、フェレットはまた視線だけに神経の先に集中させる。
 アイは抜き払った長剣を翳し――そして、地面へと突き刺した。
「貴方が強いって話は聞いたけど……発端はたかが口喧嘩だもの。これ以上事を大きくしたくないわ」
(やっぱりね)
 アイさんらしいな、とフェレットは笑った。
 剣を地面に刺したのはつまり、こちらに戦うつもりはないと言う意思表示か。
「それにガスパールさんは剣だけじゃなく、こっちも強いって話を聞いたの」
 アイはそう言って、船員達へと合図を送った。
 シャルトリューズの船員達が嬉々として運んできたのは……なんと、酒だ。
「お酒も相当強いんでしょう? 貴方。なら、二人で飲み比べをして……先に潰れた方が負け、ってのはどうかしら?」
 ガスパールは暫く絶句していたが、やがて、
「ハハハハハハ!」
また大声を上げて、笑い出した。
「面白い事を言うなァ、女! この俺に酒で勝負を挑むとは……本当に面白いことを考えつく」
 その笑い声はとにかく楽しそうで、敵意は一切感じなかった。
 目の前に何時の間にか敷かれたゴザに、ガスパールはどっかと座った。
「受けて立ってやる! だが、やるからには俺は負けんからな!」
「そう来てくれないとね」
 アイもまた、同じようにゴザについた。
 その傍には船員達が運んできた酒が、文字通り山ほど置かれている。
「あの、ここ、出航所……」
「ごめん、今日だけは勘弁してね」
 アイの優しいが鋭い言葉に、出航所役人は頷くしかなかった。
 最早自分には発言権すら残されていないと悟る。
 そして、二人は酒を飲み始めた。飲んでいるのは二人だけではない。
 互いの船の船員達もまた、二人を囲うようにして酒宴を開催していた。

 酒宴が始まってから二時間後。
 ようやく永久機関がラスパルマスへと辿り着く。
 辿り着くなり、出航所とおぼしき場所の前で固まる船員達。
「あ、かおるさん」
 酒を飲まずに二人の勝負を見届けているフェレット、救いを求めるようにして話しかける。
「いや、なんか変なことになっちゃいましてね。アイさんが剣を抜き払って、やれ血で血を洗う争いになるかと思いきや……」
「察した」
 かおるは即座に全てを包容し、自分もまたその場に座り込んだ。

 五時間後。既に何人か潰れている船員の姿も見受けられる。
 しかし当然ながら、アイとガスパールは顔色一つ変えずに飲み続けていた。
 フェレットは気晴らしに散歩に出かけたり交易所を見に行ったりしていたが、丁度飽きて戻ってきた。
「あぁっ! フェレさんだぁ!」
 戻ってくるなり、やけに陽気な少女の声を受ける。
 無邪気で可愛らしいなと、フェレットは思った。
「リィ……フェレさんって呼んだの、初めてだな。今までは”フェレットさん”だったのにさ」
「本当はずっとそう呼ぼうと思ってたんですよ! アイさん、かおるさんに比べて、フェレットさんってなんか呼びづらいし、長くて嫌だなーと思ってたけど言い出せなかったんです!」
「……もしか、酒飲んだのか?」
「あっ、やっぱりわかります? この味はちょっと記憶にあるかなーなんて思ったりしてます」
「……何か思い出せそうかい」
「いえ、何にも!」
 あまりに幸せそうな少女の声を受けて、ただただ苦笑いするしかないフェレットであった。
 この後彼女は直ぐに頭痛を訴え始め、フェレットが介抱させられる羽目になる。

 一日と、あと数時間が経過した頃。
 リィを含めたほぼ全船員が体調不良を訴えて、この場から姿を消している。
 未だに酒を飲み続けている二人を見守るのは、フェレットとかおるの二人だけだ。
「ねえ、これ何時まで続くんですかね。かおるさん」
「おやすみ」
「……寝ないで下さい」
 だが、かおるの返事はなかった。
 彼にしても、ずっと眠らずに勝負の行方を眺めていたのだ。
 しょうがないと言えばしょうがない。
(これなら、僕も最初から酒を飲んで皆と一緒に潰れておけば良かった)
 機を逃したと言うか、今更自分だけ飲み始めるような気分でもない。
 辺りに漂う酒気のせいで、飲んでもいないのに酔っているような変な気分だ。
 ……まだ、勝負は決着がつかないらしい。

 酒宴が始まってから三日が経ち、そろそろそれも終わろうとしている頃。
 赤を通り越して蒼ざめて、さらにそれすらも通り越して黒色になっているガスパールの顔。
 それがまた一気に、すうっと白に戻った。
 そのままガスパールは、無言で前のめりになって崩れ落ちた。
 確認した上で、フェレットも同じようにぐしゃりと潰れる。
 二人は潰れた蛙のようになって、もうぴくりとも動かない。
「御馳走様でした」
 アイののどかな声が響き渡り、風に吹かれて空へと吸い込まれて行った。
 当然、誰の耳にも届いてはいない。
 ちなみに酒宴が行われている間中、この出航所はずっと閉鎖されていたそうな。

8

 二ヶ月ぶりのリスボンの町は、経過した時間以上に久々に思えた。
 皆、半年か一年ほど、どこかの町で牢獄に閉じ込められていたような気持ちになっている。
 ただ一人、シャルトリューズの船長を除いて。
「でも、あのガスパールも相当な兵(つわもの)でしたよね。あの後また直ぐに目を覚まして、アイさんにちゃんと負けを認めたってんだから……」
 フェレットは思い出しただけで、僅かばかりの吐き気を催した。
 ……あの時、目を覚ました後も散々な目に遭ったのだ。
(一杯も飲まなかったのに、まさか酒気だけで酔っ払って吐く事になるとはね)
 その時のことを鮮明に思い出してしまい、二度と思い出すものか、と 必死に脳裏から掻き消そうとする。
「うん。第一印象はとにかく悪かったけど、結構立派な人だったわよ」
「アイさんも折角勝ったんだから、もっと金をふんだくるなりすれば良かったのに。負けた方は勝った方の言う事を何でも聞く、って約束だったんだからさ」
「けど、やっぱりそれは悪いじゃない?」
「だからって、あんなことを頼むなんて……」
「良いのよ。それしか浮かばなかったんだもの」
 船団は、当分の間リスボンに滞在することを決めている。
 この町に家族が住んでいる船員もいるし、リスボンもまたセビリアと同様に見るべき所の多い町だから、たまにはゆっくり町を眺めたりするのも良いだろう……と言うのが一行の意思だ。
「『奥さんを大切にするように』だっけ。アイさんの頭にそれが浮かんだってのは、わかるけど」
 フェレットとアイは二人で、リスボンの町を眺めながら歩いていた。
「だってねぇ、…あんなこと聞かされちゃねぇ」
 ガスパールは確かに、リスボンで名の知れた冒険家だ。
 剣術の腕、酒の強さも有名だったのだが、何より知られているのは”恐妻家”という面。
「若い頃に一人で敵船に斬り込んで、十数人を斬ったんだっけ。で、その後に……」
 フェレットが言う。
「囚われてた女の人に一目惚れして、結婚にこぎつけた。そこまではロマンチックなのに……」
「今ではすっかり立場が逆転、ギルドで良い依頼を受けてこないと、毎晩奥さんに怒鳴られては平手打ちを食らわされてる」
 フェレットとアイは二人して、笑い声を響かせた。
「僕も最初は腹が立ったけど、それ聞いたら何度か憎めなくなっちゃってね」
「私も」
 そんな噂がリスボンに広まっているのだ。
 ガスパール本人も、堪ったものではないだろう。
「お酒に関してもね。なんでもガスパールさんが飲み比べて唯一負けたのが、ガスパールさんの奥さんなんだって。奥さんにはやっぱり頭が上がらないのねぇ」
「……まあ、もう唯一じゃないけどね」
 だが、これはさすがに噂として広める訳にはいかない。
 フェレットはガスパールのことを哀れんで、あまり口にしないようにすることを誓うのだった。
 目当てだった商店街での買い物は終わり、今後の行き先はまだ決まっていない。
 二人は同時に足を止めた。
「さて、これからどうしますか。フェレさん」
「や、もう姐御の仰せのままにします」
「もう、姐御って言わないでよ。……じゃぁ、酒場で」
「出来たら酒場以外で……」
 誰かの二の舞にはならないようにしよう。
 もし自分が将来結婚することがあるとしたら…酒をあまり飲めない人と、することにしよう。
 今回の冒険で、フェレットはそんな教訓を得ることが出来た。
 しかし航海には酒が付き物なのもまた事実であり、その二つを切り離して考えるのも中々に難しい。
 ――無理、と言い切ってしまっても良いかもしれない。
「酒場以外? 何言ってるの、断っても無駄ってことくらい、フェレさんなら解ってるはずでしょう?」
「確かにね。けど……」
「さっ、それじゃあ行こうね。たまにはフェレさんに、夜が明けるまでお酒に付き合ってもらうのも悪くないし!」
 ……少なくともこの女性が、自らの生きる場所を海に求めている限りは。



  1. 2005/03/21(月) 12:42:08|
  2. 小説本文
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

第四章 酒宴航路(前編)

1

 冒険者ギルドに数十分もの間、一人の青年の唸り声ばかりが響き続けている。
 依頼仲介人から手渡された紙を見つめながら、フェレットはとにかく頭を悩ませていた。
 その様子を後ろで眺めているのは冒険者仲間であるアイだ。
 彼女もまたどうすることが出来ないと解っている為、ただ黙っている。
「あ、あの……」
 おずおずと、フェレットは声を出した。
 久々に放った、声らしい声だ。
「本当に、今ある依頼はこれだけなの……?」
「その通りだ」
 無愛想で容赦の無い返事を、仲介人は返した。
「本当にこれだけなの?」
 フェレットは無意識のうちにそう反芻する。
「そうだ」
 返ってきた言葉もほぼ変化無し。
「だってこれじゃ! あまりにショボ過ぎる! ちょっと、アンタももう一回見てみてよ!」
 むっつりしている男のほうを見ながら、手にした紙に書かれた依頼内容を、順々に指差していった。
「石を十樽集めて持ってくる……これはつい先日やったし……」
「イワシを釣って渡す。これは確か一月前にやった!」
 また当分の間、この場にはフェレットの声だけが響いた。
「工房職人の人に話を聞いてくれってのがあるけど、これは依頼なんて言えるほどの作業でも無かったし!」
「依頼の数、全部でたった三つ!? もっと何か無いの! 伝説のフェニックスを見つけに行くとかさ、暗殺集団をやっつけるとか!」
 順に言葉を連ねて行くフェレットに対して、依頼仲介人は眉一つ動かさずにいた。
 そんな依頼などない、とわざわざ口に出さない辺りがフェレットの性格を心得ていると言えよう。
 フェレットの言葉が途切れたと見るや、
「お前が嫌なら別の冒険者に頼むさ。このご時世、駆け出しの冒険者なんて腐るほどいるもんでな」
 平淡な口調で返した。
「なっ! 折角来たのにそりゃないよ!」
「悪いな。だが俺は仲介人だぞ? 俺に文句を言われてもどうすることも出来ん」
「ぐっ、それは確かに……」
 フェレット達の船団はここ数ヶ月はずっとこのセビリアに滞在していて、既に仲介人とも顔見知りになっている。
 この間は酒を酌み交わしもした。
 だからこそ、この男が悪い人間でないのはフェレットも知っていた。
 時には安価な依頼しか来ないときも有る……そうわかっていても、実際直面させられると苛ついてしまうものだ。
「しょうがないわ。行こう、フェレさん」
「うん……」
 アイに連れられてとぼとぼと建物を出て行くその姿は、仲間と言うよりまるで母と子のようであった。
「あぁ……そうだな、ちょっと待て」
 二人が入り口の辺りに差し掛かった所で、男の声が呼び止めた。
「あんたらももう結構この辺りにいるし、そろそろリスボン辺りにでも行ってみるのはどうだ? あそこの町も色々と人出不足だって噂だからな」
「リスボンか……」
 フェレットは再び冒険者の顔になって、アイの方を見た。
「良いかもしれないわね。リィちゃんにももっと、色々なものを見せてあげたいし」
「向こうはまた、酒の種類も違うだろうしね?」
「ええ、楽しみだわ」
 フェレットは茶化したつもりで言ったのだが、アイの返事はそれに動ずる事のない、心底嬉しそうなものであった。
「それじゃあ行ってみるよ、有り難う。また良い依頼が舞い込んだら僕達に回してくれよ」
「ああ、気をつけてな」
 ほんの少しの言葉を交わし、フェレット達はギルドを後にした。

2

「海事ギルドはサッパリだったね。箸にも棒にもかからなくて、泣く子も黙りそうな程変な依頼ばっかで、一石二鳥だった。ここぞとばかりに棚から牡丹餅も落ちた」
「ふうん。よくわかんないけど……」
 かおるの言葉にフェレットは首を傾げたが、要するに冒険者ギルドと同じような感じだったのだろう。
 海事ギルドからの依頼を受けずに済みそうで、フェレットは内心ほっとしてもいた。
 自分やアイはともかくとしても、リィはまだ駆け出しの冒険者だ。
 出来れば危険な目に合わせたくはない。
 彼女は記憶を失くした一人の少女。
 この間の件を踏まえても、それでも過剰な期待をするわけにはいかないのだ。
「で、さっき冒険者ギルドで聞いたんだけど――」
 ややあって、フェレットは提案を始めた。
 今一行がいる場所は酒場だ。
 料理を頬張り、酒を飲みながら今後の航路を相談する船乗り達。
「リスボンに行くんですか?」
 リィの声は僅かに弾んでいた。
 セビリアの町も見る所が色々あって楽しかったが、それでもやはり他の町を見てみたい気持ちはあったのだ。
「そうやね。おじさんもいい加減、まともな航海をしたいなと思ってた所だ」
 かおるもそう同意の声を連ねる。
 確かにここ最近は近場でこなせる依頼ばかりで、あまり航海をしている感触はなかった。
「じゃあ、決まりですかね」
 フェレットの言葉に頷いたのはしかし、かおるとリィだけであった。
「私はリスボンに行くことは賛成だけど……でも、ちょっと改めて考えてみるとね」
 そう言ったアイは、複雑な表情をしていた。
 さっきはあんなに賛成してたのに、とフェレットは不思議に思う。
「リィちゃんは良いのかしら?」
 その視線が向いている先にいる少女。
 アイの言葉の意味に気付き、リィもまた表情を暗くした。
「この辺りから離れてしまえば、貴方の記憶に関わる事を捜すのは難しくなるもの。貴方が自分の記憶を取り戻したいと思っているんだったら、先にまず セビリアの周辺を回った方が良いかもしれない」
 アフリカ大陸の沿岸に有る砂漠地帯で、リィは記憶を失って倒れていた。
 フェレット達はそれ以外に何も、彼女のことを知らない。
 当然だ。彼女自身でさえ、知らないのだから。
 彼女の家族はまだ生きているかもしれないし、だとすればこの辺りに住んでいる可能性も低くはない。
「そうだな。良い依頼を探すなんてことより、そっちのが大事だよなぁ。……ふうむ、どうするかな」
 フェレットは唇をしめらせた。
 結局、決断はリィ本人に委ねるしかない。
 そうわかっていても、彼女が即座に結論を出せるとも思えなかった。
「行きましょう、リスボンへ」
 だけど、フェレットの予想よりも彼女は少しだけ、強かった。
 出会ってからたった数日の間に、強くなったのだろうか。
「記憶のことも気になるけど……私、今のこの時間がすごく楽しいんです。皆さんと一緒にいたらもっともっと楽しくなるんじゃないかって、勝手に思ってます。 それに、私の我侭で皆さんの航路を変えてしまうのも悪いし」
「いや、我侭なんてことは無いと思うけど」
「今は記憶より、もっと色々な……まだ見た事のない、新しいものを見てみたいんです」
 舌足らずな口調であったが、彼女の言葉には確かにはっきりとした意思が感じ取れた。
 その場限りで口にした意見ではないと、誰しもが理解出来る程の。
「そうか……確かに僕等冒険者に取って、未知のものを探すってのは何より大切なことだと思うが」
 フェレットの言葉に、リィはこくりと頷く。
「でも家族がいるかもしれないんだったら、きっと心配してるだろうし。そっちだって同じくらい大事だとも思う」
 同じようにまた頷く。
 迷っているのはむしろ、フェレットのほうだ。
「――だけど君がそう言うんなら、僕にどうこう言う権利は無いな。っよーし、行くか! リスボンに!」
「イェッサー! 船長、そう来なくちゃ!」
 フェレットの声に、別のテーブルを囲っていた”フォスベリー”の船員達が一斉に呼応する。
「そうね。それも、良いかもね」
 アイはふふふと余裕のある笑みを浮かべて、またワインを口にした。
 それなりに長い付き合いの船員ばかりが揃っているのだ。
 時々ずれが生じる皆の意思も、それが大きな亀裂になることはない。
 気付けばまた同じ方向を向いていた、なんてことも多々有る。
 何も恐れることはないと、彼らは足並みを揃えて港へと向かうのだった。

3

 ポルトガルの首都であるリスボンもまた、セビリアと同じように人の多い町である。
 だがそれを騒がしく、鬱陶しいと感じる事はない。
 数百の船が同時に行き来する港の光景は新たなる出会いを予期させて、他の町にはない華やかさであった。
 町の景色が近付いてくるにつれ、実際に町の中でその風景を目にするにつれて、フェレット達の気分もまた昂ぶっていった。
 その気分が最高潮に達した辺りで冒険者ギルドへと辿り着き。
 依頼の一覧が記された紙を手渡され――そしてフェレットはまた、その場に固まった。
 また、後ろの方で眺めているアイ。
 何時かの光景と酷似している……アイはそう思いながら、フェレットを見守っていた。
 かおるとリィは海事ギルドのほうに行っていて、これもまたセビリアの時と同じ。
 少し違ったのは、この町の冒険者ギルドの依頼仲介人はセビリアのほうと比べて愛想がよく、御喋りだったということ。
「いやぁ、悪いねえ。おそらくなんだけど、あんたらと同じようにセビリアから流れてきた冒険者達が多いようでね。 昨日まではたくさん依頼が残ってたんだが、そのセビリアの冒険者達が一斉にやってきて依頼を受けちまったもんでね。丁度さっきの一つで終わり、もうゼロになっちまったんだよ。悪いねえ……ちなみにその最後の一つってのは、イスラムの旅行記について調べるってぇやつで、五人連れくらいの冒険者の組に依頼しちまったんだよ。そこのグループのリーダーらしい若い女の冒険者がまた美人でねぇ、もう、ほんとはもっと良い依頼をお願いしたいとこだったんだがね、いや、本当に悪いなぁと思ってね……」
「……はぁ」
 愛想が良いのはともかくとして、あまり御喋りが過ぎるのもどうかな、とフェレットは心の内で考えた。
 しかしテンポの良いその口に圧倒され、全く口を挟む事ができない。
(やれ、どうしたものかしらね。これは……)
 いっそフェレットに相手を任せて、自分はこっそり散歩にでも出かけようか。
 アイはアイでそんなことを思って、いや、思うだけでなく自然と足も出口へと向かっていた。
 折角リスボンまで来たのだ。
 何も焦って仕事を探す必要は無いし、数日は何の目的も無しにぶらぶらするのもいい。
「フェレさん、私ちょっと外見てくるね」
 ぽつりとそう言い残して、アイは出口のドアを開いた。
 すると、そこにいきなり。
「きゃっ」
 大げさな足音を響かせながら、縦幅の横幅の相当に大きな男が一人、ギルド内へと上がり込んできたのだ。
 真四角の顔をしたその男は豪放な髭を蓄えていて、冒険者というよりまるで海賊のような風貌。
 アイはその男にぶつかり、危うく尻餅をつきそうになった。
 男の方もこちらに気付いていない訳は無いだろうに、見向きもせずにそのまま奥へと進んで行く。
「何、一体……」
 起こると言うよりも呆れて、アイは自分がここから出ようとしていた事をも一瞬忘れた。
 男はそのまま、依頼仲介人のほうへと足を向かわせる。
「おい、依頼人よ。仕事は有るか?」
 会話を強引に打ち切らせるようにして、男は強引にフェレットと仲介人の間に割り込んだ。
 フェレットは目を白黒させていたが、とりあえず延々と続いていた会話から解放されてほっとする。
「ああ、悪いね。昨日までは腐るほどの依頼があったんだが、生憎それが昨日一日だけで全て埋まっちまって……」
「何ぃ、無いのかァ?」
 近くにいたフェレットが思わず飛びのくほど、男はいきなり声を張り上げた。
「おい、俺がどれだけここで依頼をこなしてやってると思ってるんだ? どれだけの冒険者が依頼を受けに来ても、俺の為に一つくらいマトモな依頼を残しとくのが、筋ってもんじゃあないのか!」
「はぁ、でもそう言われてもねぇ。悪いけどね、うちはどっかの誰かだけを特別扱いはしないってぇ方針なんでね。例え新米の冒険者だろうと、そいつがこなせそうだったら、そいつにもちゃんとした依頼を回してやる。そうしねぇと、若手の冒険者が育ちやしないからねえ」
「下らんごたくに興味はない。一つでも依頼は残ってないのか、と聞いてるんだ」
「うーん……」
 仲介人は、フェレットの手に納まっていた依頼の一覧が書かれた紙を引っこ抜いた。
 それをじろじろと眺める。
「残ってないねぇ」
「馬鹿にしてるのかァ、仲介人!」
 暫く不穏なやりとりが続いていたが、それを境に男の声がさらにいっそう張ったものになった。
 喧嘩が始まるのではと、フェレットが慌てて止めに入ろうとする。
 そのまま会話が進めば、本当に血をみることになっていたかもしれない。
 男はそれ程までに凄まじい剣幕をしていた。
 しかしいきなり怒鳴られた仲介人は、表情を目立って変えることはせずに。
「ああ……ああ、そう言えば。ちょっと待ってくれんかね」
 そんな声を残して、奥の方へと引っ込んでしまった。
 冒険者ギルドのマスターと何やら話をしているかと思うと、一枚の紙切れを持って、またこちらのほうへと帰ってきた。
「あんたら、丁度良かったね」
 仲介人の声が指しているのは、眼の前の大男だけではない。
 フェレットと、結局外に出られずに戻ってきていたアイの二人も含まれている。
「たった今、依頼が一つだけ入ったみたいでねぇ。これであんたらもあぶれることは無さそうだ。いや、待たせて悪かったね」
「一つって……あぶれるじゃないか、片方」
 突然言われてぽかんとしつつも、フェレットは返した。
 まだ、素直に喜ぶ事はできない。
「それに依頼内容は?」
 アイが訊ねる。
「えぇーと……ラスパルマスまでの三十日以内の航路を開拓してほしい……ってヤツさ。私掠船や海賊もうようよいて危険だが」
 妙な部分で、仲介人は言葉を切った。
「だが、名うての冒険者として知られるガスパールさんなら、恐るるに足りぬ依頼だろう?」
 仲介人は、にやりと愛想よく笑んでみせた。
 ガスパールと言うのがこの大男の名であるらしい。
 成る程、さっきの口ぶりからしても、新米の冒険者という訳ではないようだ。
「うむ。役不足極まりないが、暇潰しにはなるか」
 男はそう言うとガハハと笑った。
 図体のでかさに比例してその声も大きく、豪快に四方に唾を撒き散らす。
「ちょ、っと待ってよ」
 話が違うとばかりにフェレットは突っかかった。
「あんたら、って言ったじゃないか。それなのに僕等のことを無視して話を進めるのかよ」
「あぁ、そうでしたね。すっかり忘れてました」
 忘れるなよ、とフェレットは顔を歪める。
「こちらとしては別に……さっきも言った通り、どちらか片方を優先する気はないんだがねぇ」
「じゃあ、どうすんのさ?」
「そちらのほうで決めてくれるかね」
「……え?」
 フェレットはもの凄く嫌な予感がした。
 予感と言うか、既に上空から見下ろされているような気配を感じている。
 例の大男に、睨みつけられているのだ。
(こりゃ、下手な応対をしたら何されるかわからないぞ……)
 さっきの仲介人とのやりとりからして、もし迂闊に目を合わせでもすればそのまま喧嘩に発展しかねない。
 出来る限り、丁寧に応じなければ駄目だ。
 フェレットはそう判断し、ぎこちなく視線を外していた。
「んー?」
 ひたりと、青い帽子を被った自分の頭に何かが乗っかる。
 ……おそらく、このガスパールと言う男の手だ。
 相当にでかい手。
「冒険者ギルドってのはなァ、お子様が来る場所じゃねえんだよなァ」
 フェレットもどちらかと言えば、気が長い方ではない。
 先程までの判断はあっさりと覆って、
「失礼なことを言うなよ、オッサン。これでも僕は二十歳過ぎだぜ?」
 ガスパールのことをギンと睨みかえした。
 後は野となれ山となれと言うか、フェレットの頭からは”後”のことなど消えてしまっている。
「オッサンこそ、依頼をこなす前にヒゲでも剃ってきたほうが良いんじゃないの? その図体も手伝って、なんか別の動物に見えるよ。例えばクマとかね」
「なら、そのクマの腕力を見せてやろうか?」
「あれ、人間じゃなくて本当に熊だったんだ。それならこっちも猟銃を用意しないと大変な事になりそ……」
 フェレットの言葉が終わる瞬間に、途切れた。
 後ろからアイに頭をはたかれたのだ。
 ヒートアップしているフェレット、思わず睨んだままの瞳でアイのほうを振り返る。
「下らない争いしないの。私達は冒険の依頼を受けに来たんであって、喧嘩をしに来たわけじゃ無いでしょう」
「……はい、ごめんなさい」
 年上ということもあってか、フェレットはアイには頭が上がらないようで。
 頭の中の温度も一瞬で平熱まで冷却されたようだった。
 しかし、ガスパールのほうはそう簡単には収まりがつかないようである。
「何だァ、そっちの船はお子様と女のセットか?」
 また、そんなことを毒づいた。
「女ってのは航海に不吉って、よく言うじゃねえか。飯は男以上に食うわ、そのくせ力は無いわ……得なんざ、一つも有りゃしない。俺は両親から教わったもんだぜ。ネズミと交易品は船旅の友だが、女だけは連れてくなってなァ。ハハハハハ!」
 ガスパールは再び、豪快に笑った。
(ふん、でかい図体の割によく喋るもんだぜ)
 フェレットもフェレットで再び怒りのボルテージが上がってきたようであったが、怒ってもどうせまたアイにたしなめられるだけだ……と自制していた。
 ――が。
 ちらりとアイの方を見て、そしてフェレットは総毛立った。
 その顔に浮かんでいた感情はただ一つだけ。
 それは”怒り”。
 普段あまり怒らない分だけ、まるで鬼の形相をしているかのように映った。
「女は航海に不吉、ですって? 随分と偏った考えをなされる方のようで」
「何?」
 ガスパールの声を、アイは相手にはしない。
「ねぇ、仲介人さん。こんなのはどうかしら?」
「何だね?」
「そちらの大男さんと私達が同時にこの依頼を受けて、より短い日数でラスパルマスまで辿り着けた方が報酬を貰える……と言うのは」
「こっちとしちゃ、それでより良い航路が見つかればしめたもんだからね。別に構わないよ」
「じゃ、フェレさん。そう言う事で宜しく頼むわね」
 アイは眉一つ動かさず、そう言った。
 フェレットは首だけを上下に振って返事とする。
「中々面白い提案だなァ、それは! 女と子供が船長をしてる船団なんて、どうせろくなもんじゃないだろうからつまらん勝負になりそうだが。……そうだな、負けた方は一つ、勝った方の言う事を何でも聞くってのはどうだ? 金だろうが何だろうが、俺が負けたら好きなもんをくれてやるよ。だが、お前達が負けたら」
「良いわ、それでいきましょうか」
「良い度胸をしてるじゃないか! どんな屈辱を味わわせてやろうか、航海の間に考えとかなければならんなァ!」
「それじゃ、日が変わった瞬間から勝負を始めるとしましょうか」
 三十センチ程も身長差がある男の顔を、アイは対等に睨み返した。
「行くわよ、フェレさん。みんなに伝えないとね」
「ははい」
 航海の間にと言わず、アイさんはきっともう思案を巡らせているのだろうな……。
 そんなことを考えながら、フェレットはおずおずとアイに続いた。
 それなりにちゃんとした依頼を受ける事が出来たのだから、リスボンに来たかいが有った……のかどうか。

4

「それは確かに許せないですねぇ!」
「でしょう! もう、ほんとに腹が立ったんだから!」
「女は航海に不吉だなんて……そんなこと言う人がいるなんて」
「ねぇ。大飯食らいなのはどう考えても男の方だし、そりゃ、確かに私はか弱いけど」
 交互に響く、リィとアイの声。
 その声は”フォスベリー”に聞こえ、”永久機関”にも届いている。
 本来”フォスベリー”に乗船しているリィもわざわざ”シャルトリューズ”にやって来て、女の権利について話しているのであった。
 町で購入した食料、交易品を船へと積み込んでいる間、ずっとこのような感じだ。
 何故だか肩身の狭さを感じて、他の男船員の声は小さくなっている。
「どさくさに紛れて大飯食らいだって文句言われてますぜ、俺達。どうしやす? 船長」
「ノーコメントだ」
 船員の声に無気力な言葉を返す”永久機間”の船長であった。
 かおるですら、今の女性軍に向けて失言をしてはならない、と踏んだのだろう。
「やれやれ……しかし」
 微かに響いてくる女性二人の声を聞きながら、フェレットは心中複雑になっていた。
(アイさんも気軽にあんな約束しちゃったけど……もし、僕等が負けたらどうすんだか。どうせとんでもないことをさせられるに決まってる……。下手すりゃオスマントルコかどっかに亡命しなきゃならなくなるかもな)
「ねぇ、船長」
「どうした? コロ」
 フェレットのことを呼び止めたのは、船団で最年少の船員だ。
「俺達と争うって言う冒険者の名は本当にガスパールなんですよね」
「ああ、そうだけど。名前に聞き覚えでもあるとかなの? あ、そうか。コロはリスボンの出身だったもんな」
 訊ねるまでもなく、フェレットは勝手に理由を決めつけた。
「はい」
「……って、もしや結構名を知られた冒険者なの?」
 リスボンに住むものなら誰でも知っている高名な冒険者……とかであったら、こちらの勝機が大分薄れる。
「いや、俺は知らなかったんですけど。実はさっき交易所でたまたま知り合いと会ったンで、聞いてみたんですよ」
「で、何て言ってたの」
「それがですね」
 コロはクククと含み笑いをした。
「船長、ちょっとこっち来てください」
 そうフェレットに耳を貸すよう要求する。
 フェレットが耳を近づけてから数秒経つと。
「ははは、そりゃ良いや! それは面白い事を聞いたな」
「でしょう! なんか、憎めなくなってくるでしょう」
 フェレットもまた笑い出した。
 ただしこっちのは含み笑いではない。
「そうだな……これはアイさんにも教えといたほうが良いよな。よーし、なんだか面白そうなことになってきたぞ」
 弾んだ足で、フェレットは”シャルトリューズ”へと向かって行っ た。
 アイとリィの元にやって来、同じように言葉を伝える。
 二人もまた、声をあげてはしゃぎ出す。

「船長」
「何だねワトスン君」
 場所は変わって、ここは”永久機関”の船上。
 かおるは準備を終えて、行く手に立ち込める暗雲のほうをただ眺めていた。
 その暗雲はまるで、この航海が不吉なものになると示しているかのよう。
「船長、なんだか話題に置いてかれてるようですぜ。いいんですか?」
「ノーコメントだ」
 かおるはまるで波のようにゆらゆらと揺れた声を放った。
 寂しさのあまり泣いているのかと、一緒にいた船員は飛び跳ねて驚いた――が、違うらしい。
「船長、それ……何飲んでるんで?」
 気付けばかおるは、おかしな形をした容器を手に抱えていた。
 容器からは管が延びていて、管の先にはパイプがついている。
 彼はそれを口に咥えているのだ。
「水タバコ。こないだチュニス行った時に向こうのオッサンに貰った」
「こないだって、一年も前ですぜ? チュニスに行ったのは……。何で今頃?」
「ふと吸いたくなった」
 返事はいつものように簡潔、しかしその声はぐらぐらと頼りない。
 さらにだんだんと、そうなってきている。
「あ、かおるさーん?」
 かおるにも話を伝えようと、ようやくフェレット達がやってきた。
 フェレットと、アイとリィ。
「おはよう、若人達」
 その三人の顔を見届けるなり、かおるはそう言葉を口にした。
 言葉の内容自体に深い意味はない。
 で、口にした後。
 事件は起こった。
「かおるさん、どうしたんですか!」
 突如、ばったりと地面に倒れ伏した”永久機関”の船長。
 フェレット達が慌てて駆け寄ると、彼は白目をむいていた。
「な、何だ……一体誰がこんなことを!」
 驚愕するフェレット。
 三人は駆けよってかおるの身体を揺すったりした。
 だがかおるは気を失っていて、目を覚ます様子はない。
「かおるさん……? かおるさん!」
 フェレット達の顔色が見る見るうちに蒼ざめていく。
「もしや、あのガスパールが罠を仕組んだのかっ? かおるさんから狙ってくるなんて、相当の眼力をもったやつかもしれない……!」
「……や、フェレットさん。違いやすぜ」
 本気で慌てているフェレット達に比べて、”永久機関”の船員は全く動じている様子はなかった――当然だが。
 ”永久機関”の船長、どうやら水タバコが体に回って、気分が悪くなって気絶したらしい。
 何にせよ、これが原因で彼らの出発は数時間遅れをとることになる。



  1. 2005/03/21(月) 07:09:24|
  2. 小説本文
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

第三章 手にした剣が示すもの

1

 ”フォスベリー”の船上にて。
 手にした木剣をまじまじと見つめながら、リィはただその場に立ち尽くしていた。
 足元は絶えず小さく揺れていて落ちつかないが、その感覚とももう大分親しくなれている。
「……あの、これ」
 初めて目にした玩具の遊び方を悩むかのように、木剣をあらゆる角度から眺めている。
「これ、どうするんですか?」
「どうするも何も、一つしかないだろ」
 リィの言葉に返事をしたのは、船長であるフェレット。
 彼の手にもまた同じように木剣が握られている。
「これから僕等と行動して、任務をこなしてく上で……戦闘技術はどうしても必要になる。一朝一夕で身に付くものでは無いけど、せめて基礎くらいは教えておこうと思ってね」
 フェレットは、びっと切っ先を突き付けて見せた。
「僕を敵船の船長だと思って、かかってくるんだ」
「えっ? 無理ですよそんなこと!」
「練習だから平気さ。記憶が無いっても、手に持ったそれが何だかわからなくは無いだろ?」
 フェレットの口調はあっさりとしていた。
 たかが練習だと言うのに、むしろリィのほうがうろたえすぎなのだろう。
 リィが向かってくる様子が無いと見て、フェレットは一歩ずつ歩み寄って行く。
 その顔はこころなしかにやついているよう。
「船長、遊んでないでちゃんとやってくだせぇ」
「僕はいつでも真剣さ」
 船員の声に、妙な程に爽やかな言葉を返す。
 その発言自体、彼が遊び半分であるという事実を如実に表していた。
「海賊が船に乗り込んでくる事も考えられるんだ。剣術が少しくらい出来ないと長生きできないぞ!」
 フェレットは剣を振るった。
 リィの剣をぎりぎり掠めて、空だけを切り裂く。
 彼女がまだ準備が整っていないと見て、威嚇として放った一撃だ。
「何やってる、これが真剣だったら君は死んでるんだぞ!」
「ちょ、ちょっと……待って下さい!」
 ニ撃、三撃と繰り出される攻撃に対して、リィは当てずっぽうに剣を差し出す。
 鈍い音を立てながらも、なんとか攻撃を防げてはいるようだ。
「やれやれ。その言や良し、と言いたい所だけど……あれじゃ単にじゃれあってるようにしか見えないわね。フェレさんはそれが主目的な気もするけど」
 ”シャルトリューズ”の船長であるアイも、わざわざフォスベリーまで様子を見物に来ていた。
 船舶の端っこに座りながら、片目でフェレット達を見やり、残る片目は書物へと向いている。
「……リィ」
 緩慢な攻撃を繰り返していたフェレットだが、いい加減呆れ顔になって立ち止まった。
「怖いのは解るけど、航海が危険なのは本当なんだ。ちゃんとやってくれ」
 真剣な声を受けて、リィも静かに頷いた。
 自分なりの構えをして、攻撃が来るのを待つ。
「……へえ」
 案外様になるな、と思いながらフェレットは再度、剣戟を繰り出した。
 まだ大分手を抜いてはいるものの、さっきより鋭い振りだ。
 リィは後ずさりつつもそれをはねのけ、そのまま無我夢中に剣を返した。
 剣が幾度と無く交差し、その度鈍い音が空へと吸い込まれて行く。
 真剣勝負が続く中、リィの視線が偶然にも、フェレットの口元へと向けられた。
 そして気付いてしまった。
 その口が一瞬だが、にやりと嫌らしく笑ったことに。
(もっ、もしかして……)
 直ぐ元の顔に戻ったかと思いきや、またぐにゃりと歪む。
 にへらにへらと笑っている。
 たとえ模擬であっても、勝負の最中だと言うのに。
(この人、楽しんでる。私が真剣にやってるのに。私にはちゃんとやれって言ったくせに。……こうなったらせめて、一発くらいは!)
 剣を握るリィの手に、さらに力が篭った。
 そして、一撃が交わり。
「あでっ!」
 カランと音が響いて、木剣が地面に転がる。
 剣を落としたのは、意外にもフェレットの方であった。
「ああっ! 大丈夫ですか!?」
 リィは直ぐに駆け寄ろうとしたが、フェレットによって制止された。
「ああ、平気平気」
 右手をぶんぶんと宙に振っているが、別段痛がっている訳でも無さそうだ。
「思ったより、腕力あるじゃないか。ちょっと手を抜き過ぎてたよ」
 攻撃は一発も体に届いてはおらず、木の刃がぶつかりあった時の衝撃で剣を取り落としたのだ。
 勿論、本気でやっていればこんな事はない。
 楽勝だったはずだ……女の子の慌てる様子を見て、喜んでさえいなければ。
 そう、フェレットのプライドが静かな主張をする。
「これなら、鍛えたら結構なモノになるかもしれないな。よし、それじゃあもう一度……」
「フェレさん」
 もう一度剣を構えようとした所で、アイがフェレットのことを呼び止めた。
 読書に耽っていた筈の彼女だが、何時の間にか右手にはワイングラスが納まっていた。
 どうやら、フォスベリーの船員が察して差し出したようである。
「そろそろ食事に行こうよ。それにギルドが混み始める前に、依頼も受けとかないとね」
「ん……もうそんな時間か。そうだな、それじゃあ……」
 フェレットは寸分悩んだ様子を見せた後、結局木剣を下ろした。
「とりあえずこの辺にしとこうか。まあ訓練なんか何時でも出来るしな」
「はい」
 今度はリィのほうがあっさりとしていて、
(思ったより強いじゃないか。もう少し最初から力を入れとくべきだった。これじゃあまるで、僕が弱いみたいに思われるじゃないか……)
 心の中でぶつくさ呟いているフェレットをおいて、二人の女性はさっさと船を降りるのであった。

2

 リィがフェレット達の船団の一員となったのはつい先日。
 冒険者達の集うギルドに赴いたのは今日が初の事で、当然依頼を受けたのもまた初。
 冒険者ってのは危険な職業なんだ、下手したら命を落としかねないぞ、と散々フェレットに脅されたものの、
「これじゃ、教わった剣術の使い道も無いですね。フェレットさん」
 依頼された任務は、セビリアの町にたくさんの”石”を持ち帰れと言うもの。
 アフリカ北岸の草原地帯へとやって来たフェレット達は大した危険に遭遇する事も無しに、只管地面を掘り返していた。
「油断は禁物だよ。ここは町とは違う、何時何処で誰が襲ってくるかもわからないんだから」
 フェレットの台詞に説得力が全く感じられないのは、彼らの直ぐ背後で大鼾を立てながら眠っている大男のせいであろう。
「か、かおるさん! もう、ちゃんと石拾いして下さいよ! そんなに堂々とサボってちゃ、冒険者としての権威も地に落ちちゃいますよ!」
「海賊だし」
 一蹴。
 もう少し言葉を選ぶべきだったとフェレットは悔しがった。
 しかも寝てた割にはやけに反応が鋭いと来ている。
「でも、不思議ですね」
「……何が?」
 額に青筋を浮かべているフェレットに比べ、リィはマイペースだった。
「石なんて普段はたくさん転がってるように見えるのに、いざ拾うとなると中々見つからないなあと思って」
「これからきっと、似たような感想を砂にも草にもサカナにも抱くようになるさ。」
 魚はどうだろう、と思いつつもリィは口にするのを止めておいた。
 三隻の船ごとにそれぞれ仕事が分かれており、”フォスベリー”の船員達は主に石の採集、それを船へと積み込む作業をしているのが”永久機間”の船員だ。
 残る一隻、”シャルトリューズ”の船員はと言うと――船上にて酒宴、もとい船の見張りを行っている。
 船の位置からここまでは結構な距離があったが、それでも度々楽しそうな笑い声が届いてくるのであった。
「やれやれ、アイさんたら……」
 呆れ口調になりつつも、咎める気など有るわけもなく。
(それならさっさと石を持ち帰って、依頼達成祝いも含めた酒宴にしてやるとするか)
 むしろやる気になって、フェレットは黙々と石を集め続けた。
 大抵そんな時には他の船員も乗り気な時が多いようで、結構なペースで石が集められ、樽へと詰められていくのだった。
 そして数時間が経ち、時刻は夜を迎える。
「……なんかこの辺り、えらく寂しい風景になっちゃってないか」
 改めて周囲を見渡して、フェレットは呟いた。
 雑草ばかりが生い茂っているが、さっきまであったはずの石が消えただけで大分違和感がある。
「そりゃ、石を全部俺達が取っ払っちまいましたからね。それでもまだ足りてないですが」
 乾いた笑いを浮かべながら、水夫がそう返した。
 石を十樽ほど集めて来いとの依頼だ。
 集まった石はまだ、換算して精々五樽。
「全く……僕等はいつから大自然の掃除屋になったんだ?」
 そんな相槌を打ちづらいことを口にしつつも、フェレットはまだキョロキョロと石を探していた。
 しかしそれでも、対象の物はもう辺りには無いようで。
 一端船に戻ろうか、とフェレットが口にした所で、タイミング悪く事件は起きるのだった。

3

 一行の元へ駆け込んできたのは一人の男。
 肩と片方の足に軽い裂傷を負っていて、その息は荒い。
「たっ……助けてくれ! 頼む!」
 縋りつくようにして、男は言った。
「貴方は?」
 少々怪訝な声をフェレットは返した。
 見知らぬ男を信用するには、それなりの理由が必要である。
「あんたと同じ冒険者だ、怪しい者じゃない……。俺も元々は、依頼を受けてここに来たんだ」
 成る程、とフェレットは男の服装を見やった。確かに身なりはセビリア国のそれだ。
「一応訊くけどあんたが受けた依頼は?」
「石を十樽集めて持ってこいとの、セビリアのギルドの指令だ」
「……ふーん」
「まだ、疑ってるのか!?」
 僅かに怒りの混じった声を受け、フェレットは慌てて両手の平を前に差し出した。
「いや。あそこの人らも石っころが好きだなあと思っただけさ」
「何……?」
 混乱している男に、その言葉の意味が介せる訳もなく。
「ここの東に、盗賊が集まってたんだ……。仲間は皆、盗賊に捕まっちまった」
 男は状況の説明を始めた。
 やれ面倒な事に巻き込まれたなと、船員達は訝しげな表情をしている。
「早く行かないと、あの盗賊共に何をされてることか。殺されてるかもしれない、みんな……」
「盗賊も生きる手段の一つだ、無意味に殺しはせんよ。荷物と金は略奪されてるだろうが」
 途中でそう口を挟んだのはかおるであった。
 その口調は普段のそれよりも、少しだけ棘を含んで聞こえる。
「私も海賊だからな。それくらいは判る」
「えっ!」
 ”海賊”と言う単語に男は体を震わせる。
 冗談だから気にしないで、とフェレットは宥めるようにして言った。
「……盗賊達が生き延びる為に、口封じとしてこの人のお仲間を殺すってことも考えられますよ」
 フェレットの意見は至極尤もなものだったが、かおるからはもう返事はなかった。
「盗賊か。うーん……」
 男が船員達に応急手当を受けている間、フェレットはずっと何かを考え込む仕草をしていた。
 やけにのんびりとしたその仕草を見て、男は当然のように苛立ちを感じて。
「……あんたらが、協力してくれないなら良い。俺一人で何とかしてみせるよ、余計な話を持ち込んで悪かったな」
 まだ手当ても終わっていないのに、立ちあがろうとした。
「盗賊は見た感じ、何人くらいいたんだ? あと貴方の御仲間の数は?」
 男の動向を殆ど気にも留めずに、フェレットは矢継ぎ早に質問を投げかけた。
 意表をつかれて、男は息を詰まらせそうになっている。
「……四、五十はいたと思う。俺の仲間は、全部で十八人だ」
「その程度か」
 かおるのぶっきらぼうな声。
「で、どうするね。フェレッチ君」
「そうですね……」
 フェレットは右手を顎の辺りにやって、まだ考えている。
 もう片方の手で髪をいじったりしながら、三十秒程が経った後。
「パベルはこの人を連れて、船の停泊地まで向かってくれるか」
 フェレットは一人の船員の名を呼んだ。
 了解しやした、と威勢の良い声が響く。
「……ちょっと、待ってくれ。あんたらの船の場所までの道の途中に盗賊が待ち構えてでもいたら、たった二人じゃ殺されるだけだ……」
「ああ、問題無い」
 かおるの声は相変わらずだが、今度はほんの少しの温かさが混じっていた。
「停泊地からここまでは一本道だし、道も開けてる。途中に盗賊の気配があったら、シャットトルラッルリューゼの面々がそれを見逃しはせん」
 抱いた温もりはきっと、信頼からくるもの。名前を、大分間違ってはいるものの。
「酔っててもやることはちゃんとやりますからね。あの人達」
 そう言ったフェレットの表情も自信に満ちたものであった。
「だから貴方は心配せず、僕らの船で休んでてくれればいいよ。まあその前にもう少し、話を訊かせてもらうけど」
「……用して良いんだな? あんたらを」
 不安げに訊ねる男の瞳を見やり、フェレットはニヤリと笑った。
「貴方の仲間はちゃんと帰って来るよ。……そうだな、確率で言うと九十九パーセントだな。九割九分の確率で無事に帰ってくる」
「なんで、九十九パーセントなんだ……?」
「天変地異の可能性も考慮したら、そうなったのさ」
 フフフッ、と今度は含み笑いをしている。
 彼がどうして笑っているのか、男は心底疑問でならなかったことだろう。

 あらかた情報も聞き終えた。
 一人の船員と男を残して、フェレット達はようやく東へと向かって進み始めた。
 戦いを控えてフェレットもさすがに真剣な表情になっている、が。
「あ、そうそう」
 去って行く間際、思い出したようにかおるが声を出した。
「無事に助けられたら、報酬貰うからね」
「報酬?」
 フェレットが疑問顔で訊ねる。
「石ころを貰おうかと」
「ああそうか、そりゃ名案だ。さすが自称海賊」
 そして男の声を待つまでもなく、彼らは去って行った。

4

 夜中の草原は一面が灰色の景色で、何時何処から何が現れてもおかしくないような雰囲気をしていた。
 フェレットらがいる辺りは林のようになっていて、視界は大分狭まっている。
 襲撃に気付かれないようにと、敢えて木々の群の中を通っているのだ。
 話によれば、この林を抜けたその先に盗賊団がいるとのこと。
「リィ」
 フェレットはこの場に居る唯一の女性の名を呼んだ。
「はい?」
 思ったより、彼女が恐れている様子は無い。
 返ってきた声でそう判断する。
 体も震えてはいない。
「いや……君も引き返した方が良いかな、と思ってさ」
「っいえ!」
 少々慌て気味の返事だ。
 緊張しているのは確かか、とフェレットは判断を改めた。
「これからずっと皆さんと一緒にいるんだったら……今ここで逃げても、どうせ何時かは剣を持つことになるんです。それなら早い方が良いですから」
 慌て気味で、しかもその声は僅かに震えている。
「成る程、まあそれもそうか」
 尤もな話だ、フェレットはそう感じた。
 尤もだが、真理ではない。
 避けられる戦いなら避けるに越したことはない。
 それもまた一つの正しい考えだ。
「”永久機間”の皆に先行してもらうから、君は無理するな。君のことは僕等が守るけど、変に慌てられるとそれも難しくなる」
 リィを囲うのはフェレットと、二人の船員。
「よろしく頼みまさぁ、リィさん」
「こちらこそ……御迷惑お掛けします」
 彼らに向かい、リィは何度か小さなお辞儀をした。
 やがて辺りを覆う木々の数は次第に減って行き、視界がだんだんと開けてきた所で、
「止まって」
 かおるがそう指示した。
 ”永久機間”の船員達が彼の周囲を囲い、陣形を作る。
「かおるさん、気をつけて」
「ああ、討ち洩らしは頼むけど」
 二人の船長は小さな声でそれだけ交わした。
 長剣を構えた男達はそれぞれ左右へと分かれ、そして音を立てることなく進んでいく。
 まるでそこに誰もいないかのように、彼らの動きは風のように静かで自然なものだ。
 彼らが相当の手練れであることは、リィでも容易に想像がついた。
「よし、それじゃ……」
 かおるの静かな声が聞こえて来、リィは思わず唾を飲み込んだ。
「行くぞッッッシャアオラァア!!」
「ッシャアオラァ!!」
(ええっ!?)
 大きく放たれた男達の咆哮が耳を貫いて、リィは思わずずっこけそうになった。
 叫び声とともにかおる達は一気に姿を現し、そして盗賊達のいる場所へと全速力で向かって行く。
 静まり返っていた空間を自らの手でぶち壊しながら、進んで行っている。
「何時もああなんだ。何れ慣れるよ、リィも」
「い……何時もああって?」
 平然と言うフェレットに向け、リィは慌てて声を放った。
「折角、盗賊はこっちに気付いて無かったのに……あれじゃあ、今まで隠れて進んでいた意味が無くなっちゃうんじゃ……? さっきの方の仲間も、殺されてしまうかも……」
「野良の盗賊団だ、そこまで統率が取れちゃいないと思うよ。左右から大勢の敵が襲来したと思って、慌てふためくに違いない」
「なら、良いんですけど……」
 リィは納得がいかない様子だったが、最早過ぎたことだ。
 何を言ってももう、どうにもならない。
「それより、僕等も少しずつ前に出るから。剣の準備を忘れるなよ」
「は、はいっ!」
 腰の鞘から、リィは長剣を抜き払った。
 今度は練習用の木剣ではない、刃のついた、一振りで人を殺せる剣。
 リィは一瞬、目を閉じた。
 ドクン、ドクンと心臓の音が一定のリズムで響いている。
 自分はこれから人を殺す――殺すのか。
 迷うまい、臆するまいと強く心に抱き、リィはまた目を開いた。
 そう思うことが、普通の人間に取ってはどれだけ難しいことであるか。
 彼女の記憶はそれを知らない。

5

 フェレットらは気取られぬよう身を潜めて近づいていき、盗賊達の姿が見える場所までやって来た。
 視線の先にいるのは数十の人間。
 うち三分の位置は見知った姿をしている。
 ”永久機間”の船員達が刃を交えている連中は皆、襤褸切れのような服に身を包んでいる。
「わかりやすい……いかにも盗賊と言った格好をしててくれて、助かったな」
 フェレットはそう呟き、リィも頷いた。
 先程の男の仲間であろう船乗り達は、それなりにちゃんとしたものを身に纏っている。
 あそこまであからさまに服装がわかれていれば、助けるべき対象を間違えて殺してしまう心配は無いだろう。
「よし、ウチの船員も指示の通りに動いてくれ!」
 フェレットの号令と共に”フォスベリー”の船員達もまた、左右へと散って行った。
 戦闘はなるべく避けて、さっきの男の仲間を助け出すのが目的だ。
 戦局は、こちらが圧倒的に優位であった。
 地面に倒れているのは何れも盗賊ばかりで、その数はさらに増えて行っている。
 ”永久機間”の船員も手傷を負っている者こそいるものの、重傷者は一人としていなかった。
(かおるさん……)
 暗闇を駆け抜ける男の姿を目にして、リィは戦慄を覚えた。
 初めてちゃんとした恐怖を抱いた。
 かおるの持った槍は、風と共に次々と人間の体を裂いていく。
 草木の緑、夜の灰色が舞い散る血によって、朱に染まって行く。
「何やってやがる! そいつ一人に……! 集団でかかって殺れ!」
 盗賊の一人が怒声を放ったのが聞こえた。
 その男の周囲を、また五人の盗賊が囲っている。
 中心にいる男こそが首領だ、とかおるは即座に判断をした。
 その盗賊の群れへと向かって、単身突っ込んで行く。
 かおるが辿り着くよりも前に、盗賊の一人がそこから逃げ出そうとした。
 自分の仲間が何人、目の前の男に殺されたのか、その盗賊は知っていたのだ。
 そこに出来た綻びを見逃す訳も無く、かおるの槍が盗賊を一人、突き裂く。
(す、すごい……!)
 かおるさんは今、人を殺しているのだ。
 その事実を理解しているつもりであったが、リィは確かな興奮を覚えてもいた。
 まるで舞を見ているかのよう。
 なんと鮮やかな手際で人を斬っていくのだ、あの人は……。
(今まで見た、何よりも)
 彼女の心は、無意識にそんな言葉を紡いだ。
 ”今まで? 自分には、たった数日間の記憶しかないのに?”
 そんな疑問を抱く余裕は今の彼女にはなく、やがて忘れ去られる。
 響く気合の声、届いてくる悲鳴が、忘れさせる。
「っの野郎がぁ!」
 響き渡る怒鳴り声と共に、かおるに向かって左方から木槍、右方から剣が突き出された。
 しかし槍は軽々と受け流されて、そしてまた剣も宙だけを切り裂く結果に終わった。
 弾かれた槍は勢いを失うよりも前に、誤って盗賊の一人を刺し貫いてしまう。
 それもまた、かおるがそうなるように仕向けたのだ。
 大量の血が一気に噴出されるのを見て、リィは遠目ながらに思わず顔をしかめた。
 一瞬そちらに目を取られた隙に、かおるの目は獲物を捜す。
 また一人、刺し殺す。
「……平気みたいだな。にしても相変わらず、鮮やかな手並みだぜ」
 フェレットの声に、リィははっとして振りかえった。
 目を奪われていたのは一体何秒ほどの間なのか、思い出そうとして思い出せなかった。
「十八人いるな。一人も欠ける事無く助け出せたか。盗賊達は一人も殺しちゃいなかったって事だね……ま、しょうがない」
 普段と比べて、少し冷淡な響きをした声だった。
 今の彼に、いつもの鮮やかさを感じ取ることは出来ない。
 彼もまた、戦う者としての顔に変わっていた。
 リィは何か言おうと思ったが、彼女が言葉を吐く前にびゅうと夜風が吹き付けた。
 自分の頬が、何かにあてられたようになるのを感じて、結局何も口にせずに終わる。
 また、リィが視線を戻すと……戦いはもう、終わっていた。
 血で出来た泉の中にかおるは立っていて、四方に転がるのは屍。
 中には辛うじて生きている者もいて、蛙か何かの声のように、呻き声が響いている。
 捕まっていたセビリアの冒険者達は、"フォスベリー”の船員に保護されて戦闘から離れた場所へと連れ出されていた。
 彼らもまたかおるの戦いぶりを目にして、身の毛を弥立たせている。
「さすが、かおるさん」
 フェレットはかおるに向けて、小さくガッツポーズを取った。
 距離は有ったが、かおるもまた妙な格好で応じてみせる。
 その奇妙な体勢が彼なりのガッツポーズだとわかったのは、付き合いの長いフェレットだからこそであろう。
「やれやれ、九十九パーセントだなんて言ってしまったからにはしくじったらヤバいな、と思ってたけど……心配いらなかったか」
 フェレットは胸を撫で下ろした。
 何だかんだ言いつつ、言葉程の自信があった訳ではないらしい。
「リィも、今日は剣を振るう機会が無くて残念だったな……」
 暗闇の先にいる少女へと、視線を投げかける。
 だが、彼女はこちらのほうを向いてはいなかった。
 怯えた顔つきをして彼女が睨んでいるその先には、一人の男が立っていた。
「ん……まだ、残ってやがったんだな」
 フェレットも再び剣を構え直して男のほうを見やる。
「へへ……女が、いやがるとはな……どうせ死ぬんだ、それなら最後に……おい、てめぇ……そこから動くなよ。へへへ」
 狂気じみた嫌らしい笑みを浮かべながら、男はじりじりと近付いて来る。
 顔の半分を切り落とされていて、血の赤で原型すら判別できなくなっている。
 その姿を直視しただけで、リィは血の気が引くのを感じた。
 彼女を護衛していた二人の船員は、今はここにはいない。
 もう危険は無いと見て、救出作業に専念するようフェレットが指示したのだ。
 とは言えこの襲撃も、別に計算の外ではなかった。
「悪いけどこっちに来ても、ほんの僅かに寿命が縮むだけだぞ」
「どけ、てめぇみたいなナルシスト野郎にゃあ用は無ぇ」
「……悪いけど、死んでもらう」
 一見しただけでナルシスト呼ばわりされたのに腹を立てたらしく、フェレットは少し荒立った声で返した。
 大分動きが鈍っているその盗賊に容赦無く刃を突きたてるべく、ゆっくりと近付いて行く。
 だが、そこでリィが予想外の行動を取ったのだ。
「やああぁぁあああっ!」
 自分を抜かした影――。
 それは、手に持った剣を真っ直ぐ前へと突き出しながら突進して行く少女の姿であった。
「何っ?」
 フェレットは驚愕の声を上げた。
 彼女のことを追おうと直ぐに走り出すが、リィは意外にも早かった。
「待てっ、止まれ、リィ!」
 止まった所で、彼女の元に到達するのは盗賊のほうが先。
 ここで下手に彼女の気を逸らせてしまっては駄目だ。
「止まれ! 殺されるぞ!」
 そう頭で理解しながらもフェレットは叫んだ。
 その声が聞こえていないのか、リィは止まらない。
(馬鹿な……!)
 目の前に現れた敵の重圧感に、耐え切れ無かったのか? 
 あれほど、無理はするなと言っておいたのに。
「ハハハハハ! 馬鹿が!」
 高らかに笑いながら、盗賊もまた剣を振るった。
 リィが渾身の力で繰り出した突きを、易々と切り払う。
 腕力の違いにバランスを崩し、リィは地面に転がりそうになる。
 だが、彼女の華奢な体に向かって刃が振り下ろされようとした、その時――。
「えっ!」
 フェレットは自身の目を疑った。
 飛んだのは、男の首のほうであったのだ。
 今の瞬間に何が起こったのか、理解出来ぬままフェレットはリィの元へと駆け寄った。
 返り血がまるで雨のようになって一帯に降り注ぎ、草木を、リィの白い肌をも汚す。
「リィ、何て事を! それに……」
 傍へと駆け付けたフェレットは、リィのことを怒鳴ろうとした。
 だがその前に一つのことに気付く。
「そう……か、かおるさんが」
 まだ離れた位置に居るかおるの姿が、再び目に入った。
 さっきとは少し形態の違うガッツポーズをしている。
 刃が振り下ろされる瞬間……こちらへと向かって何かが飛来したのは見えたのだ。
「……これを、投げたのか。よくもまあ」
 盗賊の死体の直ぐ傍に転がった、少し大きめの石をフェレットは拾った。
 遠くでこちらの様子を見ていたかおるは、盗賊へと向かって渾身の力で石を投げつけたのであった。
 それは盗賊の後頭部を直撃し、意識を失った盗賊の首を、リィの剣が刎ねた。
 かおるにしても、剣術はともかくとして石投げの技術など持ち合わせてはいない。
 見事に敵を捉えることが出来たのは、まさしく奇跡といっても良かっただろう。
「フェレットさん! わ、私……」
 リィは涙を流していた。
 涙と返り血が混じり合い、彼女の顔はぐしゃぐしゃになっている。
「無理をするなと言ったのに。まぁ、とりあえずは無事で良かったな……」
「ごめんなさい……怖かったです」
 泣きじゃくる彼女の顔をじっと見やりながら、フェレットは妙な感触を覚えていた。
 彼女は確かに、怖がっている。
 ……それは何に対するものなのか? 
 死に直面したことによる、恐怖。一つは、それであろう。
(この子は初めて人を殺したんだ。なのに、こんなものなのか……?)
 自らの手で人を斬ってしまったという、罪悪感。
 彼女の抱く恐怖の中に、それは含まれているのであろうか。
 それに、さっきの男を倒したその瞬間の出来事も。
 リィの繰り出した初撃は確かに隙だらけであった。
 だが、それが弾かれて、盗賊が反撃を繰り出そうとしたその時。
 彼女は無我夢中になって、それを避けようとした。
 避けることが出来ていた、のだ。
 バランスを崩した? 
 いや、男の死角に潜り込もうとしたようにも見えなくはなかった。
 おそらく石が飛んでこなかったとしても、結果は一つとして変わらなかったであろう。
(なんか……変な事になってきたな。色々と)
 戦いは終わった。
 リィだけでなく、船員達がこちらへと駆け寄って来るのが見える。
 フェレットは彼らを見返すことなく、天を仰いでいた。
 ――冒険者とは、この世界に存在する未知を追い求める存在であるのだ。
 なら、身近にこんな不確定要素があるのもまた、面白いと思うべきなのかもしれない。
 視線を下ろし、頭の中で論議を繰り返しながら、フェレットもまた皆の方へと歩いて行った。



  1. 2005/03/15(火) 05:43:39|
  2. 小説本文
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

登場人物紹介【1】

koukai_Felett
フェレット
 ”フォスベリー”の船長である青年。少々妄想癖があるが一応の主人公である。趣味は楽器演奏。

koukai_kaoru.jpg
かおる
 ”永久機関”の船長を努める、少々謎の雰囲気をした男。胡散臭さばかりが先立つが、いざと言う時には誰よりも頼りになる自称海賊。

koukai_eye.jpg
アイ
 ”シャルトリューズ”を駆る大酒飲みの冒険家。しっかり者のせいか、姐御などと言うあだ名をつけられている。趣味はやっぱり酒宴。なお、ゲーム内での名前はEyeです。

koukai_lee.jpg
リィ
 記憶をなくしたまま、ひょんなことから一行に加わることとなった少女。今の所は”フォスベリー”の一船員である。



  1. 2005/03/11(金) 16:27:40|
  2. 登場人物紹介
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

第二章 海が果てるまで(後編)

5

 三十分後、セビリアで最も大きな酒場に彼らは辿り着いていた。
 その間に陽も沈んでしまい、今日はもう行動を起こすことは難しそうであった。
「全く、冗談と本当の境目も解らんとは困った奴だ」
「境目がついてないのはアンタのほうだよ!」
 さして反省する様子もないかおるに対して、フェレットは荒い声で言った。
 怒っていると言うより、半ば呆れているに近い。
 声が荒いのも、どちらかと言うと空きっ腹に酒を流し込んだせいによるものが大きい。
「確かにあの衛兵の態度は悪かったけど……あんな事をしちゃったらもう、二度とあそこには近寄れないですよ」
「でも、本当に嫌な感じだったわね。私は前にもあそこを訪れたことがあるけど、その時はもっと丁寧な対応をしてくれたわよ」
 アイもまた、怒り冷め遣らぬ様子。
 言葉の後、いつものようにワインのグラスの口へと傾ける。
「貴族ってのは奢り昂ぶった奴が多いのは確かさ。その下僕も含めてね。まあ、中にはましなのも居るんだろうけど」
 皆を静めようと務めていたフェレットもまた、ぽそりと本音を洩らすのだった。
 声は少女にも届いていて、彼女の金褐色の瞳には悲しげな光が宿っている。
 そんな様子に、フェレット達が気付く事は無かった。
「で、どうするんだい? この子がちゃんと記憶を取り戻す為には」
 愚痴ばかりが繰り返されそうな空気を、フアナが断ち切った。
 言葉を受け、一行は考え込む。 考えて、どのみち手段は一つしかないとの結論に達した。
「身なりさえちゃんとしてれば通れるって言ってたのだから、もう一度行きましょう。さっきの事件で私達は相当怪しまれてるかもしれないけど……この子が例の行方不明になってる娘さんだって判れば話は済むわ」
 アイの言葉は同時に皆の意でもある。
「しかしその言い方だとまるで、僕らの身なりがちゃんとしてないみたいだよな……。海賊みたいな格好のかおるさんはともかくとして、僕はこれでも良い物を纏ってるつもりなのにさ」
「私、海賊だし。海賊で何が悪い」
 フェレットとかおるはなおも様々な不満を抱いているようであったが、船員達が次々運んでくる酒に浸ったせいで、やがてどうでもよくなった。
 そして翌日――極度の頭痛に襲われながら、彼らは昼過ぎに酒場を出立する。

6

 昨日門前払いを食らった貴族の屋敷が立ち並ぶ区域から、少し離れた場所で彼らは会合を開いていた。
 淡い色をしたドレスに身を包んだ少女の姿からは気品さえ漂っており、その他ブーツ等も全て高級な品で揃えている。
「馬子にも衣装って言うけど君に関しては当てはまらないね。なんだかこっちが本来の姿って感じがするよ。似合ってる、素晴らしい」
「うん、ナウくてイカしてるね」
「羨ましくなるくらい似合ってるわよ」
「私も若い頃は相当の美人だったんだけどねえ。今のあんたにはちょっとかなわないわ」
 一行はそれぞれの個性に任せた台詞でもって、散々に少女のことを褒めちぎる。
 彼女は対応に困って、顔を赤らめて俯いている。
 ちなみにフェレット達の格好は何ら変わっていない。
 本来なら彼らも服装を一新する予定であったものの、予想外の値段に泣く泣く諦めたのだ。
「……ここまでで平気かい? そしたら、僕等はまた酒場で待ってるけど……。ああ、付いていけないなんて残念だ。悔しい」
 衛兵の鼻を明かしてやろうと息巻いていただけに、フェレットは本気で残念そうだ。
 つい先日に、アイの駆るシャルトリューズを皆の貯金を合わせて購入したばかりで、今現在懐は相当寂しい状態。
 それは理解していたのだが、まさか服さえ買えない程だとは。
「良いかい? 何かあったらすぐ戻ってくるのよ。今度さっきの衛兵が変な事を言ったら、今度こそあたしらの出番よ」
 フアナはそう言って力瘤を作ってみせた。
 この腕で殴られたら、フェレット程度の体格なら一撃でノックダウンされてしまうだろう。
「任せておけ。準備は出来てる」
 腰の剣に手をかけているかおるに向かって「いやそれはまだ早い」とフェレットとアイが声を重ねた。
 この男が本気なのか冗談なのか、フェレット達でさえ掴めない時が稀にある。
「それじゃあ、行って来ます。あの……」
 歩いて行こうとしていた少女は途中で振りかえり、再びフェレットらを見やった。
「ありがとうございました。フェレットさん、かおるさん、アイさん。フアナおばさんも……本当に、お世話になりました」
 彼女は深く頭を下げて、そう言った。
「こちらこそ……と言いたい所だけど、まだ早いな。待ってるから、とにかく頑張って来なよ」
「はい!」
 フェレットの言葉を受けて、少女は駆けて行った。
 次に再会した時には、彼女はもう”記憶をなくした少女”ではなくなっているかもしれない。
 自分達の知らない面が表を向いた、”貴族の娘”となってしまっているかもしれない。
「……惜しいなあ、何だか……」
 華やかな雰囲気がそこから欠けた後、フェレットはそんなことを小さく呟くのだった。
 誰しもが、きっと同じ事を思っていただろう。

7

「よし、通って良いぞ」
 昨日とは打って変わった対応をされて、少女は奥へと通された。
 門の前にいたのは変わらず同じ衛兵であったが、どうやらこちらのことを覚えてはいないよう。
 ……きっと、かおるさんの印象があまりにも強過ぎたんだろう。少女はそう思う事にした。
 案内された先にあったのは、少なくともここ数日の記憶の何よりも豪華な造りをした建物の群。
 如何なる理由でここを訪れたのかを訊きもせず、衛兵は自身の持ち場へと帰って行った。
 少女はきょろきょろと辺りを見回したが、目的の場所は何処なのか、直ぐに判断がついた。
(何、あれ……人だかりが……?)
 一つの屋敷の前に、長蛇の列が出来ていたのだ。
 よく見るとその列に並んでいるのは皆、女性ばかり。
 自分と同じような服装をしているもの、やたら豪華な装飾をしたドレスを羽織ったもの……様々で、少女は奇妙な感触を覚えた。
 違和感を感じたのは、そこにいるのが女性だけと言うことに関してでは無かった。
(みんな、同じくらいの背をしているわ……。体重も……)
 服装こそ完全に統一されているわけでは無かったが、それ以外は皆、似通った特徴の女性ばかりがそこには集まっていた。
 金色の長髪に、小柄で痩せ型の女性。……自分もまた、その特徴にぴたりと一致をしている。
「あの……ここで一体、何をしてるんですか?」
 意を決して、列の一番最後尾にいた女性に訊ねてみた。
 鼻をつんとつく匂いが立ち込めていて、思わず鼻をつぐみそうになってしまう。
「何って、あなたも私達と同じ目的で来ているのでしょう? 服装も、髪型も同じじゃない」
 反応に困っていると、女性はやれやれと言った様子で説明を始めた。
「ディーランド家のレメディオス様が遭難して行方不明になった事件は知ってるわよね。遭難したのはもう数日も前の話だし、海に投げ出されてそうそう助かる訳がない……もう捜索は諦めたって話だわ」
「それで、どうなったんですか?」
「あなた、本当に知らないの? もしかしてレメディオス様本人を装ってるんじゃないでしょうね」
 逆にそんなことを問い返されて、少女はしどろもどろになった。
 そう言われても、記憶が無いだなどと説明するわけにもいかない。
「……しょうがないわ、話してあげる。ディーランド家の当主であるジョアン様は大の娘好きで有名だったの。それこそ目に入れても痛くないくらい、レメディオス様を愛してらしたって話だわ。だから諦め切れなくて、娘と同じ特徴をした女性を探し出したのよ。髪の毛と瞳は綺麗な黄金色、肌は宝石のように眩い白、そしてレメディオス様が着てらしたというドレスがぴったり似合う女性。それがジョアン様が出した条件なの」
「えっ?」
 話を最後まで聞き終わり、少女は心底不思議そうな声を放った。
「……でも、たとえ特徴が一致してたとしても、本人とは別人なのに」
「ね、変な話よね。まあでもねえ、噂ではジョアン様は妙な性癖を持ってた……なんて言われてもいるし……ね」
「どう言う意味ですか?」
「レメディオス様と同じ特徴をした娘が好みだって事よ、つまり」
「どう言うこと……ですか?」
「分からないなら良いわ。貴方も貴族の娘になろうとしてここに来たんでしょ? ならこれ以上親しく話す道理は無いもの。……まぁ、よく知らないんだったら帰った方が良いと思うわよ。噂じゃあ、背中にある黒子の数までチェックされるって言う話だから」
「ちょっとあんた! 声が大きいわよ! 他の皆が静かにしているんだから黙ってなさいよ!」
 前列の方から罵声が響いて来て、会話は其処までで途切れた。
「ふん、言われなくてももう喋らないわよ。全く、審査の前だからってピリピリしちゃって」
 苛立ちを含んだその独白に、少女ももう声を返そうとはしなかった。
 今のこの状況が解りかねていて、どうすればいいのか解らないまま、ゆっくりと列は進んで行く。
 最前列は屋敷の中へと消えてしまっていて……時折、屋敷のほうから悔しそうな顔をして戻ってくる女性の姿が見える。
 中には涙を流している者も。
 列を抜けることも出来ずに、戸惑いながらも少女は徐々に屋敷の方へと進んで行った。
 そろそろ最前列に達しようとした時、たまたま通り縋った衛兵が少女のほうに視線を向かわせた。
「ふぅん……」
 嫌らしい声を吐きながら、衛兵はこちらをまじまじと見ている。
 まるで品定めをされているようで、少女は思わず目を背けたくなった。
「……この中では、マシな方だな。顔についてる黒子の数も全部、一致してやがるようだ」
「黒子……?」
「条件には書いてなかったがな、そう言った細かい特徴も審査の対象なんだよ。良かったな、お前はもしかしたらディーランド家の令嬢になれるかもしれんよ」
 クックッと笑いながら、衛兵はそこから去っていった。
 少女は、愕然とする。
(……ここが、私の家なの?)
 衛兵がいなくなっても、下劣な笑みがまだその場に響いている様に思えた。
 あの人はきっと、ディーランド家に雇われている衛兵。
 そして私がその、ディーランド家の娘であると言うの? 
 ここに来たら、全てが元通りになるかもしれない。
 ”記憶が戻るかもしれない”――抱いていたそんな気持ちは、全て幻想だったのだろうか。
 自分より一つ前に並んでいた女性が屋敷を出て、帰って行こうとする時。
 それを追い越す様にして、少女もまた屋敷から逃げ出していた。

8

 服装も相変わらずなフェレット一行は、やはり相変わらず酒場に溜まって大量の酒を飲んでいた。
「あの子、遅いなあ。帰ってこないなぁ」
 悪酔いしている訳でもないだろうに、飲みながらフェレットはずっとそう連呼していた。
 傍の椅子ではかおるが蛙の様になって潰れている。
「船長、そんなに惜しいと思うんなら様子を見に行ってきたらどうです?」
「馬鹿言えっ、そんな女々しいこと出来るか!」
 船員の声に二倍する大きさで、フェレットは返事をした。
「このまま帰って来なかったとしても、それもあの子の意思だからしょうがないよ。ただ、どうなったのか気になってるだけさ」
「また、強がっちゃって」
「強がってなんかないって!」
 また、殆ど怒号と言っても良い叫び声。
 船員の大半が酔い潰れている中、アイは自分のペースで順調に樽を空けていっていた。
「やれやれ。この飲みっぷりはここ最近の間でも最こ……いや、最悪ね。明日以降が恐ろしいわ」
 言葉とは裏腹に、口調に深刻そうな様子はない。
 酒場にいる客がフェレット達だけになってから数時間、そろそろ日が変わろうかと言う所で、ゆっくりと入り口の扉が開かれた。
 姿を現したのは、フェレットが待ち焦がれていた少女。
 しかし、肝心のフェレットは既に瞳が半分閉じかかっている。
 少女は姿を現すと、ゆっくりとフェレット達の方に近づいていき、そして椅子へと座った。
「おかえり。どうだった?」
 最初に声を掛けたのはアイだった。
 相変わらず正常な神経を保っていられた彼女だけは、少女の何処と無く虚ろな視線に気付いていたのだ。
「私、じゃなかったみたいです。貴族の娘ですもの、私なんかよりももっと品があって、素敵な方だったんだと思います」
「そう……」
 言葉の内容ほど、悲しんでいる様子はないな。
 アイはそう感じ取った。
「それで良かったんだと思います。私……何も思い出せないですけど、でも、貴族なんて柄じゃないと思ったんです。あの綺麗な建物に囲まれた場所にいるより、皆さんの船の上のほうがよっぽど心地よくて、楽しかったですから」
 少女はもう”貴族のふり”をしてはいなかった。
 体に纏っているのは、フアナに借りた質素な格好だ。
 ドレスを丁寧に畳んでテーブルの上に置くと、椅子から立ち上がった。
「何処へ行くの?」
「行く当ては無いですけど……その服の代金も返さないといけないし。少しでも、使わせて頂いたから……」
 少女はまた、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございました。今まで」
 その丁寧な言葉に、誰もが何も返さない。言葉に迷っていたのだ。
「これからはこの町で何とかやってこうと思います。助けていただいて、本当に感謝してます」
 最後にぺこりとお辞儀をして、少女はそのまま酒場を去ろうとする。
 ――しかし、そうはさせてもらえなかった。
「ひゃあっ!?」
 右足を何かに引っ張られて、少女は思いっきりすっ転んだ。
 なんとか顔面をぶつけずにすんだものの、肩を強打して思わず涙ぐむ。
「何……」
 何処に足を引っ掛けたのかと振り返ると――少女の足を掴んでいたのは、なんとかおるであった。
(かおるさん……意識してるんだか、してないんだか)
 アイは思わず硬直してしまい、少女に声を掛ける事すら忘れていた。
 かおる本人は眠っていて、完全に意識は無い様子なのだが……。
「……かおるさんの、言う通りだ」
 テーブルに突っ伏していた、フェレットの声。
 何も言っていないけど、とアイは冷静に思った。
「船の上のが心地よかったんだろ? じゃあ、わざわざ僕達と別れる必要なんかない」
「でも……」
「身元さえ判らない人間が一人で暮らしてけるほど、セビリアは簡単な町じゃないよ。何処に悪い奴がいるかわからないし、変てこな貴族もたくさんいそうだし……」
 そこまで言った所で、フェレットはいきなり首を大きく横に振った。
「いやいや、そんなことが言いたいんじゃない! ――つまり」
 酔いに任せて吐かれていた言葉が、少しだけ優しくなった。
 立ち尽くしている少女の顔が、熱気に当てられたようになる。
「一緒に行こう。航海の楽しさは僕が保証する」
 フェレットはそれだけ言い、その瞳の光は少女を頷かせた。
 それ以上言葉は不要で、少女の瞳からはまた涙が流れた。
 様々な感情を宿したそれは、暫くの間溢れることをやめようとはしなかった。

9

 二日後の朝――出発の時を向かえて。
 フェレットらは再び、フォスベリーの船上にいた。
「あの……フェレットさん、これはどうすれば?」
 記憶は戻っていないし、今の所はそれがどうにかなる当てもない。
 けれど、今はそれを重荷に感じる余裕などないのだった。
「そこの奥に頼むよ。ただでさえ広くない船倉なんだ、ちゃんと整理しないと入り切らないから気をつけてくれよ……さあ、もっと急いで!」
「はい!」
 フェレットに急かされながら、少女は自身と同じほどの背丈をした荷物を運び込んでいた。
「もう君はれっきとした船員の一人なんだからな。特別扱いはしないよ」
「はい。その方が私も嬉しいです」
「……なら良いけど」
 どちらかと言うと、無理をしているのはむしろフェレットの方だったりする。
 変に特別扱いをされても困るであろうことはわかっているから、敢えて様々な作業を手伝ってもらっているのだが、こんな少女に重い物を運ばせてしまっても良いのだろうか。
 ……アイさんにならともかくとして。いや、アイさんにでも駄目か。
 船員の数自体は元々足りているので、わざわざ手伝ってもらう必要はあまり無いのだし……。
 思考は段々とこんがらがって脱線していった。
 考えてもどうにもならなさそうだったので、とりあえずは今まで出した指示のままで放って置くことにする。
「この船は何処に向かうんですか?」
 いきなり訊ねられて、フェレットはどきりとした。
「まずはセウタに行って、フアナおばさんを降ろさないとね。その後はどうするかな……」
「ま、まだ決めてないんですか?」
「船を走らせてれば、目的なんて後から付いてくるもんさ」
 言ってみて、巧い言い訳をしたなとフェレットは自分で思った。
 風の吹くまま、気の向くまま。航海にはそんな言葉が何よりも似合う。
「そうそう、それよりさ」
 少女が荷物を運び終えたのを見て、フェレットはこほんと咳払いをした。
 緊張を解きほぐそうと、大きく呼吸を繰り返す。
「君は……リィは、寝室はそっちの奥の部屋な」
「リィ?」
「うん……君の名前」
 フェレットはおずおずと言った。
 どのように説明しようか困っていると、そこにタイミング良くかおるとフアナがやって来る。
「ヨー、メーン。元気かね」
「え、ええ……?」
 かおるの発した奇天烈な声に、少女はまだ返す言葉を知らない。
 そんなことより……と、少女は再びフェレットの方に向き直る。
 でも、彼は口を開かない。代わりに背後のほうから、言葉は届いてきた。
「リィってのはね……あたしが昔流産した娘に、つけようと思ってた名前なんだよ。生きてたら丁度、あんたくらいの年だった」
 そのフアナの声は、瞳は優しかった。
 この人が本当の親だったら良いのに。そう、思わせるほどに。
「死んだ子供の名なんて、縁起悪いかい?」
「とんでもない! 嬉しいです!」
 本当に幸せそうな声を受けて、フアナもまた柔らかな笑みを浮かべる。
「リィ……か。珍しいけど、良い名前だよな」
「リか」
 フェレットとかおるも、晴れやかに笑っている。
 フォスベリーの船員達もだ。積み込み作業を行いながら、何時になく和やかな空気が船上を包んでいた。
「あっ……あの!」
 リィは、何かを思いついたように声を上げた。
「その、おばさんのお子様は、もし生きてらしたらお幾つなんでしょうか?」
「ん……今年で十七になるのかな」
「それじゃぁ私も十七歳って事にします。そしたら本当におばさんの子供になれた感じがするから!」
「おやおや、嬉しい事を言ってくれるじゃないか。……リィ、もし帰ってきたくなったらいつでもセウタに来ればいい。こんなむさっ苦しい男どもに囲まれてると、あんたの美貌がどうにかなってしまうかもしれないからねぇ」
「あのね……」
 フェレットの顔に、二つの表情が同居した。
 要するに、その顔は半笑いを浮かべながら引きつっている。
「まぁ、帰る場所があるってのは良いことさ。けど、僕らは冒険者なもんでね。折角見つけた宝物をそう簡単に手放す道理は無いからね」
「海賊も宝が命なもんでね。」
 フェレットとかおるの声に、リィは精一杯頷きを返してみせた。
「本当に楽しみです。良かったら……この命が続く限り、ずっと一緒に旅をさせて頂きたいって思ってます」
「命が続く限りか、それも良いね。だけど」
「えっ?」
 フェレットの声は少しだけ含みを持っていて、リィは不思議そうに首を傾げる。
「そうだな……。常に命を賭して戦わなきゃならない海賊なら、その表現も適当かな。けど、海の上の冒険者としてこの僕に言わせれば、こうだね」
 隣の船から、アイの呼び声が届いてきた。
 こっちの準備は出来たから、そろそろ出航しようと。
 ちょっと待った、これだけは言わせてくれと、フェレットは両手でアイの言葉を制止する。
「この世から”未知”が消えてしまうまで――海が果てるまで、僕らは一緒にいよう」
 その言葉は不思議な響きをしていた。
 けど……心地は悪くない。
 海が果てるまで一緒に、か。
 そうなれば良い、とリィは思った。




  1. 2005/03/11(金) 12:30:49|
  2. 小説本文
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

第二章 海が果てるまで(前編)

1

 数日の航海を経て、一行はセウタの町へと帰り着いた。
 イベリア半島から最も近い場所に位置するアフリカの町がセウタである。ロンドンやセビリアなどに比べると小さな町であったが、強い太陽の光に彩られたこの町特有の色が好きで、フェレットはこの辺りを通るたびいつも”セウタに寄ってこう”と口癖のように言っていた。
 灰色さえも鮮やかな白に見紛わせるほどに、空から射し込む光は眩く強いが、砂漠の蒸しかえるような熱さとは種の違う心地のよい光だ。
 セウタに着くと先ず、フェレットはかつて訪れた際に知り合った壮年の夫婦の家を尋ねた。さすがに全船員でおしかけるわけにもいかず、フェレットとアイ以外の船員は皆酒場へと直行している。かおるもこちらに来るはずだったのだが、船員達に半ば強引に酒場に連れて行かれてしまった…彼自身は、酒は殆ど飲めないのだが。
「しかし嘘みたいな話だね。砂漠に女の子が埋もれてたって? しかもまだ生きてるってさ」
 恰幅の良い女性が言葉を口にしながら、その女の子のことを抱きかかえて部屋へと入ってきた。
 ぼろぼろだった服は、彼女の手によって着替えさせられている。
「服はボロ雑巾みたいになってたんで捨てたよ。生地も普通だったし、あれくらいならまたあたしが買ってやるさ」
 彼女はここの家の住人であり、この辺り一の面倒見の良さで知られているフアナと言う女性だ。
 夫は酒場のマスターをしていて、かおるが酒場で潰れた際に彼女の介抱を受けたことから、縁が始まっている。
 フアナは、少女のことをベッドに寝かせた。
「フアナおばさんより、僕等の方が嘘みたいだと思ってるよ。最初は化石か何かと間違えそうになったくらいなんだ」
 フェレットの言葉は冗談めいているが、神妙な口調だった。
「ドラゴンの骨を探してくるって話だったのにねぇ。まぁ、こっちのが可愛らしくて良いかなーなんて私は思うけど」
 アイも同じで、未だに何かの間違いだと思っているフシさえあった。
 肝心のドラゴンの骨は結局見つけられず、頼まれた依頼は挫折しかかっているが、ひとまずそっちはさて置くしかない。
 ベッドに寝かされた少女の姿を、フェレット達はまじまじと見つめた。
「肌の色は私達と同じね。一体どんな経緯であの砂漠にいたのかしら」
「多分、ドラゴンの骨を見つけようとして見つけられなかったんだよ」
「そうかもね。フェレさんみたいにね」
 アイはくすくす笑いながら口にした。 言わなきゃ良かったと思って、フェレットは肩を竦める。
「でも、航海の間は”シャルトリューズ”に乗せてたんだからさ。一回くらい目を覚まさなかったの?」
「全然。ずっとうなされてるだけだったわ」
「ふーん……」
 彼らの船団は三隻の船を所有しているが、船員はアイを除けば何れもむさくるしい男ばかり。
 男の群れの中に置いておいては何をされるかわからないと、アイにあらぬ疑惑をかけられて、少女はアイの所有する船である”シャルトリューズ”に保護されていた。
「顔色は悪くないし、そろそろ目を覚ましてもいいはずなんだけどねぇ。……あんた達も疲れてるでしょ、この子はあたしが看といてあげるから、酒場に行ってきな」
 フアナは自身の腹をボンと叩きながら言った。
 それは二人にとって――特にアイには魅力に満ち溢れた誘惑であった。
 フェレットはまずアイの返事を聞こうと、彼女の方を眺める。
 アイはこちらの反応を待っていたようで、視線が交差した。
「そう言えばアイさん、僕等が骨探しをしている間に、一回も酒宴を開いて無かったそうじゃないですか。どんな風の吹き回しです?」
「……そんな、物珍しげに言わないでよ。皆が砂漠で苦労している時に飲んだくれている訳にもいかないでしょう」
「相当我慢したんでしょうね。今はもう砂漠じゃないし、行ってきても平気ですよ」
「フェレさんはどうするの?」
「一応連れてきた責任もあるし、僕はもう少しここにいるよ」
「そっか。うーん私はどうするかな」
 アイは悩んでいるかのような仕草を見せたが――その顔は、明らかに飲みたがっている様子であった。
「ほら、やっぱり。それじゃあ行ってらっしゃい姐御」
「姐御って言うな!」
 最近船員達の中で流行っているあだ名を、フェレットは手向けとした。
 数時間の後に、少女はようやく目を覚ますことになる。
 それはまた、フェレット達を驚きの渦へと叩き込む事になるのだが。

2

 先ず家へと帰って来たのはかおるで、千鳥足でベッドに辿り着くなりバタリと倒れ伏し、とりあえず今日はもう目を覚ます気配は無さそうだった。
 少し遅れてアイが帰ってきた。
 そろそろ帰って来る頃だと思って入り口で待っていたフェレットが、いつものように水を差し出す。
 彼女も顔はすっかり赤くなっていたものの、船員の誰よりも酒に強いと噂される彼女のこと、まだ意識は十二分に保っていられているようだ。
 それでもシラフの状態であるフェレットとは気分の差が相当あるらしく、フェレットはいささか引き気味であったが。
「アイさん。あの子、目を覚ましたんだよ」
「えっ! ほんとに?」
 水の入ったグラスを取り落としそうになって、アイは声を上げた。
 フェレットの言葉を待たずに寝室へと向かおうとする。
「ちょっと、いきなり酒を進めたりしないでくださいよ?」
「するか!」
 アイの後を追って寝室へと向かうフェレット。
 その足取りは心無しか、躊躇いがちだった。
 それもそのはずだ――。
「フアナおばさん! さっきの子、目を覚ましたんですって?」
「ああ……おや、もう帰って来たんだね」
 部屋にやって来たアイに比べて、フアナの声には元気がない。
「やっと目を覚ましたのは良かったんだけどね。色々と問題があるみたいでねぇ……」
 フアナとフェレットは、視線を少女へと向けた。
 少女はベッドから半身を起こしていて、無垢な目でアイのほうを眺めて、
「あの……私、何も覚えてないんです。なんで砂漠にいたのか、自分が誰なのか……」
 そう、言った。
 声には戸惑いが混じっていて、彼女の言葉に嘘偽りが無いのは明らかだ。
「色々聞いたんだけど、本当に覚えてないみたいなんだ。記憶喪失ってやつだよ」
 こんな事が実際にあるんだな、とフェレットは溜息混じりに続ける。
「記憶喪失……」
 アイもまた同じように呆然としたが、さすがフェレットとは違い、まず少女の事を気遣うべきだと思い立った。
「自分の名前は、覚えてないのかしら」
「はい……船のベッドで眠っていたのは覚えていますけど、それ以前の記憶が何も無いんです。砂漠に倒れていたなんて…」
 少女の声は静かで淡々としていた。
 誰よりも混乱しているのは彼女自身、そのあまりに感情の行き場を見失っているのか。
 何も覚えていないのに、何かに対して激情をぶつける事など出来やしない。
「貴方自身、今はきっと気持ちの整理がつかないでしょうけど…私達で良かったら力になるわ。大丈夫、これでも私達は善良な船乗りだから!」
 言葉だけなら、チープに思えなくもない内容だ。しかし、包む込むような暖かさが確かにそこにはあった。
「そう……だな。僕等が悪い奴だとしたら、そもそも君をここまで連れて来たりなんかしないだろうしね」
 フェレットは小さく頷きを繰り返しながら言った。彼女にと言うより、自分に言い聞かせるようにして。
 まだ少女にどう接して良いか、解りかねているようである。
「この二人の人格はあたしが保証するよ。妄想癖の有る坊やに姐御肌の大酒飲みと来ちゃいるけど、人間は割と出来てるからね。……もう一人、色々と問題があるのがいるんだけど」
 意識してかしないでか、フアナはそんな毒舌を吐いた。
 ちなみに彼女の言う”もう一人”はすぐそこのベッドで死んだように眠っている。
「あんまりじゃないか、おばさん。アイさんはともかくとして僕は妄想癖なんかないよ。想像力が旺盛なのは確かだけどね」
「そうよ……フェレさんはともかくとしてもねぇ。大酒飲みって言うのは皆が言っているだけなんだから」
 互いの発言に被るようにしながら二人はそんなことを口にし、その後互いの顔を訝しげに睨み付ける。
 その仕草があまりに自然で可笑しかったのか、少女の口元からは自然に微笑みが零れた。
 くすくす、くすくすと小さい声で、彼女は楽しそうに笑っている。
「あれ……」
 フェレットとアイもすっかり毒気を抜かれてしまって、二人もまた照れ笑いを浮かべるのだった。
「……安心、しました。なんだか良い人達ばっかりで……」
 その少女の声には、ほんの少しの感情が篭っていた。 安堵感がそうさせたのだろう。
「私、考えてみます。何かのショックで忘れているだけで……きっとすぐ、思い出せるでしょうから」
 言葉が吐かれると共に、彼女の瞳から頬へとかけて、涙が伝った。
 それもまた、安堵感からくるものか。或いはとてつもなく大きな不安によるせいなのか。
「あんたがいたいだけ、ここにいれば良いわ。記憶が戻らなかったら戻らなかったで、そのままここに居着いても何も問題は無いからね」
 フアナは言った。
「そうなってくれると嬉しいね。またセウタに来る楽しみが増えるってもんさ。やっぱり美女がいる町には足を運ぶ頻度が増えてしまうからな、どうしても」
 フェレットは例の妄想癖を散々に発揮して、そんな言葉を口にした。
 後半はぶつぶつと、まるで独り言のような呟き声であった。
「けど、その前にちゃんと記憶を探さないとね。私達も船員総出で手伝うとしましょう? フェレさん」
 酔っ払っているはずのアイだが、口調はこの場の誰よりもしっかりしている。
 やれ酒豪だ飲んだくれだなどと言われつつも、彼女はどの船員よりも面倒見が良く、そして何事に関しても大人であった。
 ……もっともそのせいで”姐御”などと言う本人の意にそぐわないあだ名をつけられてしまっている訳だが。
「私も全身全霊を賭して手伝おう」
 眠っていたはずのかおるが突如起き上がり、アイに劣らぬしっかりとした口調で言葉を連ねた。
 それ以前の会話を耳にしてはいないはずなのだが。
 しかしそんなかおるの声も、そこまでで途切れた。
 自分より体重が重いであろう女性に、上にのしかかられたせいだ。
「あらかおるちゃんてば! 酔いのせいで何も聞こえてなかったのに強がっちゃったりして、可愛いんだから……もう、人間的には色々問題があるクセに何でそんなに魅力的なのかしら!」
「イタタタタ! 死ぬ死ぬ!!」
「殺されたくなかったらあたしと結婚しなさい! もういい加減観念して!」
「ヒトヅマはちょっと!」
(え……?)
 フアナが突如として取った奇怪な行動に、少女はぽかんとして目を丸くした。
 猟奇殺人でも起きかねないと感じる程に、衝撃的な光景が目の前に展開されている。
「あの……これ、どう言う……?」
 訊ねられたフェレットもまた、少女と同じようなリアクションを取っていた。 若干呆れているようにも見える。
「見ての通り。フアナおばさんはその……かおるさんって言う、僕等の仲間に惚れてんのさ」
「はっ? 惚れてる……って」
「察してもらうしかないわね」
 アイはどう説明して良いか、困っている様子だ。
「あたしは別に不倫でも何でもするわよ! さあ、あとはかおるちゃんの覚悟次第なのよ!」
「無理! 死にたくない!」
 呆れるフェレット達を余所に、二人の狂騒夜はまだ当分続きそうだった。

3

 翌日、フアナの夫であるアントニオが帰宅した時点で、話は進展を見せた。
 事情を話した所、彼は心当たりがあると言ったのだ。
 彼の経営する酒場には様々な客が訪れ、そして様々な情報が持ち込まれる。
 その中でアントニオはこんな話を耳にしたのだった。
”セビリアの貴族の娘が、海で遭難して行方不明になっている”。
 アンダルシア地方で最も大きな町であるセビリアは、セウタからは数日で行くことの出来る距離に有る。
 各国からの商船もよく訪れるセビリアは他の町に比べて設備も整っており、フェレット達もここ数ヶ月の航海はセビリアを拠点として行っていた。
 その行方不明になっている娘こそがこの少女なのか、今はわかるべくもない。
 それを確かめるには実際に、行方不明となっている娘の家族に会ってみるしかない。
 真実を確かめるべく、フェレット達は今船出の準備にかかっていた。
 船員の大半が二日酔いのせいもあって、作業は一行にはかどらないようであったが。
「ようやく食料を積め込み終わったな。全く、予想通りとは言え…もうちょっと自制してほしかったな」
 出航の準備が整った自身の船”フォスベリー”の上で、純白の帆を見上げながら、フェレットはぶつぶつと愚痴っていた。
 普段なら作業の遅延に対してもあまり文句を言う事はないのだが、今は事情が事情だ。
 一刻も早く、少女を家族と再会させてやりたい。
 それはフェレットだけでなく船員全員の意思であったが、酒の魔力は予想以上に強力なようで。
「あの……私にも、何か手伝える事はありませんか?」
 後ろから声を掛けられてフェレットが振り向くと、少女が立っていた。
「ん、大丈夫だよ。後はもう出発するだけさ。体調もまだ万全じゃないんだろ?」
「はい。でも……」
「良いから。今から出れば、一日か二日後には家族と再会出来ると思うよ」
 フェレットはにこりと笑ってみせたが、少女は何処と無く不安げな様子。
「本当に、私がその貴族の娘なんでしょうか……?」
「そうだろう。あまりにタイミングが近過ぎる」
「けど、もし違ったら……」
「そしたら見つかるまでこの船にいれば良いさ」
「……ありがとうございます」
 陸上とは違い、船は常に不規則なリズムで揺れている。
 少女は何故か、それを心地よく感じていた。
 きっとこの感触は初ではない。
 そう思っても、まだそれを口に出来る程の根拠は無かった。
「それじゃ、そろそろ行こうか。僕を除いてむさっくるしい男ばっかだけど、ちょっとの間だから我慢してくれよ」
「そんな、我慢だなんて……私別に、嫌じゃありません」
「なら良かった。久々の女船員だし、皆貼り切ると思うよ」
 その言葉からは”アイさん以外の”と言う一節が省かれている。
 故意なのか素で忘れていたのかはわからない。
 砂漠からセウタへと向かった際には、少女はシャトリューズに乗せられていたのだが、今度は違う。
 士気を上げるためにそれぞれの船に女性を一人ずつ乗せよう、と言うフェレットのいささか訳の解らない提案によって、女性三人が各船へと振り分けられたのだ。
 その一人はシャルトリューズの船長であるアイであり、フォスベリーには少女が乗る事となった。そして残る一船、かおるの駆る”永久機間”に乗り込んだ女性とは。
「ほらあんた達、もっとシャキッとしな! 二日酔いが何だっての!」
 海を渡ってそんな声が届いてきて、フェレット達は思わず眉を潜めた。
 男ばかりの船において、紅一点であるフアナの声が一番大きいとは…と、フェレットと少女は顔を見合わせて笑った。
 本来の船長であるかおるもやはり二日酔いで、暫定的にフアナが船長の座に収まっている、ようにフェレット達からは見えた。
 フアナが船に乗り込んでいる理由は、かおるに付いて行くため……ではない。
 自身が世話をした少女のことが気になって、セビリアまで連れて行ってもらうようフェレットらに頼み込んだのであった。
「フアナおばさんも夫のアントニオさんも、元々は船乗りだったって言うからね。頼りになりそうだけど、セビリアまでの航路は騒がしくなりそうだ」
「へぇ……そうなんですか。船上で知り合って、結婚したのだとか……?」
「らしいよ」
「へぇ! ロマンチックですねぇ!」
 控えめだった声が少しだけ明るさを帯びた。
 例え記憶を失っていようと、女性だけあってこう言った恋愛沙汰には敏感なようだ。
「酒場で飲む度に聞かされてるんで、僕まで覚えちゃったよ。……んまぁ、ロマンチックって言ってもあのおばさんの話だからな。実際はもっとどろどろしてて、えげつないもんだったに違いないだろうさ……フガッ!」
 至近距離から飛来した猫の置物を後頭部に浴びて、フェレットは悶絶した。
 木造りの猫の置物は、航海の間に鼠が沸いたりしないようにと、願掛けをする為の道具である。
 それを投げて使用したのは、何時の間にかフォスベリーへとやって来ていたフアナ。
「人が聞いてないと思って、勝手な事ばかり言ってくれるじゃないかい。これでもあたしらが結婚するまで、坊やには想像出来ない程の素晴らしいロマンスがたくさんあったんだよ」
 万感を込めたフアナのその声も、地面に這いつくばって苦しんでいるフェレットには聞こえていない。
「かおるちゃんの船もシャルトリューズも、準備オッケーだよ。それじゃあそろそろ出航と行くかい!」
「イ……イェッサー!」
 フアナの号令に、船員達は戸惑いながらも声を揃える。
 本来の船長は声も発せない程になっていたが、お構い無しに錨を上げる。
 そんな風にして、三隻の船はセウタの町を後にした。
 吹き込んでくる風は背中を後押ししてくれて、射し込む光に行く手を照らされながら、彼らはセビリアへと向かう。

4

 セビリアに辿り着いたフェレット達は早速、貴族達の屋敷が多く並ぶ地区へと足を運んだ。
 単刀直入に、娘が行方不明になった貴族の所に乗り込んで名乗り出ようとしたのだが、その考えが大分甘いものであったことを、彼らは直ぐに思い知らされるのであった。
「一体何の御用ですかな? 用が無いのでしたら御引取り願いたい」
 屋敷の群がある地域に入ろうとしたところで、衛兵に行く手を遮られた。
 嫌な予感がして、フェレット達はそれぞれの顔を覗きこむ。
 皆の視線は落ちつきが無かったが、やがてアイの方へと傾き集中した。
「あの、私達、ここの地区に住む方に用があってやって来たんですが……」
 無言の催促を受け、アイは少々戸惑いがちに声を出したが、
「すまないが、それならせめてもう少しまともな身なりをして来てもらおうか。 そこらの船乗りや海賊紛いの人間にいちいち会ってやれるほど、ここに住む方々は暇じゃないのだよ」
 けんもほろろな様子で断られてしまった。
 あまりな物言いにフェレットとフアナは顔をしかめている。
 アイはとりあえず表面上は体裁を繕っているが、長い付き合いになるフェレットからしたら、彼女も怒っていることが見え見えであった。
 ただ一人、かおるだけがいつもの仏頂面のままで、
「人を見た目で判断するのは良くない。私が行方不明になっている貴族の娘だったりするかもわからんし、 そうだとしたらあんたの首が飛ぶかもわからんよ」
 フェレットらの背筋が寒くなるような反論を始めた。
 まさかと思い、フェレットらは恐る恐るの方を見やったが、声は止まらない。
「海賊紛いって言ったけど、私達の何処がそんな風に見えたと言うんだね。私達の行動はむしろ貴族的だし、本当の海賊ってのはもっとこう、破壊的な……」
 例を見せようとばかりに、鞘に収まったままの剣を腰から引っこ抜き、丁度宙を飛び回っていた小さな虫に向けてそれを叩き付けようとした所で――。
「かおるさん、落ちついて!」
 フェレット達に一斉に取り押さえられた。
「おい、貴様等……何のつもりだ? その剣で誰をどうするつもりだと言うのだ」
 衛兵の声が一気に警戒心を帯びる。
「いや、違うんです! この人ちょっと、その、おかしいだけで!」
「私達がよく言って聞かせておきますから……失礼しました、本当に!」
 放っておいてはとんでもないことになるとばかりに、フェレットとアイは慌ててまくし立てた。
 フアナはかおるの相変わらずの剛毅さに……もといやんちゃぶりに感極まっているらしく、様子を黙って見ているだけだ。
「そ、それじゃあすいませんでした!」
 このまま此処にいてはまずいことになると判断して、一行は逃げる様にして場を立ち去った。



  1. 2005/03/11(金) 07:53:00|
  2. 小説本文
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

第一章 航海の途中

1

 とある名前すら無い砂漠に彼らはいた。
 建物も、当然人々の気配もない空間。
 そこで彼らは只管に”物探し”に没頭をしていた。
「ねぇ、かおるさん」
 青年が口を開いた途端に小さな砂嵐が襲来し、青年はゴホッ、ゴホッと砂を吐き出す。
 再び周囲は無音になったが、彼の言葉に対する返事はない。
「ちょっと……かおるさん」
「駄目ですぜ、今は」
 仲間の一人にそう言われて、青年は目を細めた。その後、砂埃で大分汚れた服を両手で払い落とす。
 この場にいる者の大半は、逞しい筋肉を薄汚れた白い服で覆い隠した、いかにも船乗りと言った格好をしているが、この青年は違った。
 高貴な香りを匂わせるベルベット製の青いチュニックを身に纏っていて、右耳には赤い宝石のピアス。
 髪の毛はどう見ても天然色ではない派手な緑色で、そしてその長さは肩の辺りまである。
 一見すれば女性に見えなくもない容貌をしている彼はしかし、一つの大きな”城”の主であった。
 その城の名は”フォスベリー”。白く大きな翼を持った、海を駆ける城。
「船長……あのヒトも飽き飽きしてるんでしょうぜ。何せこんな事に、もう五日もかけてるんですから」
 返事が来ない理由を、船員はそう説明する。
 青年はうーむと唸った後、また探索に戻る事にした。
 尤もな話だ、と自分でも思っていたからだ。
「何か言った? フェレッチ君」
 そんな言葉が返ってきたのは、それから一分も後のことだった。
 フェレッチと言うのは青年のあだ名…みたいなものだ。
 彼の本名はフェレットと言う。
「いや……そっち、何か見つかったかなあと思って。そろそろ」
「相変わらずサッパリ」
「や、ヤッパリ?」
 視線すら向けられずにそんな事を言われて、フェレットはあはは、と笑いを浮かべるしかなかった。
 砂漠地帯であるせいか、その笑いは相当に乾いたものだ。
 かおるからこれ以上言葉が返って来る気配は無いと察し、フェレットは再び付近にいた船員と言葉を交わす事にした。
「大体船長が、安請け合いをすっから……ドラゴンの骨なんて、どう考えても有り得ない話だと思いやすぜ」
「有り得ない話だからこそ、そこにロマンがあるんだろう?」
「またそうやってごまかす」
「ごまかしてる訳じゃない。皆が無いと思ってるものを見つけてこその冒険家ってもんじゃないか!」
「だったら、食料が無くなる前に見つけるとしやしょうぜ」
「……了解」
 どっちが船長だよ、と自分で言っていて思ったが、船員の大半は殆ど同い年の仲間ばかり。
 船長と言っても殆ど名ばかりで、皆対等の友人達である。
 それから一時間くらいは会話らしい会話はかわされず、皆無言のまま作業をしていた。
「いい加減街に帰りたいですぜ、栄養のある物を食べないと力が出やせん」
 久々の声がそんな嘆きだったので、フェレットは苛立ち混じりにビスケットでも手渡そうとしたが、
「フオオオオオ!」
 全ての行動は、そんな叫びによって断じられた。
 長い付き合いだ、その雄叫びが誰のものかは皆一瞬で理解している。
「かおるさん、どうしたんです?」
 先んじてフェレットが訊ねると、かおるの顔がきっとこちらを向いた。
 彼の手に握られていたシャベルが、ぽろりと地面に転がる。
 驚いているのか何なのか判断つきかねるが、その顔はとりあえず歪んでいた。
「あ、アッタアアア! アッタヨ! 骨が!」
 第二の咆哮を受けて、船員達は皆かおるの方へと駆け寄った。
 かおるが指差している先の地面には、確かに妙な質感をした物体が覗いていた。
 勿論まだ、大半は地中に埋もれたままだ。
「見過ごす手は無いな。よしみんな、掘り起こすよ」
 フェレットが指示する。
「イエッサァ!」
 船員達は無我夢中に周囲の砂を掘り返していき、みるみるうちに全形が明らかになっていく。
「これが終わったら報酬でウハウハで、最低二日は飲み明かすぞ! 頑張れ!」
 この中で一、ニを争うほど非力なフェレットは応援に徹していたが、その顔は喜びに満ちている。
 熟練の冒険者と言えど、そろそろ疲労が限界に来ていたところだったのだ。
 また数分が経過し。
 ようやく姿を現したドラゴンの骨は大分小さく、しかも一般に想像されているであろう姿に比べて大分いびつだった。
「……これ、アザラシかなんかの骨じゃあないか? こないだの依頼の時に見つけた……」
 フェレットの言葉に、数人が頷く。
 確かに大きさはそれくらいだし、ドラゴンにしては顔の形状があまりにも丸過ぎる。
 希望に満ち溢れていた皆の表情が、見る見るうちに絶望を湛えていく。
「実は大昔からドラゴンだと思われていた生き物は実はアザラシだった! なんて事無いかな」
「無いでしょう」
「有るわけねぇ」
 冗談めいてフェレットは言ったが、皆の反応は予想以上に冷たく、フェレットをさらに落胆させた。
 皆もそれぞれに肩を落として落ち込んでいる。
「アザラシとドラゴンを勘違いするなんてな。僕等も落ちたもんだ……」
「よくある」
 かおるは全てを一言で済ました。
 発見した張本人の反応が、一番あっさりしていると言うのも変な話だ。
 とは言え、彼らは何時だってこんな感じなのだけど。

2

「よし、じゃあ帰るか。そろそろ」
 アザラシとドラゴンを誤認した辺りで一行の気力はほぼゼロになったようで、捜索を続けようと言う者は誰一人としていなかった。
 帰路を行く彼らの足取りも、まるでアザラシみたいにのそのそ遅い。
「アイさんも待ち兼ねてるんだろうな。散々待たせておいて……」
 フェレットは、自分とかおる以外の、もう一人の船長の名を口にした。
 三隻の船を見守る役目も有って、彼女と数人の船員達は、船に残ったままなのだ。
 フェレット”のフォスベリー”、アイの”シャルトリューズ”、そしてかおるの駆る”永久機関”の三隻が、今の所の全戦力である。
「姐御のことだ。船内の酒を全部飲み尽くしてるかもしれやせんぜ」
「それは予想の範疇さ」
 元気が無いながらもそんなことを言いつつ、ようやく船の姿が見える場所まで彼らはやって来た。
「あのさ、かおるさん」
 フェレットは名前を呼んだが、またも返事は無かった。
「……あれ? かおるさんは」
 それどころか、気付けばかおるの姿自体がここから消えていた。
「やれやれ、どっかで餓死してないと良いけど」
 フェレットがキョロキョロと辺りを見回してみると…遥か後方に、かおるの姿があった。
 大きな岩の側にいて、何故かそこで立ち止まっている。
「何……? おーい、かおるさん!」
 フェレットの呼び声。
 それはかおるに届く所か、周囲の誰にも聞こえる事は無かった。
「フオオオオオオオオオアアアアアアオオーーーーッ!!?」
 ドラゴンのそれにも匹敵するかおるの雄叫びがまた、全てを掻き消したのだ。
「もしやっ!」
 今度こそドラゴンの骨が見つかったのかと、フェレットと船員達は気力を振り絞って走った。かおるの顔を見るより先に、彼の視線の先をギンと睨み付ける!
 睨み付けたまま、彼らはまるで石像のようになってその場に固まった。
 砂漠に捨て置かれた数十の石像は、あんぐりと口を開いている。
「ほ、フェ、フェレッチ君……! これがドラゴンの骨か!?」
 かおるの慌てぶりが、逆にフェレットを冷静にさせるのだった。
「いや、どう見ても僕達の同類でしょ。コレ」
 ――それどころか、骨ですらなかった。
 そこに倒れていたのは一人の女性。
 ドラゴンの骨こそ見つからなかったが、代わりに有ったのは一つの”出会い”だったのだ。

 果てなき海の先に求める物がきっとあると信じて、人は冒険へと繰り出して行く。
 出会いもまた、運命の一つ。
 例えるなら航路の途中に偶然目にした、素晴らしき景色のようなもので。



  1. 2005/03/08(火) 02:10:24|
  2. 小説本文
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

第零章 出航の鐘

 空よりも広き海が広がり、その先に有るのは未だ誰もが目にしたことのない場所。
 人々はそれを求めて船を駆り、冒険の旅へと繰り返して行く。
 ――舞台となるのはそんな世界。語られるのは、航海者達の物語。





  1. 2005/03/07(月) 23:06:36|
  2. 小説本文
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

フェレット(或いはスネばな)

02 | 2005/03 | 04
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

記事の検索

Link(公式・情報系サイト)

Link(友人・お気に入り)

TB People

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。